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現像してはいけない(1)
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私は『旧式カメラ愛好会』のメンバーだ。
はるか昔に覚えた、重い旧式一眼レフカメラの感覚と、フィルムの現像の仕方を忘れてしまうのが惜しくて、愛好会を続けている。
その日、作品展に備え、私はいつも暗室を貸してもらう写真スタジオに行った。
スタジオの主人とは旧知の仲だ。
毎年、ストックにある旧式カメラを貸してくれる。
ほとんどが、下取りに出されたがその後買い手のつかない在庫品だ。
三十機ほどの中に、私は初めて見るカメラを見つけた。
「これ、新しく入ったの?」
「ああ、それね」
主人は棚からその傷だらけの黒いカメラを取った。
「かなり古いけど、電池を入れればまだ動くよ。フィルムが入ったままだったんだけど、いらないって言われてね」
「フィルム、入ってるの?」
私はカメラを手に取った。ずしりと重い。
傷と手の脂が浸み込んだような変色があるが、マクロ撮影も可能な望遠レンズ付きだ。
新しいフィルムを買って、そのカメラを借りた。
電池を入れたらカメラは問題なく作動した。
入っていたフィルムは三十六枚撮りのコダックで、練習撮りしているうちにすぐ終わった。
愛好会のメンバーと一緒に撮影会に参加した。
みな旧式の古いカメラを持っている。
私は三脚にカメラを置いて公園の花のクローズアップ写真を撮った。
マクロレンズで花弁に飛んできた蜜蜂を一緒に狙う。
天気がよく、撮影はスムーズに進み、持っていたフィルムを使い切った。
私はフィルムを現像するために、スタジオに行った。
暗室の中で、取り出されたフィルムを伸ばし、コマを一つ一つ見た。
「あれ?」
私は愕然とした。
何も撮れていないじゃないか!
十数本あるフィルムのすべてのコマには、私が撮ったはずの花が一つも映っていないのだ。
私はスタジオの主人を呼んだ。
「いや、これは……」主人もフィルムを検分した。
「何か映っているよ」
「何が?」
私には、ぼーっとした線のような、曲線のような、または染みのようなものしか見えない。
「とにかく、現像してみよう」
印画紙の無駄だよ……と思いつつ、主人が手伝ってくれて、数十枚のコマを現像した。
「おや、これは、誰だい?」
それは、元からカメラに入っていたフィルムのコマの一つだった。
「誰って、私は撮っていないよ」
その一コマを除いて私が撮った練習のコマは全く何も撮れていない。
「これは、目だよな。それも女性の」主人は言った。
左目のクローズアップ。化粧はしていないようだが、黒々とした長いまつげに縁どられた美しい目だ。
「私は撮ってないよ。前の持ち主だ」
二人とも黙り込み、その目に見とれていた。見ている者と左目だけで視線を合わせるその女にいつしか思いをはせていた。
作品展に私が出したのは、例の女の左目のクローズアップだった。
自分で撮ったはずの写真が撮れていなかったのだから、と自分に言い訳をした。
評判は上々で、芸術性が高いなどと言われた。
モデルは誰なのかとからかい半分に訊かれたりもした。
私の作品の前には何人かの客が立っている。
やはりインパクトの強い目に惹かれるらしい。
一人、かなり長い間立っている女性がいた。
ストレートの長い髪が印象的なすらりとした後ろ姿だった。
はるか昔に覚えた、重い旧式一眼レフカメラの感覚と、フィルムの現像の仕方を忘れてしまうのが惜しくて、愛好会を続けている。
その日、作品展に備え、私はいつも暗室を貸してもらう写真スタジオに行った。
スタジオの主人とは旧知の仲だ。
毎年、ストックにある旧式カメラを貸してくれる。
ほとんどが、下取りに出されたがその後買い手のつかない在庫品だ。
三十機ほどの中に、私は初めて見るカメラを見つけた。
「これ、新しく入ったの?」
「ああ、それね」
主人は棚からその傷だらけの黒いカメラを取った。
「かなり古いけど、電池を入れればまだ動くよ。フィルムが入ったままだったんだけど、いらないって言われてね」
「フィルム、入ってるの?」
私はカメラを手に取った。ずしりと重い。
傷と手の脂が浸み込んだような変色があるが、マクロ撮影も可能な望遠レンズ付きだ。
新しいフィルムを買って、そのカメラを借りた。
電池を入れたらカメラは問題なく作動した。
入っていたフィルムは三十六枚撮りのコダックで、練習撮りしているうちにすぐ終わった。
愛好会のメンバーと一緒に撮影会に参加した。
みな旧式の古いカメラを持っている。
私は三脚にカメラを置いて公園の花のクローズアップ写真を撮った。
マクロレンズで花弁に飛んできた蜜蜂を一緒に狙う。
天気がよく、撮影はスムーズに進み、持っていたフィルムを使い切った。
私はフィルムを現像するために、スタジオに行った。
暗室の中で、取り出されたフィルムを伸ばし、コマを一つ一つ見た。
「あれ?」
私は愕然とした。
何も撮れていないじゃないか!
十数本あるフィルムのすべてのコマには、私が撮ったはずの花が一つも映っていないのだ。
私はスタジオの主人を呼んだ。
「いや、これは……」主人もフィルムを検分した。
「何か映っているよ」
「何が?」
私には、ぼーっとした線のような、曲線のような、または染みのようなものしか見えない。
「とにかく、現像してみよう」
印画紙の無駄だよ……と思いつつ、主人が手伝ってくれて、数十枚のコマを現像した。
「おや、これは、誰だい?」
それは、元からカメラに入っていたフィルムのコマの一つだった。
「誰って、私は撮っていないよ」
その一コマを除いて私が撮った練習のコマは全く何も撮れていない。
「これは、目だよな。それも女性の」主人は言った。
左目のクローズアップ。化粧はしていないようだが、黒々とした長いまつげに縁どられた美しい目だ。
「私は撮ってないよ。前の持ち主だ」
二人とも黙り込み、その目に見とれていた。見ている者と左目だけで視線を合わせるその女にいつしか思いをはせていた。
作品展に私が出したのは、例の女の左目のクローズアップだった。
自分で撮ったはずの写真が撮れていなかったのだから、と自分に言い訳をした。
評判は上々で、芸術性が高いなどと言われた。
モデルは誰なのかとからかい半分に訊かれたりもした。
私の作品の前には何人かの客が立っている。
やはりインパクトの強い目に惹かれるらしい。
一人、かなり長い間立っている女性がいた。
ストレートの長い髪が印象的なすらりとした後ろ姿だった。
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じわじわと怖いですね。
大輔さん、大丈夫ですか⁉︎ 後味も怖いです。
鑑定士さんと大輔さんで『太平堂』シリーズができそうな魅力的なお話で、続編を勝手に期待してしまいます!
楽しませていただきました。
「現像してはいけない」
怖い予感しかありません。楽しみです。
山碕さま、ありがとうございます! 鑑定士と大輔でシリーズ、やる気が出ました! アンヌ
面白かったー&怖かったー。思わず自分の後ろを見てしまいました。暫く壺はもとより、花瓶も触るの怖い😱じーっと見るなんてできまシェン😱
嬉しくなるご感想を、ありがとうございます!