ヒト堕ちの天使 アレッタ

yolu

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おつかいを終えた夜

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 アレッタは泣き疲れて、そのままガゼボのベンチで眠ってしまっていたようだ。
 あれだけ大声で泣いていたのだから疲れもするだろう。
 おかげで頭がぼんやりとして、目も重い。

 体を動かすと、ブランケットがかけられている。さらにその上でエンが寝ていたため、エンを包むようにブランケットをよけて、アレッタは起き上がった。

 横を見上げると、バラ柄の仮面をつけた男がいる。

 ───エイビスだ。

 満開のバラが仮面に映り、華やかな仮面になっている。
 それをぼんやりと見上げていると、バラがこちらを向いた。

「起きたのかい……?」

 その声はとても優しい声だ。
 昼間怒ったときの声ではない。
 アレッタはもぞもぞと座り直し、言葉に迷いながら、ゆっくりと頭を下げた。

「エイビス、昼間、……すまなかった」

「謝らないでよ。僕も言いすぎたし」

「いや、そんなことない……」

 ガス灯がぼうと音を立てる。
 風が吹いたのだ。
 その音に驚きながらも妖精が近づいたり離れたり、まるで光源に集まる虫のよう。
 だが煌めく羽が幻想的な雰囲気を醸し出し、まるでガゼボが空の中に浮かんでいるようだ。

「エイビス、いつからいたんだ?」

「君が寝こけてからかな……」

「ずっと、いたのか……?」

「……うん。僕も泣きたい気分だったから」

「そう」

 夜露に濡れた花はザラメをまぶしたように月光を反射し、真紅の色を際立たせている。
 妖精たちはその露を舐め、喜ぶように飛び回る。疲れを知らない彼らは、ついたり離れたり、飛んだりとまったりと忙しそうだ。

 それを2人で眺めていると、

「ねぇ、」

 エイビスの声は小さい。
 呼んだ声だと気づくのに、少し時間がかかった。
 アレッタは数拍の間をおいて、ゆっくりと振り返った。

「ねぇ、アレッタ、
 君は、死ぬの、怖くないの……?」

 その言葉に、アレッタの体が縛りあげられる。
 胃が縮み、喉が締まる。


 あのとき、怖くなかっただけ……
 ……今は、…違う……


 言葉を避けるように俯いたアレッタに、エイビスは続けた。

「……僕はね、逃げたんだ。
 少年を盾にして、逃げた。
 戦い方も知っていたけど、戦わなかった。
 ………だって、死にたくなかったから」

 俯いた仮面が起き上がった。
 どこを見ているかはわからないが、正面に顔を正すと、アレッタを見ずに言葉をつなげた。

 
「ねぇ、アレッタはどうして戦えるの……?
 そんな小さな体で、もろくてとても弱いのに、なんで一歩を踏み出せるの?
 僕は怖くて怖くて、死ぬと思ったら無我夢中で逃げたのに……」


 アレッタの視界のそばにはエイビスの手がある。
 白手袋の手は、ぎちりと握られ、小刻みに揺れる拳は声音とは裏腹に強い思いが込められている。

 アレッタは息を一度大きく吐いた。
 心のざわめきを整えるためだ。
 もう一度息を吸い、吐いてから、アレッタは声を出した。


「……エイビスは、そのとき、生きていたんだ」


 アレッタはエイビスを見つめる。
 彼もその視線に気づき、アレッタを見やる。


「僕が、生きてた……?」


 エイビスはアレッタの言葉を繰り返している。
 アレッタの言葉をエイビスは飲み込むと、再び俯いた。


「生きていたなら、……尚更、だ。
 だって彼は、僕を絶望の目で見たんだ………怯え、悲しみ、憎しみさえ滲ませていた…
 ……僕は未だに後悔してる……どうして腕を一本もがれても戦わなかったんだって……
 君みたいに、どうして戦わなかったんだって……!」


 ふっと笑った気がした。
 自嘲したのだ。

 なのに、仮面は泣いている。


 露が伝い、泣いている───


 アレッタは思わずエイビスを抱きしめた。
 小さい体で、一生懸命、エイビスを抱きしめた。
 アレッタが抱えられているようにも見えるが、アレッタは精一杯エイビスを抱きしめたつもりだ。


「エイビスだって戦ったんだっ!
 自分と戦ったんだ……
 きっと、後悔も間違いも、全部生きているから刻まれるんだ。
 ……生きてるって、そういうこと、なんだろ……?」


 見上げたアレッタの目は再び濡れている。
 彼の苦しみがわかるからだ。
 痛いほど、そう、胸が痛い。
 だがそれは、生きようとして足掻いて、傷ついた心が疼く痛みだ。

 エイビスは胸元の服を握りしめた。


 後悔に苛まれる日々も、戦いだったのか───


「……そうかも、しれない…」

 エイビスは抱きついたアレッタを優しく持ち上げ、自身の胸元へと抱き直した。
 エイビスの顎がアレッタの頭に触れているのがわかる。
 薄くも硬い胸板がアレッタの鼻に当たり、あまり居心地がよくないため上を見たいのだが、優しく撫でる彼の手が上を向くのを許してくれない。

「……アレッタ、今だけ、こうしててくれないかな」

 仮面越しの声ではない。
 彼は仮面を外したのだ。

「わかった」

 そう言ったアレッタの額に、そっと唇が落ちてくる。

「……ありがとう、アレッタ。いい子だね……」

 語尾の震えるエイビスの声に、アレッタはそのまま彼の胸に懐いておいた。
 頬を摺り寄せ、自分の小さい手で彼の胸板をあやすように優しく叩く。
 だって彼も、泣きたい気分なのだろうから───
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