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第0章 想起編
在りし日
しおりを挟む話は、とりあえず二十年ほど前から始めようと思う。
ここは今でいう京都と兵庫の間のあたり、当時まだ地図に載っていない山奥の山村。電気はかろうじて通っているが、基本的に自給自足で夜は火を灯すような環境なのであまり使われない。
そんな日本の中心にある辺境の村に、一人の男がたどり着いた。
その男、名前は嵯鞍 玄条といい、自ら編み出した「嵯鞍人拳」の唯一人の使い手である。この拳法の残酷さから周囲の人から敬遠され、居場所を求めて修行の旅に出ていた最中だった。
そして、その村には村長の一人娘がいた。
名前は山城 弥子。整った顔立ちに絹のように真っ白な肌、黒く艶やかな短髪にすらっと細く無駄のない身体。触れれば壊れそうな儚さの体現であり、町に出れば誰もが振り向くであろう大和撫子だった。
だが弥子は生まれながらに体が弱く、一日のほとんどを部屋の布団の中で過ごしていた。
玄条はこの村を気に入って、空いていた小さな家を貰い受けて畑などを作った。そして、力仕事や狩猟などを手伝う中で村人とも仲良くなっていった。
そんな中で玄条は二つのものを貰った。
一つは、嵯鞍人拳を教える道場。村人の運動のついでとして村の人と協力してそれなりの道場を作って貰い、玄条はそこの師範となった。
そしてもう一つは、山城 弥子。村における玄条の貢献が村長のお眼鏡にかなったようで、弥子がそこに嫁入りしたのだ。弥子本人も玄条のことを慕っていたためこの縁談がすんなり通り、山城 弥子は『嵯鞍 弥子』へとその名を変えた。
そして、その二人の間に子供が産まれた。
滅多によそ者など寄り付かないほど山奥の村で、
夫婦はその子どもに『洋斗』と名付けた。
ー2007.4.16ー
今からおよそ5年前。
洋斗 11歳
今日も例外なく布団の中で目を覚ます。
小鳥のさえずりを聞きながら布団から上体を起こすが、中々布団から出ることが出来ない。
洋斗はこの、よく使い込まれた布特有の滑らかな肌触りが好きだった。あまりに好きで身体丸出しのまま、掛け布団を顔にぐるぐる巻きにして寝ていた事があるほどである。
洋斗の身体が不本意ながら再び布団に吸い込まれていく。
折角起こした上体が、再び安楽へと傾き始める。
───だが、
その身体の、正確に言えば洋斗の後ろ頭の部分に何かが当たり、それは阻止されてしまった。
それが何かは、子供ながら大方見当はついていた。後ろを振り向けるくらいにまた体を起こし、その防壁(?)の正体を視認する。
案の定、それはがっちりとした父さんの脚だった。
「…………………………」
無言のままその上、父さんの顔がある方を向く───不機嫌さ丸出しの表情で固定したまま、である
「お・は・よ・う、洋斗」
対してそんな洋斗の心境を知ってか知らずか、ニカッ、と嫌味なほど満面の笑顔である。ご丁寧にも、おはようのところだけ妙に強調されていることで憎らしさ倍増である。
「………今日の練習は休みだろ?いいじゃん寝てても」
「何言ってんだ、練習があることと早く起きることは別問題だろ。ほらさっさと布団畳め、母さんが飯作ってるぞ」
「………はぁ」
どうやら二度寝の許可は下りないようだ。その期待は微々たるものだったので端から当てにしていないが。
洋斗は観念して布団から脱出し、布団をたたむ。この習慣は父さんからひどく躾しつけられていたためさして苦ではなく、洋斗にとっては、布団をたたみ終わるまでが『起きる』という行為だった。
目をこすりながら朝日が照らす縁側を抜け、居間の扉を開ける。そこには、膝ほどの高さがある机の天板を拭く、母さんの姿があった。
「おはよう母さん」
「あらおはよう洋斗、今日も早起きさんね」
「なんか皮肉にしか聞こえないんだけど?」
「ふふ、そんなことはありませんよ?さ、みんな揃ったからご飯にしましょうね。あなた、ご飯よそってください」
