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化け物バックパッカー、花畑にとっての花粉になる。【後編】
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花畑の中に、小さなコテージがあった。
中は理科室で使われていそうな機材で埋め尽くされている。
一方で、テレビはなく、キッチンやベッドは小さく簡素だった。
生活する家というよりも調査をする拠点といった方が近い。
そのコテージの玄関の扉が開かれた。
テーブルの前に置かれているソファーに坂春とローブの少女が腰掛けると、女性は近くのキッチンでコップに水を入れ、そのコップと白い袋をテーブルに置いた。
坂春は袋から錠剤を取り出すと口に入れ、それと同時に口に流し込む。
「坂春サン、モウ治ッタ?」
一息つく坂春の耳に、ローブの少女は女性に聞かれない声の大きさでささやく。
「薬を飲んですぐ治るわけじゃない。だが、気分は楽になったな」
「ふたりとも、なにひそひそ言っているんだ?」
その様子を見ていた女性にたずねられて、坂春は「ああ……」と右手を上げる。
「この子は恥ずかしがり屋でな、あまり周りには話しかけないんだ」
「そうなんだ。まあ、私にはどちらでもいいんだけどな」
いったん興味を逸らしてくれて胸をなで下ろしたのは、ローブの少女だった。
「しかし、珍しいよ。花粉症の症状だけで済むなんて」
女性は坂春の充血した赤い目を見て、興味深いようにうなずいた。
「やっぱりこの花粉症はあの花が原因か?」
「うん。私も最初は悩まされたよ。だからこうして完全対策した格好で調査しているわけさ」
女性は付けているマスクと保護めがねを指さし、つけなくてもいいと気がついたように眉をあげ、マスクと保護めがねを外した。
「先ほど、花粉症で済んだとか言っていたが、それ以外にもなんかあるのか?」
「ああ、私が経験した中では……実はおととい、ここに強盗が入っちゃってね。私は人質になったと思っていたけど、彼はもろに花粉を受けちゃったみたいで――」
そこまでいって、女性は一度口を止めた。
「おとといの夜、なにかにおびえたように叫び周り、精神が崩壊したよ」
一瞬にして固まる空気。
その空気を打ち破るように、坂春の口が開いた。
「……その後、どうなった?」
「うん。昨日の朝に警察に引き取ってもらったさ。その後彼がどうなったのかはわからないけどね」
「ソレッテ……マルデ変異……」
勢いに乗せられて、ローブの少女は奇妙な声を出してしまった。
慌てて口を両手で閉じるも、女性はすでに表情を変えていた。
「……ああ、そういうことだったのか。化け物の姿をした“変異体”であることを知られないために、声を出さなかったわけか」
納得するようにうなずく女性に、ローブの少女はゆっくりと両手を下ろす。
「……全然怖ガラナイネ」
「そっちのじいさんも同じだろ? 変異体を普通の人間が目にすると恐怖の感情に襲われるが、中には耐性を持っている人間もいる。もっとも、私は変異体には興味がないけどね」
「それじゃあ、おまえはここで何をしているんだ?」
「この辺りに咲いている花の研究だ。知り合いからこの花畑の話を聞いてね、この土が変異体だというウワサが出ているんだ」
窓の外に顔を向ける女性。
その女性に、坂春は充血した目を向ける。
「その話が本当なら、土の姿をした変異体から生えた花によって、変異体と同じような症状を起こす花粉を出すということか?」
「そういうことさ。どうしてそんな花粉を飛ばすのか、私にはまだわからないけど」
女性は話の区切りに、大きなあくびをした。
「おっと、忘れるところだった。今日はここに警察の調査が入るんだ。変異体は見つかり次第、隔離もしくは駆除されるんだろ? 早くここを出発したほうがいいんじゃないかな」
「……あっさりと隔離やら駆除やら言うんだな。まあいいか」
坂春とローブの少女はゆっくりとソファーから立ち上がると、出発の支度を始めた。
タビアゲハが扉に近づくころ、その後ろで坂春は思い出したかのように足を止めた。
「そういえば、ひとつ疑問に残っていたことがあるのだが……」
「? どうしたんだい?」
ゆっくりと女性に振り向き、残った疑問を吐き出した。
「なぜ昨日の夜、あの花は見当たらなかったんだ?」
女性がその質問に答えようとしたとき、坂春の後ろで扉を開けたまま固まっているローブの少女に目を向けた。
「……ネエ、ナンダカ風ガ不自然……強イッテイウカ、ナニカニ吸イ込マレテイクヨウナ……」
その言葉を聞いた瞬間、女性の顔が今まで見せなかった焦りの表情に変わった。
「早く扉を閉めて!!」
コテージの周りに咲く花が、どこからか噴いた風によって、舞い上がった。
その風に乗り、花粉がどこかへと運んでいく。
別の場所に、花を生み出すためなのか、
あるいは、人に危害を与えるためなのか、
