おやすみ、夏野菜

えーめい

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7話

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「とりあえず、チェンジヘッドの捜査資料をコピーしてきました。」

 愛華がそう言って机の上にドサリと資料を置いた。

「ありがとうございます。でも勝手に持ち出して良かったんですか?」

 愛華はと自嘲気味に笑った。

「警察での立場とか、もうどうでもいいですからね。」

「すいません。僕なんかのために・・・。」

 そう言いかけた文治の口を愛華の唇が塞いだ。

「この事件を受ける前から、私のキャリアなんて終わってました。むしろこの事件のおかげで色々すっきりしました。これは私にとっての最後の事件にするつもりです。」

「愛華さんみたいな優秀な人が、辞めるなんて考えてほしくないです。」

「流されて不倫するような人間が優秀と言えるのですか?」

「仕事とプライベートは、分けて考えるべきなんじゃないでしょうか。」

 愛華と文治は見つめ合って、その後苦笑した。

「今考えるべきは、その事じゃないですよね。」

 二人は資料と向き合った。

「どうやら桜田は佐藤とその取り巻きを、逆恨みしていたみたいですね。」

「そして取り巻きの何人かを殺して、頭をすいかと入れ替えた。」

「普通に考えると、佐藤の頭もすいかと入れ替えようとしますよね。」

「そうですね。ただ、桜田の口ぶりからすると爆弾を使おうとしているような印象も受けました。」

 そう言って愛華は、捜査資料から顔を上げた。

「何を考えているかまでは分かりませんが、今日の記念式典でしょうね。そこで殺るつもりでしょう。」

「分かりました。では行きましょうか。」



 『B町ダム完成5周年式典』A町が沈んだダムの近くに移動した文治は、高々と掲げられた横断幕を見て、心に暗い影を落とした。ダムさえ無ければ両親は死ななかったし、兄も壊れる事はなかった。いっそすべて壊れてしまえばいいのに。そんな気持ちを大きく首を振って追い出した。しっかりしろ文治。爆弾が爆発したら、兄さんは人殺しになってしまうんだぞ。

 気合いを入れ直した文治と愛華は、佐藤の演説が行われる会場の一席に座っていた。

「もっと佐藤に近いところじゃなくてよかったですかね?」

 文治が隣の愛華に尋ねた。

「警察もバカじゃない。会場の警備は万全です。逆に私達が近づいていったら、彼らの邪魔になります。多分、直接桜田を捕まえるということはないでしょう。」

「僕達の目的は、すいか爆弾の爆発を防ぐという事ですね。」

「そういう事です。」

 そうこうしている間にも式典は粛々と進み、いよいよ佐藤四囲作の挨拶が始まった。最初のうちは特に何も起こらなかったが、途中で荷物を持って、壇上に向かって歩いてくる制服警察官がいた。少し急ぎ足で歩くその姿は、何か報告があるのだろうぐらいにしか思われない程自然で、誰も彼を止める者はいなかった。

 壇上の警備をしている警察官のところに行くと、何かを耳打ちしたように見えた。その瞬間、首から刃物を生やして崩れ落ちる警備の警官。そこから怪しい警官の動きは速かった。一気に壇上に駆け寄ると、腰の拳銃を抜いて佐藤に突きつけた。

「全員動くな!」

 警帽を脱いで正体を現した長作は、その場にいた全員にこう叫んだ。そしてカバンからすいかを出すと、こう宣言した。

「これは爆弾だ!今から私と一緒に全員吹き飛べ!」

 慌てて警官達が、長作の周りを取り囲んだ。

「おい、やめろ。そのすいかをそっと降ろせ。」

 警官の一人が説得したが、長作は鼻で嗤った。

「私はもう覚悟を決めているんです。全てを失った今、もうなんの未練もない。」

「ちょっと待ってくれよ。あんただって村の財政が厳しかった事ぐらい知っているだろ?」

 理不尽に殺されてはたまらない。両手を上げたまま、佐藤がなだめるように長作に語りかけた。

「私がダム工事を誘致しなくても、他の誰かがやってた。むしろ私が責任を持ってやったからこそ、立退料も相場より多く貰えた。」

「なんらかの事情で今困っているなら、元村長のよしみで相談にものる。」

 佐藤は、強張った表情で笑いかけた。しかしそんな説得も長作にはなんの効果も無かった。

「では村を元通りにしてもらいましょう。それが出来るなら、終わりにしますが。」

「そ、そんな事出来る訳ないだろう。」

 パン。乾いた音がして、佐藤が膝を押さえて崩れ落ちた。長作の拳銃からは煙が上がり、警官達がざわめいた。

「相談にのれてないじゃないか。いい加減な事を言うなよ。」

 怒りのままに長作はすいかを地面に叩きつけた。その衝撃で爆弾が爆発する・・・はずだった。すいかは叩きつけられた衝撃で、真っ赤な中身を飛び散らせた。

「すいかじゃないか・・・。」

 茫然とひどく当たり前の事を呟いた長作に、周りの警官達が一斉に飛び掛かった。



「結局嘘だったんですね。」

 桜田が逮捕された後、B警察署に戻ってきた文治と愛華に、中島はそう吐き捨てた。

「嘘ではありません。兄が爆弾を作っているところを僕は見たんです。」

「で、その爆弾はどこにあると言うんです?」

「それは・・・。」

「あなたは虚構申告罪に問われる可能性があります。覚悟しておいてください。」

 中島は軽蔑を隠そうともせず、冷たい目で文治を見た。

「何故嘘だと決めつけるんです。あなたは、嘘や冗談でこんな必死に動き回れるんですか?」

「愛華さん・・・。」

 それでも愛華は文治を信じていた。色んな事があったこの3日間は嘘でなかったはずだ。

「山本刑事。いい加減にしてくれませんかねぇ。あなたの仕事は何ですか?」

「刑事です。」

「分かっているなら、隣の犯罪者を逮捕しなさい。仕事ですよ。」

「文治君は犯罪者じゃありません!」

 思わず口走ってしまった言葉に、中島は敏感に反応した。

「文治君?呼び方が変わるほど、親しくなったんですか。山本刑事、あなたもしかとは思いますが、川田さんと不適切な関係になっていないでしょうね?」

 中島の不意打ちに愛華は一瞬黙ってしまった。それを肯定と受け止めた中島は容赦なく追撃を始めた。

「伊集院係長の次はそこの男ですか、あなたずいぶん尻の軽い女だったんですね。」

 中島がそう言い放った瞬間、文治の拳が中島の鼻に命中した。

「何も知らないくせにふざけるな!」

「貴様、警察官に暴行したな!」

 中島は鼻を押さえながら、文治を睨んだ。

「暴行したからなんなのよ。」

 がら空きだった中島の腹に、今度は愛華の拳がめり込んだ。

「がっ、あうぅ。」

「さっきのは退職届けを渡しただけただから、暴行じゃないですよ。」

 中島の腹に張り付いていた退職届が剥がれて、はらりと床に落ちるのを確認することもなく、文治と愛華は警察署を出て行った。



「おばあちゃーん、すいかまだ?」

「ちょっと、アイスとけてきてるよ!」

 平和な夏休みの1日。平凡な一家の日常の1ページがそこにあった。

「すいか食べたいなら切るよ。」

 どっこいしょと、腰を上げた祖母の額には大きなおできがあった。

終わり



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