bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第13章

102 あの人の独白 ☆

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 皆に詫びねばならない。

 私はただ、皆が納得できる死生観を探求し、共有したかっただけなんだ。
 こんな悪辣な組織を作るつもりはなかった。

 “彼”には、特に悪いことをした。私が不用意に声をかけたばかりに、彼は普通の子供のように光の下を歩くことを忘れてしまった。

 当初は単純な興味から誘った。彼の知性と特異さは目をみはるものがあったから、互いに親しい友人になれそうだという期待と、フィンブルヴェトというサイトの成長にとって良い刺激になるだろうという目論見もあった。

 己の無責任さ、軽率さが悔やまれてならない。
 たった8歳で深淵を覗こうとしていた彼を、私は止めてやらねばならなかった。それなのに、純粋な子供の好奇心を煽り、引き返せなくさせてしまった。

 私はそのことをずっと後悔していた。故に、彼が他の人と変わらない暮らしを送れるようになるまで、陰ながら支えるつもりでいた。
 その頃には私にも守るものができていたから、彼との距離は少し離れてしまっていたが、交流自体は続けていた。

 思春期に一度、彼にとって危機的な状況があった。だが、彼は自分が本当に好きだったことを思い出し、乗り越えてくれた。
 この時、彼の未来は明るいと何の根拠も無く思った。

 彼が大学生の頃、地元の中小企業に内定が決まったという喜ばしい報せを耳にした。これで少しずつ裏の活動は減り、彼も普通の社会人になっていくのだろうと、漠然と考えていた。そしていつかは、私との交流も途絶える、と──。
 寂しさがなかったと言えば嘘になる。だが、こんな活動は人生のすべてを懸けて続けるものではない。その意味では、彼の卒業を祝福して、私も一定の距離を保つべき時に来ているのではないかと解釈していた。

 ところが、思わぬことが起こった。私の脱退後、代表を任せていたバエルが、彼を引き留めたのだ。殺人にまつわる新事業を立ち上げるにあたって、彼に組織のアイコン及び先導者役として協力して欲しいと打診したらしい。
 少し前から、との協働が増え、二人で何やら画策しているようだったが、よもやそのようなことを考えていたとは。

 そう言えば、何年も前から不穏な動きはあった。発端はフィンブルヴェトがサーフェスウェブからダークウェブに移動したことだ。
 不審を抱きバエルに問えば、もう一人の協力者がアンダーグラウンドマーケットの利用者を対象に、より凶悪なサービスの構想を打ち立てたと言う。コンセプトに賛同してくれる出資者を募り、順調に資金を集めていると聞かされ、不吉な予感を覚えた。
 しかし当時の私は日常に忙殺され、何もできなかった。この時に何らかの行動を起こしていれば結果は違ったのではないかと思うが、もはや後の祭りだ……。

 そして私達はを巡り、口論になった。大抵のことは折り合いをつけられる間柄だと思っていたが、この件に関してだけは何度意見を交わしてもまったく歩み寄れなかった。
 私はバエルを尊敬していた。異端者である私を白眼視せず、同じ目線で世界を見ようとする人だから、活動を共にすることでより建設的に生きられると確信していた。
 だがにだけは、どうしても首を縦に振れなかった。明るい道へ進みつつあった“彼”を闇の底へ引き留めただけでなく、“彼女”にまでかせを嵌めようなどと……断じて容認できない。断じて──。

 私も可能な限り抗いはした。ところがまさか、が入ろうとはな……。あれは完全に想定外の出来事で、もはや私の手に負えるものではなかった。
 は本来、ああいうことをする人間ではない。ただ、自己犠牲的な面が顕著だったから、おそらくバエルの意を酌んだ……いや、のだろう。
 私達は、あの男の狡猾さにしてやられたというわけだ。
 バエルとはそこそこ長い付き合いだったのに、己の不明を恥じなければならない。

 今にして思えば、フィンブルヴェトを立ち上げ、自分の趣味を楽しみながら理想を追っていた時期が一番充実していた。このサイトを通じて、苦悩している人々に何か良い影響をもたらすことができるのではないかと期待していたこともあったが、結果的に私は何も変えることができなかった。それどころか、人の命を弄ぶ悪魔どもに棲み処を与えてしまった。

 “彼”のことも、“彼女”のことも、もう支えてやることはできない。私が巻き込んでおきながら、見守ってやることすらできない……。

 本当にすまない。すべては身から出た錆。私が自分で蒔いた種なのだ。
 あの二人が私の不甲斐なさを知ったら、軽蔑するだろうか。

 それでもかまわない。私は彼らが思うような上等な人間ではないのだから。
 ただ、どうかあの男と“深淵”に飲み込まれないでくれ──。
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