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第二章 封じられた鬼神
再びのバレーナ
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あれ以降、妙な死体を見つけることも無く。
僕は無事にバレーナの街門にたどり着いていた。
うーん、それにしても鬼人の里に向かうために通った時にも思ったけど・・・
ヌエがいた頃と比べると活気が段違いだなぁ。
人の数は大差無いんだけど、巨大な物が街門を出入りしている。
具体的に言うと、ありとあらゆる種類の魔獣である。もちろん既に討伐されている。
マンティコアをはじめ、石化鳥とか石化蛇みたいな『異能』を使うものや、多頭蛇のような伝説クラスの魔獣の姿も見える。
うん、あらためて見るとここ恐ろしい場所だなぁ。
そもそもヒュドラとか倒すだけで地方によっては英雄なんだけど。なんでそんな奴が普通にウロウロしてるんだろう。怖すぎるでしょ。
それでも普通に街が運営されているんだから、『千の蹄』の精強さがよく分かる。
ついでに、そんな『千の蹄』正規兵の大部分で押さえつけていたという、ヌエの底知れなさも。我ながら、良く被害を出さずにあれを倒せたものだと思う。
シャイナから聞いた話では、ヌエが何故かアルスに執着していたかららしいけど・・・要するに運が良かっただけだ。
さて、とりあえず街に入ろう。この街は特に出入りする人を管理していないので、勝手に入らせてもらおう。
この立派な壁と門は人ではなく魔獣の侵入を防ぐための物だし。
と、そんなことを考えながら、行き来する人や荷馬車を避けながら街門に向かっていると、視界の端に見知った人を見つけた。
「あれ、マスター?こんなところにいるなんて珍しいですね。」
「これはこれはシルヴァさん。数日ぶりですね。鬼人の里には行けましたか?」
声をかけた僕にそう言って穏やかに微笑むのは、尖った耳をした賢人種の男性。
彼は僕に鬼人の里の情報をくれた、酒場のマスターだ。
賢人種らしく人当たりが良く、誰に対しても優しく接する彼は、この街でとても人望がある。
そんなわけで、彼の経営する酒場には様々な情報が集まるのだ。
鬼人の里も、そういった関係で彼の元に届いた情報のひとつなのだろう。
とはいえ、彼はあくまでも酒場の店主。いくら魔獣の肉が特産のバレーナでも、個人経営の酒場におろすにはマンティコアたちの肉は大きすぎるはずだ。
だから、基本的にこんな街の外れになんて来ないと思うんだけど・・・
という疑問が僕の顔に出ていたのか、あるいは賢人種特有の察しの良さによるものか。実際のところは定かでは無いけれど、彼は苦笑しながらここにいる理由を答えてくれた。
「ここには友人を探しに来たのですよ。遠方から来るので、案内をと思いまして。」
「ああ、そうなんですね。・・・でも、こっち側の門ってことは危険地帯を通りますよね?普通に陸路で来るなんて珍しいような気が・・・」
僕がバレーナに来た時に通った道は、比較的安全なルートだ。だから馬車が通ってたし、そこまで裕福でもない人でも使える。それでも安価とは言えないけど。
それに対し、鬼人の里があるこちらの方はより危険度の高い地帯に入る。
僕自身、街と里のあいだを歩く時は接敵しないように最大限注意している。
自慢じゃないけど、これはかなり高度な技術だ。バレーナ近辺の魔獣は当然感覚も鋭いし。
「確かにこの方面から来る人は少ないですね。ただ、私の友人は腕が立ちますから。ああいえ・・・死ぬ事がないから心配ない、と言うべきでしょうか」
「死ぬ事が無い・・・って。」
不死性を持つ種族はいくつかある。あるけど、代表的なものと言えばやはり。
「吸血種、ですか?」
「ええ。かれこれ100年近い付き合いになるでしょうか。私が子供の頃からの友人です。」
マスター意外と高齢なんだな・・・と少し思ったけど、今それは全く重要じゃない。
このタイミングで吸血種が近くにいるなんて幸運だ。なにせ吸血種のことは、吸血種に聞くのが1番だから。
僕はマスターに1歩近づいて、その目を見つめて頼む。
「マスター!突然で不躾なお願いだとは重々承知なんですけど、そのご友人を僕に紹介してはくれませんか?」
「え?それは、別に構いませんが。何か特別な事情・・・というより、以前のヌエ絡みの件でしょうか。風の噂程度ではありますが、私も得体の知れない存在がいまだ街の近くにいるとは聞き及んでいます。」
さすが賢人種。恐ろしいほど話が早い。
「いえ、まだヌエの件と同じかは断言できません。事実だけを端的に言えば、鬼人の里の近辺で人狼種と、はぐれ吸血種と思しき痕跡を発見しました。どちらも、本来いるはずの無い場所で。」
