老舗あやかし和菓子店 小洗屋

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一反木綿のキヌちゃん編

小洗屋のシラタマと一反木綿のキヌちゃん 5話

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 一生懸命に走ったけれど、シラタマがキヌちゃんの家に着いたときには、もう、お昼を回っていた。
 コンテストは午前中だ。午後からは糸史デザインの、着物ファッションショーがある。

 遠くで花火の音がする。
 コンテストが終わった音だ──


 キヌちゃんの家はとても大きなお屋敷になる。
 だからなのか、人の気配がしない。
 みんな出払っているのだろうか。

 それでも裏口はいつも開いている。
 荷物の配達の人が出入りしやすいようにだ。
 シラタマは裏口へ回り、入っていく。

 反省部屋は、庭の納屋だと聞いたことがある。
 大きく広い庭だ。
 池も松も、どれも大きい。

 迷いながらも、キョロキョロ見渡しながら北側の蔵の並びを見ていたとき、ひとつ、明かりがついている蔵がある。
 小さな窓からうっすらと明かりが漏れている。

 シラタマは駆け寄り、高い壁の上にある小さい窓に向かって叫んだ。
 鉄格子のある小さな窓に、

「キヌちゃんっ! キヌちゃーんっ!」

 肉球の手を頬に当てて必死に叫んぶと、ガタンと音がした。

「……シラタマちゃん? シラタマちゃんなの?」

 かなり高い窓でも、キヌちゃんはふわふわと浮くことができるため、そこからひょっこり顔をだした。

「シラタマちゃん」

 久しぶりにみたキヌちゃんの顔は、少しやつれていて、少し黄ばんでいるようにも見える。
 日陰にある蔵の室内に閉じ込められていたら、シラタマですら、毛にカビがはえてもおかしくない。

「ごめんね、キヌちゃん! もっと早く……もっと早く......」

 震える小さな肉球で自身の大きな目を覆ったとき、シラタマの肩が叩かれた。
 キヌちゃんの父上、藍然あいぜんである。

「君か、うちの娘をたぶらかしたのは」
「お父様、シラタマちゃんは違うの!」

 柵に手をかけ叫ぶキヌちゃんを見上げ、シラタマはどうしていいのかわからなくなる。

 確かに、キヌちゃんは掟を破った。
 それを良しと応援したのはシラタマだ。
 だけど、キヌちゃんは真剣に着物と向き合っていた。
 うらやましかった。
 シラタマが話しかけても聞こえないぐらい集中して、たくさんの時間を布に、デザインに、注いでいた。

 シラタマには、小豆を洗うことしかできない......

 だから、キヌちゃんを応援したかった。
 ダメだってことでも、真剣に、大切に挑戦しているキヌちゃんを応援したかった。

 だって、

「──あたし、キヌちゃんの着物、大好きだから……!」

 藍然に首をつかまれ、ひきずられるなか、シラタマは叫んでいた。

 だって、好きだから。
 キヌちゃんの着物が大好きだから!

「好きを応援するのはまちがいなの?」
「掟に反したら、好きはまちがいなの?」
「好きのまちがいってなに?」

 繰り返すシラタマの声に、藍然は一言も返さない。
 シラタマはしっぽをぶんぶん振り、肉球の手を大きく広げてバタバタ叫ぶが、答えがこない。

「どうしてダメなの!!!!!」

 ひときわ大きな声を出したとき、

「どうしてだろうねぇ」

 声が返ってきた。
 引きずる体が止まり、すぐに抱き上げられる。
 抱き上げた手は大きな鋏だ。
 着物は黒、椿が散った黒の着物──

「……糸史おばちゃん?」
「ひさしぶりだね、シラタマ。あんたがこっちに行ったって、母ちゃんから聞いてね」

 シラタマを抱えたまま、糸史は藍然に向いた。

「どうも、藍然。いつも、上ものの反物、助かってるよ。いい色に染めれるよ、あんたの反物は」

 深々と頭を下げる藍然の横を悠々と歩きだす。

「シラタマ、あんたの友だちは?」
「あっち」

 つと、肉球で指をさすと、その蔵に向かって歩きだす。
 後ろでは、藍然がへこへこと頭を下げながら、そちらへ向かうなと、母屋へ案内しようと動き回るが、それを糸史は一瞥する。
 虫でもはらうように、糸史は鋏を藍然に向けて振るが、それでも付きまといは止まらない。

 すぐに蔵の前に着くと、シラタマは糸史の腕からするりと抜け、蔵の扉の前に立った。
 「シラタマちゃん」と叫ぶキヌちゃんに、シラタマは叫び返す。

「キヌちゃん、あたし、大丈夫だよ!」

 扉に張り付き叫ぶシラタマの上で、糸史は頑丈なかんぬきを鋏でなでた。
 分厚く鉄で覆われていたかんぬきだったが、まるでかんながけでもしたように、粉々になってしまう。
 シラタマの頭にかかった木屑を糸史は払い、扉をぐっと開けると、すぐにシラタマは飛び込んだ。

 ろうそくが揺れる蔵の中は薄暗かったが、それでもキヌちゃんはシラタマだとすぐわかってくれた。

 シラタマを優しく抱き止めたキヌちゃんだが、クマのある目をこすり、そばの紙を手に取ると、興奮気味に見せてくる。

「シラタマちゃん、見て! このデザイン、どう? それにね、こっち。これ、小物なんだけど、鼻緒につけたり、頭につけたりできたらいいと思わない?」

 蔵の床に塵のように積もっていた紙は、すべて着物のデザインだった。
 染めのデザインから、かんざし、果ては着物に合う手袋、帽子……

「……なんだ、これは……」

 藍然の声が震えている。
 ろうそくを壺にかざし、煤を作り、蔵にあった紙という紙に、煤でデザインを書き込んでいた。

 おかげでキヌちゃんの手は真っ黒。
 クマのある目に見えたが、それは煤のせいで顔が汚れたせいだ。

「描いたものをキレイにまとめて、今度、糸史様に見ていただこうと思って。コンテストに出られなかったのは残念だけど、でも、見ていただく機会が消えたわけじゃないもの!」

 キヌちゃんにシラタマは抱きついた。
 そうだ。

 チャンスがなくなったわけじゃない!

 2人が見つめあったとき、大きな笑い声が蔵に響く。
 糸史だ。

「いやー、ここまで着物に憑かれているとはね……」

 大きな鋏でキヌちゃんの頭をなでる。
 キヌちゃんはようやく糸史がいたことに気づき、顔を赤らめ、首をすぼめた。

「私もね、網切は網しか切っちゃあいけないって育ったんだ。でもさ、布を切ってみたかった。綺麗な布を、好きなように切って、つなげてみたかったんだ。……あんたは、昔の私、そっくりだ」

 ぽんぽんとキヌちゃんの頭をもう一度なでると、糸史は言い切った。

「藍然、あんたの娘、私の弟子にする。いいだろ」

 有無も言わさぬ声の太さに、シラタマは驚きと嬉しさで、毛がぶわりとふくらんだ。
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