bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第7章

46 ベリトと野ウサギ ① ⚠

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 正午を少し過ぎた頃、大きな手荷物を抱えた二人の男女が部屋を訪れた。

「こんにちは、バーデン・バーデンの処女さん。僕のこと、覚えてますかね?」

 男性の方がにこやかに挨拶をしてきた。年の頃は凌遅と同年代か少し下くらい。動きやすそうな街着姿で、肩には小型のショルダーバッグを提げている。明るい色味の短髪に人懐っこい目元、こぶしが入るほど大きな口が印象的だ。

 この人がベリトか。夜会の時は生きるか死ぬかの極限状態に置かれていたので、司会を務めていた彼の風体などほとんど記憶していなかったのだが、必要以上に明るく滑舌の良い話し口には覚えがあった。

「その節はどうも。今日は、よろしくお願いします」

 私が形式的な返答をすると、

「久しぶりだね、お人形さん。あたしのことも覚えてる?」

 ベリトの背後から顔を覗かせた女性が、試すような視線を向けてきた。
 ベリーショートにパンツタイプのセットアップを纏った彼女は、背の高さも相まって男性的というか威圧的なオーラを放っている。

「ええ、もちろん……」

 忘れるわけがない。これほどインパクトが強い女性にはなかなかお目にかかれない。

「あっそう」

 彼女──野ウサギはこちらを睥睨へいげいすると、馬鹿にしたような口振りで言った。

「聞いたよ。あんた、クエマドロにヤラレそうになったんだって?」

 その発言に場が凍る。ベリトの目が泳ぐのを見て、ソースは彼だと確信した。
 いや、一連の流れを収めた動画は凌遅が回収済みなので、そのまま彼のチャンネルに上げられるかして、とっくの昔に周知の事実なのかも知れない。

 野ウサギはなおも続ける。

「あんなわかりやすい遊び人にのこのこ付いて行くかね、普通。手負いで尻拭いさせられる凌遅くんは堪ったもんじゃないだろうよ。ド新人とは言え、ちょっとくらい危機感持ったら?」

 この人はずっと私に悪意をぶつけてくる。あまりいい気はしないが、素直に応じてさえいれば大きな問題は起こらないだろう。そう思い、

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。少しは考えていますので……」

 ひとまずそう返すと、野ウサギはわざとらしく口の端を吊り上げる。

「……なんか生意気だよね、あんた。やっぱり教育してやるべきかな……」

「まあまあ、野ウサギさん」

 ここで初めて、ベリトが口を出した。

「ダメですよ、新人さんをいじめちゃ。今日一日、仲良く過ごせるように協力し合わないと。ね? 凌遅さん」

 凌遅は片笑み、「無理に仲良くする必要はないが、適切な距離は保ってくれよな」と返した。

「……わかってるよ。あんたを敵に回したくないしね」

 野ウサギはあからさまに不機嫌そうな顔を作ると、ずかずかとダイニングへ向かっていった。

「すみませんね。あの通り、気が強い人でして。まあ、扱いには慣れてますんで、お任せください」

 苦笑交じりに言い添えるベリトは、確かに幹事向きなメンタリティの持ち主らしい。

「信じるよ。それから、バーデン・バーデンの処女」

 密かに感心する私に凌遅が声をかける。

「俺が話したことは覚えているな」

「ええ」

「ならいい。ベリト、後は頼む」

 そう言い残し、凌遅はハンガーラックから上着を取って外出した。

「何か言われたんですか? 凌遅さんに」

 玄関を施錠しながらベリトが問う。私が黙っていると、彼は「ああ、いいんです。ちょっと訊いてみただけなんで。大事なパートナーを置いていくわけですし、そりゃ防御策も講じてますよね」と笑った。

「あの人と親しいって本当ですか」

 何気なくいたところ、「僕が一方的に懐いてる感じなんですけどね」というコメントが返ってきた。

「僕、面白い話に目がないんですよ。凌遅さんはユニークな方なんで、一緒にいると話題に事欠きません。だけど、夜会で最高のパフォーマンスを見せてくれた貴女にも興味があります。今日は是非、いろいろ聞かせてください」

「別に構いませんが……」

 ここでふと、先日、彼にかけられたを思い出した。

「……ところで、“スピリットガイド”って何ですか」

「え?」

 ベリトが首を傾げる。

「夜会のロシアンルーレットが終わった時、言ってましたよね。私が救われたとか……あれ、どういう意味ですか」

「ああ、言いましたね」

 彼は首肯しゅこうした。

「スピリットガイドっていうのは、“貴女を守ってくれる存在”のことです。あの時、パスを試みなければ、貴女の頭は吹き飛んでいた。そうならないように誘導してくれた人がいるでしょ?」

「え……」

 掌を上にして手招きする凌遅の姿が蘇る。

「あの方はLR×Dの最古参ですから、本部のやり口を知り尽くしているんですよ。おまけにホスピタリティマインドも備わっている。意外と連絡員リエゾン向きかも知れません」

