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バックパッカーの老人と変異体、そして女の子の思い出を思い出す。【2】
しおりを挟む女の子の目を覚まさせたのは、コーンの甘い香りだった。
「……?」
白い壁の側に置かれていたベッドの上で体を起こした女の子は、ゆっくりとしていながらも、その匂いの元を探すように辺りを見渡した。
「!!」
ベッドの側に置かれたテーブルの上に置かれている物を見て、女の子は目を見開いた。
甘いコーンの香りは、コーンスープの湯気の匂いだったのだ。その側にはごまドレッシングのかかったレタスとトマトのサラダ、それに唐揚げを載せた皿。その隣の皿にはバターの乗った食パンが2枚。それとコップ1杯の水がある。
女の子はまずコップを手に取り、中身の水を3秒で飲み干した。
続いて、食パンを口の中に放り込み、熱々のコーンスープを喉に流し込む。
その後、用意された箸には手を伸ばさず、レタスに伸ばす。
ドレッシングが手についていてもお構いなしに。
その勢いでトマトを食し、唐揚げも口に入れる。
「……」
唐揚げだけは、喉を通さなかった。
口からこぼれ落ちた唐揚げの断面を、女の子は何かを思い出すように見つめる。
その時、扉からノックの音が聞こえてきた。
ベッドの反対側の扉から入ってきたのは、顔の怖い男性だ。ベッドの上の女の子と、皿に残されていた唐揚げに目を向けている。
「もう起きていたのか」
男性に聞かれても、女の子は警戒しているのか何も言わなかった。
「……これを食ったら、早くここから出て行くんだな。もし長居するようなら……警察に突き出す」
警告するように女の子に話した後、男性は扉を開けたままこの部屋から立ち去った。
しばらくしてから、女の子は唐揚げを残したまま部屋から出た。
廊下を通っていると、まるで屋敷のように広いホールの2階に出てくる。
階段を下り、1階の玄関と思わしき両開きの扉のノブに手をかける。
「……?」
女の子は、玄関のノブをひねったまま何度も引っ張った。しかし、両開きの扉は隙間ひとつ開けようとする様子はなかった。
その女の子の後ろに、野球で使う大きさの白いボールが転がってきた。
ボールは自分で動けるのか、女の子の靴のかかとから、右の肩まで登ってきた。
「モウ帰ッチャウノオ?」
ボールが出した声は、女の子にとってどこか懐かしい響きだった。
女の子が後ろを振り向くと、その勢いでボールは床に落ちる。
ボールは階段の影に向かって転がって行く。
女の子が追いかけて階段の影に向かうと、階段の裏に扉があることに気がついた。
扉の先は、暗闇に包まれた階段が広がっていた。
その階段を、ボールは自らの体を光らせながら階段を下りていく。
女の子も、暗闇に視界を覆い尽くされないためにボールの後を追う。
階段を下りた先も暗闇が狭い廊下を包んでいる。
階段から下りた勢いでボールは弾み、廊下の中を駆け抜けていく。
やがて、光の漏れている部屋に飛び込んでいった。
その後を追って女の子が部屋に入り、
しばらくしてから、ニット帽の男性が部屋に入ろうとした。
「おいっ! 長居するなと……」
男性がその部屋に足を踏み込む直前、それをふさぐように大きな透明のボールが部屋の入り口の前まで転がってきた。
「チョット待ッテネエ。私ハコノ子ノコトヲ聞キタイノ。アナタモ聞キタクテ連レテキタンデショ?」
奇妙な声に男性は反論するように口を開けたが、言っても無駄だと考えたのか、何も言わず閉じてしまった。
「ゴメンネ。コノオジサンハチョット心配性ナノヨオ。ダケド、私ヲ匿ッテイル、イイ旦那デモアルノ」
部屋の中の女の子は声の主に顔を向ける。その足元には、色とりどりのボールが囲んでいた。
声の主は部屋の中心を陣取っている、巨大な白色のボールだ。大きさは足元のボールはもちろん、部屋をふさぐ透明のボールよりも大きい。
「ネエ、アナタノ名前、教エテクレル?」
巨大なボールはブヨブヨと体を震わせて声を出す。
その側で女の子は胸に両手を添えているものの、そのボールに対しては恐怖心や警戒心を抱いている様子はなかった。
「……は……」
一文字だけを口にして、いったん深呼吸をする。
「晴海……」
「晴海チャンネエ……オ腹好カシテイタミタイダケド、ドコカラ来タノ?」
「……」
巨大なボールが興味があるようにたずねると、“晴海”と名乗った女の子は黙ってしまった。
その様子を部屋の入り口から見ていた男性はため息をついた。
「わざわざ心の中が読めるから、聞く必要なんてないだろ」
「マアイイジャナイ。ドンナ声デ答エルノカ、興味ガアルンダシイ」
心の中が読めるという言葉に、晴海は背筋を伸ばした。それに対して、クスクスという笑い声が、ボールの体を揺らす。
「緊張シナクテイイノヨ。アナタハ、私ノコトガ怖クナインデショ? 大好キダッタオ母サント、一緒ダッタンダカラア」
その言葉は、心の中の奥深くに突き刺さったように晴海の胸を締め付ける。
思い出したくない思い出を必死に押さえつけようとして、晴海は自分の頭を抱える。
「忘レヨウトシテ、トニカク歩イテキタンダヨネエ。デモ、ズットフサイデイテモ、タダ苦シイダケ。一度ハ開ケテモイインジャナイ?」
巨大なボールはまるで子供を抱くように、ボールの一部と晴海の顔をくっつけた。
晴海は体を震わせながら、地面に膝をつく。
ボールの表面に、小さなしずくが付着した。
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