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第1章 入門編

その姿は月のようで

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この後、芦屋と隣の建物に行って、ゴードンさんからもらっていたお金で教科書などの必要なものを買って解散となった。そして異邦人であることを隠すためになんとか話を合わせながら帰路につき、家が洋斗より近いこともあって芦屋の家に寄ることにした。そこには元いた道場のものの1.5倍弱ほどの大きな門が構えていた。



「長居はしなくていいからお茶だけでも飲んでいってよ」



 そういって芦屋は俺を招き入れた。

 中は長い廊下に沿って部屋がある細長い形になっていて、所々折れ曲がってできた空間はちょっとした日本庭園になっていた。ただ手入れはされていないのか、所々に雑草が目立った。

 洋斗達は一番奥の一際大きな部屋に入った。特に大した家具もなく閑散としている。実は屋敷によらず質素な暮らしをしているのかもしれない。

 俺は思わず率直な感想を口にした。



「何か………静かだな」

「まぁね、僕が小さい頃はもっと賑やかだったんだけど、一門の衰退につれて少しずつ抜けていってね…………」



 口が滑ったことを心から後悔した。芦屋の負のオーラが出てきてしまっている。何か話題はないかと見回していると、あるものを見つけた。



「これは…………将棋盤か」



 棚の一番下の段に、やや黒ずんだ将棋盤が入っていた。よく見ると側には駒が入っていると思われるこれまた黒ずんだ箱があった。これに食いついた理由は、母に将棋を教えてもらってよくやっていたからだ。親父はからっきしで正直余裕で勝てるのだが母がとても強く、一時期は暇ある毎に何度も勝負を挑んだのを覚えている。



「将棋出来るの?」

「あぁ、えっと……母さんとよくやってたんだ…………親父はド下手だったけどな」

「へぇ、お母さんが将棋って何か珍しいね?」

「そうか?」

「だって、プロの人……棋士って言うんだっけ?その人って男多いし」

「言われてみれば確かにそうだな…………やる?」

「いいの?僕も久々にしてみたいって思ってたんだ!」



 こうして桐崎 対 芦屋の対戦が始まり…………





 終わる頃には日が少し傾いていた。ちなみに対戦の結果は芦屋の勝利である。



「…………思ってたよりて驚いた、あんなのどうやって崩すんだよ」

「これでもお父さんに鍛えられたからね。そんなことより洋斗君も面白い打ち方をするよね?パターンに無いから焦っちゃったよ」
「そ、そんなに変だったか?確かに定石とかあんまり勉強はしてないけど……」

「まぁそれであれだけ戦えてるんだから良いんだろうけど…………多分門下の人になら勝てるんじゃないかな?」

「それ皮肉に聞こえるぞ?」

「そ、そんなこと無いよ!?」



 この後もしばし談笑してから、いい時間になったので帰ることにした。



「暇だったらまた来てよ!」

「そうするよ、またいつか将棋やろうか」

「……………うん!」



 こうして俺達は別れた。芦屋とはいい親友になれそうだ。

 いつかは元の世界に帰るんだけど…………。





 しばらく歩いていると、お屋敷についた、のだが…………。

 ドアの前に知らない女の子が立っていた。何やらガサゴソと鞄の中を漁っている。

 ───ものすごく怪しい。

 特に理由はなかったが、念の為足音を殺して近づいていく。相手は全く気づく気配がないようで、ガサゴソ鞄を覗いている。そしてすぐ後ろまで近づいたところで、さすがに声をかける事にした。



「あの……」

「わひゃッ!?」



 女の子が勢いよく振り返る。艶のあるしなやかな金の髪がふわりと舞った。その姿は、何というか…………。



 すごく綺麗だった。



 傾きかけた日の光を受けてとても美しく輝いていた。

 花とは少し違う…………「えと……あの…」…………そうだ、月だ。花とは違う、落ち着きみたいなものがあるような気がする。



 少しの間ボーッとしていると(人はこれを『見惚れている』と言う)、



「おや、洋斗様にお嬢様、いかがなされているのですか?」

「うおッ!?お、お嬢………って」

「あ、叔父様!ナイスタイミングです!」

「「?」」





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「要するに、鍵を忘れて狼狽してるところに桐崎様が帰られたと」

「…………はい。全くもって仰るとおりです叔父様」

「全く………お嬢様はこういうときに浮き足立つのが悪い癖です。以後気をつけて下さい」

「……………………はい」

「あの…………お嬢様って、まさかこの人が?」

「ええ、お二方は会うのは初めてですね。お嬢様、自己紹介を。(何事も最初が肝心ですよ?)」

「は、はい!えと……ユリア・セントヘレナといいます!この間は危ないところを助けていただきありがとうございました!」



(こんな綺麗な人、一体いつ助けたんだっけ?大体、ここに来てから人助けなんてしてないんだけど…………)



「桐崎洋斗です。こちらこそ(?)いきなりここに居座ることになってしまって…………」

「え!?いえ、洋斗さんは命の恩人ですし、そもそも屋敷の管理等はほとんど叔父様がしてくれてますから、叔父様がオッケーなら断る理由がないです。それに…………部屋ならいくらでも余っていますから」

「この屋敷にはどれくらい人がいるんですか?」

「私と叔父様と、叔父様のお手伝いさんが4人ほどです」

「え、こんな大きなお屋敷に「そうでした、洋斗様にこれを」



 言いかけた洋斗にゴードンさんが小さな袋を手渡す。



「……何ですかこれ?」

「屋敷の鍵です。先程お嬢様が申したとおり、私達は洋斗様を歓迎します。この証にと思い鍵を作ってもらっていたのです。この屋敷は我が家のように使っていただいてかまいません」



 ゴードンさんは小さく笑ったままそう言った。



「お嬢様、紹介も終わったことですし、いつまでも制服だとせっかくの新品にシワが付きますよ?」

「え………はい、そうですね。先に着替えてきます」



 ユリアはそそくさと部屋を後にする。出る直前に少し不安げにこちらを見た気がした。



 ───さて。

 この閑静な部屋には洋斗とゴードンさんがいる訳だが、心なしかゴードンさんの表情にはいつも以上の真剣みがあった。だがゴードンさんは口をつぐんだまま、時間だけが刻々と過ぎる。恐らくこちらから切り出すのを待っているのだろう。沈黙に耐えかねた洋斗は、ついに話を切りだした。



「どうして、あそこで話を切ったんです?」

「…………やはり、無理がありましたか」



 あのタイミングでの話題転換には明らかに違和感があった。どうやらこの問いは的を射ていたようだ。



「お嬢様にあれ以上身内の話題を語らせるのが酷だったのです。これから私が知っている限りを教えましょう」





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