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家族の資格

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「君が柏木夏かしわぎなつ くん?」

その人が俺の前に現れたのは、中学卒業間近の、まだ肌寒さの残る空気が澄んだ春の朝だった。



「はじめまして、夏くん。俺は、湊柊みなとひいらぎと言います」

差し出された右手に、どこか儚げな印象を覚えた。

「・・・はじめまして」

握り返すと、思ったより小さく冷たい。

「突然だけど、夏くん、キミを養子に迎えたいんだけど、考えてみてくれないかな?」

俺は6歳の時に両親を事故で亡くし、この養護施設で育ってきた。
ずっと育ててきてくれたシスターや施設の職員、一緒に育ってきた仲間たちに感謝はしているが、早く施設を出て自立したかった俺は、目の前に現れた見ず知らずの若い男の養子になることを選んだ。

高校入学に合わせて新生活を始めるため、彼と出会ってから一ヶ月もしないうちに施設を出ることになった。

柊さんは、国立の有名大学を卒業し、若くして事業を成功させ、三年ほどで一企業の社長になった、俗に言うエリート、というやつだった。
経済力もあり、人柄も良かったため、養子縁組までの時間は長くかからなかった。

未婚でイケメン、金も地位も持っている若い男が、なんで俺なんかを養子に迎えたのかはわからなかったが、早く施設を出たかった俺には好都合だった。



「今日からここが、夏くんの家だよ」

連れてこられたのは、明後日から通うことになる高校からほど近い場所にあるマンションだった。

「この部屋が夏くんの部屋。一応一通りの家具は用意してあるけど、足りないものや必要なものがあったら遠慮なく言って。となりが俺の部屋ね」

施設と違って、真新しい家具、清潔そうな寝具。何より、自分の部屋が与えられたことが、俺にとってはいちばん嬉しいことだった。

「ありがとうございます!俺、ひとり部屋ってめっちゃ憧れだったんですよ」

「そっか、夏くんが喜んでくれたなら俺も嬉しいよ。荷物片付けたらダイニングの方に来て。夕飯にしよっか」

少ない荷物を片付けてダイニングへ行くと、柊さんは、パソコンでピザを注文していた。

「ごめん。なんも用意してなくて、俺、料理も出来ないから、今日はピザでもいいかな?」

「ピザなんて施設にいる時はめったに食べれるもんじゃなかったから、めっちゃ嬉しいです!」

「・・・そっか。今度、家族になったお祝いと、夏くんの入学祝い、あらためてやんないとな」


しばらくして、デリバリーのピザが届く。

「いただきまーす!・・・やっべぇ!超うまい!」

「ピザでこんなに喜んでくれるなら、他のものも、きっと食べさせがいがあるんだろーなぁ」

「柊さんはなんで俺を養子にしようと思ったんですか?まだ若いし、イケメンだし、金持ちだし、いくらでも子供作る相手いるんじゃないですか?」

「・・・いないよ。俺は結婚する気も子供作る気もないんだ」

「なんでですか?」

「う~ん、ひみつ。息子に話すような事じゃないしね」

「ちぇっ、じゃあ俺は、お父さんって呼べばいいですか?」

「それは・・・ちょっと抵抗があるなぁ、25で、15歳の子からお父さんなんて、犯罪臭するもんなぁ」

「ですよね。俺の事は夏って呼んでください。父親と息子なのに、君付けは、なんか犯罪くさいです」

「はは、だよな、じゃあ、夏で」


初めて一緒に過ごした夜は、柊さんがすごくいい人だということがわかって、俺はこの人の養子になれて心から良かったと思っていた。
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