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化け物バックパッカー、崇められる。【後編】
しおりを挟む「……“変異体教”の、信者だったわけか」
「ええ。最近はほとんど活動は出来ていませんけどね」
納得したようにうなずく老人の横で、変異体の少女は首をかしげていた。
「坂春サン……“ヘンイタイキョウ”ッテ……ナニ?」
「ああ、世界中で活動をしているという宗教団体だな。変異体を神の加護を受けた人間として崇め、彼らに人権を与えるように訴える活動をしている」
坂春と呼ばれた老人の説明に、女性は床に目を写した。
「といっても……今はもう、訴える力もなくなってきているのですけどね」
その様子を呆然とみる少女に対して、坂春は深いため息をついた。
「数年前……変異体教の過激派が、変異体を収容する隔離除を襲撃、そこで大量の人間が亡くなった。関係のない人間も含めて、な」
女性はローブのフードの下でまぶたを閉じ、唇を震えさせた。
過去の出来事を、まぶたの裏に写しだしているかのように。
「……すまなかった。余計なことまで説明してしまったな」
「い、いえ……だいじょうぶです。私がしたことではないので……」
まぶたの裏に写ったものを振り払うように、女性は首を振った。
「あの、よろしければ食後のミルクはいかがでしょうか?」
テーブルの上に、ホットミルクの入った2杯のマグカップが置かれた。
ひとつは坂春の目の前に。
もうひとつは、女性の手元に。
女性は数量のミルクを喉に通すと、ふたりにまっすぐに向き合った。
「これから、どこに向かれますか?」
坂春と変異体の少女は、戸惑ったように違いの顔を見合わせた。
「コレカラッテ言ッテモ……」
「最近は決めていないな……」
ふたりのつぶやきに女性は「身よりがないのですね……」と哀れむようにうなずく。
「それならば、ここにずっといてもいいですよ」
「えっ」「?」
坂春は困惑するように、しかし、その場の空気からうまく言葉が出ない様子で、とりあえず頭をかいていた。
「いや……俺たちは別に……」
「いえ、遠慮なさらないでください。変異体にせめてもの慈悲を与えるのが私の使命。追われ続け、逃げ場もなくさまよう変異体とそれをかばう人間を見過ごすわけにはいかないのです。過去の事件のことで信用できないのなら、無理にとは言いませんが……」
覚悟を決めたような瞳を向ける女性に、なかなか真実を話すタイミングが見つからない坂春。
そんな様子を観察していた変異体の少女は、女性に向かって首をかしげた。
「私タチ……別ニ追ワレテイルワケデモ、逃ゲテイルワケデモナイケド」
「……え?」
女性は一瞬だけ、固まった。
「いやでも、あんな吹雪の中を、必死に歩いてきた様子でしたし……」
戸惑う様子に、ようやく坂春は話すタイミングをつかめたようだ。
「ああ、あれは野宿をしたテントを片づけていたら、急に吹雪が来てな。こんな山奥では遭難するかもしれないということで、道が見えている間に移動をしていたんだ」
「でも、そのような格好、それにあの荷物……どこか安住の地を求めて旅をしているのでは……」
部屋の角に置いておいたバックパックを指さして、少女は口に手を当てて笑った。
「私タチ、自分ノ意思デ旅ヲシテイルノ。ドコカニ向カッタリ何カニ追ワレテイルワケジャナクテ」
「……どうして……ですか?」
女性は恐怖に襲われていた。
少女が変異体であるという事実ではなく、また自身の命や立場が脅かされているわけでもなく。
ただ、少女のはっきりした言葉に、体を震わせていた。
「あなたたちが旅をしているのなら、見てきましたよね? 人間に被害を与えるという可能性だけで、罪の変異体たちが捕らえられたり、その場で駆除される姿を。それなのに……」
「それなのに、どうして俺たちは旅をしているんだろうな。自身も同じ目に遭う可能性もあるのに、個人的な興味で世界を見て回りたいという理由だけだもんな」
坂春はホットミルクを飲み干すと、隣の変異体の少女に向かって片方の頬角を上げた。
「ヨクワカラナイヨネ。ダケド、ソウイウ光景ヲ見テイルカラ、モット見タイッテ思ウヨウニナル。似タヨウナモノデモ、ミンナ考エ方ガ違ウカラ」
窓の外の吹雪が、強くなった。
手からマグカップが落ち、地面にたたきつけられて割れ、ホットミルクが床にしみこむ。
彼らの言葉を聞いた女性の目には、この世のものではないものが写っていた。
自身の価値観を揺るがす、神秘的な存在が。
粉雪の降る公園の中。
白いローブを着た者は、今日も花壇に腰掛け、紙芝居の準備をする。
数日前から訪れるようになったその人物を見る、
周囲の人々の目線は冷たかった。
「みて……例の“変異体教”、今日も来ているわよ」
誰かがそうつぶやいても、その人物……彼女は微動だにしなかった。
やがて、小さな女の子がその人物に近づいた。
恐れをなさない女の子は、すぐに彼女と打ち解け、やがて毎日彼女のもとに通うようになった。
ある日、女の子は彼女にねだった。「タビアゲハさまに会ったこと、ある?」と。
「……あの日は、たとえおばあちゃんになっても忘れません」
昔話を語り終えた彼女は、空からふる雪を眺めていた。
「それで、どうしてまた、ここで活動をすることにしたの?」
無邪気な女の子の質問に対して、彼女はすぐに目線を合わせる。
「あの時の私は、変異体であることだけで決めつけないと神に近いながら、他人からの意見だけで自分を決めていたんです。人殺しの仲間だって。でも、あのお方たちと出遭ってから、そのことに気がついたのです」
「ふーん、なんだか“タビアゲハ”さまって、神様みたいだね」
「ええ、今までの私は神を信じることよりも、世の中への疑問を胸に活動していました。しかし……タビアゲハさまは、私の見えなかった内心を見せてくれた……いわば神として崇めるべき存在です」
ちょっと飽きてきたのか、女の子はそばに置いてある紙芝居を指さした。
「そんなことよりもさ、今日も聞かせてよ、タビアゲハさまのお話」
「ええ、そうですね」
彼女は一度手を胸の前で組んでから、紙芝居を手に取った。
昔、羽のない蝶は路地裏の中に隠れて暮らしていました。
珍しい姿をしていたので、人間に見つかってしまうと怖がられ、誰かに捕まってしまうからです。
そんな蝶の夢は、旅をすることでした。
地球と呼ばれた星そっくりに作られた、この星を。
路地裏の向こうに広がっている、世界を見るために。
ある日、心優しいおじいさんがやって来て、羽をプレゼントしてくれました。
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蝶はおじいさんとともに、旅に出ました。
そしてその触角で世界を見て、その価値をおじいさんに一生懸命見せました。
その姿は、おじいさんだけではなく、旅で出会ったたくさんのお友達にステキなものを見せることができました。
ある日、蝶のお友達のひとりが、お名前をプレゼントしてくれました。
そのお名前は、“タビアゲハ”。
街という花を渡り歩いて、その触角でこの世界を見続ける蝶。
「タビアゲハさまは、今もおじいさんとともに、この星を旅しているそうです」
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