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第3章 強縁編
望まぬ逢瀬
しおりを挟む~フローゼル家最奥部中央大礼拝堂~
薄暗い廊下と打って変わってこの部屋はとても明るい、という域を通り越して眩しかった。
手の枷はそのままなので目に飛び込む光に抵抗する術がない。せめて陰になるように顔を伏せるのが精一杯だった。
この部屋の広さも桁違いだった。景観からして用途は教会なのだろうが、大量の長椅子が無ければ体育館と呼べるくらいある。牢屋という狭い空間にいた所為もあってか、そのイメージよりも遙かに大きなものに思えた。
さらに桁違いなのが、そこに存在する人の数だった。今歩いている中央を挟むように、両サイドを人が埋め尽くしていた。恐らくその人数は三桁に上る。その全てが揃ってサングラスだったためその視線がどこを向いているかはわからない。
ユリアは鎖を持った男とともに中央のレッドカーペットを歩く。
その先───豪華で煌びやかなステンドグラスの下の祭壇の側には、裕福層の住人であると一目で分かる、ふくよかな体型の男が立っていた。
「いやぁ、よくいらしてくれましたねぇ!」
男は大げさな手振りも交えて大仰に喋る。
ユリアも元は貴族の端くれ、この男のことは知っている。
忘れるはずもなかった。
フローゼル家はセントヘレナ家に破滅の引導を押し付けた主犯であり、この男───ライド・フローゼルはその計画の主導者なのだから。
「久方ぶりですなぁ随分と大きくなられて!」
ユリアが小さく、まだ純粋に幸せな時間を過ごしていた頃、時々屋敷に来て話をしていた。だがこの頃から、ユリアはこの男が嫌いだった。十年ほど経った今でも軽く吐き気がこみ上げてくる。
ライドは優越感に浸ったねっとりと張り付くような笑顔で、
「親御さんは元気にしておりますかなぁ?」
「…………っ」
そう言った。他人事のように、白々しい口調で。
ユリアは目の前で喋る男を睨みつける。内心は、屈辱、憤怒、悲嘆、様々な感情がごちゃ混ぜになって今にも潰れてしまいそうだった。
ライドは、これまたふくよかな体格の少年、息子であるゾドム・フローゼルに首輪がつながった鎖の一端を渡させた。
ライドは壇上にあがる。そして、
「ではこれより、ゾドム・フローゼルとユリア・セントヘレナの、結婚の儀を執り行う!」
結婚式の開催を、高らかに宣言した。
「………………え」
このとき初めて、自分がなぜ誘拐されたのかを理解した。
「結婚って、どういう………………!」
その上でユリアは自身の耳を疑い、聞き返さずにはいられなかった。自然と声が震えているのが分かる。対してライドのそれはとても軽快で優越感に溢れていた。
「何と言われましても、ユリア様がフローゼル家に嫁入りするのですよ。と言えば、お分かりですよねぇ?」
ライドは壇上で不敵な笑みを見せる。
「心配はご無用ですよ───セントヘレナ家は、私が責任を持って管理しますから!」
「………ぁ………………あぁ………………」
セントヘレナ家には、もちろんフローゼル家に対抗する術は無い。
抵抗しようにも、ユリアの発言は世間的にはかなり小さなもの。
恐らく誰も助けには来てくれない。
結婚式は、止まらない。
ユリアはこの結婚が意味するものを理解している。
しているからこそ、その絶望感は果てしなく、深い。
(もう、終わりなのですか?)
ユリアの全身から、力が抜ける。
(お父様の、大事なもの……………)
重みに耐えきれなくなった膝が、床の上に落ちる。
(失って、しまうのですか?)
勢いそのままに、ユリアは冷たい床に座り込む。
(いや…………いやです……………)
驚愕に揺れる瞳が、涙で滲む。
(そんなの……………………いやです!)
溢れた涙が床に落ちる。
───その時。
檀の向かい側にあった扉が、凄まじい轟音を響かせて吹き飛んだ。
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