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ペンギンの回り道

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神と少女と魔術師と

親しき中にも呪いありep4

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 女子高生ズからの電話を受け取った私は、すぐにその場所に向かうことにした。伝えられた場所は少し分からなかったが、住所を地図アプリに入れればすぐに分かった。
 最近のテクノロジーは素晴らしい。場所が分からなくても、情報を入れるだけで示してくれる。
 
 今でも魔術師は電化製品等に難色を示すものがいる。魔術と科学は似て非なるものとされ、『行き過ぎた科学は魔術と変わらない』という言葉があるくらいである。電化製品は電気を通して動いているが魔術師は魔術を通して事象を起こす。
 
 見たことはないが、最近の魔術師はスマホなどを媒体に魔術を履行する人もいるらしい。

「あの家だな。最近は表札を付けてない家が多いと聞くが新田の家は表札があって助かった。あとは深夜にもう一度きて張り込めばいいか」

 まだ日が暮れきっていない時間に、この場所で張り込んでいたら不審者として通報されてしまう。深夜は深夜で職質されてしまうこともあるが、身分証明書で何とかなるだろう。
 私の持ってる身分証明書はマイナンバーカードと魔術師資格証明書だ。マイナンバーカードはまだしも魔術師資格証明書は普通の警察に見せても意味がない。

「一応調査するわけだし、困ったら他のやつにも聞いてみるか」

 一人でなんでもできるわけではない。困った時は人に任せたり、頼ったりするのは悪いことではないのだ。





 一度店に戻り、準備をする。時間は0時を回ったところで、新田の家までは15分程度しか掛からない。戦闘になることはないと思うが自分の身を守るものは持っていたほうがいいだろう。

 相手が此方に危害を加えてくる場合だけを想定しているわけではなく、話しかけられた時に切り抜けるということも大事だ。深夜のため、私の見た目では変なことに巻き込まれる可能性もある。今回は鳥のぬいぐるみを持っていくことにする。

「こいつは攻撃性はないけど、人相手なら一番効くだろ」

 身軽で入れば動く時にも楽なのでカバンなども持っていかない。いつものようにローブを着て、ポケットに連絡手段のスマホとフードの中に鳥のぬいぐるみを入る。

「一応社長にも連絡を入れとくか」

 本人にアレだけ報連相が大事と言った手前私が何もしないわけにはいかないだろう。しまったスマホを取り出し社長に電話をかける。

『お掛けになった電話番号は現在使われていないか、電波の入らない場所』

 聞き馴染みの在る電子音声が聞こえたため途中で切る。魔術師の界隈ではよくあることだ。電波の届かない場所は人のいない場所であることが多いため魔術の行使をしている場合や裏世界の場合がある。
 電波が届かないということは一応、仕事をしているのだろう。何をしているのかは知らないが。

「これで連絡したっていう事実は生まれたな。出なかったあいつが悪い」

 スマホを再びポケットに入れ、新田の家に向かった。





 新田の家の前に着くと、辺りは街灯の光だけが道を照らし、人の姿は全く見えない。家の明かりも大体は消えており、着いているのは新田家の2階。もしかしたら新田由美の異部屋かもしれない。

 程なくして、新田の部屋の電気が消える。このまま出てこなければ私の杞憂ということで済ませてしまってもよかった。何とかしないといけないとは思ったものの、この現象は依頼でも何でもない。金銭も発生しなければ報酬がもらえるわけでもない。
 
 私にはこの事象を解決する理由がない。つまり、放置しておいてもいいのだ。ならば何故、私が深夜に女子高生の呪いに付いて調べているのか。

「(何となく嫌な予感がする)」

 ただ今な予感がするというだけだ。魔術師である私は目に見えないものが存在する、ということを知っている。予感や感覚というものは魔術によって現実になり、実感することも在る。だから私は自分の直感に従って行動することが多々ある。当然それが無駄足になることもある。

「(家から誰か出てきたな。あれは新田由美か)」

 今回のように無駄足にならないこともあるのだ。

 新田由美は大きなエコバッグのようなものを肩から下げ、音を立てないよう家から出てきた。服装はかなり動きやすそうな格好をしている。
 
「(やっぱり行き先は神社ではないか。それならどこに行くんだ?)」

 新田由美の行き先は神社のある山とは別方向だった。私は音を立てないよう尾行する。小柄な体格と着ている服もあってか全く気づかれる様子はない。
 この時間に歩いている人は全くいないため、新田恵海も目的地に向かって一目散に移動している。

 途中には24時間営業のコンビニもある。仮にエコバッグを持った女子高生が深夜に出掛けるとしたらコンビニ程度しかないはずだ。しかし、新田由美はコンビニには目もくれずに移動する。
 私はこの辺りには来たことがない。住宅街からは少し離れているが、学生向けの商店が増えていく。昼間であれば学生で賑わっているのだろう。

「(ここは……)」

 新田由美は大きな建物の前で立ち止まる。門は閉まっているため、そこをよじ登り中に入っていく。

「(学校か)」

 忘れ物を取りに来た、という可能性も無くはないが深夜の学校に来る必要はない。急ぎならばこの時間になる前に来るはずだし、急ぎでないならば夜が明けてから来ればいい。敢えてこの時間を選んで来た、ということに理由があるのだろう。

 私も新田由美の後を追って学校の門をよじ登り中に入っていった。

 早歩きで移動する新田由美を確認し、視界から外さないように移動する。

 そして大きな木の前で立ち止まった。
 学校のシンボルになりそうな大木。学校が立つ前からあったのかどうかは私には分からないが数年で育つような大きさではないことだけは分かる。
 長く生きている木には力がある。特にこの街の土地には生命のエネルギーが多く流れており、その力を吸って生きている木はとても大きな力を持っているだろう。

 新田由美はバッグの中から人形を取り出した。藁人形は流石に作ることができなかったのか、辛うじて人の形をしたような人形。漢字の『大』みたいな形をしている。その人形の手足には釘が刺さったままになっており、香織と呼ばれていた少女の手足に刺さっていた釘と同じ位置なのが見て取れる。

「ねえ、あと2日やればあの人を香織から奪えるんだよね?」

 由美は誰かに問いかける。この近くには私と彼女の二人しかおらず本来ならば答えが返ってくるはずはない。

『勿論。君の想いは必ず叶うさ。しっかりと注意しておくんだよ?君のためにもね』

 声は木の上の方からする。そこには鳥のような生物がとまっていた。頭は確かに鳥だが身体は人の形をしている。明らかにこの世のものではなく、裏世界のものがである。

「(ってか、どう見ても悪魔じゃねーか!あいつなんでこんなところにいるんだよ)」

 あの悪魔の正体は見た目で分かる。序列63番目、30の軍団を指揮する偉大な侯爵『アンドラス』だ。私の使うゴエティアの中に記載はされている悪魔である。しかし、私には御することはできなかった。
 
 私は全ての悪魔を使役できるわけではない。悪魔とは相応の対価を払い契約をするものだ。悪魔にとってもメリットが無ければならない。『アンドラス』にはそのメリットを提示することができなかったため契約をすることができなかった。

 アンドラスの求めた対価は『不和』。人と人とが段々と相手を信用できなくなり、殺し合いに発展する様をみて楽しむような悪魔だ。不和を引き起こすことを契約の条件に出してきたので私はそれを上回るメリットを提示することができなかったのだ。


「許せない。許せない。香織……」

『そうさ。その女は君の気持ちも相手の気持ちも知っていながら分からないふりをして楽しんでるんだ。君が恨むのも仕方ない。君は正しい』

「私は間違ってない。香織が悪いんだ」

 二人は会話をしているが噛み合っているようで噛み合っていない。新田由美は自分の思考に入っているし、『アンドラス』は新田由美の負の思考を増幅させるような物言いをしている。
 そしてバッグから釘を取り出しお腹の部分に打ちつける。

「今日はお腹」

『明日は胸。そして最後は頭。頭にそれを打ち付けた時呪いは完成するよ。そしたらみんな幸せさ』

 『アンドラス』は不和をもたらす。今回は由美と香織の感情を利用し、2人に不和をもたらして崩壊する様を楽しんでいる。みんな幸せになるなどということはない。呪いは相手の不幸せを願う行為。その時点で幸せになどなれない。

