化け物バックパッカー

オロボ46

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★化け物バックパッカー、変異体ハンターと出会う。[後編]

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 上がっていた太陽は沈み初め、空はオレンジ色に染まる。



 建物にぽつぽつと明かりがともり始めた。



 老人と変異体の少女が訪れた駅にも。





「ネエ、オジイサンノ名前……坂春……ダッタヨネ?」

 切符の自動券売機で手続きしている老人に、変異体の少女がたずねる。
「それがどうしたんだ?」
「コレカラナンテ呼ンダライインダロウ? オジイサンデイイノカ……坂春サンデイイノカ……」
 老人……坂春は少し考えた様子だったが、すぐに口を開いた。
「言いやすい方でいい」
「……ソレジャア、試シニ坂春サンッテ言ウネ」
「そうか。そういえば今更になるが……お嬢さんの名前もまだ聞いてなかったな。その姿になる前の記憶がないと言っていたが、名前は思い出せるか?」
 変異体の少女は首をひねっていたが、すぐに首を振った。
「ゼンゼン覚エテナイ……」
「まあいいだろう。思い出したら俺に言ってくるといい。それともいっそのこと、名前を作るのはどうだ?」
「……イイ名前、アル?」
 今度は老人が首をひねっていたが、やはり首を振った。
「……すまん、まったく思い浮かばんな」
「大丈夫……思イツイタ時デイイカラ」
「なんか同じことを言い返された気がするが……ん?」

 老人が急に顔色を変えた。

「ドウシタノ?」
「今思い出した。この駅限定の“炭酸コーヒー”を買い忘れていた!」
「……オイシイノ? ソレ」
「確か、コインロッカー室の近くに自動販売機があっただろう!」
「タクサンロッカーガアル部屋?」
「ちょっと行ってくる! お嬢さんは少し待っててくれ!」
 老人は一目散に走り去って行ってしまった。

「……ア」
 切符の自動券売機に、老人の財布が置かれていることに変異体の少女が気づいた。



 それと同時に、駅は暗闇に包まれた。



 しばらくして、停電は回復した。
 駅員のアナウンスが、原因を調査中だと伝える。

「……大森さあん、もうそろそろいいですかあ?」

 駅の中のトイレの前で立っていた晴海が呼びかける。
「ちょっと待ってくださいよ。ハンカチがなかなか出なくて……」
 しばらくして、大森がハンカチで手を拭きながら現れた。
「先輩、停電の件は本当に大丈夫だったんですかね?」
「わからないねえ。とにかく、依頼の場所に行くよお」
「確か……突然変異症にかかった赤ん坊をコインロッカーに捨てちまった。その赤ん坊を処理してくれって話でしたよね? まったく、腹立つババアだったぜ……」
「仕事は仕事だからねえ。ちゃんとやってよお?」
「わかってますよ。とにかく、そのコインロッカーに……」

 ドンッ

「ん?」「キャッ!!」

 大森に誰かがぶつかった。巨体な大森はびくともしなかったが、ぶつかった人物は勢いで尻餅をついてしまった。
「……あなた、昼間のお」
 晴海は倒れた人物……変異体の少女を見てつぶやいた。
「坂春さんはどうしたんですかあ?」
「……」

 一瞬だけ口にするのをためらったが、少女は2人に老人のことを話した。

「そのじいさんがコインロッカー近くの自販機に買い物に行ったが、財布を落としていった……てことだな?」
 ゴーグルを装着している大森に対して、変異体の少女は静かにうなずいた。
「それなら一緒にこねえか? 俺たちもそのあたりに向かうところだ」
「また不用意に親切にしているう……」
「……」
 変異体の少女は黙り込んでしまった。おそらく、2人を信頼していないのだろう。
 晴海はため息をつき、1人で歩き始めた……

「あ……あひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ……」

 3人は、悲鳴を耳にした。



 その悲鳴をもっともはっきりと聞いたのは、自販機を前にポケットをあさっていた坂春だった。
「……このコインロッカー室からか?」
 坂春が注目したのは、コインロッカー室と呼ばれる部屋だ。



 中はコインロッカーが並んでいる。そのひとつひとつが普通のコインロッカーよりも大きく、大荷物を入れるのに適した大きさだ。
 その天井にはクモの糸が張り巡らされている。そして奥には、男がクモの糸で配線板ごと壁に縛られていた。
 近くのコインロッカーのひとつが破られており、その中には大量のクモの糸がある。そのいくつかはヒモのようにつながっている。





