bias: bent 貴方のために、嘘をつく。

帆足 じれ

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18.約束 ⚠

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 ※ベルフェゴールの退行にまつわる、ややキツイ描写があります。


 ピカナは仁くんと平和な時間を過ごすことでストレス発散できたらしい。特に「おねえちゃん、やさしぃて、すっき」と言われたのがよほど嬉しかったようで、両手で顔面を覆いながらパタパタ足踏みしていた。無邪気な天然タラシと化した副代表と、彼の言動にいちいち身悶えするピカナの遣り取りが面白くて、僕も癒された。
 
「それじゃベリトさん、お先失礼します。副代表、また明日来ますねっ」

「……うん。ほななぁ」

「wほなね~♡」
 
 彼女は最後まで笑顔満開で足取り軽く帰って行った。いいことだと思う。しかしベッドテーブルの上に大量のパンダグッズを出しっぱなしにしたまま帰るのはいただけない。彼はグッズのありかを把握していないようだったから、展開したの絶対ピカナあいつじゃんw
 
「仁くん、おもちゃで遊んだらお片付けまでがワンセットだからね。今日は僕も手伝うけど、今度から遊び終わったパンダはこの箱の中に入れるんだよ」
 
 僕が足元のダンボール箱を指しながら伝えたら、彼はこくりとうなずき、ひとつひとつの頭を撫でながら丁寧にしまっていくので死にかけた。
 何か、退行を起こしてから彼の知られざる魅力に気付く場面が多くて、時々、感情が追い付かない。

 
 そうこうするうち、面会終了時刻になった。僕は病室の中を見渡し、違和感がないかチェックする。変な場所にカメラとか仕込まれてないかと思ったけど、どうやら大丈夫だった。
 
「よし。じゃあ、おにいちゃん、帰るね。また来るから」
 
 言いながら彼の頭を撫でようとした時、意外なことが起こった。ずっと無言だった彼が、正面から抱き付いて来たんだ。
 
「おっとぉ……?!」
 
 これまで一度もこんなことはなかったので、めちゃくちゃ驚いた。
 
「……いかんといて……」
 
 彼は僕の胸に顔を押し付け、小さな声で言った。
 
「え、どうしたの? どっか具合悪い?」
 
 彼はふるふると首を横に振り、哀しそうに目を伏せている。
 
「何か困ってることあるの? 誰かに嫌なことされるとか?」
 
 僕の問いに彼は再度、首を横に振る。それから、
 
「……ボク、さびしぃねん……」
 
 ぽつりと言った。
 
「……きぃついたら、だぁれもおらんようなってまうから……」
 
 ああ、そうか。確かに僕らは彼がぼーっとし始めたり、寝落ちしたりするタイミングで帰るようにしてるからな。意識がはっきりした時、毎回一人になってる状況って、けっこう怖いかも知れない。
 
「なあ、おにいちゃん、きょう、いっしょにねぇへん……?」
 
 彼が思わぬお誘いをかけてきた。
 
「えー?」
 
「……ええやろ……? おにいちゃんと、ねたいねん……」
 
 ちょwおまww それ、聞きようによってはかなり際どいセリフですよ、副代表。
 
 彼は、心の中で爆笑する僕の腰に腕を回して、絶対に離すまいとしている。中身は5歳だけど、“入れ物”は186センチだ。多少の麻痺はあるものの、僕より10センチ以上でっかくて力も強いから、本気で抱き付かれると振り解くのは難しい。
 
「あはは、まいったな……」
 
 付いててあげたいのは山々だが、片付けなければならない仕事が大量にある。トゥクルカが本調子じゃないという点も痛くて、正直、のんびりしている余裕はこれっぽっちもないんだよね。
 なるべく傷付けないように諦めさせるにはどうしたらいいか考えていたら、彼が思いがけない言葉を発した。
 
