8 / 162
化け物バックパッカーの願い事
しおりを挟む石階段の下で、子供の笑い声が聞こえてきた。
「なあ! かけっこしようぜ!!」
ひとりの小さな少年が、同い年の少年を誘う。
「うん! いいよ!!」
無邪気な声を放ち、ふたりは片足を後ろに下げた。
「いちについて……」「いちについて……」
「よーい……」「よーい……」「ヨーイ……」
「どんっ!!」「どんっ!!」「ドンッ!!」
3人は一斉に走り出した。ほぼ互角の勝負だ……ひとりを除いて。
そのひとりは、少年たちよりも背が高く、女性のような体格だった。黒いローブで姿を隠しており、その上から黒いバックパックを背負っている。
しかし、その走り方と少しだけ見える口からは、少女のような純粋さも感じられた。
石階段を上った先には、神社があった。
「やったー! 2番!!」「ちぇ、負けちゃった……」
ふたりの少年は息を切らしながらその場に座り込む。
その近くには、深呼吸するローブの少女がいた。
「お姉ちゃん、速いね!!」
「どこから来たの?」
「……」
ローブの少女は何も言わなかった。
「ねえ、どうして黙っているの?」
「ねえ、お顔見せてよ」
無邪気な声が、ローブの少女を取り囲む。
その時、息を切らしながら階段をゆっくりと上ってくる老人が現れた。
「ふう……ふう……お嬢さん……ふう……そろそろ……ふう……休ませて……ふう……」
この老人、顔が怖い。
服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドと、この時代にしてはある意味個性的。
その背中には黒く大きなバックパックを背負っている。俗に言うバックパッカーである。
「おじいちゃん、お姉ちゃんと知り合い?」
「どうして恥ずかしがっているの?」
無邪気なふたりは怖さを少しも見せずに老人に接する。
「ああ……まあ、ちょっとな。あのお姉ちゃんはちょっぴり怖がりだから、そっとしておくれ」
ふたりの子供は互いに顔を見合わせて、同時に首をかしげると階段を降りて行った。
「アリガトウ……オジイサン……」
「やれやれ……元気なのはいいが、せめて俺の年齢を考えてくれ」
少女はうなずいた。
そのローブの下には、口、そして青い触覚が見える。
全身が影のように黒く、女性のような体形に長く伸びた爪、髪は顔を覆い、上半身まで伸びている。そして目には、“眼球の代わりに目の穴から青い触覚が生えている”。時々、それは引っ込み、瞬きが終わるとまた出てくる。
彼女の正体は、まるで化け物……この世界では、“変異体”と呼ばれる存在だ。
神社にある水場……手水舎の前に、老人と変異体の少女が訪れた。
「さて、ここの水で清めるぞ」
「……ドウヤルノ?」
変異体の少女が戸惑っている隣で、老人は置かれていた柄杓を右手に持ち、水を汲む。
「お手本を見せよう」
老人は柄杓の水を左手にかけた。次に左手に柄杓を持ち変え、右手に水。再び右手に柄杓を持ち、左手に水を受け、口に浸ける。
「ここで忘れていけないのが、ちゃんと持ち手も洗うことだ」
老人は柄杓を縦にして持ち手に水をかけ、柄杓置きに置いた。
「これが正しい清め方だ」
「コレガ正シイ……清メ……」
「間違った清め方あああああっ!!」
突然、謎の声とともに老人が殴られた。
「いててて……突然殴りかかるな!」
「ワ……私ジャナイ……ケド……」
「確かにお嬢さんの声じゃなかったな。なら一体誰が……」
老人は頬を擦りながら周りを見渡すが、その拳の持ち主は見当たらない。
「オジイサン、上……」
「ん?」
変異体の少女が指した方向……手水舎の天井に、赤い生き物が張り付いている。黒目玉で鋭く老人を睨んでいた。
「……じいさん、怖くないの?」
「ああ、全然」「……ドコカデ聞イタ事ノアルセリフ」
変異体の少女はローブの下で触覚を出し入れさせていた。
「それなら、ちょっと言わせてよ」