「はいはい。洋斗も箸くらい並べろ」
「はいはい」
「ハイは一回だ洋斗」
「父さんに言われたくない!」
「うふふ、今日も元気ね二人とも。私にも分けてほしいわ」
俺の父さん、嵯鞍 玄条は、すごくメリハリがある人だ。
叱るときや練習の時はとてつもなく厳しいが、普段は先程のように軽くジョークも飛ばせるくらい奇策で温厚、という裏表の激しい人だ。「あれでも昔は無口な人だったのよ」と母さんが言ったときは耳を疑ったものだ。
一方母さん、嵯鞍 弥子は全く裏表がない。
真っ白な肌でたぶん綺麗な人なんだろうと分かる。性格はとても穏やかで優しくて、そして上品で言動に全く棘がない。だが、体が弱いらしくいつも部屋で寝ている。どうやら今日は体調がいいらしく、よれた割烹着を身にまとって味噌汁をよそっていた。
洋斗は、この三人で過ごす時間が好きだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
時が移って、現在昼過ぎ
「じゃあ遊び行ってくる!」
「いいけど、日が暮れるまでに帰ってきてね?」
「朝帰りとかすんなよ?」
「は?まぁ早く帰ってくる」
洋斗は早々にご飯を食べ終えて外へ出る。父さんの言葉の意味は、当時の洋斗には分からなかった。
この村に学校はない。
なので、練習がないこの時間は何かと暇になる。ちなみに、これまでに洋斗が言っている『練習』というのは嵯鞍人拳の修行である。練習時の父さんは厳しいので、ハードな練習で一日が潰れるなんて日常茶飯事だ。
この日は特に友達との予定もなかったが、こう言うときはいつも山にいく。
八百屋やら農具屋などがある大きな通り(村の中では、である)を抜け、洋斗は駆け足で山に入る。
こういうときは自由気ままに山の中を駆け回る。この村の中では、ゲームセンターなどの娯楽施設はないため、これぐらいしか時間潰しが思いつかないのだ。
───そして、ある程度走った後の終着点も大体決まっている。
今日も例外なく、洋斗は森の中で少し開けた場所にでる。
そこには小さな石碑がぽつんと立っていた。
高さは洋斗の胸から腰の間くらいで横幅は肩の幅程度で所々に苔がへばりついている、いかにも昔からある感じの石碑だった。
洋斗はその向かい側にある大きな木の前に腰を下ろし、幹に寄りかかる。
「よぉ、三日ぶりだな。いや四日だっけ?」
そのまま目の前にある石碑に向かって話しかける。
もちろん、そこに誰かがいるわけでも、石碑が喋るわけでもない。
これも洋斗の習慣の一つだった。
洋斗が初めてここにきたのは洋斗が8歳の頃で、山の中で迷子になってここに行き着いたのだ。洋斗の記憶ではそこには誰もいなかったはずなのだが、それでもそこに何かがいるような気がしていた。
なので、想像力豊かなこの年頃はよくここにきて子供ながらに愚痴って帰ったものだった。
それを辞める機会が見当たらなかったうえ、何となくとはいえ何かがいるような気がしているのは確かなため、思い出の品が中々捨てられないのと同じように、ある程度現実を知った今でもこの習慣がずるずると続いていた。
洋斗はこの場所も、ここで話しているこの時間も好きだった。嬉しいときも、哀しいときも、何だかんだでここにきて話すと、何かと気分が良かった。
今日は、これまでの練習や父さんのジョークやらを好き放題に語る。
「………っとまぁ、今日はこんなとこかな?」
洋斗は愚痴に区切りをつけて立ち上がる。気づけば日は傾き、夕暮れの空へと変わっていた。もう何年も通った道だ。ここから家へは目をつぶっていても帰れる。
「じゃ、またな」
石碑のあたりに別れの挨拶をかけて帰路に就く。
(ったく、いつまでこんなことやってるんだか……………)
そう頭の中で呟きながら、ポリポリと頭をかく洋斗だった。
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