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第3章 強縁編
座しては待てない
しおりを挟む「お大事に」
芦屋は静かに扉を閉めた。
「どうだったの?洋斗君の調子は」
廊下の先から響いた声の主は、芦屋と同じように洋斗を心配して見舞いにきた鈴麗だった。二人とも学校が放課後になってから来たので、時間が重なったのである。
「………………ついさっき、目が覚めたみたい」
鈴麗の疑問に、芦屋は坦々と事実だけを述べる。
「えっホント!?なら速く「待って!」
表情を明るくした鈴麗が扉に向かおうと嬉々として横を通過しようとするが、芦屋がそれを片腕で制する。
「洋斗君はまだ起きて間もないから、今は、ゆっくりさせてあげた方がいい」
「……………………何か、あったの?」
鈴麗は、らしくない行動と重さのある言葉で何かを察したようだ。自然と鈴麗の目が険しくなる。
芦屋はその変化をとらえて、鈴麗と扉を離れながら部屋であったことを話した。
保健室からほど近い距離にある自動販売機スペース。授業の合間になるとかなりの賑わいを見せるこの区画だが、放課後である今は人通りもなく、しんと静まり返っていた。
「そう、そんなことが………………」
「うん。ユリアさんが連れ去られたことが、それほど辛いことだったんだと思う」
「当然よ。もし私がぼろぼろに打ちのめされて、私の前でユリアが連れ去られたとしたら、それこそ正気なんかじゃいられないわ」
鈴麗は自動販売機に寄りかかって、先程買った炭酸ジュースに口を付ける。
「にしても、警察沙汰なのに新聞の地方欄にすら載ってないってどういうことなのかしら。まさかただの誘拐事件として処理されてる───なんて安い刑事モノみたいな展開じゃないわよね?」
「いや、今は世間には内密に捜査をしてもらっているみたいだよ。相手側に余計なプレッシャーをかけたら、もっと奥底に身を隠してしまう可能性があるから、って佐久間先生が」
「…………そう」
芦屋はボタンを押してカフェオレのボタンを押す。ガゴンと小さな缶と数枚の小銭が吐き出される。
それぞれを取り出しながら語る芦屋の言葉を、鈴麗は静かに聞いていた。
「僕たちも、やれることはやらないとね?」
「?」
鈴麗が芦屋の方をみる。
芦屋は、足下ではなく前、その先を見ていた。
「佐久間先生と坂華木先生は聞き込み調査を、それもかなり広い範囲でやってくれてる。学校も能力の痕跡とかをあたってくれているし、僕も芦屋家の総力を挙げて調査してみるよ」
と言っても大した総力じゃないけどね、とこぼしつつタブを押し上げて缶を開ける。
カフェオレを口に流しながら自動販売機のスペースから出て行った。その背中は心なしか大きく見えた。
「…………私は………………ッ」
鈴麗は、自動販売機にもたれ掛かりながら頭を垂れる。
鈴麗は、『今は』そんな捜査に関われるほどの情報網は持ち合わせていない。
そんなものも全て捨てて『黄 鈴麗』はここにいる。
なので、鈴麗はただ誰かが情報を持ってくるのを手を合わせて待っていなければならない。そんなこと、鈴麗の性分に合わないのは明らかだ。
鈴麗の手は、胸の中にあるもやもやした何かを強く握り締めて小さく震えていた。
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