化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、ヒッチハイクする。[後編]

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 2人の前で、車が停止した。

 赤い塗装に包まれた車の運転席には、サングラスと麦わら帽子を被った人影がある。

 変異体の少女が老人を起こすと同時に、車の後部座席の扉が開く。2人はなだれ込むようにして後部座席に乗り込んだ。



「アノ、エット……」
 変異体の少女は開けた口をすぐに閉じた。自分の奇妙な声帯を気にしたのだろうか。
「道の駅によってくれんか……迅速に……」
 老人がか細い声で伝えると、開いていた扉が音を立てて閉まった。



 その直後、後部座席のシートベルトが動き出し、2人の体を固定した。



 アクセルが倒れ、車は勢いよく走り出す。



 明らかに必要以上のスピード。



 前方の車にあっという間に追いつく。



 ハンドルは右に切る。



 等速直線運動によって、2人と運転手は右に倒れる。



 前方から、対向車が向かってくる。



 ハンドルは左に切る。



 等速直線運動によって、2人と運転手は左に倒れる。



 右へ、左へ、



 道の駅に到着するのに、時間はかからなかった。





 赤い車が道の駅の駐車場に止まった直後、坂春は飛び出していった。

「……フウ」

 坂春がトイレに入ったのを、車の窓から見届けた変異体の少女はほっと一息ついた。
 その後、サイドミラーに映る運転手を見つめる。
「ア……アノ……」
 お礼の言葉を言いかけて、またも変異体の少女は口を閉じた。運転手は無言を貫き通している。
「……」
 少女は何度も、口を開けては閉じることを繰り返していた。

 運転席に座っている人物が、首を横に倒している。もしもシートベルトが装着されていなければ、今すぐにでも倒れそうだ。

 変異体の少女は決心したようにうなずき、横から運転手の顔をのぞいた。



 運転手の肌は、布で出来ていた。



 髪の毛は毛糸、サングラスの下にある目は、ボタンだ。



「コレッテ……人形?」

「ハハッ、ヨクデキテルダロウ?」
「キャ!?」

 ゴツン

 変異体の少女は謎の声に対して驚き、天井に頭をぶつけた。
「イタタ……ダ……誰……?」
「前ダヨ前。ラジオガ付イテイルトコダ」

 ラジオが2つに分かれ、口のように動いていた。口の中には、人間らしい歯が見えている。

「アンタ姿カクシテイルケド、変異体ダヨナア? ナントナーク声ガオカシイトオモッタンダ」
「アナタモ……変異体ナノ……?」
「アア、モチロンダ」
 それを聞いて、変異体の少女は胸を下ろす。
「ヨカッタ……コレガ人間ダッタラ、マタ脅カシテイタ……」
「ソウカ? アノジイサン、結構聞イテイタト思ウゼ?」
「坂春サンナラ、大丈夫」
「サカハル? アノジイサンノ名前カ?」
 車の変異体の発言に少女は首をかしげたが、すぐに納得したようにうなずいた。
「モシカシテ、他人ダト思ッテル?」
「エ……知リ合イ!?」
 変異体の少女は再びうなずいた。しかし、目が室内に付いていないのか、何も返答がないことに気づき、「ソウダヨ」と補足した。
「マジカ……テッキリ見ズ知ラズノ人間ヲ助ケタノカト……」
「“マジ”ッテ……ナニ?」

