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化け物バックパッカー、墓を掃除する。【前編】
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街中にある寺に日が差し込み始めたころ、
墓地を歩くひとつの影があった。
その影はまるで朝の散歩に出かけようと、墓地の出口に向かっていた。
道中、ある石碑を通り過ぎるところで影は歩みを止めた。
その石碑の前で、
まだ早朝だというのに、
男が花を添えていた。
それは、昨晩の出来事であった。
石碑が並ぶ墓地に光る、3つの炎。
その炎は、火花を散らしながら上へと昇っている。
それぞれのヒモをつたり、最後まで光続ける炎。
その炎は、途中で火花を飛ばさなくなった。
人間の感覚ではあっという間の時間でも、
光は最後まで、弱々しく鳴りながらも輝き続けた。
「あ、消えちゃった」
小学生ぐらいの年齢の男の子が、線香花火を手にそうつぶやいた。
「ねえ、もうないのお?」
手に持っていた線香花火を水の入ったバケツに入れながら、男の子と同い年と思われる女の子は、近くにいた人物に話しかける。
男の子と女の子の間に入っていた人物は、女の子の声を聞くと首をかしげた。
その人物は黒いローブを見に包んでおり、顔もローブに包まれていてわからない。背丈はふたりの子どもたちよりも高く、10代の少女のような体形だ。
その背中には、黒いバックパックが背負われている。
ローブの少女は後ろを振り返り、そこに立っていた老人の顔を見つめる。
老人は手に持っている袋の中をのぞいて、3人に袋の中身を伝えようと口を開いた。
「あと残っているのは3本か。それぞれ1本ずつ持てば、これで最後だな」
この老人、顔が怖い。
黄色いダウンジャケットを着ており、その背中には少女のものと似たバックパックが背負われている。俗に言うバックパッカーだ。
「えー、もう終わりなの-?」「えー、もう終わりなの-?」
ふたりの子どもたちは、がっかりするような声を出す。
坂春は「いや、」と一言かけながら袋の中に手を入れた。
「あと1回残っているという意味だ」
子どもたちはほっとしたような表情になった……かと思いきや、再び先ほどの顔に戻った。
「でもー、もっとやりたいよおー」
男の子は欲しいおもちゃを買ってもらえない時に行う駄々をこねるポーズをとる。
「おねえちゃんも、そう思うでしょ?」
それとは対照的に、女の子は大人のように落ち着いて……というおませな表情でローブの少女に聞く。
ローブの少女は何も言わないまま、ほほえましそうに口を手で隠しながら笑った。
「最後の瞬間に目を焼き付けておくといい。その瞬間がいつでも思い出せるようになれば、いつでも楽しめるぞ」
老人は袋から3本の線香花火を3人の前に差し出した。
3人は線香花火を手に取ると、バケツの側にあったロウソクに火をつけた。
「おやおや、しゃれたお言葉ですね。“坂春”さん」
その様子を後ろで見守っていた男が、老人に話しかける。
「いえ、たまたまネットで見かけた名言を流用しただけですぞ」
“坂春”と呼ばれた老人は、花火をする子どもたちから目を離さないまま、答える。
「それでも、あの瞬間にさらりとは言えませんよ。この前、友人である別の寺の住職と一緒に食事をした機会があったんですけどね、そこで私がしゃれた言葉を言ったら、白い目で見られましたからね」
その発言から察するに、この寺の住職なのだろうか。
「しかし……今日は助かりました。俺と彼女がここに泊まらせてもらえるとは……」
「いえ、この墓場であなたたちが宿について悩んでいたのを聞いたからですよ。山で野宿なんて、危険な事をさせるわけにはいけませんから」
坂春は、まもなく消えようとしている線香花火をじっと見つめるローブの少女に目線を移した。
「困っていたのは俺だけだが…….でも、本当に大丈夫ですかな?」
