Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~

ふろすと

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第1章 入門編

嵯鞍の御業

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 ー桐崎・ユリアー

 ユリアの体力が遂に尽きた。
 その足が完全に止まり、荒い呼吸を繰り返しながら床に膝をついてしまう。
 洋斗の体力はまだ余裕があるが、ユリア一人置いて行くわけにはいかないので、密かに身を隠すことにした。どうやらここは多目的ホールのようだ。大分遠くまできたらしい。だが後半はユリアに合わせて速度を落としていたので、もしかしたらその距離は近づいてきているかもしれない。

「ハァ…………わ、私のことはいいから、洋斗君は逃げて…………」
「馬鹿。ターゲットはユリアなんだからそんなことできるわけ無いだろ。それに…………これ以上誰かが痛い目見るのを見るのはゴメンだ」
「…………あの、ってどう言う「みーつけた」
「「!!」」

 その声のした方を向くと、そこには男が三人ほど立っていた。

「散々手こずらせやがって。こないだの恨み、増えた仕事量分は返させてもらうよ?」
「…………何を言ってるんだ?」
「………………………………あ」

 脈絡の無い発言に呆気にとられている横で、ユリアが何かに気づいたように声を挙げた。

「あなたはあの時の不審者ですか!?」
「不審者ゆーな!悪党と呼べ!」

 どうやらユリアの言ってることは正しそうなのだが、『あの時』というものに全く宛がない洋斗は一層首を傾げるばかりだった。
 そんなチグハグな空気を感じ取ったのだろう。『あの時の不審者』は大きく息をついた。

「まぁいい、とにかく…………捕まえろ!」

 そういうと、左右にいた男の一人が氷塊を放ってきた。

「ッ!!」

 洋斗はユリアを壁の方へ押しとばし、その反作用で反対方向に転がることで氷塊を躱す。ユリアは壁際の棚の陰に転がり込む形になった。ホールの中央を数転して敵の方を見ると、さっきとは別の男が走って来ていた。

 ───実践で使うのはかなり躊躇われるが、やるしかない。
男の一人が洋斗の方へ走ってくる。
 男の右手に氷がまとわりつき、手の甲についたブレードを形作る。

(近接戦闘か…………)

 男は走ってきた勢いのまま洋斗の腹部を突き刺しにかかる。その軌道を洋斗は動体視力で見切り、高速で迫るブレードの腹に指を添えて横に

「ッ!?」

 引かれた手に合わせてブレードの起動が変わり、赤い布に誘われた闘牛のように洋斗の横に倒れ込むかたちになる。
 そして洋斗の身体がそのまま回転し、その遠心力を乗せて伸びきった男の腕のちょうど肘の部分に自分の右肘をたたき込む。
 この結果、男の肘が通常とは真逆の方───人体の構造上曲がらない方向にへし折られた。

「ぐ、

 男が苦痛で悲鳴を上げるより早く、回転の最中にあげておいた左足を男が踏み出した右足の膝にたたき込む。
 ボギン!と関節が外れる音がした。
 洋斗はそのまま動きを止めることなく、足を出した勢いを利用して男の鳩尾に右の拳を突く。男は三メートルほど後方へ転がっていった。

 ───この間、5秒にも満たない早業である。

「があ?あああぁぁぁああああ!!?」

 ここでようやく男の叫びが響きわたる。このわずかな間に右肘、右膝を潰され、挙げ句に鳩尾に重い一撃を喰らっているのだ。

「……………………」

 あまりの早業に、すぐ横で見ていたユリアも唖然とする。敵方も反応は同じようなものだった。

「な、何が起こっ…………?」

 一人の生徒が、静かに語り始める。

「これは俺の親父が教えてくれた『嵯鞍人拳』、『相手を殺さず、いかに効率よく相手が再起不能になるほど痛めつけるか』ってのを突き詰めて出来た武術───結局は喧嘩術の延長だよ。正直言って、あまり使ってていい気分にはならないんだけどな」

