私の中から貴方だけが姿を消した

きんのたまご

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ヘクターからの手紙にはもう一度話合いたいと書いてあった。
それはいい。どちらにせよ近いうちに話し合いをしなければいけないと思っていたから。
問題なのは例の彼女の方からの手紙である。
内容は平たく言うとこうだ。
私とヘクターは愛し合っている半年間も婚約者を放っているのだからさっさと婚約破棄でも何でもして私にヘクターを返せと。
浮気相手が本気になっちゃった感じか。
いや、あながちヘクターの方もあんな婚約者とは早く別れてお前と一緒になりたいよとか言ってたのかもしれない。
もうこれは既成事実だろうと思い私は躊躇わず両親にこの手紙を見せた。
あまりの事に絶句しショックを隠しきれない両親。ご心配ばかりおかけしてすみません。

1度、何故さっさと婚約解消出来ないのかと聞いた事がある。すると例えお前自身の事でも記憶の無い時に勝手に決めてしまったらお前の記憶が戻った時、元々ヘクターを好きだったお前が後悔する事になるかもしれないとそう言われてその時はそうかもしれないと大人しく引き下がったが、こんな手紙が浮気相手の方から来てしまった今、ヘクターとこのまま婚約している方が色々良くないと両親も思ってくれる事だろう。
お父様は声を荒らげたりはしなかったが「今すぐにヘクターを呼ぶように」と有無を言わせぬ圧力で執事にそう告げていた。


再び開催される婚約者との話し合い。急な事でお姉様はいない。お父様がヘクターを呼び出す前に出掛けられてまだお帰りでは無い。
連れて来られる馬車の中である程度の事を聞かされて来たのか我が家に着いた時にはもう顔色が悪かったヘクター。まあ、自業自得だ。
座るヘクターの前に私は無言で彼女からの手紙を差し出す。震える手でその手紙を取り読み始める。手が震えているせいでカサカサ音が酷い。
「流石にここまでとなると黙っている訳にはいかない」
ヘクターが読み終えたであろうタイミングでお父様が話し出す。その声にヘクターの体がビクリと揺れた。
「何か言う事はあるか?」
ヘクターの喉がゴクリと鳴る。
「か、彼女…とはこんな手紙が送られて来るような間柄ではありません」
「ほう?」
「確かに…あの日に、キスはしましたが…勿論その1度きりで……愛を囁いた覚えもありません」

………いやー、なんてシュールな……。自分の婚約者が目の前で浮気相手の事を話しているというこの状況。しかも両親付き。これは拷問だわ‪w
見ている光景が面白すぎて今にも吹き出しそう。

「信じてくれ!」
急に私にそう言ってくるヘクター。
「この状況で何を信じろと…」
思わず素で返してしまった。
私はため息を付く。
「ヘクター…何を意固地になっているのか私には分かりかねますが、もうやめにしましょう?以前も言った通り貴方は私の事を疎ましく思っていたのでしょう?貴方は記憶喪失で無いのですから自分の事が分からないなんて言わないで下さいね。そんな私から婚約を解消しましょうと言っているのです貴方はその申し入れを素直に受け入れる、それが1番いい道だと思いますよ?」
「違うんだ!本当に!本当に以前から!君が記憶を失う前から俺は君の事を本当に愛していたんだ!俺がそんな事を言っても信じて貰えないだろうけど、どの口がって思われるだろうけど…本当なんだ」
そこまで言ってヘクターは静かに涙を流した。


……いや、お前が泣くの?
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