「何か不満がありますか? ぜひおっしゃってください」
「いえ、不満はないが……」
坂春は頭をかきながら、一瞬だけ目線を住職に向けた。
「ローブを着ている彼女……あの子は“変異体”ですよ?」
その言葉を聞いても、住職は顔色ひとつも変えることはなかった。
「ええ、あの時お顔を見てしまいましたよ。でも大丈夫です。私の甥と姪に正体を見せなければ問題ないです」
「それは先ほど聞きました。俺が聞きたいのは、なぜ変異体を泊まらせる気になったかです」
住職は一瞬だけ石碑が並ぶ方向を見て、笑みを坂春に向けた。
「個人的な興味ですよ。住職になる前の仕事柄が、まだ残っているわけです」
「その前の仕事とは……」
水の中に線香花火を落とし、ジュッという音が3つ暗闇に聞こえる。
「ねえ!! なにあれ!!?」
それとともに、男の子が暗闇に指をさして叫んだ。
住職は懐中電灯を取り出し、その場所に向ける。
光に照らされたのは、ナス……だった。
そのナスには、4本の脚が生えている。
「……」
住職と坂春が近づく前に、ローブの少女は4本足のナスに近づき、それを拾い上げ、坂春たちに見せた。
「それは……ナスの牛か?」
「ナスの牛ってなあに?」「ナスの牛ってなあに?」
不思議にたずねる子どもたちに、坂春は目線を合わせるためにしゃがんだ。
「“お盆”は知っているか?」
ローブの少女は、初めて聞く言葉のように首をかしげた。
それを見たふたりの子どもは、ニヤリと笑う。
男の子はうなずいて、「うん、知っているよ」と口に出す。
それに続いて女の子は、「ご先祖さまの魂が戻ってくるから、もてなしてあげるんでしょ?」と解説する。
「正解だ。そのご先祖さまが乗ってくるのが、このナスの牛だ。きゅうりの馬の時もあるけどな」
「ふーん」「ふーん」
あまり興味を持たないふたりに対して、ローブの少女は感心したように数回ほどうなずいた。
「しかし、あんな道の真ん中にナスの牛が置かれているとは……」
疑問を口にしながら、坂春はある仮説を思いついたように顔を上げ、後ろの住職を振り向いた。
「ここの墓地のですか?」
「いえ……ここの墓地に、ナスの牛を飾っている墓はありませんが……」
ふと、ローブの少女は手に持っているナスを見た。
足の割り箸が、生き物のようにくの字に曲げ、まっすぐ伸ばした。
「そのナスの牛さん、さっきこっちに来ていたよ」
男の子の証言に、ローブの少女は顔を向ける。
坂春も男の子に目線を向け、決して否定していない表情を見せた。
「……本当か?」
男の子はうなずく。それに対して、女の子はあきれたようにため息をついた。
「そんなわけないよ。人形が動くなんてありえないもん」
「本当だよう、本当に動いたんだよう」
女の子に必死に真実を伝えようとしている男の子の横を通り、ローブの少女は坂春の隣に来た。
「どうした、“タビアゲハ”」
“タビアゲハ”と呼ばれた少女は、坂春の耳元でなにかをささやいた。
坂春は「そうか」と立ち上がり、住職の方を向いた。
「……すみませんが、花火の片付けをお願いしてもよろしいですか」
住職の目が点になった。
「別にかまいませんが……どうなさるのですか?」
坂春は子どもたちに聞こえないように、住職の耳元で説明した。
住職は納得したようにうなずいた後、バケツを手に持ち、子どもたちとともに寺の中へと入っていった。
「……さて」
自分用の懐中電灯を付けた坂春はタビアゲハの持つナスの牛を見ると、その足を指でつついた。
ぷにぷにとした触感は、割り箸ではありえない。
続いて、指をいったん止めて、すぐに指を高速に動かしてくすぐった。
「ほーれ、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ」
「グゥ……グッグッッグッグッグッグッグ」
その笑い声が爆発する前に、坂春は指を離した。
