化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
5 / 162

★化け物バックパッカー、下水道に迷い混む。

しおりを挟む
 とあるホテルの一室。

 立ち並ぶビルの光。サイレンが響き渡る。

 老人はコーヒーの入ったペットボトルを手に、窓を見つめていた。
「彼女は、旅をしたいって言ってたが……何をしたいんだ?」
 ホテルが用意した寝間着を着ている老人は、ペットボトルのキャップを開けた。その顔は、やっぱり怖い。
 机の上には、老人の荷物と思わしき黒く大きなバックパックが置かれている。この老人は、俗に言うバックパッカーである。
「……窓に尋ねる俺も何がしたいんだろうな」
 老人は鼻で笑い、コーヒーを喉に流した。





 その下……ホテルの裏で、うずくまる影があった。黒いローブに包まれた影は、何かに気づいたように顔を上げた。

「パトカーノ……サイレン……?」

 人間とは思えない声を漏らしながら、少女は恐る恐る体を起こし、歩き始めた。



 その表で、人々は走っていた。

 ある者は死に物狂いに、

 ある者は泣き叫びながら。

 客観的に見ると、怪獣映画のようだった。

 彼らは……化け物から逃げていた。胴体は人間そのものだが、手足が4mもある。髪は異常に長く、髪の間からは白目が見えた。
「抵抗すると撃つぞ!!」
 震える手で化け物に向けて拳銃を突きつけている警察の目には、特殊なゴーグルが付いていた。
 忠告を聞き入れることもなく、化け物は警官に向かってくる。
「……ぅあああああ!!!」

 銃声が響いた。



 額から黒い液体を流して、道路の真ん中で横たわる化け物の死体に、辺りの人々が集まりだした。
「あれが……“変異体”……」
「見れば見るほど……寒気がするわ」
「あれでもマシらしいぜ。生きている変異体を見た時と比べたら……」
「一応、元人間なんだよな?」
「そうには思えないわ」
「もしかしたら、自分自身の体を見て狂っちゃったのかしら?」
「そうか? でもわかっているのは、俺たち人間との共存は難しいことだけだ」
 あれこれ憶測を飛ばす野次馬に対して、立ち入らないように警官たちが押さえた。

「キャッ!!?」

 その声に、周りの人間たちは固まった。
 誰かが押し倒された声。
 特別珍しくもないその声に、人間たちは心臓の音をはっきり聞くような表情をしていた。



 道路には、少女が倒れていた。黒いローブを着ており、押された勢いでフードが取れ、影のように黒い|肌、長い髪と口、が現れた。



 直ちに、先ほどの再現が行われた。

 ある者は死に物狂いに、

 ある者は泣き叫びながら。

 客観的に見ると、怪獣映画のように。

 変異体である少女を直視した警官は恐怖で動けなくなるか、市民と同じように逃げ出した。
 見なかった警官は震える手でゴーグルをかけ、変異体の少女に向かって走り出す。
「……!!」
 変異体の少女は逃げ出そうと起き上がったが、遅かった。
 すぐさま警官に両手を捕まれ……





 ブシュウ……!!





 突然、辺りに煙が充満した。むせる警官たち。
「げほっ、げほっ……なんなんだ……うっぷ……」

 ビチョビチョチョ

 ビチョビチョチョ

 煙の中から、警官の声と何かが流れる音が響き渡った。
 煙がひいたころには、変異体の少女の姿はなかった。
 残ったのは地面に膝をつく警官たちと、異臭を放つ液体だけ……





 その下……下水道で、変異体の少女はせき込んでいた。
「ゲホッ……ゲホッ……ゴホッ……」

 ビチャア

 咳に混じって、口から黒い液体を吐いた。改めて見れば、墨汁を連想させる黒さだ。
「ダ……大丈夫カ!?」
 その隣で、別の変異体が話しかけてきた。

 クラッカーを逆にしたような形で、ブクブクとした肉、黒と白のクラッカーのしましまな色と一つの目と口に、八本の手が特徴的だ。

「ゲホッ……ダ……ダイジョウブ……」
「……ゴメンナ、俺……トテモ臭クテ……」
「ソンナコトナイケド……臭カッタノ、アノ煙……」
 それを聞いて、クラッカーの変異体は落ち込んだように手を下げた。
「アレハ俺ガ出シタンダガ……」
「ゴ……ゴメン……」
「ナゼカ俺以外、アノ煙ヲ吸ウト吐キ気ヲ催スミタイナンダ……コッチコソ……ゴメン」

