化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
36 / 162

変異体ハンター、屋敷を捕獲する。【後編】

しおりを挟む
 
 応接間から離れたところにある、大きなダイニングルーム。

 長いテーブルには、まるで大家族が使っているかのように、

 複数のイスが設置されていた。



 イタタタタタ……



 その部屋に、誰かの声が響き渡った。

 声とともにに扉が開き、晴海が部屋に入ってきた。

 彼女が声の主ではないのか、晴海は無表情のまま、

 声の聞こえた方向に目線を向ける。



 テーブルの先に、暖炉があった。





 晴海はハンドバッグから懐中電灯を取り出し、中を照らした。
 火を付けるための木材すらなく、ただ黒い空間が続いているだけだ。

「イタタタタ……」

 声は、この暖炉の中から聞こえてくるようだ。
「どうかしましたかあ?」
 晴海は暖炉の中の空間に向かって声をかけた。

「イキナリ痛ミヲ感ジマシテ……ン? 聞キ慣レナイ声デスナ」

 暖炉から、奇妙な声が響いてきた。

「あなたがウワサにしていた、変異体ハンターですよう」
「オオ、アナタガソウデスカ。ソレデハ、私ヲ殺シテクレルノデスナ?」
 単刀直入に言ってきた暖炉の言葉に、晴海は思わず懐中電灯を落としそうになった。
「自殺志願ですかあ? 残念ながら、理性を失ったという確信がなければ警察に引き渡すことにしているんですよう。他の同業者はその限りではありませんが、少なくともうちはそうですよお」
「ソウハ言ッテイモ、コノ巨体ヲドウヤッテ警察マデ運ブノダネ?」
 晴海は懐中電灯の電源を切りつつ部屋を見渡す。
 暖炉の言っている巨体とは、屋敷全体のことを言っているのだろう。
「重々承知ですよう。それをなんとかしてくれって、警察時代の先輩からいわれてますからあ」
「ホオ、ソレデハナニカ策ガアルノデスカナ?」
「そんなもの、あるわけがないですよう」
「ソレナラ、殺シテシマエバイイノデスヨ」
 暖炉は奇妙な声で笑った。



「あなた、本当は死にたくありませんよねえ?」



 その笑い声が、たった一言で消えていった。



「殺すのは簡単ですよう。ガソリン撒いてライター放り込むだけでいいんですからあ。でも、それならわざわざ警察を呼ばずに、たとえばピンクドレスの彼女に任せてしまえばいいですよねえ」

 晴海の理論から数秒だけたってから、ようやく暖炉は反論する。

「私ガ彼女ニ人殺シヲサセタクナイト言ッタラ?」
「彼女じゃなくても、他の変異体ハンターに直接依頼すればいいんですよう。今回は結局あたしたちが出向きましたが、もし警察がやって来て、ピンクドレスの彼女が屋敷に入るところを目撃したらどうするんですかあ? 変異体をかくまった罪をとがめられますよお」
「……」

 暖炉から、生暖かい息が吹いてきた。

「……私ハ覚悟ヲシテイルツモリダ。ダケド、ショウモナイ未練ガ残ッテイル」

「しょうもないかどうかは、人によりますけどねえ」

「本当ニショウモナイ未練サ。先ホドモ、子供達ガ私ヲ見テ叫ビナガラ逃ゲテイッタ。ソレハ仕方ナイト思ッテイル。ダガ、ドウセ怖ガラレルノナラ、タクサンノ人間ヲ一斉ニ恐レサセタイ。ソレカラ死ンダ方ガ、スッキリスル」

「それは実現できないこと……なんですねえ」

「アア……イヤ、デキナカッタノハ、私ノ覚悟カ」

 その言葉に、晴海の眉が上がる。

「今ココデ、私ヲ警察ニ引キ渡セル手段ヲ思イツキマシタヨ」

 晴海が暖炉に耳を傾けると、暖炉は小さな声でささやいた。





 時間は流れ、夕日が屋敷を照らし始めたころ、

 玄関の扉が開かれ、大森とドレスの女性が現れた。
「それでは、“彼”をよろしくお願いします」
 ドレスの女性は大森にお辞儀する。
「はい。対処方法は相方と相談しますので、任せてください」
 そう大森が告げると、ドレスの女性は何も言わずに立ち去って行ってしまった。

「……」
 大森はしばらく笑顔を保っていたが、女性が見えなくなると落胆したように大きいため息をついた。

「ふられちゃったあ?」

 その声に大森は背を伸ばし、後ろを振り向く。
 玄関の扉の前に晴海が立っていた。
「は……晴海先輩……話は終わったんですか!?」
「もうとっくに終わっているよお。それなのに大森さんが話に夢中になっているんだからあ……あの女性から彼氏がいると聞いてから話が弾まなくなったのは面白かったけどねえ」
「……」

 リンゴのように赤くなった大森は首を振り、話題を切り替えた。
「それで、どうしますか? 変異体の処理は……」
「あ、それなんだけどねえ……大森さん、あたしたちにできることはもうないよお」
「……それって、駆除ですか?」
「ううん……」
 晴海はそこで言葉を止めて、笑みを浮かべた。

「あの変異体、自分でしにいくんだってえ」





 その夜、



 森を抜けた先にある神社。



 さまざまな屋台が建ち並ぶその場所で、



 人々は叫び、逃げていた。



 追いかけてくるのは、



 屋敷だ。



 屋敷が、8本足を生やして走ってくる。





 狂っているのだろうか。




 いや、先ほどから人間をつふさないように、





 匠に足を動かし、かわしていく。





 少なくとも、理性はある。





 それに、警察署への進行方向も間違っていない。





 それならば、ただ、恐怖を楽しむだけだ。





 それが、変異体になったことの唯一の醍醐味だいごみだからだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...