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第5章
34 目覚めたきっかけ ⚠
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小皿一つで済ませるには、“炊いたん”はあまりに美味し過ぎた。結局、私は鍋の中身を食べきってしまった。
「そんなに気に入ったんなら、これも食うといい」
凌遅がどさくさに紛れて自分の分を押しつけようとするのを断り続けていたところ、あろうことかゴミ箱に捨てようとしたので、慌てて回収した。
「どうして食べもしない料理を作るんですか」
私の問いに、彼は「愉しいからだ」と答えた。
「俺の行動原理は、それが如何に愉しいか、心地好いかに係ってくる。愉しければ堪能するし、興味がなければ無視する」
「勝手な話ですね」
理解できないわけではないが、我々には自制心や理性があるはずだ。自分の快楽のために周りを踏み躙るのは人としてどうなのかと糾弾すると、凌遅は「人ほど享楽的な生きものもいないと思うがね」とのたまう。
「確かに俺は倫理より快楽を優先する。趣味に託けて、誰かの尊厳や肉体を蹂躙し続けている。だが、己の利益のために他人を餌食にするのは、俺に限った話じゃない。どんな聖人君子だろうが、霞を食って生きてはいけない。生命活動を維持するためには、延々と他者を踏み躙り続けなけりゃならないからな。そこに善悪なんていう観念を持ち込むから、ややこしいことになるんだ。食うか食われるか……原点に立ち返れば、構図は至って簡明なのさ」
「LR×Dにはそんな感覚の人しかいないんですか」
皿を洗いながら訊ねる私に、「大半がそうだろうな」と凌遅は返す。
「LR×Dの面々は、“命は大切で不可侵”という概念を持っていない。だから欲求に従って一切の躊躇なく殺せるんだ。子供が昆虫の脚を千切るようにな」
私は、はあと息を吐く。今更ながら、とんでもない連中と出くわしたものだ。
「やっぱり悪魔ですね、あなた方は。横暴が過ぎます……」
「そうかな。人とそれ以外を区別しない分、よほど公平だと思うがね」
「……その感覚、生まれつきなんですか」
不毛な水掛け論に区切りをつけるべく、私が適当な話題を振ったところ、
「さあな。ただ、自覚したのは小学2年の冬だ」という、やけに詳細な答えが返ってきた。
凌遅は例の道具袋の中から四角いものを取り出した。手の平サイズで、お菓子の缶のように見えた。
「何ですか、それは」
「俺が目覚めたきっかけだ」
そう言うと彼は缶をテーブルの上に置き、私の方へ滑らせた。
「開けてみな」
「…………」
嫌な予感しかしない。どうせろくなものではないとわかりきっているが、押し寄せる好奇心には勝てず、私はおもむろにそれを手に取った。
黒地に宝石みたいなキャンディーのイラストがあしらわれた美しい缶だ。思いのほか軽い。左右に振ってみたら、カサカサと音がして中身が内側に当たるのを感じる。
そっと蓋を取ると、薄汚れたパラフィン紙に包まれたいくつかの物体が見えた。一番下に小さなカード状のものと何かの写真が入っている。
目線を上げた私に、凌遅は軽く顎をしゃくって、開くよう促す。
私はおそるおそる一番上の包みを開封した。
「……?」
それが何か理解するのに数秒を要した。そして認識した瞬間、私はその物体を缶ごとテーブルの上に放り出した。
「どうしたんですか、それ……」
「冬休みに山の中で見つけたんだ」
凌遅は物体をつまむと、懐かしそうに目を細めた。
「大人に知らせようかと思ったんだが、初めて見たんで興味が湧いてな。大して腐敗は進んでいなかったから、とりあえず家に包丁を取りに戻って、軟らかくて持ちやすそうな部位を中心にバラシてみたんだ。そうしたら思いのほか面白くてハマっちまった。冬休み一杯は愉しめたよ」
強烈な吐き気を催し、私は口を押さえた。せっかくの炊いたんを戻してしまいそうになる。
たった7、8歳の子供が、そんなことを思いつくものなのか。それを目にして、恐怖より先に興味が湧くなどということがあり得るのだろうか。