 変異体の少女は口元を手で抜くって、クラッカーの変異体を見た。

「ウウン……助ケテクレテ……アリガトウ……」



 しばらく沈黙が続く。



「ソレニシテモ、ナゼアンナ所ニイタンダ!? 捕マルトコロダッタゾ!?」
「ウン……サイレンガ聞コエテ……ツイ……」
「第一、ソノ“ローブ”.....ドウシタンダ?」
「アア、コレ?」
 変異体の少女は自分の着ているローブを指差した。
「コレハ……オジイサンニモラッタノ……」
「オジイサン?」
「ウン、オオキナ荷物ヲ背負ッテ旅シテイルノ」
「フーン……マサカト思ウガ、影響ヲ受ケテ旅シタイトカ……」
「影響ジャナイ。私ハ今マデ、世界ノ全テヲ見タカッタ」
「……化ケ物ガ殺サレタノヲ目撃シテモ?」
 うなずく変異体の少女。
「オマエガ、捕マリカケテモ?」
「何ヲ見セラレテモ、私ハ全テ見ルマデ見続ケル」
「……」
 クラッカーの変異体はため息をついた。少女の意思の強さと自分を比べたかのように。
「根性……アルンダナ」
「マダ全テヲ見テナイカラ……ソレダケ……」

 しばらく沈黙が続いた後、クラッカーの変異体はその場に寝転んだ。
「今日ハココデ寝ロヨ」
「ウン……」
 変異体の少女はうなずき、同じように横になった。
「俺モ、外ヘ出テミヨウトシテイタンダ。ダケド……アノ狂ッタ化ケ物ガ殺サレルノヲ見テカラ、ソノ考エハ飛ンデイッタ」
「……」
「化ケ物ハ発見サレ次第捕獲、特別ナ施設ニ監禁サレル。暴レタリシテイルト……ソノ場デ射殺サレル。実際ニ見ルト、ソノ現実ヲ受ケ入レテシマウ」

 クラッカーの変異体は、変異体の少女に目線を向けた。

「オマエハ……決シテ揺ルガナイ夢ヲ持ッテイルンダナ……」





 夜が明けた。
 老人がホテルの前で腕時計をにらんでいたところに、ローブで姿を隠した変異体の少女が合流した。
「お嬢さん、大丈夫だったか!?」
「ウン……寝床ノ場所ガ変ワッテ、遅レタ……」
「そうか……昨日、この辺りで変異体が暴れたり、異臭を放つ事件が起きたそうだ。さっきも俺の所に聞き込みに来ていた。見つからない内に駅に向かうぞ」

 老人は走り出した。変異体の少女もその後を追う。

 その横を、パトカーが横切った。



「……怖いか?」
 パトカーの運転手である警官が、前方を見たまま口を開いた。
「アア……スゴク怖イ」
 声の主は、クラッカーの変異体だった。八本の手は手錠で拘束されており、黒い布で姿を隠している。
「その割には、堂々としていたな」
「俺ニハ夢ガナカッタ。ダカラ、オマエタチニ抵抗スル意味モナカッタ」
「隔離場所に連行されるとわかって?」
「アア……」
「……」

 信号待ちで車は止まり、警官は背伸びをしていた。
「俺……あってみたいんだよね」
「エ?」
「夢を持ってて、それをかなえようとしている変異体」
「……ナゼダ?」
「俺、今までも変異体を輸送していたんだけどさ……あんた以外のタイプだと、ひたすら泣くタイプがいたんだよ。俺が心残りがあるかって聞いて帰ってきた答えは、あるけど達成するには無理な夢だって言うんだ。諦めていたが、いざ捕まると後悔したとか」
「……」
「だから、諦めずに夢をかなえようとしている変異体に会ってみたいわけだ」
「……」
 クラッカーの変異体は何かを思い出すように瞬きした。
「もしかして、会っていたりするか?」
「……ソイツノ居場所ヲ聞キ出スツモリカ?」
「そんなことはしない。これが俺の最後の仕事だからな」
「……」

 クラッカーの変異体は大きなため息をついた。

「アイツハ、スデニ夢ヲカナエテイル。コレカラモカナエ続ケルダロウ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...