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初めての食事
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半ば引きずられるように歩き出した廊下だが、ネージュの腕はしっかりと彼女の手を掴み、歩いて行く。
赤い革靴で歩く木の廊下は、艶やかに光りよく磨かれている。かつかつと響く足音に慣れないアレッタだが、足裏から伝わる固い感触がなんだか面白い。
エントランスへと降りていくが、広く大きな階段には毛氈が敷かれ、その上に階段を包むほどのクリスタルでできたシャンデリアが吊るされている。
ネージュに手を引かれながらも、アレッタはシャンデリアに釘付けになる。
可愛らしい彼女の顔が、間抜けに口をぽかりと開けたままになっている。
シャンデリアが、氷のように美しい───
天界でも美しいものを見てきたはずだが、これほどまでに綺麗と思っただろうか。
キャンドルの揺れる火の光が、涙型に切り出されたクリスタルに反射し、降ってくるのだ。
滑らかではない細かく鋭角に切り出された面がたくさんの光を生み出し、手や頬、服に小さな煌めきが映る。
それは眩く、光に形があるとアレッタは思う。
まさしく、光の結晶だ。
小さな手を広げ、煌めく光を受け取ろうとあちこちに手を泳がすが、降りて行くうちに光よりも気になるものがでてきた。
香りだ。
───いい匂い!
本能がそう囁く。
口が唾でいっぱいになる。それをゴクリと飲み込みながら、正面玄関の扉を横切って右にある食堂の扉をくぐった。
テーブルと椅子が並び、奥の席にはすでにエイビスが腰を下ろしている。
右を見るとカウンターがしきりとなってキッチンがある。流しとコンロはL字型で配置されており、各場所にナイフやまな板など使い勝手のいいように物が置かれている。
アレッタが見てもわかるほど、よく使い込まれたキッチンだ。綺麗でありながら古さが伺える。この屋敷と同じ年数を歩んで来たのがわかる。
当初から見守る、美しくくすんだ食器棚には、真っ白な皿、カップが詰めこまれ、フィアらしい几帳面さが見てわかる。どこにも狂いのない枚数、ポジショニングがされている。
落ち着きのないアレッタに見かねてか、エイビスは立ち上がり手を差し出した。自分の席の向かい側に座ってと言うのだが、アレッタはその椅子を通り越して、窓際へと走り出した。
夜はただ暗いだけだった。
だが、ヒトの世界はそうではない!
葉が夜露に濡れて星と同じく輝き、さらに花の妖精が月光を浴びるためか、淡い光の球体となって浮かんでいる。
彼らの羽は透きとおったガラス細工のようで、淡い光すら輝く材料のようだ。細かくも鋭い灯りが彼らを包みこみ、夜の庭を彩っている。
大きな綿毛が月明かりのなかを漂う様は、幻想的でいつまでも見ていたくなる───
「……なんなんだ、ヒトの世界は……」
「美しいだろ?」
言いながら窓に張り付いたアレッタを引き剥がすように、エイビスが小脇に手を入れ持ち上げると、テーブルの端へと運び、腰をかけさせた。
座ったテーブルだが、8名掛けのテーブルだ。
アレッタはドア側の端に、その右側にネージュが座る。エイビスは対面のアレッタの向かいに座り、彼の右側にテーブルセットがされていることから、フィアの席だとわかる。
「今日は君たちを客人として迎えようと思って」
そういって出てきたのは、大きな鶏のローストだ。
エプロン姿のフィアがテーブルの中央に料理を置きつつ、
「明日から6日間、しっかり働いてもらうからな。住まわせてやる代わりだ。
働かざるもの食うべからず、っていうだろ?」
ひと睨みするものの、さらに料理が運ばれでてくる。
オニオンスープにベイクドポテト、葉野菜とチーズがたっぷり乗せられたサラダに、甘い香りの人参のグラッセ、インゲンと芽キャベツのガーリックソテー、さらに雲をちぎって焦がしたようなパンまである。
「……全部、食べ物なのか……?」
「そうだよ、アレッタ。好きなだけ食べていい。
さ、食べよう」
驚くアレッタをよそに、客人をもてなす意味でエイビスがローストチキンを解体していく。
だがその手さばきは美しかった。
白手袋越しに掴んだ大ぶりのナイフとフォークが踊るようにチキンをほどいていくのだ。
それはためらいなく折り曲げられた足の付け根を切り落とし、さらに関節ごとに切り分けていく。
足が切り離せたら本体へ。本体は胸肉をほどよく切り分ければ終了のようだ。
あまりに早い手さばきに見とれているうちに、彼女の前にチキンが献上される。焦げ目の綺麗なチキンのももの部分だ。ぷっくりとふくれた肉からは透明な肉汁がとめどなく流れている。
通常であれば自分でソースをかけるものだそうだが、アレッタにはソースがかけて出されていた。茶色に染まったソースだが、その香りの深いこと。
あまりに初めての香りに戸惑いと喜びでいっぱいになる。
「アリー、おいしそうっていう気持ち、すごい気持ちなのね」
ネージュがアレッタの小さな手を取り言う。アレッタもこくりとうなづき、
「ヒトの欲というのは、奥が深いんだな」
差し出された皿から湯気があがり、いい香りが漂ってくる。これが香ばしい鶏肉の香りなのだろう。
さらにソースからは甘い香りがする。バターをひとかけら落としてくれたのだが、そこからだ。
「甘い香りがするんだろう? それが乳製品の香りだ。牛乳とか、チーズとかバター、そういった類の香りになる。
うちではよく使うものから、匂いを覚えておくといい。味が想像しやすくなる」
大きく頷いて見せるアレッタとネージュだが、2人ともに皿の前でお預けを食らっていた。
「食べていいぞ?」
そう言うエイビスに、ようやくと席に着いたフィアだが、アレッタは真っ直ぐな瞳で2人に言った。
「すまない。食べ方がわからないんだ」
仮面越しのエイビスの頭に「!」のマークが浮かんだのがわかる。
顔が見えなくとも表情がわかるのは、彼のリアクションが大きいからだろう。
「ごめんね、アレッタ」
彼は心底申し訳なさそうに声を出し、アレッタの席へと行くと、彼女を自身の膝に乗せて、彼女の両手を取り、
「アレッタ、食べ方を教えるね」
仮面越しの彼が優しく言った。アレッタはこくりと頷き、食べ方を教わり始める。
全てアレッタにとって、初めての経験だ。
雨のように初めてが降りかかるが、彼女の頬は緩みっぱなしだった。
───ヒトの世界、面白すぎる……!
不謹慎かもしれないが、そう思わずにはいられなかった。
赤い革靴で歩く木の廊下は、艶やかに光りよく磨かれている。かつかつと響く足音に慣れないアレッタだが、足裏から伝わる固い感触がなんだか面白い。
エントランスへと降りていくが、広く大きな階段には毛氈が敷かれ、その上に階段を包むほどのクリスタルでできたシャンデリアが吊るされている。
ネージュに手を引かれながらも、アレッタはシャンデリアに釘付けになる。
可愛らしい彼女の顔が、間抜けに口をぽかりと開けたままになっている。
シャンデリアが、氷のように美しい───
天界でも美しいものを見てきたはずだが、これほどまでに綺麗と思っただろうか。
キャンドルの揺れる火の光が、涙型に切り出されたクリスタルに反射し、降ってくるのだ。
滑らかではない細かく鋭角に切り出された面がたくさんの光を生み出し、手や頬、服に小さな煌めきが映る。
それは眩く、光に形があるとアレッタは思う。
まさしく、光の結晶だ。
小さな手を広げ、煌めく光を受け取ろうとあちこちに手を泳がすが、降りて行くうちに光よりも気になるものがでてきた。
香りだ。
───いい匂い!
本能がそう囁く。
口が唾でいっぱいになる。それをゴクリと飲み込みながら、正面玄関の扉を横切って右にある食堂の扉をくぐった。
テーブルと椅子が並び、奥の席にはすでにエイビスが腰を下ろしている。
右を見るとカウンターがしきりとなってキッチンがある。流しとコンロはL字型で配置されており、各場所にナイフやまな板など使い勝手のいいように物が置かれている。
アレッタが見てもわかるほど、よく使い込まれたキッチンだ。綺麗でありながら古さが伺える。この屋敷と同じ年数を歩んで来たのがわかる。
当初から見守る、美しくくすんだ食器棚には、真っ白な皿、カップが詰めこまれ、フィアらしい几帳面さが見てわかる。どこにも狂いのない枚数、ポジショニングがされている。
落ち着きのないアレッタに見かねてか、エイビスは立ち上がり手を差し出した。自分の席の向かい側に座ってと言うのだが、アレッタはその椅子を通り越して、窓際へと走り出した。
夜はただ暗いだけだった。
だが、ヒトの世界はそうではない!
葉が夜露に濡れて星と同じく輝き、さらに花の妖精が月光を浴びるためか、淡い光の球体となって浮かんでいる。
彼らの羽は透きとおったガラス細工のようで、淡い光すら輝く材料のようだ。細かくも鋭い灯りが彼らを包みこみ、夜の庭を彩っている。
大きな綿毛が月明かりのなかを漂う様は、幻想的でいつまでも見ていたくなる───
「……なんなんだ、ヒトの世界は……」
「美しいだろ?」
言いながら窓に張り付いたアレッタを引き剥がすように、エイビスが小脇に手を入れ持ち上げると、テーブルの端へと運び、腰をかけさせた。
座ったテーブルだが、8名掛けのテーブルだ。
アレッタはドア側の端に、その右側にネージュが座る。エイビスは対面のアレッタの向かいに座り、彼の右側にテーブルセットがされていることから、フィアの席だとわかる。
「今日は君たちを客人として迎えようと思って」
そういって出てきたのは、大きな鶏のローストだ。
エプロン姿のフィアがテーブルの中央に料理を置きつつ、
「明日から6日間、しっかり働いてもらうからな。住まわせてやる代わりだ。
働かざるもの食うべからず、っていうだろ?」
ひと睨みするものの、さらに料理が運ばれでてくる。
オニオンスープにベイクドポテト、葉野菜とチーズがたっぷり乗せられたサラダに、甘い香りの人参のグラッセ、インゲンと芽キャベツのガーリックソテー、さらに雲をちぎって焦がしたようなパンまである。
「……全部、食べ物なのか……?」
「そうだよ、アレッタ。好きなだけ食べていい。
さ、食べよう」
驚くアレッタをよそに、客人をもてなす意味でエイビスがローストチキンを解体していく。
だがその手さばきは美しかった。
白手袋越しに掴んだ大ぶりのナイフとフォークが踊るようにチキンをほどいていくのだ。
それはためらいなく折り曲げられた足の付け根を切り落とし、さらに関節ごとに切り分けていく。
足が切り離せたら本体へ。本体は胸肉をほどよく切り分ければ終了のようだ。
あまりに早い手さばきに見とれているうちに、彼女の前にチキンが献上される。焦げ目の綺麗なチキンのももの部分だ。ぷっくりとふくれた肉からは透明な肉汁がとめどなく流れている。
通常であれば自分でソースをかけるものだそうだが、アレッタにはソースがかけて出されていた。茶色に染まったソースだが、その香りの深いこと。
あまりに初めての香りに戸惑いと喜びでいっぱいになる。
「アリー、おいしそうっていう気持ち、すごい気持ちなのね」
ネージュがアレッタの小さな手を取り言う。アレッタもこくりとうなづき、
「ヒトの欲というのは、奥が深いんだな」
差し出された皿から湯気があがり、いい香りが漂ってくる。これが香ばしい鶏肉の香りなのだろう。
さらにソースからは甘い香りがする。バターをひとかけら落としてくれたのだが、そこからだ。
「甘い香りがするんだろう? それが乳製品の香りだ。牛乳とか、チーズとかバター、そういった類の香りになる。
うちではよく使うものから、匂いを覚えておくといい。味が想像しやすくなる」
大きく頷いて見せるアレッタとネージュだが、2人ともに皿の前でお預けを食らっていた。
「食べていいぞ?」
そう言うエイビスに、ようやくと席に着いたフィアだが、アレッタは真っ直ぐな瞳で2人に言った。
「すまない。食べ方がわからないんだ」
仮面越しのエイビスの頭に「!」のマークが浮かんだのがわかる。
顔が見えなくとも表情がわかるのは、彼のリアクションが大きいからだろう。
「ごめんね、アレッタ」
彼は心底申し訳なさそうに声を出し、アレッタの席へと行くと、彼女を自身の膝に乗せて、彼女の両手を取り、
「アレッタ、食べ方を教えるね」
仮面越しの彼が優しく言った。アレッタはこくりと頷き、食べ方を教わり始める。
全てアレッタにとって、初めての経験だ。
雨のように初めてが降りかかるが、彼女の頬は緩みっぱなしだった。
───ヒトの世界、面白すぎる……!
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