 これ以上は看過できないと感じ、私は隠れていた場所から出ることにした。

「アンドラス、やりすぎだ」

「おぉ。これはこれは私のマスターになれなかったお嬢さんじゃないか。こんな夜更けにどうしたんだい?」

「だれ!?」

 三者三様の反応。私はアンドラスに話しかけ、アンドラスはおどけて見せる。私の存在に間違いなく気付いていた。それとは対照的に驚く新田。

「昼間の占い師だ。別の手段を取るべきって言っただろ。お前が呪いをしてるのは分かってたんだよ」

 あの時は暈して行ったがはっきり伝えれば良かったかも知れない。その場合、別の被害者が出ていたかも知れないが。

「いや、これは、呪いとかじゃなくて」

 動揺する新田。それが呪いじゃなければなんだと言うんだ。よく見たら人形には香織の写真も貼られている。ご丁寧に顔にはバツ印まで付いている。

「呪いに頼るなど自分では何も相手に伝えられない弱者のやり方だ。仮にも友達なのに呪いでコミュニケーションを取るなんてバカすぎる。ちょっと黙ってろ」

 直接相手に言って喧嘩でもすればいいのだ。それすらもできないのに呪い頼るというのは何とも馬鹿馬鹿しい。由美が自発的に呪いを行おうとしたのか、そこにいる悪魔の甘言に唆されたのかは分からない。

『そう言ってあげるなよゲティ』

「お前が私の名前を呼ぶな」

 馴れ馴れしく私の名を呼ぶ『アンドラス』。一度は契約をしようとしたが断られている。敵対しているわけではないが味方でもない、そんな関係だが飄々とした態度で悪意をばら撒くこいつのことが私は嫌いなのだ。

『嫌われたものだね。そのお嬢さんは自分の気持ちに素直になっただけだよ。人の感情っていうのは理屈じゃないんだ』

「呪いを唆したのはお前か?」

『さてね。ただ幸せになれる道として私は提案しただけだよ』

 滔々とアンドラスは語るがこの悪魔は平気で人を騙す。わかりやすい嘘ではなく、人間が自分で勝手に解釈してしまうような物言いをするのだ。

「どんな方法でもか?」

『そうだよ』

 幸せになれる道。それは不幸せを感じなくすればいいのだ。つまり『アンドラス』呪いによって香織を殺し、その後に由美を自分の手で殺せば幸せになると考えているのだ。
 人間は死ねば終わり。例外が少しいる気もするが。ただ悪魔に殺された人間の魂はどうなるのか、私にも分からない。

「お前と話していても埒が明かない。ここからは専門家に任せるとしよう」

 私はフードから鳥のぬいぐるみを出す。

『鳥の人形か。私の姿を象っているのかい?なんだかんだゲティは私のこと諦めきれないのかな?』

「バカなこと言うなよ鳥頭。顕現せよ、序列53番目、30の軍団を従える大いなる総裁『カイム』」

 私の詠唱と共に鳥のぬいぐるみから一匹の小さな鳥が羽ばたき喚起する。その鳥は私の肩に留まった。その鳥はツグミ。
 ツグミは日本では妖怪とされることもある。サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビという『鵺』という妖怪の正体がツグミとも言われている。裏世界に関わりの深い鳥なのだ。

 私は本来、由美を説得するために『カイム』を連れてきた訳だが想定外の事態が起こっている。結局やることは由美の説得なのだがまずは『アンドラス』をどうにかしなければならない。

「呼びましたか小さき者」

 『カイム』は私のことを小さき者と呼ぶ。私よりもよっぽど小さい形をしている鳥だが、彼の言う小さき者は体格ではない。
 『カイム』がもたらすものは弁論。論争に優れた悪魔であり、戦闘能力という面では私の契約をしている悪魔には劣る。その分、彼との契約の代償は死んだあとの私の舌である。舌先三寸という上辺だけの弁論という言葉もあるが、『カイム』はそういう事もできる。声を出すために大事な舌を代償とするのは困るが、死んだあとなので何も問題らない。
 そして私の呼び名の『小さき者』とは単純に身長の低さだけを指しているのだった。
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