「本当……という意味だ」

 車の後部座席の扉が開き、坂春が涼しい顔で車内をのぞいていた。そのまま目線を車の変異体に移し、丁寧にお辞儀をする。
「先ほどは助かった。改めて礼を言おう」

「アンタ……俺ガ怖クナイノカ!?」





 一本道の道路を、赤い車が走る。

 先ほどのような無茶苦茶むちゃくちゃなスピードではなく、一定の速度を保っている。

 後部座席で、変異体の少女は窓の外の景色を眺めていたが、何かを思い出したかのように坂春を見た。
「坂春サン、コノ車……ジャナカッタ、コノ人ガ変異体ッテ気ヅイテイタノ?」
「いや、あの時は腹の痛みで精一杯だった。トイレの中でふと考えて初めて変異体だと気づいたんだ。まだ全自動シートベルト装着機なんて開発されていないからな」
「自動運転ニオシャベリ機能ヲ付ケタ車ナンテ、俺以外ニ存在シナイゼ」
 車の変異体の口が、陽気にしゃべる。
「さっきから気になっていたんだが、おまえさんは普段もこうやって走り続けているのか?」
「マアナ。他ニスルコトナンテ、ナイカラナア」
「走ルノハ、好キナノ?」
「モチロンダ! 猛スピードデ走ルト、嫌ナコトモ退屈ナコトモ、コノゴ時世ダッテ忘レルコトガデキルンダゼ!!」
「さ……さすがにもう勘弁してくれ」
「大丈夫ダッテ!! アンタ達ト話シテイルト、ナゼカコノ速サデモ満足ナンダヨナア」
 その言葉を皮切りに、3人の会話が盛り上がり始めた。



 気づけば、空は再び夕焼け色に染まっていた。
「ソウイエバヨオ、アンタ達、旅シテイル格好ダケドヨオ、目的トカアンノ?」
 車の変異体の問いに、坂春と変異体の少女は互いに顔を合わせてほほえんだ。

「この世界のを見るためだ」「コノ世界ノヲ見ルタメ」

「ブッ!!」
 突然、車の変異体の口が吹き出した。
「何がおかしい?」「何ガオカシイノ?」
「イヤアンタ達サア、息ピッタリニ言ッテイルンダケドサア、“全テ”ト“価値”ジャア大キサガ全然違ウダロ?」
 笑い声を交えて話す車の口を、2人はまじめな目で見つめている。
「旅ノ目的ガ違ッタラ、一緒ニ旅スルノ、ダメ?」
「俺たちはただ、見に行くという共通点があるだけだ」
「エット……俺、シャクニ触ルコト、言ッタ?」
「いや、特に」「シャクッテナアニ?」
 夕焼けの空は、少しずつ紺色に染まっていく。
「……ソレナラヨオ」
 少しだけためて、口は言葉を放った。

「俺モ見ニ行ッテイイカ?」

 車は、道路から外れた。





「お嬢さん、着いたようだぞ」
 坂春の声に、変異体の少女の瞳が開く。
「アレ……私、マタ寝坊シチャッタ……?」
 窓の外は暗闇で何も見えず、車内は天井に付けられたライトがほのかな光を出している。
「まだ夜中の12時だ。それにしても、あのスピードでよく眠れたな」
「ナンカ……ナレチャッテ」
「ナア早ク降リテクレヨ。ズット目ヲツブッテイルト、眠タクナッチマウ」
 今にもあくびが出そうな車の口の言葉を聞いて、2人は車を降りた。

「これは……」「……!」
 坂春は言葉が漏れるようにつぶやき、変異体の少女は何も言わずに口をふさぎ、息を漏らした。





 山の頂上の高さから見る空には、星がより強い輝きを放って浮かんでいた。





「昨日ヨリモ……奇麗……」
「標高が高いから、光を吸収する大気が少ないんだ……だが……こんなにも奇麗だったのか……意味なんてないのにな……」

 星を見上げる2人の側で、車のライトを隠すまぶたが開いた。光を灯さない2つのライトは、車の変異体の目とも捉えることが出来る。



 車内の口が、口を開いていた。外の2人には聞こえない声で、自分に言い聞かせるように口を動かした。

「ヤッパリ、忘レルコトナンテ出来ナカッタンダ。ズット、1人ダッタ。星空ダッテ……今日ノヨウニ輝イテ見ルコトナンテ……ナカッタモンナ」
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