「なるほど。事情は分かりました。ただ、友人は長い時を生きているからか時間におおらかなところがありまして・・・」
あー・・・。時間にルーズになるのは長命な種族にありがちな傾向だ。
契約を何よりも大切にするような種族ならともかく、素の寿命だけでも数百年、上位元素による延命を含めれば千年単位で生きる人達にとって、数日の違いなど些細なものだろうしなぁ。
僕の知り合いの吸血種も、割と似たようなところがある。
今回の件でも、元々はその人の知恵を借りようと思っていたけど、連絡が取れるのがいつになるか分からないからなぁ。
確実に会えるならその方が良いと思ったんだけど・・・
こればっかりは仕方ない。
「私も、何日かここで待っているのですが・・・正確な日程まではなんとも。」
「そう、ですか。えっと、図々しいとは思うんですけど、そのご友人が来たら教えてもらって良いですか?僕がマスターの店に行ったときに言ってくれれば。」
「そのくらいならばお易い御用です。必要でしたら、シルヴァさんのお借りしているあの家にお伝えに行きますが・・・」
「ああいや、そこまでしてもらわなくて大丈夫です。勝手で申し訳ないんですけど、来てもらっても常に対応出来るとは限らないので。」
マスターにわざわざ時間を割いてもらうよりも、彼が確実に店にいる時間に僕が出向く方が効率的だろう。
「そうですか。そういうことなら酒場でお待ちしております。」
「はい、よろしくお願いします。せっかくですし、それまで売上に貢献させて貰います。」
「ははは、シルヴァさんが来てくれるだけで他のお客様の財布の紐が緩くなりますからね。存分にあやからせていただきますよ。」
朗らかに笑うマスター。ほんとに良い人だなぁ。
「じゃあ、僕はこれで。また近いうちに。」
「ええ、お待ちしております。」
軽く会釈をして、その場を離れる。
そこそこ長く立ち話をしてしまったけれど、今日はまだやることがある。
具体的には、フレアさんの家族の様子を見に行くことだ。
後回しにすると、時間が取れなくなる可能性もあるし。あとそれとは別に工房に確認したいこともある。本当に必要になるかは分からないけれど、ある程度以上の信用を得ている今なら無駄足にはならないだろう。
街に入ってバックパックが少し邪魔になってきたけれど・・・立地的にこのまま工房に向かう方がいいか。
目を細めながら傾いてきた日を少しだけ眺めて、僕は次の目的地へと向かった。
僕は無事にバレーナの街門にたどり着いていた。
うーん、それにしても鬼人の里に向かうために通った時にも思ったけど・・・
ヌエがいた頃と比べると活気が段違いだなぁ。
人の数は大差無いんだけど、巨大な物が街門を出入りしている。
具体的に言うと、ありとあらゆる種類の魔獣である。もちろん既に討伐されている。
マンティコアをはじめ、石化鳥とか石化蛇みたいな『異能』を使うものや、多頭蛇のような伝説クラスの魔獣の姿も見える。
うん、あらためて見るとここ恐ろしい場所だなぁ。
そもそもヒュドラとか倒すだけで地方によっては英雄なんだけど。なんでそんな奴が普通にウロウロしてるんだろう。怖すぎるでしょ。
それでも普通に街が運営されているんだから、『千の蹄』の精強さがよく分かる。
ついでに、そんな『千の蹄』正規兵の大部分で押さえつけていたという、ヌエの底知れなさも。我ながら、良く被害を出さずにあれを倒せたものだと思う。
シャイナから聞いた話では、ヌエが何故かアルスに執着していたかららしいけど・・・要するに運が良かっただけだ。
さて、とりあえず街に入ろう。この街は特に出入りする人を管理していないので、勝手に入らせてもらおう。
この立派な壁と門は人ではなく魔獣の侵入を防ぐための物だし。
と、そんなことを考えながら、行き来する人や荷馬車を避けながら街門に向かっていると、視界の端に見知った人を見つけた。
「あれ、マスター?こんなところにいるなんて珍しいですね。」
「これはこれはシルヴァさん。数日ぶりですね。鬼人の里には行けましたか?」
声をかけた僕にそう言って穏やかに微笑むのは、尖った耳をした賢人種の男性。
彼は僕に鬼人の里の情報をくれた、酒場のマスターだ。
賢人種らしく人当たりが良く、誰に対しても優しく接する彼は、この街でとても人望がある。
そんなわけで、彼の経営する酒場には様々な情報が集まるのだ。
鬼人の里も、そういった関係で彼の元に届いた情報のひとつなのだろう。
とはいえ、彼はあくまでも酒場の店主。いくら魔獣の肉が特産のバレーナでも、個人経営の酒場におろすにはマンティコアたちの肉は大きすぎるはずだ。
だから、基本的にこんな街の外れになんて来ないと思うんだけど・・・