 そのヒモの先には、がいた。口からヨダレのように糸を出しており、男に近づいていく。






「……こりゃあ、見ていられないな」

 変異体の赤ん坊は声の聞こえた方を向いた。
 坂春が哀れな目で変異体の赤ん坊と破られたコインロッカーを見つめていた。



 赤ん坊の変異体は坂春をにらんで口を開け、糸を吐きだした。

 坂春は右によけると、奥の壁に糸が張り付いたのを確認して、その場で足音を立てた。

 それに反応して、変異体の赤ん坊はその場から飛び上がる。口の糸に引き寄せられて、左腕を上げて猛スピードで迫り来る。

 すぐにしゃがんだ坂春に、変異体のツメはかすりもしなかった。
 坂春は立ち上がると、変異体の赤ん坊を追いかけるように来た道を戻る。

 壁に張り付いた変異体の赤ん坊は坂春にむき直し、飛びかかってきた。

「すまんな」

 低くつぶやく坂春の拳が、変異体の赤ん坊に接触した。

 拳が変異体の赤ん坊の鼻をめり込む。

 変異体の赤ん坊は、床に落ちた。

「……申し訳ないが、後は警察に任せるしかないな」
 坂春は赤ん坊を残して、立ち去ろうとした。

 変異体の赤ん坊の目が開いた。
 坂春は自分の拳を見る。

 殴ったときに付いていたのだろうか。

 クモの糸が、坂春の拳に付着していた。

 その糸は、変異体の赤ん坊の口から出ていた。

 坂春の反応よりも速く、変異体の赤ん坊が飛びかかった。



 ピシュン



 何かが飛んでくる音がする。

 その何かは、変異体の赤ん坊の胴体に直撃した。

「ボケていましたよねえ、坂春さん」

 晴海の声が聞こえた。

 コインロッカー室の入り口に、3人の人影が立っていた。
 晴海、大森、そして変異体の少女だった。晴海はサプレッサーを付けた銃口の大きい拳銃を握っている。

 胴体に穴を開けられ、よろめく赤ん坊。
 黒い液体をまきながら、それでも晴海に飛びかかる。

「下がってろ!!」

 大森が前に出てきて、大型のクラッカーのような物を向ける。
 クラッカーに付いているヒモを引っ張ると、網のようなものが飛び出す。

 その網は、変異体の赤ん坊を捕らえ、地面に落ちた。





「こいつはもう……処分するしかないな」
 網の中でもがく変異体の赤ん坊を見ながら、大森が断言した。
「……」
 変異体の少女は黙ったまま、変異体の赤ん坊を見つめていた。それを見た晴海はあきれたように首を振った。
「……まさかその変異体を助けようとは思っていませんよねえ?」
「ワカッテル。デモ……コノ子、ズット寂シカッタ。オ母サンニ会イタカッタ。怖ガレズニ、コンナトコロニ捨テラレナカッタラ……オナカヲ空カセテ人ヲ襲ウコトナンテナカッタノニ……」
「それで?」
「……ナンデモナイ」
 か細い声でつぶやきながら出口を振り向く変異体の少女。
「お嬢さん、いくぞ」
「ウン……」
 坂春と変異体の少女はコインロッカー室から立ち去った。

「……」
 晴海は赤ん坊の額に銃を突きつけながら、晴海は固まった。





 そんなこと、わかっているよ!



 薄暗い部屋の中、



 胴体に穴を開けられ、額に銃口を当てられている大蛇の変異体の前で、



 少女は叫んだ。



 お母さんは人を襲った! それはわかっているよ!



 だけど、お母さんは怖かっただけなの!!



 それでもお母さんは、私を覚えている!!



 どうして殺す必要があるの!?



 おじさんたち、怖いの!?



 お母さんが怖いの!?



 どうして、変異体は怖がられるの!?



 どうして……お母さんは……





 引き金が引かれ、晴海の頬に黒い液体が飛び散った。





 コインロッカー室の中で、首のなくなった変異体の赤ん坊をビニール袋に入れた晴海は、ビニール袋の中をじっと見つめていた。
「先輩……」
 大森の声を聞いて、晴海はかったるそうに口を開いた。

「……なんにもないよお」

 晴海の頬の一部に、黒い液体がかかっている。

 ぬれたように光ったのは、黒い液体がかかっている場所だけではなかった。
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