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ペンギンの回り道

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神と少女と魔術師と

燃えて萌えて華開くep2

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 目の前には数十個の火の玉がある。

「これって人魂だよね」

「いいや。似てるけど人魂じゃなくて火の玉だね。ほら名前もそっくり」

「今はそういうのはいいから」

 人魂は人の死後に魂が浮遊しているものであり火の玉ともいえる。これは火の玉であって人魂ではない。分類するならば鬼火や狐火と呼ばれる妖怪の類だろう。総じて怪火と呼ばれるものは海外でも存在しウィルオーウィスプなどが有名だろう。理解の出来ない場所に発生する火のことだ。

「雨降ってるのに火は消えないのね」

「そういうものだからね。さっき読んだ本にも書いてあったでしょ?」

「狐火とか鬼火とかは書いてあったけどこんなに沢山の火の玉が見えるみたいのは書いてなかったわ」

 言われてみると、確かにこの場にある火の玉は複数個存在している。天気が悪くないのに雨が降っているこの状況と照らし合わせると自ずと答えが見えてくるが舞さんの成長の為にもヒントを出しながら進む。僕の予想通りなら害意はないはずだ。

「答えを言ったら舞さんの為にならないからまず考えてみよう。今の状況を整理してみて」

「雨が降ってる。火の玉が浮いている。これぐらいね」

 状況の整理をするが目の前の事しか判断できていない。

「まだ足りないね。こういう変な自称に巻き込まれた時は空を見たり、音を聞いたり、時には味覚を使ったり、五感全部を使うことが大切だよ」

「空見たりって雨が降ってるんだから……」

 舞さんは空を見上げる。森の中特有の澄んだ空気で見える空は星が煌々と輝いている。気が付いたら日は完全に暮れていたが火の玉の明るさで気が付かなかったみたいだ。

「雨降ってるのに星が出てる……。天気雨とか狐の嫁入りってやつよね」

「そう。狐の嫁入り。知ってる?」

「知ってるから口に出したんじゃない。昼間に雲がないのにも雨が降るってやつでしょ?」

 一般的に知られる狐の嫁入りは舞さんの言うものと相違ない。これは狐が妖怪のような不思議な力を持っていると思われていた時代に化かされた様な天気のことをそう呼んだことから名付けられている。雨粒が地上に届く前に雨雲が消えてしまったときや離れたところで降った雨が風で流された時に起こるらしい。

「他には?」

「他?狐の嫁入りに他の意味あるの?」

 先ほど読んでいた妖怪図鑑には載っていなかったようだ。新潟県にある妖怪図鑑ならば載っていると思っていたがもしかしたら全国版だったのかもしれない。

「狐の嫁入りっていうのは夜の山で沢山の火が連なってる事を言う時もあるんだよ。むしろこっちが本来の意味」

 遠くに見える火の玉を近くで見ようとすると消えてしまう事から狐に化かされたと言う伝承がある。今回の場合は近くに寄っても消えていない為、伝承とは異なる。

「じゃあこれの正体って狐の嫁入りってこと?」

「さあ?確実なことは僕には分からないよ」

 何かに背中を殴られた。後ろを振り向き舞さんの顔を見るも顔を背けており、誰が背中を殴ったのか明白なはずなのに犯人は素知らぬ顔をしていた。

「分かんないってことでいいの?」

「むしろこれだけの情報で分かるほうが早計だよ。何度も言ってるけど頭を働かせないと。1つの判断ミスで取り返しのつかないことになるし。実際、僕のところ社員は何回か死んでるし」

「は?死んでるって……」

 空穂ちゃんは何回か猪突猛進に依頼を熟しに行って、何回も死んでいるため僕が何回も元の状態に復活させた。死ぬ度に何故か記憶が消えており、同じ事を繰り返していたが来栖さんと会ってから猪突猛進さは鳴りを潜めた。
 僕がいない間に死なれたら困るのでサポートだけをするように伝えてはあるけど心配である。来栖さんがいるから大丈夫だと思いたい。

「なんか、ごめんなさい」

「いいよ、大したことじゃないし。こっちの手間が増えただけだからね」

「手間って。ドライすぎない?」

 ドライだろうか。人が死んだらそれなりに悲しいし、僕に何か出来なかったかを考えてしまう。親が居なくなった時もそうだった。自分が何か悪かったのか必死に考えた。それでもどうしょうもなくなった時に先生に出会ったのだ。
 