先ほどまでナスの牛になりきっていた何者かは、タビアゲハの手の上で4本足をふらつかせ、「ゼエ、ゼエ」と息を切らしていた。
墓地を歩くひとつの影があった。
その影はまるで朝の散歩に出かけようと、墓地の出口に向かっていた。
道中、ある石碑を通り過ぎるところで影は歩みを止めた。
その石碑の前で、
まだ早朝だというのに、
男が花を添えていた。
それは、昨晩の出来事であった。
石碑が並ぶ墓地に光る、3つの炎。
その炎は、火花を散らしながら上へと昇っている。
それぞれのヒモをつたり、最後まで光続ける炎。
その炎は、途中で火花を飛ばさなくなった。
人間の感覚ではあっという間の時間でも、
光は最後まで、弱々しく鳴りながらも輝き続けた。
「あ、消えちゃった」
小学生ぐらいの年齢の男の子が、線香花火を手にそうつぶやいた。
「ねえ、もうないのお?」
手に持っていた線香花火を水の入ったバケツに入れながら、男の子と同い年と思われる女の子は、近くにいた人物に話しかける。
男の子と女の子の間に入っていた人物は、女の子の声を聞くと首をかしげた。
その人物は黒いローブを見に包んでおり、顔もローブに包まれていてわからない。背丈はふたりの子どもたちよりも高く、10代の少女のような体形だ。
その背中には、黒いバックパックが背負われている。
ローブの少女は後ろを振り返り、そこに立っていた老人の顔を見つめる。
老人は手に持っている袋の中をのぞいて、3人に袋の中身を伝えようと口を開いた。
「あと残っているのは3本か。それぞれ1本ずつ持てば、これで最後だな」
この老人、顔が怖い。
黄色いダウンジャケットを着ており、その背中には少女のものと似たバックパックが背負われている。俗に言うバックパッカーだ。
「えー、もう終わりなの-?」「えー、もう終わりなの-?」
ふたりの子どもたちは、がっかりするような声を出す。
坂春は「いや、」と一言かけながら袋の中に手を入れた。
「あと1回残っているという意味だ」
子どもたちはほっとしたような表情になった……かと思いきや、再び先ほどの顔に戻った。
「でもー、もっとやりたいよおー」
男の子は欲しいおもちゃを買ってもらえない時に行う駄々をこねるポーズをとる。
「おねえちゃんも、そう思うでしょ?」
それとは対照的に、女の子は大人のように落ち着いて……というおませな表情でローブの少女に聞く。
ローブの少女は何も言わないまま、ほほえましそうに口を手で隠しながら笑った。
「最後の瞬間に目を焼き付けておくといい。その瞬間がいつでも思い出せるようになれば、いつでも楽しめるぞ」
老人は袋から3本の線香花火を3人の前に差し出した。
3人は線香花火を手に取ると、バケツの側にあったロウソクに火をつけた。
「おやおや、しゃれたお言葉ですね。“坂春”さん」
その様子を後ろで見守っていた男が、老人に話しかける。
「いえ、たまたまネットで見かけた名言を流用しただけですぞ」
“坂春”と呼ばれた老人は、花火をする子どもたちから目を離さないまま、答える。
「それでも、あの瞬間にさらりとは言えませんよ。この前、友人である別の寺の住職と一緒に食事をした機会があったんですけどね、そこで私がしゃれた言葉を言ったら、白い目で見られましたからね」
その発言から察するに、この寺の住職なのだろうか。
「しかし……今日は助かりました。俺と彼女がここに泊まらせてもらえるとは……」
「いえ、この墓場であなたたちが宿について悩んでいたのを聞いたからですよ。山で野宿なんて、危険な事をさせるわけにはいけませんから」
坂春は、まもなく消えようとしている線香花火をじっと見つめるローブの少女に目線を移した。
「困っていたのは俺だけだが…….でも、本当に大丈夫ですかな?」
「何か不満がありますか? ぜひおっしゃってください」
「いえ、不満はないが……」
坂春は頭をかきながら、一瞬だけ目線を住職に向けた。
「ローブを着ている彼女……あの子は“変異体”ですよ?」
その言葉を聞いても、住職は顔色ひとつも変えることはなかった。
「ええ、あの時お顔を見てしまいましたよ。でも大丈夫です。私の甥と姪に正体を見せなければ問題ないです」
「それは先ほど聞きました。俺が聞きたいのは、なぜ変異体を泊まらせる気になったかです」
住職は一瞬だけ石碑が並ぶ方向を見て、笑みを坂春に向けた。
「個人的な興味ですよ。住職になる前の仕事柄が、まだ残っているわけです」
「その前の仕事とは……」
水の中に線香花火を落とし、ジュッという音が3つ暗闇に聞こえる。
「ねえ!! なにあれ!!?」
それとともに、男の子が暗闇に指をさして叫んだ。
住職は懐中電灯を取り出し、その場所に向ける。
光に照らされたのは、ナス……だった。
そのナスには、4本の脚が生えている。
「……」
住職と坂春が近づく前に、ローブの少女は4本足のナスに近づき、それを拾い上げ、坂春たちに見せた。
「それは……ナスの牛か?」
「ナスの牛ってなあに?」「ナスの牛ってなあに?」
不思議にたずねる子どもたちに、坂春は目線を合わせるためにしゃがんだ。
「“お盆”は知っているか?」
ローブの少女は、初めて聞く言葉のように首をかしげた。
それを見たふたりの子どもは、ニヤリと笑う。
男の子はうなずいて、「うん、知っているよ」と口に出す。
それに続いて女の子は、「ご先祖さまの魂が戻ってくるから、もてなしてあげるんでしょ?」と解説する。
「正解だ。そのご先祖さまが乗ってくるのが、このナスの牛だ。きゅうりの馬の時もあるけどな」
「ふーん」「ふーん」
あまり興味を持たないふたりに対して、ローブの少女は感心したように数回ほどうなずいた。
「しかし、あんな道の真ん中にナスの牛が置かれているとは……」
疑問を口にしながら、坂春はある仮説を思いついたように顔を上げ、後ろの住職を振り向いた。
「ここの墓地のですか?」
「いえ……ここの墓地に、ナスの牛を飾っている墓はありませんが……」
ふと、ローブの少女は手に持っているナスを見た。
足の割り箸が、生き物のようにくの字に曲げ、まっすぐ伸ばした。
「そのナスの牛さん、さっきこっちに来ていたよ」
男の子の証言に、ローブの少女は顔を向ける。
坂春も男の子に目線を向け、決して否定していない表情を見せた。
「……本当か?」
男の子はうなずく。それに対して、女の子はあきれたようにため息をついた。
「そんなわけないよ。人形が動くなんてありえないもん」
「本当だよう、本当に動いたんだよう」
女の子に必死に真実を伝えようとしている男の子の横を通り、ローブの少女は坂春の隣に来た。
「どうした、“タビアゲハ”」
“タビアゲハ”と呼ばれた少女は、坂春の耳元でなにかをささやいた。
坂春は「そうか」と立ち上がり、住職の方を向いた。
「……すみませんが、花火の片付けをお願いしてもよろしいですか」
住職の目が点になった。
「別にかまいませんが……どうなさるのですか?」
坂春は子どもたちに聞こえないように、住職の耳元で説明した。
住職は納得したようにうなずいた後、バケツを手に持ち、子どもたちとともに寺の中へと入っていった。
「……さて」
自分用の懐中電灯を付けた坂春はタビアゲハの持つナスの牛を見ると、その足を指でつついた。
ぷにぷにとした触感は、割り箸ではありえない。
続いて、指をいったん止めて、すぐに指を高速に動かしてくすぐった。
「ほーれ、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ」
「グゥ……グッグッッグッグッグッグッグ」
その笑い声が爆発する前に、坂春は指を離した。
先ほどまでナスの牛になりきっていた何者かは、タビアゲハの手の上で4本足をふらつかせ、「ゼエ、ゼエ」と息を切らしていた。
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