「これはその時の記念品だ。キレイに削げたんで、取っておきたくなってな。だいぶ縮んでるが、見る度に鮮烈な記憶が蘇る」
思い出の品を丁寧に包み直し、元の場所に収めると、凌遅は軽く首を傾げてこちらを見た。
「君なら理解できるんじゃないか」
「……できませんよ、そんなの」
渋面を作る私に、彼は当たり前のように言う。
「あの日、帰宅した君は、玄関に入ってすぐ異変に気づいたはずだ。廊下に血痕があれば、誰でも多少は緊張する。軽率な者は家人の安否にばかり気を取られ、襲撃者の存在を考慮せず不用意に飛び込んでくるし、警戒心が強い者はひとまずその場に留まり、家人の携帯電話を鳴らすか、誰かに相談するだろう。だが君は躊躇いながらも、可能な限り気配を消して踏み込んできた。それは不安や恐怖よりも、好奇心が勝ったからに他ならない」
私は押し黙る。否定したいはずなのに、適切な言葉が出てこない。
「バーデン・バーデンの処女、君は“人間はこうあるべき”という固定観念にとらわれ過ぎている。俺やバエルを殺したいと考え、下準備をしていた時点で素質は十分だ。今更、綺麗事を並べたところで説得力は皆無だよ」
言い終えると、凌遅は缶の中から取り出した一つの包みを、ひょいとこちらに差し出してきた。慌てて頭を振る私に向かって、彼は「君の思っているようなものじゃない」と言い、無造作にパラフィン紙を取り払う。
出てきたのは、銀色の縁取りが施された黒いピンだった。5、6センチメートルほどで、ヘアクリップかタイバーのようにも見える。シンプルで美しいデザインに思わず心惹かれた。
「それは……」
「初めて作業した日に知り合った人からもらった」
凌遅曰く、素材になった石と金属には、いずれも“持ち主の精神力を高め、正しい道を選ぶ手助けをしてくれる”効果があるらしい。
「やるよ。君の方が持ち主には相応しい」
彼はそう言ってピンを私の前に置くと、こちらの返答を待たず、缶を道具袋にしまった。
ヘアクリップもタイバーも使う習慣がない上、あれらと同じ缶に入っていたと思うと気持ちのいいものではない。
正直扱いに困るのだが、デザイン自体は気に入ったので、黙って受け取っておくことにした。
ひとまず服の前立てに挟むと、凌遅はふっと口角を上げた。
「そんなに気に入ったんなら、これも食うといい」
凌遅がどさくさに紛れて自分の分を押しつけようとするのを断り続けていたところ、あろうことかゴミ箱に捨てようとしたので、慌てて回収した。
「どうして食べもしない料理を作るんですか」
私の問いに、彼は「愉しいからだ」と答えた。
「俺の行動原理は、それが如何に愉しいか、心地好いかに係ってくる。愉しければ堪能するし、興味がなければ無視する」
「勝手な話ですね」
理解できないわけではないが、我々には自制心や理性があるはずだ。自分の快楽のために周りを踏み躙るのは人としてどうなのかと糾弾すると、凌遅は「人ほど享楽的な生きものもいないと思うがね」とのたまう。
「確かに俺は倫理より快楽を優先する。趣味に託けて、誰かの尊厳や肉体を蹂躙し続けている。だが、己の利益のために他人を餌食にするのは、俺に限った話じゃない。どんな聖人君子だろうが、霞を食って生きてはいけない。生命活動を維持するためには、延々と他者を踏み躙り続けなけりゃならないからな。そこに善悪なんていう観念を持ち込むから、ややこしいことになるんだ。食うか食われるか……原点に立ち返れば、構図は至って簡明なのさ」
「LR×Dにはそんな感覚の人しかいないんですか」
皿を洗いながら訊ねる私に、「大半がそうだろうな」と凌遅は返す。
「LR×Dの面々は、“命は大切で不可侵”という概念を持っていない。だから欲求に従って一切の躊躇なく殺せるんだ。子供が昆虫の脚を千切るようにな」
私は、はあと息を吐く。今更ながら、とんでもない連中と出くわしたものだ。
「やっぱり悪魔ですね、あなた方は。横暴が過ぎます……」
「そうかな。人とそれ以外を区別しない分、よほど公平だと思うがね」
「……その感覚、生まれつきなんですか」
不毛な水掛け論に区切りをつけるべく、私が適当な話題を振ったところ、
「さあな。ただ、自覚したのは小学2年の冬だ」という、やけに詳細な答えが返ってきた。