 それに空穂ちゃんは死んでる状態が初対面だったわけだし死んだ人間が再度死んだところで、死んでいるという事実は変わらない。

「そんなことないよ。僕だって社員は大事だからね。それよりも気付いたら火の玉なくなってるね」

「本当だ。いつの間に無くなったんだろう?暗い道だから明かりが無くなったら気付くはずなのに」

 スマホのライトなしで歩くには道が見えないくらいには暗くなっている。先ほどまでは火の玉が浮いていた為、明るく照らされていたが今は真っ暗。火の玉が無くなった時に暗くなるため気付くはずだが舞さんは一切気付かなかった。

「そういうものだよ」

「どういうことよ」

「ちがうよ。起こったことはそういうものとして過去にするのが一番なんだ。問題があった場合、そこから色々考えるのが大事。まずは起こった自称を主観で判断することを終わらせないとね」

「そういうものなのね」

 先を見るために停滞する事をやめる。僕は自分の使う魔術的にも進むということを止めてはいけない。運命を手繰り寄せる魔術であるため、止まっていては来るべき運命は訪れない。舞さんはルーン魔術ではないが散さんが僕に頼んだということは僕の考えを教えてほしいということだろう。

「じゃあ、あの火の玉については今度ちゃんと調べてみるわ。一度起こったことが二度と起こらない保証はないし」

「それがいいよ。傾向と対策を練って本番に挑もう」

「テストを思い出すからやめて。夏休み前にテストあるんだから。あんたもあったでしょ、テスト」

 自分の記憶を辿る。夏休みというのは確かにあったが、休みなど関係なしに先生と魔術の修行をしていたことしか思い出せない。死にそうな思いも沢山した。優しそうな風貌に対して結構スパルタだったのだ。
 
 テストは学校での魔術で一芸みたいなものがあった気がする。筆記のテストもあったが魔術の学校のため世界各国から魔術師が集まる。国に帰って魔術師を目指す者も多いため、テストは国ごとに違う言語で問題を作られていた。必修科目は普通の高校と変わらないがこちらのテストの点数は成績に左右されない。建前上やっているものであったため僕の成績は良くはなかった。

「あったけどずいぶん前だし覚えてないな……」

「おじさんじゃん」

「おじさんはやめてね」

 おじさんと呼ばれたくない調さんの気持ちが少しわかったような気がした。





「ただいま」

「ただいま帰りました」

 その後は何事もなく華上家へ帰ることが出来た。家に着く頃には雨も止んでおり、怪異に遭遇したというよりはただ巻き込まれたという方が正しかった。裏世界の空間を素通りできたのは運が良かったのか、舞さんのの悪いものを寄せ付けない性質が働いたのかは分からない。これもそういうことだろう。

「おかえり」

 玄関近くの扉から散さんが顔を出して僕たちを迎え入れる。

「何事もなかったか?」

「滅茶苦茶ありました」

 散さんは大きく笑い、舞さんは呆れたような顔をしている。

「そりゃ来た初日から魔のものに巻き込まれるんだ。連日巻き込まれても仕方ないだろ」

「ほんと、この人来てから変なことに巻き込まれすぎ。今までそんなこと無かったのに」

 薄々気が付いてはいたが、怪異に巻き込まれる原因を作っているのは僕らしい。今回の火の玉事件が起こったのも華上家の近くと言えるし、離君神社の神様のテリトリーだろう。だとしたら前回神様に、目をつけられた僕が原因だろう。

 それを言葉にすると、舞さんの成長に影響が出そうなので黙っていることにする。

「それよりも散さん、この近くで火の玉とか見たことありますか?」

「いいや、ないな。どうしたんだいきなり」

「私たちさっき火の玉をみたのよ。星が出てるのに雨が降ったり、散々だったわ」

「雨?今日は一日、雨なんて降ってないぞ」

 僕の方をちらりと見る舞さん。此方を向かれても困るのだ。僕たちは確かに星空の見える中、雨に打たれた。だが、今はどうだろう。火の玉の道を越え、華上家に帰ってきて散さんと会話をしている。僕はズボラだからまだしも、舞さんも一切着替えや濡れているはずの身体を拭いたりはしていない。

 最初から濡れてなど居なかったかのように。

「あー、間違いなく巻き込まれました」

「やっぱりか」

 雨が降っていた時点で裏世界に巻き込まれていたらしい。裏世界の中で起こった事象が現実に持ち越されない事もよくあることだ。何が現実に影響して何が影響しないのかは正直なところ分からない。裏世界の起こる経緯によって違うのかもしれない。

「雨の中の火の玉か。地元ではないが煤け提灯と呼ばれる妖怪がいる」

「煤け提灯?」

「ああ。雨の夜に湯灌の中から火の玉、この場合は人魂か。それが出てきて煤けた提灯の様な明るさを持つことからそう呼ばれているらしい」

 その地方特有の妖怪情報は流石に知らなかった。全国は47都道府県あり、それぞれ民間で語り継がれる妖怪がいる。すべての妖怪を網羅しているわけではなく、全国的に有名なものを知っている程度だ。次に雇うとしたら妖怪に詳しい人が良いかもしれない。最近、遭遇する頻度が非常に高い。

「でも私たち湯灌なんて見てないし、それに火の玉は沢山連なってたわ」

 僕達が見たのは木々の間を連なり道を照らしている火の玉だった。散さんのいう煤け提灯の話とは食い違う。

「こういう物に確かな答えを求める方が間違ってるぞ。地方や時代によって同じ妖怪でも違うものだ。煤け提灯の記述も50年以上前の民俗学者の本で知っただけだ。実際に見たこともない」

「つまりさ、舞さん。僕の言いたいことわかる?」

「そういうもの、として理解するのが一番ってことね」

 僕達が何を見たのかは誰かに語る度にそれが別のものになっていくかもしれない。大切なのは自分たちの体験。その体験の中のものを誰かに伝えるために詳細を調べていく必要はない。勿論、自分の中で整理をつけるために調べるのは必要かもしれないが絶対ではないのだ。経験をした、その事を理解することが裏世界に関わる第一歩だと僕は思う。





「そういえば舞さん。今日ってもう神社行ったの?」

「あさイチで行ったわよ。あんた寝てたけど」

 仕事柄、生活リズムが崩れている自覚はある。ただ人様の家ということもあり、いつものように寝過ごしたりはしていない。朝の7時にはちゃんと起きていた。

 つまり舞さんは学校が休みにも関わらず神社に行くために早起きをしていると言うことだ。身体がその生活リズムに慣れているのだろうか。

「廊下にある花だって私が変えてるの」

「舞さんが?」

「うん。神社にある花を毎日廊下に飾ってる。おばあちゃんもやってたことなんだって」

「そう」

 この場に舞さんのおばあさんはいない。別のところにいるのか、もう亡くなっているのか。他人の家の事情であり深くは追及できない。
 毎日、廊下にある花を変えるのは代々行っていることだと散さんは言っていた。それはおばあさんの次が舞さんということになる。女性があの神社に関わっているのだろうか。

「私はあの神社には入れん。だから亡き妻と孫に任せている」

「奇遇ですね。僕も入れないと思いますよ」

「そりゃそうだろ」

 やはり舞さんの祖母は亡くなっていた。舞さんは神子としての力を継承したのだろう。ただ、神子は未婚の女性でなければ成る事ができないはずだが、一体どういうことなのだろうか。
 気にはなるが、故人のことであるため不用意には行けなかった。おそらく、聞いたら答えてはくれるだろう。ただ僕は1週間程度でこの地を去る予定だ。見ず知らずの、しかもすぐ去る者に話すことでは無いだろう。


「とりあえず今日の報告は以上です」

「わかった。ゆっくり休むと良い」

 起こった出来事のあらましを伝え、僕は席を立ち部屋をでる。僕のあとに続いて舞さんも部屋から出てきた。

「今日はありがと」

「何もしてないよ」

 本当に何もしてないのだ。裏世界に入って、そこで何が起こっているのかも分からず、抜け出した。ただそれだけのことでお礼を言われることは何もしていない。

「色々教えてくれたでしょ?」

「ああ、その事。全部が全部正しいわけじゃないよ。僕のことは信用してもいいけど信頼はしちゃ駄目。僕の話も疑えと言うわけじゃないけど、そういう考えもあるんだ程度に考えて自分の思考に昇華してね」

「分かった。とりあえず明日もよろしく」

 僕の明日の予定は図らずとも決まってしまったようだ。元々依頼で舞さんに経験を積ませるつもりだった訳だから頼まれなくてもやるのだ。

 明日は早起きをして舞さんの朝参りに付いていこうとふと思いついてしまったのだ。恐らく神社に入らなければ大丈夫だろう。
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