碧が凛に恋をした話

べこ

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自覚

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私、戸部碧は高輪凛に恋をしてしまった。

「おはよー」という言葉が教室中を飛び交う。いつもと変わらない教室。いつもと変わらないクラスメイト達。いつもと同じ私。
「とべっち、おはよう」
「おっ!凛ちゃんおはよう」
高輪凛。頭がよくて小柄でツンデレ。小学校からの知り合いで私の親友。
「とべっち、また遅刻ギリギリだね」
「朝に弱いんで」
私が笑うと凛も笑った。私はこの屈託のない笑顔が好きだ。
 チャイムが鳴った。ぞろぞろとみんなが席につき始める。そのあとすぐに先生が入ってきた。
「はーい。みんなおはようございます。」
先生の挨拶を合図に朝のホームルームが始まった。
 連絡事項を伝え終えた先生は「時間には遅れるなよ」と言い残して教室を後にした。さてと、長い一日の始まりだ。
 授業を無事に終え、部活の時間になった。凛を迎えにいこうと呼びに来たが、凛は自分の席の上に荷物を置いたままそこにはいなかった。トイレでも行ったのだろうか。少し待っていれば戻ってくるだろう。
 ・・・十分ほど経っただろうか。凛は戻ってこない。どうしようもない不安が身体中を駆け巡る。私は凛の荷物を持って教室から飛び出した。いるところなんてわからなかった。考えられもしなかった。凛に何かあったかもしれないという不安だけが頭を埋め尽くした。女子トイレだ。勢いよくドアを開けるが中は静かだ。使用中のトイレは一つもなかった。トイレではないとしたら部室か。荷物を忘れていくだろうか普通。いや人間誰しも忘れてしまうことはあるだろう。とりあえず教室に戻ってからにしよう。焦ったあまり凛の荷物まで持ってきてしまった。もし入れ違いになってたら荷物がなくて困っているかもしれない。私は息を整え教室へと向かった。
 教室に到着した。人影があるので覗いてみると凛がいた。なにやら困っている様子だった。やはり荷物を持っていったのはまずかったか。これはあとで謝んないとな。
「凛、荷物ごめ・・・!?」
教室には凛ともう一人生徒がいた。同じクラスの男子生徒だった。どう考えても告白してるのだろうが、少し様子が違った。
「なぁ、高輪は付き合ってる人いないんだろ?じゃあ俺でもいいじゃん。ダメなの?」
「いないけど・・・でもあなたのこと好きじゃないから」
「好きとかはどうだっていいよ。俺は高輪と付き合えればそれで」
そう言った男子生徒はあろうことか凛の肩を掴んだ。
「ちょっと!痛っ」
「高輪が悪いんだぞ」
あの野郎、凛になにしてんだ。その時私の中でなにかがプツンと切れた。
「凛になにしてんだよ!!」
「戸部!?なんでここに」
私に驚いた男子生徒は凛の肩から手を離した。私はその瞬間を見逃さなかった。凛を急いで引き寄せると凛は泣きそうな顔で怯えていた。
「あんた今なにしようとした」
「と、戸部には関係ないだろ」
「教える気がないならそれでもいい、けど凛にこんな顔させたこと絶対に許さないから」
「ちっ、なんだよ!てめぇ高輪のことが好きなの?」
「んなわけねぇだろ!さっさと失せろ!このこと女子全員に言いふらすぞ」
「わ、分かったよ!言いふらすんじゃねぇぞ!」
そう言って男子生徒は逃げていった。おおよそしようとしたことは分かっている。あの変態野郎が。
 凛はまだ震えていた。よっぽど怖かったのだろう。こんなに弱っている凛を見たことがなかった。
「凛ちゃん・・・大丈夫?」
「・・・。」
「今日は部活休もう、私が家まで送るから」
「・・・。」
「凛ちゃん・・・?」
「とべっち、ありがとう」
絞り出したような小さくて、か弱い声だった。下を向いていたけどその目は潤んでいた。私は思わず凛を抱きしめた。
「とべっち?」
「怖かったよね、ごめんね、助けるのが遅くてごめんね」
気づくと私は泣いていた。凛は泣いていないのに私はわけもわからず泣いていた。
「とべっち、なんで泣いてるの?」
笑いながら凛はそう言った。
「なんでだろうね、安心したからかな」
私もつられて笑った。きっと安心したからなんだろうな。
少し落ち着いてから私と凛は教室を出た。それから顧問に部活を休むことを伝え、私たちは学校をあとにした。
 凛の家に着くと凛は「今日はありがとう」とお礼を言って家に入っていった。凛を送り届けたことを確認し私も家に向かった。家に帰る道中、男子生徒が言ったことが頭をよぎった。
「高輪のことが好きなの?」
・・・あれは親友として助けに行っただけであって、そこに恋愛感情が絡んでいるわけではない。しかしそう思えば思うほど、なにか違和感を感じた。間違っているわけではない。ならどうしてこんなに納得できないのだろう。
 私はモヤモヤしたまま家に着いた。それからは普段と変わらず夕飯を食べて入浴して勉強して携帯をいじった。けれど心ここにあらずだった。ずっとモヤモヤしている。納得してしまえば簡単なことなのかもしれないが、納得してはいけない気がした。私は凛のことが好きだ。もちろん友達として。今までもそうだったしこれからもその感情は変わらない。そう思っていた。しかし、今日の一件以来私の中でなにかが音をたてて崩れた。私の中のなにかが制御できなくなった。あの時、怒りしかなかった。けど親友を襲われた怒り・・・だけではなかった。
人として、もちろん。友人として、もちろん。親友として、もちろん。好きな人として・・・もちろん?もちろんじゃない、でも否定できない。同性愛?そんなまさか!馬鹿げている、ありえない。私は親友相手に何を考えているんだ。・・・あぁ、気づいてしまった。こんなに必死に否定してしまっている。好きじゃないという言い訳を必死に考えてしまっている。
 気づいてしまえば簡単なことだった。私は高輪鈴に恋をしてしまった。きっと今まで自覚してなかっただけで好きだったのだ。今回の一件でそれを自覚してしまった。・・・同性愛、なんだろうか。でも女性が好きというよりも、きっと高輪鈴が好きなのだ。
 これから凛とはどうやって接していこう。今まで通り凛と過ごせる自信がない。恋を自覚してしまった今、ふとした瞬間隠している気持ちが出てきてしまうかもしれない。それがきっかけで凛に嫌われるのだけは嫌だ・・・!とにかく表面だけでも今までの私を保たなくては。凛にバレたときが、私にとっての、最後だ。あーあ、もう今までの日常には戻れないかな。まぁ、気づいてしまったことはしょうがない。これからも今までの私で頑張って生きよう。
 時計をみるともう二時間も進んでいた。これでは明日遅刻してしまう。モヤモヤも無くなって、私はスッキリした気持ちで眠りに落ちた。

これが私、戸部碧が高輪鈴に恋したことを自覚した瞬間だった。




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