凌遅は例の道具袋の中から四角いものを取り出した。手の平サイズで、お菓子の缶のように見えた。
「何ですか、それは」
「俺が目覚めたきっかけだ」
そう言うと彼は缶をテーブルの上に置き、私の方へ滑らせた。
「開けてみな」
「…………」
嫌な予感しかしない。どうせろくなものではないとわかりきっているが、押し寄せる好奇心には勝てず、私はおもむろにそれを手に取った。
黒地に宝石みたいなキャンディーのイラストがあしらわれた美しい缶だ。思いのほか軽い。左右に振ってみたら、カサカサと音がして中身が内側に当たるのを感じる。
そっと蓋を取ると、薄汚れたパラフィン紙に包まれたいくつかの物体が見えた。一番下に小さなカード状のものと何かの写真が入っている。
目線を上げた私に、凌遅は軽く顎をしゃくって、開くよう促す。
私はおそるおそる一番上の包みを開封した。
「……?」
それが何か理解するのに数秒を要した。そして認識した瞬間、私はその物体を缶ごとテーブルの上に放り出した。
「どうしたんですか、それ……」
「冬休みに山の中で見つけたんだ」
凌遅は物体をつまむと、懐かしそうに目を細めた。
「大人に知らせようかと思ったんだが、初めて見たんで興味が湧いてな。大して腐敗は進んでいなかったから、とりあえず家に包丁を取りに戻って、軟らかくて持ちやすそうな部位を中心にバラシてみたんだ。そうしたら思いのほか面白くてハマっちまった。冬休み一杯は愉しめたよ」
強烈な吐き気を催し、私は口を押さえた。せっかくの炊いたんを戻してしまいそうになる。
たった7、8歳の子供が、そんなことを思いつくものなのか。それを目にして、恐怖より先に興味が湧くなどということがあり得るのだろうか。
「これはその時の記念品だ。キレイに削げたんで、取っておきたくなってな。だいぶ縮んでるが、見る度に鮮烈な記憶が蘇る」
思い出の品を丁寧に包み直し、元の場所に収めると、凌遅は軽く首を傾げてこちらを見た。
「君なら理解できるんじゃないか」
「……できませんよ、そんなの」
渋面を作る私に、彼は当たり前のように言う。
「あの日、帰宅した君は、玄関に入ってすぐ異変に気づいたはずだ。廊下に血痕があれば、誰でも多少は緊張する。軽率な者は家人の安否にばかり気を取られ、襲撃者の存在を考慮せず不用意に飛び込んでくるし、警戒心が強い者はひとまずその場に留まり、家人の携帯電話を鳴らすか、誰かに相談するだろう。だが君は躊躇いながらも、可能な限り気配を消して踏み込んできた。それは不安や恐怖よりも、好奇心が勝ったからに他ならない」
私は押し黙る。否定したいはずなのに、適切な言葉が出てこない。
「バーデン・バーデンの処女、君は“人間はこうあるべき”という固定観念にとらわれ過ぎている。俺やバエルを殺したいと考え、下準備をしていた時点で素質は十分だ。今更、綺麗事を並べたところで説得力は皆無だよ」
言い終えると、凌遅は缶の中から取り出した一つの包みを、ひょいとこちらに差し出してきた。慌てて頭を振る私に向かって、彼は「君の思っているようなものじゃない」と言い、無造作にパラフィン紙を取り払う。
出てきたのは、銀色の縁取りが施された黒いピンだった。5、6センチメートルほどで、ヘアクリップかタイバーのようにも見える。シンプルで美しいデザインに思わず心惹かれた。
「それは……」
「初めて作業した日に知り合った人からもらった」
凌遅曰く、素材になった石と金属には、いずれも“持ち主の精神力を高め、正しい道を選ぶ手助けをしてくれる”効果があるらしい。
「やるよ。君の方が持ち主には相応しい」
彼はそう言ってピンを私の前に置くと、こちらの返答を待たず、缶を道具袋にしまった。
ヘアクリップもタイバーも使う習慣がない上、あれらと同じ缶に入っていたと思うと気持ちのいいものではない。
正直扱いに困るのだが、デザイン自体は気に入ったので、黙って受け取っておくことにした。
ひとまず服の前立てに挟むと、凌遅はふっと口角を上げた。
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