Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~

ふろすと

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第3章 強縁編

急転直下

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「い…今のは…………!?」

 頭を何かで殴りつけられたような衝撃だった。佐久間の頭は、そのあまりの衝撃に半ばパニック状態に陥りかける。

「お、おいこれって………」「ウソでしょ……………?」

 このニュースを聞いた職員も大差ないようで全員が耳を疑い、あんぐりと口を開けている人がほとんどだった。しばらくの間静寂に包まれていたが、皆が一斉に事実の裏付けへと行動し始めた。

「公表の時の記録はないのか!」「フローゼル家に連絡を入れろ!」「でもさっき大きな行動はするなって」「もう公表されてんだ!遠慮なんていらん!」

 室内の静寂は、一気に焦りや動揺に変わる。
 職員全員が右往左往している中で、音を立てて開いた扉から汗を垂らして芦屋が駆け込んでくる。表情は一面焦燥で塗りたくられていた。

「はぁ、はぁ…………き、今日のニュース、見ましたか?」
「えぇ。お陰で職員達は駆け回っているよ」

 佐久間はわずかに職員を指して答える。

「それにしても…とんでもないことになった」
「結婚する二人というのは…………」
「恐らく二人で間違いないでしょう。嫁の方は…現在何者かに拉致されて行方不明中のユリア・セントヘレナでほぼ間違いない。一方…問題の婿の方は……………」
「よりによって、あのフローゼル家だなんて………ッ!」

 ───フローゼル家
 ニュースにもあったとおり、現在セントヘレナに変わって大江山周辺の統治を担う上流貴族だ。上辺では「この地域をよりよい里に」と唄っているが、現実はセントヘレナ家が地道に積み上げていた繁栄を横からかすめ取ろうという魂胆が世間にダダ漏れしている悪評高い家系である。
 特に、今回の婿であるゾドム・フローゼルと、その父であるライド・フローゼルに関してはとりわけ悪名高く、金に目がないことで有名だ。
『金のためなら何でもする』
 そんな阿保らしいセリフを冗談抜きでやってしまうような今時珍しい、若干時代錯誤な奴らだ。

「それにしても、なぜこのタイミングなのでしょうか?何も今じゃなくても………」
「いいえ…あの人達なら十分やりそうなことです。すぐにでも…利益が欲しいのでしょう。その行動力をカネ以外に使うことは考えないのでしょうかね?」
「なら、そのセントヘレナ家との結婚により得られる』とは何ですか?今のセントヘレナ家では、その………」
「統合しても得られるものは少ない、と?」
「………はい」

 芦屋は、渋い顔をしながらも頷く。
 いってしまえば今のセントヘレナ家はいわば没落貴族、持ち物はさほど多くなく、貴族間における権力もフローゼルにとっては雀の涙ほどのものだろう。芦屋の返事は、同時にそのことを認めてしまうために躊躇いが生まれてしまったのだ。

「ありますよ………十分に」
「え?」

 それでも、佐久間は否定した。

「貴族同士の婚約というのは相手に対する絶対的な信用であり…一般の結婚よりも大変大きな意味を持ちます。そして、セントヘレナ家は…財産や権力が無くなってしまった今でも…一地域を統べる上でとても必要なものを持っています。なおかつ…フローゼル家に不足しあれば金になる…喉から手が出るほど欲しいものです」
「それって…………………もしかして、?」

 佐久間は、小さくうなずく。

「恐らく…間違いないでしょう」

 セントヘレナ家は、地域の人との友好関係を重視し、とりわけ人との繋がりを大切にしていた政策を採っていたため、力を失った今でも地域の人に根強い人気と信頼を置かれている。ユリアが商店街を通れば「大変だねぇ」といって売り場の品を分けてくれるほどだ。
 しかも、セントヘレナ家はフォートレス能力専門高等学校の創設にも多大な援助をしており、この関係も深い。もし、フローゼル家がセントヘレナ家を引き入れた場合、すべてとはいえないが、セントヘレナ家が長年培ってきたものを一夜で手に入れることが出来る。
 市民の賛成が得られず大きな政策をなかなか打ち出せなかったフローゼル家にしてみれば、それに加えて国家施設であるフォートレスとも関係を作れるのだ。確かに喉から手が出るほど欲しいものといえる。