「あれ、私を煽ってたんじゃないんですか」

 困惑する私に、ベリトはにっこり笑って続けた。

「貴女が反発してくることを見越してたんでしょうね。それに応えた貴女の精神力も相当のもんです。良いコンビですよ、お二人は」

「…………」

 胸の辺りで名状しがたい感情が渦を巻いている。

 私が口を開こうとしたタイミングで、

「おーい、いつまで喋ってんだよぉ!」

 奥から野ウサギが吠えるのが聞こえた。

「はいはい、お待ちを! 続きは後で話しましょう。僕、凌遅さんに関する情報もいろいろ持ってるんで、何でも訊いてください」

 ベリトは私をエスコートするような格好でダイニングへと移動する。
 
 テーブルの上には、野ウサギが広げたであろう荷物の中身が並んでいた。専用の容器に入ったサンドイッチやサラダ、スープにコールドデリ、ホットミールにデザートが数種類ずつ用意されている。どうやら2、30種はありそうだ。

 目を丸くする私に、ベリトが言った。

「朝食、まだですよね。遅くなってしまって申し訳ありません。レストランambrosiaアンブロシアのランチビュッフェの一部を持参しましたので、お好きな物をどうぞ」

「先に取っていいよ。あたしらはオマケみたいなもんだから」

 凌遅が去って落ち着いたのか、野ウサギが妙に物柔らかな態度で仕切り付きのプレートを手渡してきたので、とりあえず人数分以上の数量が確実にあるとわかるメニューから一つずつ取り分けた。
 ベリトは遠慮しないでもっとたくさん取っていいと言ってくれたが、十分過ぎるほどの量だったため、丁重に断った。

 それぞれが好きなものを取って席につき、食事が始まる。シチュエーションこそ微妙だが、どれも美味しい。
 ただ、先ほどのプレーンオムレツがあまりに絶品だったので、感動はさほどでもなかった。

「あんた、きょうだいは?」

 食べながら野ウサギが訊く。いないと告げると、「あたしも一人っ子」と返された。

「そうなんですね。ちなみに僕、末っ子です」

 すかさずベリトが乗ってくる。

「誰も訊いてねえよ」

 にべもなく遮る野ウサギに、ベリトは「言い方きついなあ」と苦笑した。野ウサギは鼻で笑い、話を続ける。

「でも近所に住んでた親戚んちの子が可愛くてね。年の離れた弟みたいでさ。あたし、高校まで空手やってたんだけど、あいつそれに憧れてたっぽくて、しょっちゅう「ネーチャーン、カラテ見せてー」って訪ねて来るもんだから、よく一緒に遊んでやってたんだ。あんたもない? そういうの」

「私、人見知りでしたから……」

 そう返すと、野ウサギは品定めするような目でこちらを見て、「あー。ぽいな。何となく負のオーラ感じるもんね、あんた」と言い放った。

「野ウサギさん、言葉選びましょうね? バーデン・バーデンの処女さんは慎み深いだけですよ」

 ベリトが短く突っ込んだ後、「飲み物、どうします?」と訊いてきたので、オレンジジュースを頼んだ。
 野ウサギも同じものを所望し、背もたれに寄り掛かる。

「つーか、男の子って、何で中学過ぎるとあんなでっかくなっちゃうのかねえ。あいつも小学校くらいまでは、ちっこくてぽやぽやしてて可愛かったのにさあ……気が付いたらガチムチになってて暑苦しいったらありゃしない」

「いや、個人差ありますし、一概には言えないんじゃないですか?」

 ベリトが私にオレンジジュースを差し出しながら容喙ようかいする。

「僕みたいなさわやか系や、凌遅さんみたいなクール系もいますし。その方はたまたま野ウサギさんに似ただけじゃ……って、痛タタタタタ! ほら、そういうとこー!」

 彼は体を折り曲げて、テーブルを3度タップする。彼女の前にジュースを置いたタイミングで、指の関節を逆に曲げられたのだ。

「うるさいよ。あんまりくだらないこと言ってると、し折るからね」

「ほんとにやりそうだな……やるな、これはやる流れだな!」

「やる流れだね。じゃあ、折ろうか」

「すいません、嘘です、すいませんっ!」

 まるで息の合った芸人同士のようで、彼らの方こそ“良いコンビ”に見えた。


 その後、食事を摂りながら、LR×Dに足を入れたきっかけに話が及んだ。私は訊かれたことにのみ淡々と答え、ベリトはのらりくらりと言い抜けていたが、野ウサギはここでも仔細しさいに語ってくれた。

「あたしの実家、家族経営の製造工場なんだ。よくドラマとかに出てくる昭和感満載の町工場あるでしょ? まさにああいうイメージ。良くも悪くもアットホームで、従業員とも家族や親戚みたいな付き合いしてた」

 平穏な日々が続いたある時、事故が起こった。彼女が小学3年生の夏のことだ。親しくしていた従業員の一人が機械に巻き込まれ、死亡してしまったのだという。

 たまたま家族の手伝いで現場に来ていた野ウサギも一部始終を目撃することとなる。
 その衝撃的な経験は彼女の人格形成に大きな影響を及ぼした。と同時に、己の本質に気づく契機となった。

「あれ見た時さ、すごいショックだったんだけど、なんか妙に興奮しちゃったんだよね。やっぱ自分は異常者なんだって思い知った気がするよ」

 楽しかった思い出を語るような口調の野ウサギに、ベリトは「処刑人あるあるですね」と愉快げに返した。

 人の道にもとる感覚だと思うが、バッサリと切り捨てることはできなかった。

 遺憾ながら、自分にも思い当たる節があるからだ。

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