「聖女失格」と追放された令嬢ですが、辺境伯に溺愛されて覚醒しました

桜月あいす

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08.聖女の覚醒

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 朝の光が差し始めたころ、リュシエルは静かに祈りを捧げていた。
 窓辺に膝をつき、両手を組む。
 白く冷たい指先が震えるのは、寒さのせいばかりではなかった。

(レオニスさま……どうか、ご無事でいてください)

 彼が出陣してからの数日は、途方もなく長く感じられた。
 本当はさほど経っていないはずなのに、心の中では、永遠にも思えるほどだ。

 あの夜、ふたりは心を交わした。
 あたたかな言葉、ぬくもり、そして初めて知った幸福。

 だからこそ、帰ってきてほしかった。
 もう一度、彼の笑顔を見たいと願う。

 ただ、祈ることしかできない。
 それでも、少しでも彼を守りたいと祈りを捧げる。

 けれど、胸がざわめく。
 不意に、涙がこぼれそうになる。

(……いや)

 何かが違う。
 これは、ただの不安ではない。

 レオニスに、何かが起きている。
 その確信が、頭の奥を鋭く打った。

「ダメ……ダメ、そんなの……許せない」

 声が震えた。

 あんなにも強くて、誰よりも誠実な人が、こんな場所で終わるなんて、あってはならない。

「どうか……どうか、彼を……」

 生まれて初めて、人のために心の底から祈った。
 命を救いたいと、心から願う。
 自分の全てを引き換えにしても、彼に助かってほしい。

 その瞬間だった。

 胸の奥が、熱くなった。
 目の前が白く染まり、世界がひっくり返るような感覚に包まれる。

 足元から風が巻き起こり、彼女の髪と衣が舞い上がる。
 何かが流れ込んでくる。温かくて、まばゆいもの。

 気がつけば、自分の身体が宙に浮いているのがわかった。

 足元にはまばゆい光が広がり、その中心に自分がいた。
 ふわりと浮かぶように空中に立ち、全身を柔らかな光が包んでいる。

 その視界の先に、見知らぬ風景が広がっていた。
 石と泥にまみれた地面。
 焦げた空気。剣戟と、悲鳴。

 そこは、戦場だった。

「……ここは……」

 宙に浮かぶリュシエルの足下から、光が静かに広がっていく。
 まるで大樹の根のように、無数の紋が地を這い、聖なる結界が瞬く間に形成されていく。

 魔物たちは動きを止め、一斉に後退を始めた。
 凶暴な咆哮が、怯えた唸り声に変わっていく。

 兵たちは呆然と立ち尽くし、やがて誰かが叫んだ。

「聖女だ……! 聖女が現れた……!」

 その声に、場の空気が変わる。
 死と隣り合わせだった者たちの目に、再び希望が灯る。

 風が静かに吹いた。
 リュシエルは、自分の手の甲に浮かぶ紋章を見つめる。

 そこには、確かに“聖女”の証が刻まれていた。

 ──これは、偶然の奇跡ではない。

 ようやく、自分が誰かを想い、誰かのために生きたいと願えたからこそ生まれた力。
 その力が、まさに今、絶望に沈んでいた戦場に逆転の兆しを運んでいた。

 聖なる光の中心で、リュシエルはゆっくりと顔を上げた。
 戦場の喧騒が引いていく中で、ひとつの視線がぶつかる。

 レオニスが、彼女を見ていた。
 泥にまみれた鎧の下で、金の瞳だけがまっすぐに光を宿している。

 何も言葉はなかった。
 けれどその一瞬で、互いの胸の内にあるものがすべて伝わった気がした。

 生きていてくれて、ありがとう──。
 ここまで来てくれて、ありがとう──。

 ただ、静かに見つめ合う。
 それだけで、十分だった。
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