赤い生き物は天井から手を離し、柄杓置きに着地した。
赤い生き物は小さなキツネのようなシルエットをしているが、手足、そして首から上は人間の少女そのものだった。
体格と比べると頭が多少大きいが。
「珍しい……あたしを見ても怖がらないなんて」
「“突然変異症”によって変形した部分には、人間の肉眼で見ると恐怖の感情を引き起こす。俺はそれに耐性が……」
「そんなことよりも……じいさん、なにあの清め方!?」
渋く語っていた老人のことばを遮るように、キツネの変異体は指をさして怒鳴った。老人はただキョトンと眉を上げるだけ。
「なにって……普通にやっただけだが」
「とぼけないでよ! そんなやり方、わざとでしょ!?」
「?」
「もういいわ、そこのお姉ちゃん、あたしが教えてあげる」
キツネの変異体は小さい腕で柄杓を持ち、変異体の少女の隣に立った。
変異体の少女はキツネの変異体のマネをした。口を清めるところまでは老人と一緒。そこから左手に水をかけてから、柄杓を縦にした。
「ほら、ちゃんと口をつけた左手を洗わないと……」
老人の目は死んでいた。
「……もしかして、本当に知らなくて、ショック受けてる?」
「ソウミタイ」
変異体の少女が老人の目に手をかざしても、反応しなかった。
老人が立ち直った後、3人は賽銭箱の前に立っていた。
一斉に礼をし、老人が財布から一円玉を取りだし、賽銭箱の中に入れる。
次に屋根から垂れているヒモを老人が揺らすと、上に付いてある鈴がなる。
その音を聞いて3人は2回ほど礼をした後、手を合わせた。
パン パン
手をたたく音が二回響き渡る
3人は瞳を閉じ、沈黙。
しばらくして、3人はもう一礼をしてから、移動した。
「じいさん、どんな願い事をしたの?」
手水舎に戻ってくると、キツネの変異体は興味深そうに老人の顔を見た。
「……特に考えていなかったな」
「……よくあるけど、もったいないわね。お姉ちゃんは?」
「旅ガ……続ケラレマスヨウニ……」
「旅……そっか、旅しているんだ。だったらあたしもお姉ちゃんの無事を願うよ」
「……アナタハドンナ願イ事シタノ?」
「……」
変異体の少女から目を一瞬だけ逸らすキツネの変異体。
「……あたしはね、神様をぶん殴りたいって願った」
「……」「……」
「あたしね、ここの住職の娘だったの。人間だったころはよく友達と階段でかけっこしていた……だけど、この姿になって友達に見られた時……友達は泣き叫んで逃げて行った。お父さんも似た反応だった」
「……ソレナノニ、ドウシテココニ?」
「他に行くところがなかったから。この場所も嫌いな訳ではなかったからね。それに……あたしはこの神社に神様が居るって信じている。もしも目の前に現れたら、まっさきにこの手でぶん殴ってやりたい。そして言ってやるの、どうしてこんな姿にしたのってね」
「どうしてこんな姿にしたの……か。あんたの願いがかなったな」
「……?」
突然の老人の言葉に、キツネの変異体は目を見開いた。
「おっと、もうそろそろ行かないとな。お嬢さん、階段を降りるぞ」
老人と変異体の少女が立ち去った後、キツネの変異体はその場に座り込んでいた。
「願いがかなった……あたし、神様殴ったっけ?」
その後ろから人間が近づいてきた。
服装から見て、住職だった。
「……オジイサン、ウソツイタ?」
石階段を下る途中、変異体の少女は老人に尋ねた。
「あの子の願いがかなったと言ったことか?」
「ウウン……願イ事ヲ考エテイナカッタッテ言葉。アノ時ノオジイサン、真剣ナ顔ダッタカラ」
「……顔を見たということは、お嬢さん、ウソをついておったな」
老人の思わぬ反撃に、変異体の少女はクスクスと笑った。
「私、他人ニ願イ事ヲシタコトナイ……願イ事ハ、私ノ中デシテタカラ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる