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化け物バックパッカー、水族館の水槽を歩く。【後編】
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「ほら、下りることができただろう」
階段を下りきった坂春の声が、水を通じて聞こえてくる。このビニールは音を遮断することはないようだ。
「スゴイ……水ノ中ヲ歩ケルナンテ」
「着心地はどうだ?」
「ウン……ナゼカ、違和感ガナイ……ナンダカ、普段カラ触ッテイルヨウナ感ジ」
感触を確かめるように、タビアゲハはビニール袋を内側からつかんだ。
その指先からは、とがった爪が見えていた。
タビアゲハは自分の爪に気づくと、すぐに手を離した。
「心配しなくても、破れることはないぞ」
「……ホント?」
「ああ、どういう原理なのかはわからないが、今まで事故は起きていないそうだ」
「コレガ水族館ノ目玉……デモ、ドウヤッテデキテイルンダロウ……」
一瞬だけ、坂春の顔が曇ったが、すぐに笑顔に戻ったため、目線をビニールに向けていたタビアゲハは気づくことはなかった。
「……さあな。そんなことよりも、早くいくぞ。目玉となるものがあっても、魚がないと水族館とはいえないだろう」
タビアゲハは「ソッカ」とつぶやくと、坂春を追い越そうとかけだした。
「こら、走ったらいかんぞ」
坂春もその後に続いていく。
通路を抜けた先は、広い空間。
そこでは、さまざまな種類の魚が泳いでいた。
魚たちは、
空間の中を、
上下左右360度自由に泳いでいる。
「ワア……」
「ああ……やっぱり懐かしいな……」
ふたりはため息をついた。
浮かび上がることもなく、海底に足をつけたままで。
「……デモ、オ魚ニ食ベラレチャウカモ……」
ふと思いついた疑問に心配するタビアゲハを見て、坂春はまた笑みを浮かべた。こんどは、思い出に浸っているような表情も混ぜて。
「初めて来た俺も、同じ事を考えていたな。このビニールの効果なのか、こちらにはよってこないから安心していいぞ」
「坂春サンッテ、前ニモココニ来タコトガアルノ?」
「何度も繰り返し来ていた。初めてここに来たのは、俺が40歳のころだった」
「ソノコロカラアッタノ? ココノ水族館」
「ちょうどオープン初日だったな。友人に連れられて、初めて水の中で魚を見上げた時……俺はこれが少年時代だったら、海洋学者になりたいって夢を抱いていたなと思った」
「ヘエ……ソレデ“サーフィン”ガ好キナンダ」
「いや、サーフィンとはまったく関係がないぞ。サーフィンを始めたのは高校のころだったからな」
ふたりは、会話に花を咲かせながら、泳ぐ魚を眺めていた。
奥に進んでいくと、上へと上がる階段があった。
ふたりは階段に足をかけ上っていくと、水面が見え始め、水から上がった。
下りの時よりも少ない段数を上がった先にあったのは、細長い通路だ。
壁には小さな魚の水槽や、魚についての豆知識が書かれた説明書きが書かれている。
その通路を、たまご型のビニールに包まれたままタビアゲハは首をかしげていた。
「ドウシテ水ヲワケテイルンダロウ……」
「そりゃサメとイワシを同じ水槽に入れるわけにはいかんだろう」
「ア、ソッカ」
「それに、魚たちは自分の暮らしていた水じゃないと生きていくことができないんだ。川の魚なら、川の水じゃないといけないということだ」
「ソレナラ、進ンデイクホド深イ所ニ住ンデイル魚ガ出テクルノ?」
「確かそんな順路だったはずだ」
坂春の言葉に、関心するようにうなずくタビアゲハ。
彼女は、ある扉の前で足を止めた。
スタッフルームと思わしきその扉から、話し声が聞こえてきた。
従業員と思われる、ふたりの男の声だ。
「そういえば先輩……もぐもぐ……」
「どうした……がつがつ…….」
「ごくん……ここの水族館のアレ、どうやって作ったんでしょうかね」
「ごくごく……ふう、アレってビニールみたいなやつか。さあな、俺の上司でも知らないとか言ってたぞ」
「……先輩って、例の説、信じますか?」
「例の説?」
「あのビニール、“変異体”だという説ですよ」
「変異体って……人間の目で見ると本能的に恐怖に襲われる化け物か。一応元人間なんだっけ?」
「ええ、この水族館がオープンして10年立ったころに、ニュースでざわついたことがありまして……」
「ああ、なんか聞いたことがあるぞ。ビニールが破けて、切れ目から黒い液体があふれ出ている写真が公開されたって話……確か、変異体の血の色は黒色だったよな」
「もっとも、決して破れないはずのビニールが破れているのはおかしいとか言って、誰かのいたずらということになったんですよね。第一、見ても特に怖くないですし」
「でも待てよ……? 変異体を見ても恐怖に襲われないゴーグルが警察などで使われているのを聞いたことがあるから……」
「それがどうしました?」
「万が一、本当だったとしたら、あのビニールに使われているのは……」
「どうした、早くいくぞ」
タビアゲハはわれに返り、先に進んでいた坂春の元に急いだ。
階段を下りきった坂春の声が、水を通じて聞こえてくる。このビニールは音を遮断することはないようだ。
「スゴイ……水ノ中ヲ歩ケルナンテ」
「着心地はどうだ?」
「ウン……ナゼカ、違和感ガナイ……ナンダカ、普段カラ触ッテイルヨウナ感ジ」
感触を確かめるように、タビアゲハはビニール袋を内側からつかんだ。
その指先からは、とがった爪が見えていた。
タビアゲハは自分の爪に気づくと、すぐに手を離した。
「心配しなくても、破れることはないぞ」
「……ホント?」
「ああ、どういう原理なのかはわからないが、今まで事故は起きていないそうだ」
「コレガ水族館ノ目玉……デモ、ドウヤッテデキテイルンダロウ……」
一瞬だけ、坂春の顔が曇ったが、すぐに笑顔に戻ったため、目線をビニールに向けていたタビアゲハは気づくことはなかった。
「……さあな。そんなことよりも、早くいくぞ。目玉となるものがあっても、魚がないと水族館とはいえないだろう」
タビアゲハは「ソッカ」とつぶやくと、坂春を追い越そうとかけだした。
「こら、走ったらいかんぞ」
坂春もその後に続いていく。
通路を抜けた先は、広い空間。
そこでは、さまざまな種類の魚が泳いでいた。
魚たちは、
空間の中を、
上下左右360度自由に泳いでいる。
「ワア……」
「ああ……やっぱり懐かしいな……」
ふたりはため息をついた。
浮かび上がることもなく、海底に足をつけたままで。
「……デモ、オ魚ニ食ベラレチャウカモ……」
ふと思いついた疑問に心配するタビアゲハを見て、坂春はまた笑みを浮かべた。こんどは、思い出に浸っているような表情も混ぜて。
「初めて来た俺も、同じ事を考えていたな。このビニールの効果なのか、こちらにはよってこないから安心していいぞ」
「坂春サンッテ、前ニモココニ来タコトガアルノ?」
「何度も繰り返し来ていた。初めてここに来たのは、俺が40歳のころだった」
「ソノコロカラアッタノ? ココノ水族館」
「ちょうどオープン初日だったな。友人に連れられて、初めて水の中で魚を見上げた時……俺はこれが少年時代だったら、海洋学者になりたいって夢を抱いていたなと思った」
「ヘエ……ソレデ“サーフィン”ガ好キナンダ」
「いや、サーフィンとはまったく関係がないぞ。サーフィンを始めたのは高校のころだったからな」
ふたりは、会話に花を咲かせながら、泳ぐ魚を眺めていた。
奥に進んでいくと、上へと上がる階段があった。
ふたりは階段に足をかけ上っていくと、水面が見え始め、水から上がった。
下りの時よりも少ない段数を上がった先にあったのは、細長い通路だ。
壁には小さな魚の水槽や、魚についての豆知識が書かれた説明書きが書かれている。
その通路を、たまご型のビニールに包まれたままタビアゲハは首をかしげていた。
「ドウシテ水ヲワケテイルンダロウ……」
「そりゃサメとイワシを同じ水槽に入れるわけにはいかんだろう」
「ア、ソッカ」
「それに、魚たちは自分の暮らしていた水じゃないと生きていくことができないんだ。川の魚なら、川の水じゃないといけないということだ」
「ソレナラ、進ンデイクホド深イ所ニ住ンデイル魚ガ出テクルノ?」
「確かそんな順路だったはずだ」
坂春の言葉に、関心するようにうなずくタビアゲハ。
彼女は、ある扉の前で足を止めた。
スタッフルームと思わしきその扉から、話し声が聞こえてきた。
従業員と思われる、ふたりの男の声だ。
「そういえば先輩……もぐもぐ……」
「どうした……がつがつ…….」
「ごくん……ここの水族館のアレ、どうやって作ったんでしょうかね」
「ごくごく……ふう、アレってビニールみたいなやつか。さあな、俺の上司でも知らないとか言ってたぞ」
「……先輩って、例の説、信じますか?」
「例の説?」
「あのビニール、“変異体”だという説ですよ」
「変異体って……人間の目で見ると本能的に恐怖に襲われる化け物か。一応元人間なんだっけ?」
「ええ、この水族館がオープンして10年立ったころに、ニュースでざわついたことがありまして……」
「ああ、なんか聞いたことがあるぞ。ビニールが破けて、切れ目から黒い液体があふれ出ている写真が公開されたって話……確か、変異体の血の色は黒色だったよな」
「もっとも、決して破れないはずのビニールが破れているのはおかしいとか言って、誰かのいたずらということになったんですよね。第一、見ても特に怖くないですし」
「でも待てよ……? 変異体を見ても恐怖に襲われないゴーグルが警察などで使われているのを聞いたことがあるから……」
「それがどうしました?」
「万が一、本当だったとしたら、あのビニールに使われているのは……」
「どうした、早くいくぞ」
タビアゲハはわれに返り、先に進んでいた坂春の元に急いだ。
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