「………となると、どうやってフローゼル家の結婚を阻止するか、ということになりますね」

 佐久間先生の事務机のそばで、口に手をおいて思考を重ねる芦屋。

「そうですね。でもその方法が問題です。無理矢理ユリアさんを奪還すれば…この地域と各国貴族とのわだかまりが残ります。それを口実にされれば…言葉通りの意味で大江山を更地にされかねません。かといって…結婚が成立してしまったが最後…この地域はフローゼル家の統制となり一職員である私たちが介入出来る余地が無くなります。そして…どちらの道になったとしても………恐らくその先に光はありません」

 行く末は、ここら周辺が、破壊の限りを尽くされるか、あるいは悪政により苦痛に晒されるかの二択。思考の末に行き着いたのは、『八方塞がり』という残酷な結末だった。

「報告します!」

 二人で重い雰囲気に圧されている中、事実調査に向かっていた内の一人が戻ってきた。

「今回の件についての記録と裏付けは取れました!ラジオを使ってかなり大々的に報道されています。恐らく統合するという事実を大江山周辺の人に知らしめるためではないかと。それと、どうやら結婚の準備は会見よりかなり前から計画されていたようで、ユリアさんが誘拐される前からフローゼル家の近辺であからさまに不自然な大型トラックが何台か目撃されています。現在、フローゼル家に通信を入れても『今は忙しい』の一点張りで音信不通、フローゼル家の入口は全面封鎖され、その周りを取材陣と偵察目的の貴族の刺客がちらほら、と言ったところ。以上です!」
「………そうですか」


「………あの」

 佐久間が対策を練るために熟考していると、不意に芦屋が小さく声を上げる。

「そういえば、洋斗君のはどうですか?」
「桐崎君については相変わらず上の空で………あ」

 芦屋があくまで調と言うところでという言葉を使うのは、洋斗の心境を知っているから。
 恐らく佐久間もそれは知っているはずだ。

 ───だからこそ、
 ふたりの脳裏にある懸念が湧いた。

「そういえば…洋斗君は結婚のことを…知っているのでしょうか?」
「え?どうでしょう。確かあそこにはラジオが………!!!」
「気づきましたか」

 佐久間は一度呼吸をおいてもう一度芦屋に向き直る。そこにあるのは───焦燥。



「もし洋斗君がこれを知ったら…無理を押してフローゼル家に向かわないでしょうか?」



 約1週間が経ったとはいえ、まだ洋斗の傷は塞がっていない。もし、そんな状態で敵の本拠地に向かったならば、身体的にただではすまない。それどころか、不法侵入などの法律を持ち出されたら、本当に救う手立てが無くなってしまう。
 芦屋の額に、玉のような汗がにじみ始める。

「ちょっと様子見てきます!」

 芦屋は、動揺で未だにざわついている職員室の扉を開け、全速力で出て行った。








 外は、かなり濃い雲に覆われていた。そんな薄暗い廊下を全力で駆け抜ける。
 とりわけ体力があるわけではないが、そこは気力で鞭を打つ。
 そして一つの扉の前で急ブレーキをかけて停止し、

「洋斗ッ!!」

 芦屋が友の名を叫びながら、保健室の扉を開けた。


 ───そこにはただ、誰も入っていない、空のベッドが並んでいるだけだった。


 その内の一番窓際のベッド。
 誰も聞き手がいないラジオが虚しく有名コメンテーターの軽快な音声を流し続けており、掛け布団は無惨に床に広がっている。
 その光景を目にして思わず奥歯を噛み締める。ギリギリと、耳に残る嫌な音が頭に響く。

「くそっ!」

 芦屋は保健室を飛び出した。
 雲はさらに濃さを増して空を黒く染めていた。


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