 洋斗は、静かに男達の方へ歩いていく。

「く、くそ!来るんじゃねぇ!」

 子分の方が洋斗に数発の氷塊を放つ。それを洋斗はすれ違う人を避けるようにあっさりと躱した。

「当たらない。親父の湯飲みを掴む方がずっと骨が折れる」
「!?」

 子分の方へ発走する。
 子分は焦って氷塊を放つが、的中することなく通り過ぎていった。そのまま距離をゼロまで詰め切った洋斗はそのまま鳩尾に拳を入れ、体躯がくの字に折れ曲がった事で降りてきた子分の喉に、前蹴りの要領でつま先を叩き込む。
 ゴズッ!、という鈍い音が子分の耳の奥に反響した。

「───!───ッ!?」

 喉を潰されて悲鳴すら挙がらないまま、堪らず両膝をつく。
 その頭に回し蹴りを食らわせて遠くに転がす。この一撃で子分の意識は完全にトんだ。

「~~♪、やるじゃねーか。だが、悪いがこっちも後がねぇんだ。容赦はしねーぜ?」
「………………」

 余裕そうに口笛を鳴らす男と静かに彼を見据える洋斗の間には三メートルほどの距離がある。
 両者は静かににらみ合っていたが、その静寂を先に破ったのは男の方だった。
 男は手に火球を作り、洋斗に投げつける。洋斗はそれを前屈みになって躱し、そのままクラウチングスタートの要領で前へ駆け出す。

(こいつの能力には『火を生み出すための時間』が必要なのか?なら、その時間を与えないように接近戦に持ち込む…………!)
「そんなに突っ込んで…………」

 男は前傾姿勢になって、

「な…………!?」
「大丈夫かよォ!」

 拳に炎をまとわせて同じように突っ込んできた。
 顔面に向かって放たれたパンチを、頭を床スレスレまで下げてかろうじて躱す。無理な体勢だったため、バランスを崩して思いっきりすっ転んだ。何かが焦げたような臭いがしたが、恐らく髪か少し焼けたかも知れない。

(くそ、あんなことも出来るのか!?しかもタイムラグ無…………!)

 そんな事を考えているうちに、男が火球を作りだしていた。

「まだまだ、こんなモンじゃ終わらねーゼェ!」

 男は同時に5球の火球を生み出して、連続で打ち出してきた。

「マジか…………ッ!!」

 洋斗は足を止めずに横に駆け抜けることで射線から逃れる。そんな中でも相手から目を離さず、洋斗は反撃の可能性を探り続ける。

(あいつが作った火の玉は全部で5発。5発目をかわしたら一気に距離を積める!)

 1発、2発…………と床に着弾して爆発する。
 ───そして、5発目が着弾した。
 それを合図に一気に方向を変え、男の方へ全速力で突っ込む!
 ───だが。

「…………かかったな?」

「!?」

 男が前傾姿勢になると、が姿を現した。男はその火球を男に向かって走っている洋斗に向かって射出する。全力で走っていたため左右に方向転換する余裕はない。

「くっ…………!」
 洋斗はとっさの判断で、先ほどの拳と同じようにぎりぎりまで体を屈めることで火球の下を駆け抜ける。
 だが、その火球をくぐり抜けた先。


 そこには男が放った、炎をまとった拳が速度を持って迫っていた。


 男はここまでの洋斗の動きを読んでいた。なので、火球を放った直後に一気に走り込み、アッパーカット気味にパンチを放っていたのだ。
 ただでさえ無茶な体勢で火球を回避した後ですでに限界態勢であり、それ以上身体をよじることは叶わない。
 洋斗はその一撃をかわすことが出来ない。

(しまっ───

 男の拳の動きがスローモーションのようになる。拳が、燃える炎の熱が眼前に迫るが、見えたところでどうすることもできなかった。


 そしてそのまま拳が顔面に直撃した。
 視界が、脳天が、衝撃とともに揺らいだ。



 ~~~~~~~~~~~~~




 その時、


             ガチン
 と、
 ギアが変わるように
 バチン
 と
 スイッチが切り替わるように


 洋斗の中で












 『   』が、
 変わった。




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