「おねがい……なんでもするから。……」
 
 ん……?
 今のはさすがに聞き捨てならない。
 
「仁くん、それどういうこと?」
 
 僕は両側から彼の肩を掴む。僕の声音が変わったことに気付いたらしい彼は、びくりと身体を震わせた。
 
「もしかして、誰かに言われたことあるの? “一緒に居てあげる代わりに何かして”って……」
 
 彼は叱られると思ったのか腕の力を緩め、おずおずとうなずいた。
 
「誰に、言われたの?」
 
「……え、と……びょういんのひと、やったきぃする……」
 
「何をしてって言われたの?」
 
「……ようおぼえてへん……けど、これゆーたら、みんなおねがいきいてくれんねん……」
 
 胸が痛い。彼の孤独を思えば、“その言葉”に縋りたくなるのも無理はない。でも、
 
「だめだよ、そんなこと言っちゃー」

 僕は彼の背をさすりながら諭した。

「仁くんが寂しい気持ちわかるよ。だけどさ、そうやってお願いきいてもらっても、相手の人がお返しに嫌なこと頼んできたりしたら、仁くんも嫌な気持ちになるでしょ?」

「…………」

 彼は無言のままだ。普段なら素直な反応が返るはずなんだけどな。
 ちょっと引っ掛かりを覚えつつ、「自分のこともっと大事にしなきゃ」と伝えたら、彼は愁いを帯びた顔で言った。

「……やなことされても、どーせ、わすれてまうし……」

 一瞬、僕の呼吸が止まる。
 なるほどね……。彼の記憶はほとんどもたない。大抵のことは数時間乃至ないし翌日には忘れてしまう。“これ”が彼自身を護る盾にも、危険な目に遭わせる刃にもなってるわけか。

 仕方ない。ここできちんと伝えておこう。下手をすればツラい記憶を蘇らせてしまうかも知れないけど、このままだと彼は自分を切り売りしそうだからな。

 覚悟を決めた僕は、敢えて突っ込んだ質問をする。

「えー? 忘れないこともあるでしょ? 僕やお姉ちゃん達のこと、覚えてたよね。お守り貸してくれたことも」

「…………」

 僕の腕の中で、彼がこくりとうなずく。

「だよね。ほら、仁くんは、ちゃんと良くなってる。だからこそ、気を付けなきゃいけないことがあるんだよ」

「……?」

「嫌なことさせる人と一緒にいるとね、知らないうちに心の中に嫌な気持ちが溜まっていくんだ。そして、イライラしたり哀しくなったりしちゃうんだよ」

「……そーなん……?」

 彼がポツリと返してきたので、僕は丁寧に言葉を紡ぐ。

「そうだよ。だから、いくら寂しくても、嫌なことさせるような人とは一緒にいちゃダメ。もし何かされそうになったら、ちゃんとヤダって言うんだよ」

「……わかった……」

 彼は納得した様子で答えた後、「……やけど、いつ、ゆーたらええんやろ……? よう、わかれへん……」と首を傾げた。
 確かに“何かされそうになったら”は漠然とし過ぎている。
 良い機会なので、彼が二度と性被害に遭わないよう、“プライベートゾーンへのおさわり”は基本的にアウトと教えておいた。その際、

「……おにいちゃんとハグするのもあかんの……?」

 しょんぼりした顔で確認されたので、それは問題ないと光の速さで補足した。


 ひとまず決着したが、彼はうつむいたままだ。寂しいもんは寂しいんだもんな。綺麗事じゃ、心の隙間は埋められない。

 僕は軽く溜息を吐き、彼に語り掛けた。

「仁くん、おにいちゃん、明日から毎日会いに来るよ」

「え……?」

 彼がふっと顔を上げる。

「あんまり長くはいられないけど、必ず一緒に過ごす時間作る。で、ギリギリまで遊んで楽しく寝られるようにしよう! それなら安心でしょ?」

 すると、彼の表情がぱあっと明るくなる。

「……ほんま?」

「本当だよ。だから仁くんも約束して。これからは“何でもする”とか“何してもいい”とか、言わないこと」

 彼はまた小さくうなずき、眉を落とす。

「……ごめんなさい、へんなことゆーて……にどと、ゆぇへん……」

 そういや、悪いことしたと思ったらちゃんと謝れるのがこの人の美点だったな。前からそうだった。

「ごめんなさい出来てエラいね!」

 思いっきり頭を撫でると、彼は嬉しそうに笑った。この顔見たら、断れないの必至w

 だけど……あーあ、我ながらキツイ約束しちゃったなぁ……。

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