Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~

ふろすと

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第4章 紫禁編

灯る火種

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 ~紫禁城中心部、太和殿~



 ───太和殿

 紫禁城の中心部に位置する、最も重要な建物。
 一般人なら触るのも躊躇うような豪勢な扉を、正装に着替えた鈴麗は店のドアのようにあっさりと開け放った。
 そこにいた人物は計3人。
 一人目は先ほど鈴麗を呼びにきていたフェイ。
 二人目は鈴麗の父親であり、中華民国の現皇帝である宣 溥儀。
 そして三人目は、階位としては参謀長に位置する中華民国の頭脳とも言うべき男。名は 恩来エンライという。

『鈴麗。無事に帰ってきてくれて良かった』
『ご迷惑かけて、申し訳あ『親の前で堅くなる必要はない。本当に、無事で良かった』
『………ごめんなさい、父上』
『ガッハッハ!まぁまぁ、良いではないですか!フェイの言ったとおり、一層麗うるわしくなって帰って来られたのですから!』
『…………お褒めに与り光栄に存じます』
『………………ふんっ』

 溥儀に対しては、『父上』と呼んでいる所を除いては普通の親子の会話をし、恩来に対してはかなり他人行儀な会話を交わす。恩来はその事が不服だったらしく、耳を澄ませば舌打ちが聞こえてきそうな形に顔をゆがめていた。
 ざまぁみろ、と。
 鈴麗は心の奥で口角をつり上げた。

 正直に言って、鈴麗はこの慈 恩来という男が嫌いだ。どこが嫌いかを語らせたらキリがない。
 まず見た目。
 ふくよか、というか贅沢な暮らしで無駄に脂肪を蓄えた体型。存在だけで暑苦しい。今アイツの体重を支えているあの椅子を心の底から可哀想だと思う。もちろん、そんな男がイケてる面子、つまりイケメンであるわけがない。『成金』というイメージがついても何も文句が言えない、何というかすごくタチの悪そうなデブ。あ、言っちゃった。
 服装のセンスもゼロ。やけにふかふかした服のそこかしこに金が散りばめられて、それに反射した照明の光がピカピカと邪魔くさい。
 何より嫌いなのは、その性格の悪さだ。父上の前ではかなり媚びへつらっている(猜疑心で出来ている鈴麗の目にはバレバレだ)ようだが、その裏では、自分に舞い込んでくる金の事しか考えていない節がある。

 かなり色々と語ってきたが、鈴麗が言いたいことは一つ。

(やっぱり私、コイツが遺伝子レベルで大ッッ嫌い!!)

『ところで鈴麗、一つ聞きたいんだが』
『どうしたの、父上?』

 鈴麗は顔に暗い影を落としていたどす黒い感情を一瞬で胸の奥底に押し込んで、素の朗らかな笑顔で応対する。

『ずっと日本にいたのは、間違いないんだな?』
『えぇ、二年ほど。それまでの一年間は国内にいたわ』
『なぜ日本に二年もいたんだ?私たちに見つかりたくないなら各地を転々とするのが得策だと思うが?』
『うーん、そんな事できる蓄えがなかった、ってのと日本が思いの外住みやすかった、ってのがだいたいの理由ね』
『……………………拉致されたわけでは、無いんだな?』
『そんなニュースが日本でも流れてたけど、全くの嘘っぱちよ。心配いらないわ、安心して』
『そうか……………………そうか、っ』

 それを聞いた溥儀は大きく肩の力を抜いて椅子に腰を落とした。自慢の娘が三年間も行方不明になっていたのだ、溥儀の心労は外野には計り知れないものだろう。その重圧は、彼の震える声や涙をためた瞳が如実に表していた。
 感動の再会に彩られた空気は、しかし男の一声によって打ち砕かれた。

『…………何だと!!』

 親子二人で会話を交わしているときに、途中から入っていた伝令を聞いていた恩来が、突然驚嘆の声を上げた。

『殿下、大変ですぞ!』

 恩来は焦燥感極まる伝令の内容を溥儀につたえる。





『どうやらこの中華民国に賊が入り込んだようでございます!』





『………………何だと?』

 内容が内容なだけに、溥儀の顔つきも父親のそれから皇帝のそれへと変わっていく。

『現在は、大人数で上海のホテルに居座っている模様です!如何なさりますか、殿下!』
『…………………恩来が中心となって、対処に当たってくれ』
『御意!』

 恩来は溥儀に対して両手を組んで頭を下げる。
 そして、踵をかえして扉の元へ向かう。その時に鈴麗の横を通るのだが、そのとき、恩来の口がわずかに笑っているように見えた。

(………………………まさか)

 流石のアイツでもそこまで不躾ではないだろう。
 ───このときはまだ、その程度にしか思っていなかった。

『ねぇ、あまり刺激しすぎるのも良くないんじゃないの?恩来に直接指示したってことは軍を送るんでしょ?』

 慈恩来は参謀長であると同時に、軍の総司令官でもある。つまり、恩来に対処させるという事は軍を用いて対処しろ、と指示しているも同義なのだ。

 もちろん、そんな事もわからない皇帝ではない。

『ただの賊なら上海の自警団にでも通告する。だが…………私の娘が帰ってきたこのタイミングだ。もしかしたら情報を聞きつけてお前を攫いに来たのかも知れない。皇帝であると同時に私は一人の父親であり、愛する娘を守るのも私の使命だからな』

『皇女の帰還』と『謎の来訪者の到来』、この二つの一致が、皇帝には偶然と掃き捨てることが出来なかった。そのため、軍を用いてこの不安分子を排除する事となった。







 ───実際の所、この二つの事柄の一致は完全なる偶然だ。



 そして皮肉にもこの行動が一連の事件の引き金となるのだが、そんな事は誰一人として知るものはいなかった。





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