上 下
36 / 65

第38話 はじまったエルフ祭り

しおりを挟む
 一番最初に来店したのは、トゥーマの友だちだ。

「久しぶりだな! お前んとこの業績どうよ?」

 トゥーマが声をかけると、3人それぞれにハグをしていくが、聞こえる話を統合すると、みんな、実業家、のようだ。

 しかしながら、みなさま、金色の髪に長い耳、そして、美しい顔立ち……

「……眼福ですね」
「リコ、煮込みもの、味をみてくれるか」
「あ、はいはい」

 莉子はカウンターに立つ形で料理を確認、配膳の手配や食器の補充の指示などに動く。
 イウォールは莉子の声掛けに合わせ、料理を仕上げたり、追加を作ったりと、男仕事だ。
 ケレヴはおもてなしの心を忘れず、女の子中心に声をかけながら、ほぼ口説きながら動くので、莉子の蹴りが入ったところだ。

「ケレヴさん、ドリンクの補充、ちゃんとしてくださいよ!」
「へいへい。……お、カーレンとトゥーマ、息合った動きしてるな」

 トゥーマがお金を受け取り、お釣りなど手渡しする間に、カーレンがドリンクを用意すると言う流れにしたようだ。
 お互いに気遣いながらの作業だが、コミュニケーションも問題ないよう。カーレンが薄くだが笑っているのがわかる。

「カーレンさんも楽しそうでよかった。ねぇ、ケレヴさん、カーレンさんみたいなせいれ……」

 大きな手で口がふさがれる。

「リコ、カーレンのこと、喋るなよ」
「……?」
「終わってから事情は話す」

 何がマズいのかわからない……!
 マズいのであれば、エリシャが連れてきた時点で問題なんじゃないのか!?
 そうではない意味もわからないし、話せない意味もわからない───

 莉子はどうにも腑に落ちないが、今は営業に集中するべき。
 エリシャと目が合う。
 エリシャの手が軽く上げられ、掌が1回、そして、指が3本立った。

「……80名……うそっ」

 時計を見ると、まだ開始1時間も経っていない。
 お互いどれほどの関係者が来ているかわかりかねるが、それでも80名だ。
 きっと今がピークだ!

「料理、追加いきまーすっ!」


 莉子の声に合わせて、イウォールが料理を盛り付け、それをケレヴが運ぶこと、何回だろう……
 もう、訳がわからない状況だ。

 ……そう、あれがピークではなかったのだ。

 店内の人は、入れ替わっていくが、量が変わらない。
 ケレヴの機転で、外にドリンクの受け渡し場所を設けたことで、先にドリンクを楽しんだ人が、空いたのを見計らい入ってくる。彼らが出る。そしたら入店……と、人がまんべんなく、外と中に居座る形に。
 ドリンクはばかばかはけるし、料理はすぐになくなるし……と、予想を上回る人数が来たのは、体感でわかる。


 ──現在、夜中の1時。


「閉店準備、終わったぞ、リコ」
「ありがとうございます、イウォールさん」

 食洗機に食器をつっこみおえた莉子がため息まじりに言った。
 ケレヴとトゥーマ、アキラは外のゴミの片付けや、椅子の整理などを行ってくれている。
 エリシャとカーレンは、今日の売り上げの確認だ。

「……こんなはずじゃなかったのに」

 そうぼやくのはエリシャだ。

「もっと和気藹々とエルフが語りあうイメージだったのに! 本当に戦争だったわ!」
「……すごく、疲れた」

 2人でブツブツ言いつつも、現金を数えるのはやめない。
 彼らの責任感は高い。

「はぁ~……リコ、ビールもらうからなー!」

 ケレヴが外から戻るなり、瓶ビールに手を伸ばす。器用に歯で栓を抜くと、一気に飲み込んでいく。それにつられるように、トゥーマとアキラもビールを飲み込んでいく。

「……ぷはぁ! そうだ、カーレンとエリシャもどうだ?」

 氷水から出したビールをざっくりと拭き、トゥーマがビールを差し出した。
 それをカーレンがじっと見つめるが、風をきる動きでビールを取る。
 彼女は親指で栓を弾くと、一気飲み込んだ。

「……ふぅ。……エリシャも飲むといいよ。スッキリするから……」
「カーレン、ありがとう。でも、私はお酒苦手だからいいわ」
「それならコーラとかは?」

 莉子が瓶のコーラを手渡すと、エリシャは嬉しそうに受け取った。

「ありがとう。炭酸は好きなのっ」

 イウォールもビールに口をつけた。飲み干してから、満足そうに息をつく。

「かなり大盛況だったな。やってよかった」
「そうですね! 実際、今日は何名来たんですか?」
「157名。私側が67名で、そっちが90……! なんでよ! 発案したの私なのに!!!」
「……エリシャ、叫ばない。うるさい」

 莉子もビールに口をつけながら、明日をイメージする。

「明日は午後3時からエルフタイムです。アルコールももちろんですが、軽食とデザートを中心にしています。今日は男性が多かったので、女性が来てくれると嬉しいですね~」
「そうだな。幅広い層に来てもらえるとありがたいな」

 ケレヴがもう1本、ビールを飲みながら、ジャケットに手をかける。

「じゃ、また明日な~。12時くらいに来るわ」
「さ、僕らも明日の準備しないとね。トゥーマ、帰ろう」
「そうするか。また明日な、リコ。カーレン、また明日がんばろうな!」
「……うん、がんばる。……ほら、エリシャ、帰ろう」
「お金は……よし! 大丈夫! でも、心配だから、もう一度明日集計見直そうかしらね。少し早めに来るかも。大丈夫かしら、リコ?」
「いいですよ、エリシャさん。あたしがもう一度確認します」
「頼まれたことは最後までやるのが私の信条よ! じゃ、カーレン、帰りましょう」
「……うん。リコ、今日は疲れたけど、楽しかった。ありがとう」
「いえいえ! こちらこそ、ありがとうございます! 明日も、よろしくお願いしますっ」

 バタバタと帰ってきた彼らを見送り、改めて店の鍵を閉め、金庫を閉めて、厨房に立った2人は、握手を交わす。

「明日もがんばろう、リコ」
「はい、がんばりますよ!」

 そう言って部屋に戻った莉子だったが、シャワーを浴びながら、ケレヴから口止めされていたことを思い出していた。

「……一体、アレ、なんだったんだろ……。明日、終わってから聞いてみるか」

 目が冴えてしまったのは、疑問が持ち越しとなったせいではない。
 明日はどんな客層が、どれぐらいの勢いで来店するのか……
 想像できない状況に、緊張しているのだ。
 体がへとへとなのに眠れないこの感じは、まだ店になれない頃のよう。
 不安でたまらなかった頃が何度もフラッシュバックする。

「……でも、もう、独りじゃない……」

 莉子はあえて口にした。
『独りじゃない』
 これがどれだけ心強いか。

 そう思いを巡らせていると、いつの間にか、莉子の意識は遠くへと運ばれていた。
しおりを挟む

処理中です...