その理由は、花を生やす土すらわからないだろう。
花がなくなったその土は、テントという名の花粉による影響で、赤くなっていた。
中は理科室で使われていそうな機材で埋め尽くされている。
一方で、テレビはなく、キッチンやベッドは小さく簡素だった。
生活する家というよりも調査をする拠点といった方が近い。
そのコテージの玄関の扉が開かれた。
テーブルの前に置かれているソファーに坂春とローブの少女が腰掛けると、女性は近くのキッチンでコップに水を入れ、そのコップと白い袋をテーブルに置いた。
坂春は袋から錠剤を取り出すと口に入れ、それと同時に口に流し込む。
「坂春サン、モウ治ッタ?」
一息つく坂春の耳に、ローブの少女は女性に聞かれない声の大きさでささやく。
「薬を飲んですぐ治るわけじゃない。だが、気分は楽になったな」
「ふたりとも、なにひそひそ言っているんだ?」
その様子を見ていた女性にたずねられて、坂春は「ああ……」と右手を上げる。
「この子は恥ずかしがり屋でな、あまり周りには話しかけないんだ」
「そうなんだ。まあ、私にはどちらでもいいんだけどな」
いったん興味を逸らしてくれて胸をなで下ろしたのは、ローブの少女だった。
「しかし、珍しいよ。花粉症の症状だけで済むなんて」
女性は坂春の充血した赤い目を見て、興味深いようにうなずいた。
「やっぱりこの花粉症はあの花が原因か?」
「うん。私も最初は悩まされたよ。だからこうして完全対策した格好で調査しているわけさ」
女性は付けているマスクと保護めがねを指さし、つけなくてもいいと気がついたように眉をあげ、マスクと保護めがねを外した。
「先ほど、花粉症で済んだとか言っていたが、それ以外にもなんかあるのか?」
「ああ、私が経験した中では……実はおととい、ここに強盗が入っちゃってね。私は人質になったと思っていたけど、彼はもろに花粉を受けちゃったみたいで――」
そこまでいって、女性は一度口を止めた。
「おとといの夜、なにかにおびえたように叫び周り、精神が崩壊したよ」
一瞬にして固まる空気。
その空気を打ち破るように、坂春の口が開いた。
「……その後、どうなった?」
「うん。昨日の朝に警察に引き取ってもらったさ。その後彼がどうなったのかはわからないけどね」
「ソレッテ……マルデ変異……」
勢いに乗せられて、ローブの少女は奇妙な声を出してしまった。
慌てて口を両手で閉じるも、女性はすでに表情を変えていた。
「……ああ、そういうことだったのか。化け物の姿をした“変異体”であることを知られないために、声を出さなかったわけか」
納得するようにうなずく女性に、ローブの少女はゆっくりと両手を下ろす。
「……全然怖ガラナイネ」
「そっちのじいさんも同じだろ? 変異体を普通の人間が目にすると恐怖の感情に襲われるが、中には耐性を持っている人間もいる。もっとも、私は変異体には興味がないけどね」
「それじゃあ、おまえはここで何をしているんだ?」
「この辺りに咲いている花の研究だ。知り合いからこの花畑の話を聞いてね、この土が変異体だというウワサが出ているんだ」
窓の外に顔を向ける女性。
その女性に、坂春は充血した目を向ける。
「その話が本当なら、土の姿をした変異体から生えた花によって、変異体と同じような症状を起こす花粉を出すということか?」
「そういうことさ。どうしてそんな花粉を飛ばすのか、私にはまだわからないけど」
女性は話の区切りに、大きなあくびをした。
「おっと、忘れるところだった。今日はここに警察の調査が入るんだ。変異体は見つかり次第、隔離もしくは駆除されるんだろ? 早くここを出発したほうがいいんじゃないかな」
「……あっさりと隔離やら駆除やら言うんだな。まあいいか」
坂春とローブの少女はゆっくりとソファーから立ち上がると、出発の支度を始めた。
タビアゲハが扉に近づくころ、その後ろで坂春は思い出したかのように足を止めた。
「そういえば、ひとつ疑問に残っていたことがあるのだが……」
「? どうしたんだい?」
ゆっくりと女性に振り向き、残った疑問を吐き出した。
「なぜ昨日の夜、あの花は見当たらなかったんだ?」
女性がその質問に答えようとしたとき、坂春の後ろで扉を開けたまま固まっているローブの少女に目を向けた。
「……ネエ、ナンダカ風ガ不自然……強イッテイウカ、ナニカニ吸イ込マレテイクヨウナ……」
その言葉を聞いた瞬間、女性の顔が今まで見せなかった焦りの表情に変わった。
「早く扉を閉めて!!」
コテージの周りに咲く花が、どこからか噴いた風によって、舞い上がった。
その風に乗り、花粉がどこかへと運んでいく。
別の場所に、花を生み出すためなのか、
あるいは、人に危害を与えるためなのか、
その理由は、花を生やす土すらわからないだろう。
花がなくなったその土は、テントという名の花粉による影響で、赤くなっていた。
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