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1、どうぞ宜しく、皆々様②
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オートクチュール。マリアの生まれであるその家は、このクロステル帝国内外で名を轟かす名軍家である。マリアの祖父は陸軍総統を務める大軍人だった。父ヴァルハルトも現役の軍人であり、祖父亡き後に後を次ぐのは父であるとまことしやかに囁かれているほどの実力者だ。
一方マリアの母は、帝国成立時から文官を務めているアルセーヌ家の息女だった。非力で体こそ弱かったがその文才は随一で、長年事実上の緊張状態にあるシュタール王国に送る書簡は、彼女が病に伏して亡くなるまで全て彼女が推敲していたのだという。そんな二人の間に生まれた一人娘であるマリアには、まさに文武両道が求められた。マリアは賢く、素直な子供だった。だからこそ、彼女は自らに課された高すぎるハードルをもものともせずに、どころかそれがオートクチュールの子である自分の使命だと奮起して、日頃目覚しい努力を続けていたのだ。その成果が、今ここで果たされる。
背後に控えていた美しい少年が静かに一歩踏み出して、マリアに耳打ちをした。肩で結わいた藤色の髪が柔らかく風に揺れる。マリアは億劫そうに、従者たる彼にチラリと横目で視線を投げた。
「マリア様。ご挨拶に伺うのでしたら、まず」
「ランド家のガラシャ様、ミーツ家のレミリアさん。それから分家アステルのハナ。その程度は頭に入っていますわ」
「失礼致しました。出過ぎた真似を」
「いいえ。執事のあなたがきちんと当家の勢力図を頭に入れていることはとても大切ですから、謝ることではなくてよ」
マリアは迷うことなく歩を進めていく。そして先程名を挙げた少女らに近付いては「オートクチュール家の代表」として立派に挨拶をしていった。非を唱える者などきっとこの世にいはしないだろう。
それも丁度一巡した頃だろうか。大きな馬車が庭園の前に現れた。
帝国は蒸気技術がここ数年でたいへん進歩しているが、それでも馬車はまだまだ現役だ。特に帝国の象徴である皇族専用の真っ白な馬車は、この国に住むものみなの憧れだった。否、むしろみなの憧れが馬車につまっているからこその馬車産業なのかも分からない。おとぎ話に出てくるような金の車輪に白の車体。美しい白馬を引くはきらびやかな装束を纏った馭者である。
細身の馭者がぽんと一声何かを呟く。馬は魔法にかかったように、しなやかに足を止めた。
「ねえ、もしかして」
「ええ、絶対にそう!」
少女たちが色めきだった。思わせぶりに髪を梳くもの、ドレスの裾を払うもの。従者に何事か尋ねるものに、瞳をうるませぼんやり馬車を眺めるもの。各々可愛らしく頬を桜に染めている中で、マリアは表情ひとつ変えもせずに、ただ静かに、ともすれば余裕さえ見せながらそこに立っていた。
扉が開く。現れる。少年が顔を上げた。
明るい笑顔も見せないで、スラリと長い足をただ動かす。行儀良く、機械的に、陰鬱に。
仕立ての良い堅苦しい衣装を着せられたその人はどこか影があって、不健康に大人びていた。
生白い肌は陶器の如く。伏せられた目は黒曜石。闇色の髪だけ少年らしく柔らかで、纏う黒服は、派手な装飾をものともせずにすっかり彼に馴染んでいた。まるで異国の人形だ。でなければ、そう。例えば墓石の──死という概念の、擬人化のような。悪魔や死神と言うにはあまりに愉悦に欠けている。儚く美しく、誰の傍にもある漠然とした何か。ある人は忌み嫌い、ある人は魅入られる。それでいて人を惹きつけでやまない。少女らも従者らも、みなが息を飲み、動けないでいる。最中にマリアだけが、上品に膝を折った。
一方マリアの母は、帝国成立時から文官を務めているアルセーヌ家の息女だった。非力で体こそ弱かったがその文才は随一で、長年事実上の緊張状態にあるシュタール王国に送る書簡は、彼女が病に伏して亡くなるまで全て彼女が推敲していたのだという。そんな二人の間に生まれた一人娘であるマリアには、まさに文武両道が求められた。マリアは賢く、素直な子供だった。だからこそ、彼女は自らに課された高すぎるハードルをもものともせずに、どころかそれがオートクチュールの子である自分の使命だと奮起して、日頃目覚しい努力を続けていたのだ。その成果が、今ここで果たされる。
背後に控えていた美しい少年が静かに一歩踏み出して、マリアに耳打ちをした。肩で結わいた藤色の髪が柔らかく風に揺れる。マリアは億劫そうに、従者たる彼にチラリと横目で視線を投げた。
「マリア様。ご挨拶に伺うのでしたら、まず」
「ランド家のガラシャ様、ミーツ家のレミリアさん。それから分家アステルのハナ。その程度は頭に入っていますわ」
「失礼致しました。出過ぎた真似を」
「いいえ。執事のあなたがきちんと当家の勢力図を頭に入れていることはとても大切ですから、謝ることではなくてよ」
マリアは迷うことなく歩を進めていく。そして先程名を挙げた少女らに近付いては「オートクチュール家の代表」として立派に挨拶をしていった。非を唱える者などきっとこの世にいはしないだろう。
それも丁度一巡した頃だろうか。大きな馬車が庭園の前に現れた。
帝国は蒸気技術がここ数年でたいへん進歩しているが、それでも馬車はまだまだ現役だ。特に帝国の象徴である皇族専用の真っ白な馬車は、この国に住むものみなの憧れだった。否、むしろみなの憧れが馬車につまっているからこその馬車産業なのかも分からない。おとぎ話に出てくるような金の車輪に白の車体。美しい白馬を引くはきらびやかな装束を纏った馭者である。
細身の馭者がぽんと一声何かを呟く。馬は魔法にかかったように、しなやかに足を止めた。
「ねえ、もしかして」
「ええ、絶対にそう!」
少女たちが色めきだった。思わせぶりに髪を梳くもの、ドレスの裾を払うもの。従者に何事か尋ねるものに、瞳をうるませぼんやり馬車を眺めるもの。各々可愛らしく頬を桜に染めている中で、マリアは表情ひとつ変えもせずに、ただ静かに、ともすれば余裕さえ見せながらそこに立っていた。
扉が開く。現れる。少年が顔を上げた。
明るい笑顔も見せないで、スラリと長い足をただ動かす。行儀良く、機械的に、陰鬱に。
仕立ての良い堅苦しい衣装を着せられたその人はどこか影があって、不健康に大人びていた。
生白い肌は陶器の如く。伏せられた目は黒曜石。闇色の髪だけ少年らしく柔らかで、纏う黒服は、派手な装飾をものともせずにすっかり彼に馴染んでいた。まるで異国の人形だ。でなければ、そう。例えば墓石の──死という概念の、擬人化のような。悪魔や死神と言うにはあまりに愉悦に欠けている。儚く美しく、誰の傍にもある漠然とした何か。ある人は忌み嫌い、ある人は魅入られる。それでいて人を惹きつけでやまない。少女らも従者らも、みなが息を飲み、動けないでいる。最中にマリアだけが、上品に膝を折った。
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