化け物バックパッカー

オロボ46

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★化け物バックパッカー、つり橋から落ちる。

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 まもなく夕焼けへと姿を変える太陽は、崖の側で座り込んでいる少女を照らしていた。

 その少女は、崖の下をじっと眺めていた。

 下に広がるのは、小さな川。小さく見えるのは、深い崖の底にあるからだが。

 ローブを着込み、フードで顔を隠すその少女は、目線のようなものを少し上に動かす。

 そこには、不自然に設置された金属製の扉があるだけだった。
 扉の下には足場はなく、そこから入ることが不可能なのは、誰の目から見ても明らかだ。

 その扉の真上には、崖と崖をつなぐつり橋が設置されていた。

 一瞬だけ見ると、崩れそうなつり橋。

 だが、立ち入り禁止の看板がないことから、まだ人が乗って崩れることはなさそうだ。



 少女の後ろに広がる森。
 そのうちの木の1本にもたれて座っていた老人は水筒を口につけると、崖をのぞく少女の後ろ姿を眺めた。

「“タビアゲハ”、落ちるんじゃないぞ」

 そう声をかけるこの老人、顔が怖い。
 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショートヘアーにショッキングピンクのヘアバンドと奇妙なファッションセンスをしている。
 その横には、黒いバックパックが置かれていた。俗に言うバックパッカーである。

「ウン、ワカッテル」

 タビアゲハと呼ばれたローブの少女は後ろを振り向いて、人間とは言いがたい奇妙な声で答えた。その背中には、老人と似たようなバックパックが背負われていた。

 タビアゲハは再び崖をのぞき込み、不自然な扉が視界に入ると老人の方に再び振り返った。
「ネエ、アソコニ扉ガアルケド……」
 扉に向けて指をさすタビアゲハを見て、老人は少女の元に近づいてしゃがみ込み、不自然な扉を見て眉をひそめた。
「……なにかの建物の開発跡だろうな。というかそれ以外思いつかないのだが」
「アノ扉、開ケテミタイケド……無理ダヨネ」
 まるでガラスケースに飾られたオモチャをねだるように扉を眺める少女に、老人は鼻で笑い、立ち上がった。


 つり橋を渡っている間も、少女は下の扉が気になっている様子だった。

「アノ扉ノ中ニ人ッテ住ンデイルノカナ?」
「住んでいるとしても、あの扉から入る人間はいないだろうな」
「ネエ、モシモアノ扉カラ入ルトシタラ……“坂春サカハル”サンハドウヤッテ入ル?」
 純粋な十代のようなイントネーションで尋ねるタビアゲハに対して、“坂春”と呼ばれた老人は首をかしげるしかなかった。
「あの扉ってことは、別の入り口から入るのはなしってことだな? そうだな……エレベーターらしきものがないから、上からロープを垂らして入るしかないな。最も、そこまでしてあの扉を開けたいとは思わないが」
「飛ンデイケバ、楽ナンダケドナ」
「そんなこと、人間にはできんよ」
「ウン。人間ニハ……」

 その時、タビアゲハのフードがふわりと上がった。

「なっ――」「エッ――」

 それとともに、ふたりの体は下へと落下した。

 エレベーターのように落下する、つり橋とともに。



「……」「……」

 つり橋が止まり、手すりにしがみつくふたりの体を揺らす。

 坂春が一方を見ると、断崖の壁が道をふさいでいた。
 タビアゲハが反対側を見ると、不自然な金属製の扉があった。

 その扉が開かれ、中から男性が現れた。

「……!!」
「……」「……」
 物を入れていないと思われるハンドバッグを手に持つ男性は、来るはずのない人の姿を見て困惑している様子だったが、タビアゲハの顔を見ると目を輝かせた。

「……変異体、だよね?」
「……!!」

 影のように黒い肌を持つタビアゲハの顔には、眼球がなかった。
 代わりにあるのは、青い触覚。本来眼球が収められているべき場所から生えているその触覚は、まぶたを閉じると引っ込み、開くと出てくる。この世界では変異体と呼ばれる、化け物だ。

 タビアゲハは下りていたフードを慌てて被るが、男性は怖がる気配を見せなかった。

「大丈夫大丈夫、私も変異体ですから」
「エ……?」
 戸惑うタビアゲハの後ろで、坂春は鋭い目つきで男性の姿を眺める。どこからどう見ても、人間の姿をしていた。
「しかし見たところ、人間のようだが……」
 坂春の言葉に、男性は笑みを浮かべて後ろの扉を親指で指さした。
「それについて、ぜひ見てもらいたいものがあります! あなた、ラッキーですよ! 私の部屋に来てください!」

 スキップしたい気持ちを抑える足取りで扉に向かう男性の背中を見て、坂春とタビアゲハは困惑したように互いの顔を見た。





 扉の先には、豆電球で照らされた洞窟が広がっていた。

 壁には木製の簡単な柱が設置されており、まるで一昔前の鉱山のようだった。

 そんな部屋の真ん中に置かれている、ちゃぶだい。

 その側には衣類を入れるトランクが置かれていた。

 ちゃぶだいの一方を男性が座り、その反対側に坂春とタビアゲハが座る。

「ソレデ……見セタイモノッテ?」
 タビアゲハが首をかしげてたずねると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに男性は手をたたき、近くに置かれていたトランクを開ける。

 自信満々にかかげたそれは、着ぐるみのようだ。

 いや、タイツと言った方がいいだろうか? 否、タイツとも違う。



 それは、人間の皮だった。

 肉体が入っていないため、剥製のようにぺらぺら。その背中には、着ぐるみを思わせるチャックが付いていた。



「それは……いったいどこで?」
 坂春が恐る恐るたずねると、男性は笑顔で答える。
「以前、ここにおなかを空かせた女性が訪れたんです。その人は変異体である私を見ても恐れず通報もしなかったので、私は料理を振る舞ったんです。その時の礼にもらったんですよ」
「ソノ人……ドンナヒトダッタノ?」
「ああ、結構若い人みたいだったけど、以外と年は上だったなあ。あの人、変異体が元の人間の生活に戻れるように世界各地を旅して、自作の皮を各地の変異体に渡して回っているみたいですよ」
「……」「……」
 坂春とタビアゲハは、生き生きと話す男性に反応に困っているような表情を見せていた。
「どうかなさいました?」
「あ、いいや、ちょっと考え事をしていただけだ」
「そうですか、ところで、いかがですか?」
 いきなりたずねられたタビアゲハは、触覚を出し入れする。
「イカガッテ……ソノ皮ノコト?」
「ええ。皮が破れてしまった時のための予備に加えて、いくつか追加でもらったんです。よければいかがですか?」

「……ウウン、イラナイ」

 あっさりと首を振ったタビアゲハに、男性は眉を上げた。

「どうしてです? 人間と同じ生活ができるんですよ?」

 タビアゲハは不思議がる男性の持つ人間の皮に触覚を向け、ため息をついた。

「……私ハ、旅ヲシテイル。人間ノコロハ記憶ガナイシ、世界ノ全テヲ見ルノニ、人間ノ皮ハイラナイ」





 太陽が沈み出し、空がオレンジ色に染まった。

 橋は元の位置に戻っており、橋から立ち去る坂春とタビアゲハの姿が。

 そして、反対側に男性が渡っていく姿が見えた。



「どうして受け取らなかったのかなあ……」

 森から抜けた男性は、ビルのならぶ市街地を歩いていた。買い出しだろうか。

「変異体のまま旅をしたくても、あって損はないはずなのに……」

 横切る人々は、彼を見ても顔色を変えない。

 人間の皮を被った変異体には見えないからだ。

「あの子……なんだか言いにくいことがあったみたいだけど……」

 男性は人混みから1歩外れた。

 信号が切り替わった横断歩道に、足を踏み出す。

「もしかして……この皮って……」



 顔を上げた男性は、勢いよく横に吹っ飛んだ。



 トラクターにはねられた勢いで宙を舞い、アスファルトにたたきつけられる。



 打撃により半分の皮は剥がれ飛び、アスファルトによって残りの皮を引き裂かれる。



「……」

 正体を現した男性は、体をけいれんさせながら、空を見上げていた。

 宙に舞う人間の皮を眺めて。



「もしかして……あの皮は……本物の……」



 粘りけのある、卵のように黄色い腕を、皮をつかもうと天に伸ばす。



 男性が目を見開いた時には、拳銃を構えた警官たちに囲まれていた。



 まるで人間を食いちぎったような、人間の皮が散乱したアスファルトを地にして。





 太陽が完全に沈みきったころ、

 森の中に設置されたテントの中から、坂春とタビアゲハの声が聞こえてくる。

「アノ人……気ヅイテイナインダネ」

「ああ、人間の皮をそのまま剥ぎ取ったものだということにな」

「坂春サン……人間ノ皮ヲ渡シテイル人……ドウシテ渡シタノカナ」

「……さあな。ただ、そいつもなにか強い思いないと、こんなことをしないだろう。法律で匿うことの禁止されている、変異体を連れて旅をしている俺みたいにな」

「……イツカ、見ルコトニナルノカナ。ソノ人ノ思イ」

「この旅の先で出会うことがあるのなら、見ることになるかもしれないな」



 その時、どこからかつり橋の崩れる音が聞こえてきた。
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