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第4章 紫禁編
別れもあれば
しおりを挟む「という訳なんだ」
「あの鈴麗が、中国の王女、か…………」
「中国…………?でも、未だに信じられないです」
どうやらこの世界では中華民国を『中国』とは略さないらしい。ユリアは慣れない略称に違和感を抱くが、そんな事は言ってられない。
「それで、行方不明だった王女が無事発見された、って今ニュースになっている訳か」
それを頭に入れて改めて見てみると、そんな意味合いの漢字がテロップの中の所々に含まれていた。
「でも、そんな理由なら仕方ないですよね。中華民国の人達も心待ちにしてたでしょうし。でも、やっぱりお別れくらいは言いたかったです…………」
入学以来の一番の親友であるユリアは、涙目で俯いてしまっている。だが、それ以上に別れを悔やんでいる
「……………ごめん、やっぱり僕今日はホテルにいるよ」
一人の友人は気分が観光どころではないようで、ホテルの自室に戻ってしまった。洋斗は整理する時間も必要だろうと思い、声をかけることもせずに見送った。
内容の違いは有れど、大事な人を失う悲しみは知っているつもりだった。
「じゃあ俺達は行こうか」
「えっ……………………そうですね。せめて楽しいお土産話を持って帰りましょう!」
そして、一人の時間を作るのと、負い目を感じさせないのを理由に、二人は大人しく観光することにした。
~~~~~~~~~~~~~~~
~北京、紫禁城東南部、文華殿~
元の世界では文化遺産としてユネスコに管理されている紫禁城だが、こちらの世界ではまだ皇帝が存在するため現在も現役で宮殿としての機能を有している。
その内の一角、皇太子の居宮の役割を担う文華殿の内の一室に、皇女・宣 鈴麗はいた。
「………………………………………はぁ」
一人で使うには有り余る部屋に独り、繊細な刺繍入りの絨毯の上にある豪勢な椅子に深々と座って、力無くぐったりしている。
何故そこまで疲れているのか?
どこで情報を仕入れたのか、北京の空港のロビーに入るなり待ち構えていた取材陣にもみくちゃにされ、雨霰あめあられとも言うべき口撃に目を回したのだ。『皇女発見』のニュースが流れている中で堂々と一般空港を使って戻ってきたことを、鈴麗は椅子の上で目を瞑りながらあながち全力で後悔していた。
(いったい何なのよあれ……………あれほどの勢いがあれば下克上だって出来そうなくらいじゃない……………)
ふと、兵馬俑がこちらに向かって進軍してくる様を連想して身震いする。どうやらマスコミの進軍は鈴麗の胸にかなりのトラウマとして刻まれてしまったようだ。
そのトラウマから逃げるように、窓の外を見やる。昔懐かしい景色が、三年を経た今も変わらずそこにあった。
(あんなことがあっても、懐かしいものはやっぱり懐かしいのね…………………)
その景色を見ると、やはりここが生まれ育った故郷なんだという実感がわいてくる。それと同時に、
(アイツら、今ごろ修学旅行か……………。アフリカとかに行かされてないと良いけど)
思い出が少しずつ遠くなっていくのも鈴麗は実感していた。芦屋に『さよなら』と言い放ってしまった以上、もう『黄 鈴麗』としてあの学校に帰ることは出来ないのだ。帰ってしまうと、自分が芦屋に嘘を言った事になってしまう。これは最後まで友達でいてくれた彼に対する彼女なりの『けじめ』だった。
そのとき、コンコンと二回、扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
「失礼します」
城門のように重苦しい扉を開けたのは、生まれた頃からずっと自分の世話をしてくれていた趙 飛龍だった。
「フェイ…………………より一層老けたわね」
「リン様は、暫く見ない内に御美しく成られて。時代の流れを痛感致します」
二人はお互いのことをリン、フェイと愛称で呼ぶほどの仲だった。
「溥儀様が太和殿にてお待ちです」
「!!分かった、着替えてから行くわ」
太和殿は歴代皇帝の即位式や結婚、それに元旦や冬至などを祝う時と重要な朝会、そして皇帝の葬儀───といった宮廷の重大な式典を行う時に使われるところだ。何か大事な話があるのだろう。そう鈴麗が判断するには十分の舞台だった。
目的は挨拶と伝言だけだったのだろう。フェイがすぐに出て行ってしまってガチャン、と扉を閉めたのを確認して、鈴麗は上着のボタンを外し始めた。
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