老舗あやかし和菓子店 小洗屋

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砂かけ婆の孫・硝平くん編

小洗屋のシラタマと砂かけ婆の孫の硝平くん 3話

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 肉球でぎゅっとにぎった硝平くんの手は、父の手に似てゴツゴツしている。
 シラタマはどうしたらガラスのコップができるかは、絵本で学んでいる。

 鉄の棒に溶かしたガラスをくっつけ、ぷーと吹くのだ。
 とても楽しそうに絵本では見えたが、きっと、たくさんの技術が必要で、たくさんの力作業もあるのだろう。
 和菓子職人の父の手とよく似ているのだから、きっとそうに違いない。

 坂を登っている間、硝平くんはなにもいわなかった。
 だた力なく硬い手がそこにあるだけで、だからシラタマも何も言わない。

 松の林を抜け、木造の鳥が現れる。
 古鳥公園のオブジェだ。

「ついたわ。少し奥にいくとね、村が見下ろせるの」

 この時には、硝平くんはただついて歩いてきていた。
 初めてきたのか、キョロキョロとあたりを見回している。

 ここは古鳥公園なだけあり、小鳥が多い。
 こちろん、古鳥ことりも多い。
 年老いた古鳥は、言葉を話すようになる。

「シラタマちゃん、今日は休みかい?」

 ウグイスだ。
 ホーホケキョとさえずる小鳥のはずだが、古鳥となれば違う。さえずりは消え、言葉になる。

「うん、今日はお休みよ」
「和菓子は、ないのかい?」
「今日はないわ。硝平くんと食べるから」
「そうか、そうか! こりゃ、横やり入れちまったな」

 そう言ってウグイスはバサバサと飛んでいく。
 ウグイスを見送って、村を見下ろせる場所のベンチにつくと、まだ誰も座っていなかった。

 シラタマは軽く走り、ベンチに落ちた葉っぱを落とす。

「硝平くん、ここのベンチ、座ってみて。すごいんだから!」

 ぽんぽんと、肉球でたたくと、素直に硝平くんは腰をおろす。
 俯いた顔が上がった瞬間、硝平くんの表情が和らいだ。
 いや、輝いたといってもいい。

 ここで見る村は、輝いて見えるのだ。

 いつの時間に来ても、幻想的にちらちらと光が舞って見える。
 それこそ、朝の時間、夕の時間で舞う光の色は違う。
 日中だと、七色に輝くので、シラタマは日中にくるのが好き。
 たくさんのシャボン玉が村の上をたゆたって、いつもの田んぼも、家も、林も、夢の世界にいるようだ。

「……すごい」
「でしょ? これね、羽黒山から流れてくる人間の念なんだって。とってもキレイよね」

 シラタマは近くのフキの葉をむしり、皿にすると、硝平くんに串団子を渡した。
 こぼれおちるほどの餡子が団子をおおっている。

「めしあがれ」

 シラタマも同じようにフキを葉を皿に食べていく。
 餡子がほどよい塩気で、今日もいい塩梅だ。
 もちっとした団子は歯応えもあるけれど、噛めばじんわりと甘みが出てくる。
 このやわらかすぎない団子が、シラタマのお気に入りでもある。
 和菓子屋さんによっては、この団子がとろけるほどやわらかいところもあり、それはそれで好きなのだが、つぶあんと団子のハーモニーを楽しむためには、歯応えが不可欠だと、シラタマは思っている。

「どうかしら?」

 シラタマが見上げると、硝平くんはゆっくりと団子を噛みしめながら、うんと頷く。

「とっても美味しい」
「よかった」

 シラタマはこぼれた餡子を肉球ですくいとりながら、べろりとなめつついう。

「硝平くん、すごくたくさんガラスをつくってるのね」
「……え?」
「とっても手がかたいもの。ガサガサだし。たくさん、たくさん、ガラスを吹いてるから、そうなるんでしょ?」
「まだまだだよ……」

 最後の1個の団子を食べきれないまま、硝平くんは俯いた。

「すごいね!」

 シラタマの唐突なすごいに、硝平くんの顔が持ち上がる。
 横のシラタマはきゅるきゅるの目で硝平くんを見上げている。

「……なにが?」
「まだまだってことは、もっとがんばろうって思ってるってことでしょ!」
「……いや、ちがう。それはちがう」

 団子を握る指が白くそまる。

「オレには才能がないから、まだまだなんだ」
「才能ってなに?」

 純粋なシラタマの目が硝平くんにぐっと向いた。

「才能ってのは……ガラスを扱う技術とか、そういうの、だよ」
「ふーん」

 シラタマはベンチからぶらさがる足をふらふら揺らして、考え込む。

「……父ちゃんもね、こんなに美味しいけど、和菓子の才能がないんだって」

 フキの葉に残った餡子を大事そうに指でなぞって、シラタマはぺろりと舐める。

「でもね、父ちゃん、失敗の数は誰にも負けないっていってた。だからあたしにも、たくさん失敗しろって。でも、どうして失敗したかは、ちゃんと考えろって」

 シラタマはゆらゆらと輝きながらにじむ村を見下ろして、

「むずかしいね」

 小さな声でつけたした。
 シラタマの手にはさっきのガラスのコップがある。
 それを日差しにかざしながら、シラタマは首を傾げる。

「あたしはこのコップ、好きよ」

 シラタマがいうと、硝平くんはうんとうなずき、最後の一個をほおばった。
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