36 / 162
変異体ハンター、屋敷を捕獲する。【後編】
しおりを挟む応接間から離れたところにある、大きなダイニングルーム。
長いテーブルには、まるで大家族が使っているかのように、
複数のイスが設置されていた。
イタタタタタ……
その部屋に、誰かの声が響き渡った。
声とともにに扉が開き、晴海が部屋に入ってきた。
彼女が声の主ではないのか、晴海は無表情のまま、
声の聞こえた方向に目線を向ける。
テーブルの先に、暖炉があった。
晴海はハンドバッグから懐中電灯を取り出し、中を照らした。
火を付けるための木材すらなく、ただ黒い空間が続いているだけだ。
「イタタタタ……」
声は、この暖炉の中から聞こえてくるようだ。
「どうかしましたかあ?」
晴海は暖炉の中の空間に向かって声をかけた。
「イキナリ痛ミヲ感ジマシテ……ン? 聞キ慣レナイ声デスナ」
暖炉から、奇妙な声が響いてきた。
「あなたがウワサにしていた、変異体ハンターですよう」
「オオ、アナタガソウデスカ。ソレデハ、私ヲ殺シテクレルノデスナ?」
単刀直入に言ってきた暖炉の言葉に、晴海は思わず懐中電灯を落としそうになった。
「自殺志願ですかあ? 残念ながら、理性を失ったという確信がなければ警察に引き渡すことにしているんですよう。他の同業者はその限りではありませんが、少なくともうちはそうですよお」
「ソウハ言ッテイモ、コノ巨体ヲドウヤッテ警察マデ運ブノダネ?」
晴海は懐中電灯の電源を切りつつ部屋を見渡す。
暖炉の言っている巨体とは、屋敷全体のことを言っているのだろう。
「重々承知ですよう。それをなんとかしてくれって、警察時代の先輩からいわれてますからあ」
「ホオ、ソレデハナニカ策ガアルノデスカナ?」
「そんなもの、あるわけがないですよう」
「ソレナラ、殺シテシマエバイイノデスヨ」
暖炉は奇妙な声で笑った。
「あなた、本当は死にたくありませんよねえ?」
その笑い声が、たった一言で消えていった。
「殺すのは簡単ですよう。ガソリン撒いてライター放り込むだけでいいんですからあ。でも、それならわざわざ警察を呼ばずに、たとえばピンクドレスの彼女に任せてしまえばいいですよねえ」
晴海の理論から数秒だけたってから、ようやく暖炉は反論する。
「私ガ彼女ニ人殺シヲサセタクナイト言ッタラ?」
「彼女じゃなくても、他の変異体ハンターに直接依頼すればいいんですよう。今回は結局あたしたちが出向きましたが、もし警察がやって来て、ピンクドレスの彼女が屋敷に入るところを目撃したらどうするんですかあ? 変異体をかくまった罪をとがめられますよお」
「……」
暖炉から、生暖かい息が吹いてきた。
「……私ハ覚悟ヲシテイルツモリダ。ダケド、ショウモナイ未練ガ残ッテイル」
「しょうもないかどうかは、人によりますけどねえ」
「本当ニショウモナイ未練サ。先ホドモ、子供達ガ私ヲ見テ叫ビナガラ逃ゲテイッタ。ソレハ仕方ナイト思ッテイル。ダガ、ドウセ怖ガラレルノナラ、タクサンノ人間ヲ一斉ニ恐レサセタイ。ソレカラ死ンダ方ガ、スッキリスル」
「それは実現できないこと……なんですねえ」
「アア……イヤ、デキナカッタノハ、私ノ覚悟カ」
その言葉に、晴海の眉が上がる。
「今ココデ、私ヲ警察ニ引キ渡セル手段ヲ思イツキマシタヨ」
晴海が暖炉に耳を傾けると、暖炉は小さな声でささやいた。
時間は流れ、夕日が屋敷を照らし始めたころ、
玄関の扉が開かれ、大森とドレスの女性が現れた。
「それでは、“彼”をよろしくお願いします」
ドレスの女性は大森にお辞儀する。
「はい。対処方法は相方と相談しますので、任せてください」
そう大森が告げると、ドレスの女性は何も言わずに立ち去って行ってしまった。
「……」
大森はしばらく笑顔を保っていたが、女性が見えなくなると落胆したように大きいため息をついた。
「ふられちゃったあ?」
その声に大森は背を伸ばし、後ろを振り向く。
玄関の扉の前に晴海が立っていた。
「は……晴海先輩……話は終わったんですか!?」
「もうとっくに終わっているよお。それなのに大森さんが話に夢中になっているんだからあ……あの女性から彼氏がいると聞いてから話が弾まなくなったのは面白かったけどねえ」
「……」
リンゴのように赤くなった大森は首を振り、話題を切り替えた。
「それで、どうしますか? 変異体の処理は……」
「あ、それなんだけどねえ……大森さん、あたしたちにできることはもうないよお」
「……それって、駆除ですか?」
「ううん……」
晴海はそこで言葉を止めて、笑みを浮かべた。
「あの変異体、自分で出頭しにいくんだってえ」
その夜、
森を抜けた先にある神社。
さまざまな屋台が建ち並ぶその場所で、
人々は叫び、逃げていた。
追いかけてくるのは、
屋敷だ。
屋敷が、8本足を生やして走ってくる。
狂っているのだろうか。
いや、先ほどから人間をつふさないように、
匠に足を動かし、かわしていく。
少なくとも、理性はある。
それに、警察署への進行方向も間違っていない。
それならば、ただ、恐怖を楽しむだけだ。
それが、変異体になったことの唯一の醍醐味だからだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる