化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
138 / 162

化け物バックパッカー、崇められる。【後編】

しおりを挟む



「……“変異体教”の、信者だったわけか」
「ええ。最近はほとんど活動は出来ていませんけどね」

 納得したようにうなずく老人の横で、変異体の少女は首をかしげていた。
坂春サカハルサン……“ヘンイタイキョウ”ッテ……ナニ?」
「ああ、世界中で活動をしているという宗教団体だな。変異体を神の加護を受けた人間として崇め、彼らに人権を与えるように訴える活動をしている」
 坂春と呼ばれた老人の説明に、女性は床に目を写した。
「といっても……今はもう、訴える力もなくなってきているのですけどね」
 その様子を呆然ぼうぜんとみる少女に対して、坂春は深いため息をついた。

「数年前……変異体教の過激派が、変異体を収容する隔離除を襲撃、そこで大量の人間が亡くなった。関係のない人間も含めて、な」

 女性はローブのフードの下でまぶたを閉じ、唇を震えさせた。

 過去の出来事を、まぶたの裏に写しだしているかのように。

「……すまなかった。余計なことまで説明してしまったな」
「い、いえ……だいじょうぶです。私がしたことではないので……」

 まぶたの裏に写ったものを振り払うように、女性は首を振った。

「あの、よろしければ食後のミルクはいかがでしょうか?」





 テーブルの上に、ホットミルクの入った2杯のマグカップが置かれた。

 ひとつは坂春の目の前に。

 もうひとつは、女性の手元に。

 女性は数量のミルクを喉に通すと、ふたりにまっすぐに向き合った。
「これから、どこに向かれますか?」
 坂春と変異体の少女は、戸惑ったように違いの顔を見合わせた。
「コレカラッテ言ッテモ……」
「最近は決めていないな……」
 ふたりのつぶやきに女性は「身よりがないのですね……」と哀れむようにうなずく。
「それならば、ここにずっといてもいいですよ」
「えっ」「?」
 坂春は困惑するように、しかし、その場の空気からうまく言葉が出ない様子で、とりあえず頭をかいていた。
「いや……俺たちは別に……」
「いえ、遠慮なさらないでください。変異体にせめてもの慈悲を与えるのが私の使命。追われ続け、逃げ場もなくさまよう変異体とそれをかばう人間を見過ごすわけにはいかないのです。過去の事件のことで信用できないのなら、無理にとは言いませんが……」

 覚悟を決めたような瞳を向ける女性に、なかなか真実を話すタイミングが見つからない坂春。

 そんな様子を観察していた変異体の少女は、女性に向かって首をかしげた。



「私タチ……別ニ追ワレテイルワケデモ、逃ゲテイルワケデモナイケド」



「……え?」
 女性は一瞬だけ、固まった。
「いやでも、あんな吹雪の中を、必死に歩いてきた様子でしたし……」
 戸惑う様子に、ようやく坂春は話すタイミングをつかめたようだ。
「ああ、あれは野宿をしたテントを片づけていたら、急に吹雪が来てな。こんな山奥では遭難するかもしれないということで、道が見えている間に移動をしていたんだ」
「でも、そのような格好、それにあの荷物……どこか安住の地を求めて旅をしているのでは……」

 部屋の角に置いておいたバックパックを指さして、少女は口に手を当てて笑った。

「私タチ、自分ノ意思デ旅ヲシテイルノ。ドコカニ向カッタリ何カニ追ワレテイルワケジャナクテ」

「……どうして……ですか?」

 女性は恐怖に襲われていた。

 少女が変異体であるという事実ではなく、また自身の命や立場が脅かされているわけでもなく。

 ただ、少女のはっきりした言葉に、体を震わせていた。

「あなたたちが旅をしているのなら、見てきましたよね? 人間に被害を与えるという可能性だけで、罪の変異体たちが捕らえられたり、その場で駆除される姿を。それなのに……」

「それなのに、どうして俺たちは旅をしているんだろうな。自身も同じ目に遭う可能性もあるのに、個人的な興味で世界を見て回りたいという理由だけだもんな」

 坂春はホットミルクを飲み干すと、隣の変異体の少女に向かって片方の頬角を上げた。

「ヨクワカラナイヨネ。ダケド、ソウイウ光景ヲ見テイルカラ、モット見タイッテ思ウヨウニナル。似タヨウナモノデモ、ミンナ考エ方ガ違ウカラ」



 窓の外の吹雪が、強くなった。



 手からマグカップが落ち、地面にたたきつけられて割れ、ホットミルクが床にしみこむ。



 彼らの言葉を聞いた女性の目には、この世のものではないものが写っていた。



 自身の価値観を揺るがす、神秘的な存在が。










 粉雪の降る公園の中。

 白いローブを着た者は、今日も花壇に腰掛け、紙芝居の準備をする。

 数日前から訪れるようになったその人物を見る、

 周囲の人々の目線は冷たかった。

「みて……例の“変異体教”、今日も来ているわよ」

 誰かがそうつぶやいても、その人物……彼女は微動だにしなかった。



 やがて、小さな女の子がその人物に近づいた。

 恐れをなさない女の子は、すぐに彼女と打ち解け、やがて毎日彼女のもとに通うようになった。



 ある日、女の子は彼女にねだった。「タビアゲハさまに会ったこと、ある?」と。



「……あの日は、たとえおばあちゃんになっても忘れません」

 昔話を語り終えた彼女は、空からふる雪を眺めていた。

「それで、どうしてまた、ここで活動をすることにしたの?」

 無邪気な女の子の質問に対して、彼女はすぐに目線を合わせる。

「あの時の私は、変異体であることだけで決めつけないと神に近いながら、他人からの意見だけで自分を決めていたんです。人殺しの仲間だって。でも、あのお方たちと出遭ってから、そのことに気がついたのです」

「ふーん、なんだか“タビアゲハ”さまって、神様みたいだね」

「ええ、今までの私は神を信じることよりも、世の中への疑問を胸に活動していました。しかし……タビアゲハさまは、私の見えなかった内心を見せてくれた……いわば神として崇めるべき存在です」

 ちょっと飽きてきたのか、女の子はそばに置いてある紙芝居を指さした。

「そんなことよりもさ、今日も聞かせてよ、タビアゲハさまのお話」

「ええ、そうですね」



 彼女は一度手を胸の前で組んでから、紙芝居を手に取った。











 昔、羽のない蝶は路地裏の中に隠れて暮らしていました。

 珍しい姿をしていたので、人間に見つかってしまうと怖がられ、誰かに捕まってしまうからです。

 そんな蝶の夢は、旅をすることでした。

 地球と呼ばれた星そっくりに作られた、この星を。

 路地裏の向こうに広がっている、世界を見るために。



 ある日、心優しいおじいさんがやって来て、羽をプレゼントしてくれました。

 真っ黒だけど、旅をすることができる大切な羽でした。

 蝶はおじいさんに、旅に連れて行ってくださいとお願いをしました。

 するとおじいさんは、世界の価値を見せてくれと言いました。

 おじいさんは、姿の違う人をいじめるところを見て、この世界が嫌いになったのです。

 だけど、蝶のキレイな触角を見て、この蝶と一緒に旅をすればこの世界が好きになるかもしれないと思いました。



 蝶はおじいさんとともに、旅に出ました。

 そしてその触角で世界を見て、その価値をおじいさんに一生懸命見せました。

 その姿は、おじいさんだけではなく、旅で出会ったたくさんのお友達にステキなものを見せることができました。



 ある日、蝶のお友達のひとりが、お名前をプレゼントしてくれました。

 そのお名前は、“タビアゲハ”。

 街という花を渡り歩いて、その触角でこの世界を見続ける蝶。



「タビアゲハさまは、今もおじいさんとともに、この星を旅しているそうです」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...