という疑問が僕の顔に出ていたのか、あるいは賢人種特有の察しの良さによるものか。実際のところは定かでは無いけれど、彼は苦笑しながらここにいる理由を答えてくれた。
「ここには友人を探しに来たのですよ。遠方から来るので、案内をと思いまして。」
「ああ、そうなんですね。・・・でも、こっち側の門ってことは危険地帯を通りますよね?普通に陸路で来るなんて珍しいような気が・・・」
僕がバレーナに来た時に通った道は、比較的安全なルートだ。だから馬車が通ってたし、そこまで裕福でもない人でも使える。それでも安価とは言えないけど。
それに対し、鬼人の里があるこちらの方はより危険度の高い地帯に入る。
僕自身、街と里のあいだを歩く時は接敵しないように最大限注意している。
自慢じゃないけど、これはかなり高度な技術だ。バレーナ近辺の魔獣は当然感覚も鋭いし。
「確かにこの方面から来る人は少ないですね。ただ、私の友人は腕が立ちますから。ああいえ・・・死ぬ事がないから心配ない、と言うべきでしょうか」
「死ぬ事が無い・・・って。」
不死性を持つ種族はいくつかある。あるけど、代表的なものと言えばやはり。
「吸血種、ですか?」
「ええ。かれこれ100年近い付き合いになるでしょうか。私が子供の頃からの友人です。」
マスター意外と高齢なんだな・・・と少し思ったけど、今それは全く重要じゃない。
このタイミングで吸血種が近くにいるなんて幸運だ。なにせ吸血種のことは、吸血種に聞くのが1番だから。
僕はマスターに1歩近づいて、その目を見つめて頼む。
「マスター!突然で不躾なお願いだとは重々承知なんですけど、そのご友人を僕に紹介してはくれませんか?」
「え?それは、別に構いませんが。何か特別な事情・・・というより、以前のヌエ絡みの件でしょうか。風の噂程度ではありますが、私も得体の知れない存在がいまだ街の近くにいるとは聞き及んでいます。」
さすが賢人種。恐ろしいほど話が早い。
「いえ、まだヌエの件と同じかは断言できません。事実だけを端的に言えば、鬼人の里の近辺で人狼種と、はぐれ吸血種と思しき痕跡を発見しました。どちらも、本来いるはずの無い場所で。」
「なるほど。事情は分かりました。ただ、友人は長い時を生きているからか時間におおらかなところがありまして・・・」
あー・・・。時間にルーズになるのは長命な種族にありがちな傾向だ。
契約を何よりも大切にするような種族ならともかく、素の寿命だけでも数百年、上位元素による延命を含めれば千年単位で生きる人達にとって、数日の違いなど些細なものだろうしなぁ。
僕の知り合いの吸血種も、割と似たようなところがある。
今回の件でも、元々はその人の知恵を借りようと思っていたけど、連絡が取れるのがいつになるか分からないからなぁ。
確実に会えるならその方が良いと思ったんだけど・・・
こればっかりは仕方ない。
「私も、何日かここで待っているのですが・・・正確な日程まではなんとも。」
「そう、ですか。えっと、図々しいとは思うんですけど、そのご友人が来たら教えてもらって良いですか?僕がマスターの店に行ったときに言ってくれれば。」
「そのくらいならばお易い御用です。必要でしたら、シルヴァさんのお借りしているあの家にお伝えに行きますが・・・」
「ああいや、そこまでしてもらわなくて大丈夫です。勝手で申し訳ないんですけど、来てもらっても常に対応出来るとは限らないので。」
マスターにわざわざ時間を割いてもらうよりも、彼が確実に店にいる時間に僕が出向く方が効率的だろう。
「そうですか。そういうことなら酒場でお待ちしております。」
「はい、よろしくお願いします。せっかくですし、それまで売上に貢献させて貰います。」
「ははは、シルヴァさんが来てくれるだけで他のお客様の財布の紐が緩くなりますからね。存分にあやからせていただきますよ。」
朗らかに笑うマスター。ほんとに良い人だなぁ。
「じゃあ、僕はこれで。また近いうちに。」
「ええ、お待ちしております。」
軽く会釈をして、その場を離れる。
そこそこ長く立ち話をしてしまったけれど、今日はまだやることがある。
具体的には、フレアさんの家族の様子を見に行くことだ。
後回しにすると、時間が取れなくなる可能性もあるし。あとそれとは別に工房に確認したいこともある。本当に必要になるかは分からないけれど、ある程度以上の信用を得ている今なら無駄足にはならないだろう。
街に入ってバックパックが少し邪魔になってきたけれど・・・立地的にこのまま工房に向かう方がいいか。
目を細めながら傾いてきた日を少しだけ眺めて、僕は次の目的地へと向かった。
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