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第4章 紫禁編
呑まれる流水
しおりを挟む───そこから何事もなく、23階まで来てしまった。
松原が言っていた通り、いやそれ以上に、何一つやることがなかった。いくら上がっても、あるのは何もない廊下か白いローブが倒れている廊下かのどちらかで、洋斗が戦う必要が一切無かったのだ。
そして、ここ23階。
どうせここも…………という雑念で、惰性により上へ上がろうとしていた足に、洋斗は全力でブレーキをかけて止める。
とっさに身を潜めた先の廊下では二人の人間が交戦していた。
ひとりはボサボサのショートカットヘアーの女の子。確かクラス対抗戦の参加者の一人で、ユリアの膝枕で寝ていた子だ。
もう一人は相変わらずの白ローブ。だが、コイツのローブには金の割合が多い気がする。デザインもこれまでに比べて幾分か豪勢に見える。
現在白ローブがこちら側、ショートカットの子がその向こう側にいて体躯のほとんどがローブの陰になって見えない。だが弾ける水飛沫は確かに確認できた。そして、その二人の交戦地帯は少しずつ遠ざかっている。という事は………………。
(女の子の方が、圧されてる……………?)
確か『あの子は水系名門である寿家の麒麟児ですごく強い』と芦屋が言っていた気がする。俺が倒してきた奴らのレベルを考えると、芦屋が賞賛するような子が圧倒されるとは思えない。この状況といい、ローブのかっこよさといい、もしかしたらアイツはなかなかの手練れ、及びこのローブ軍団(人民解放軍)の頭かも知れない。
洋斗は気を落ち着かせ、一気に意識を研ぎ澄ませる。
(いけるか、ナギ?)
(ガッテンです!)
洋斗は声を出さず、意識でナギと交信する。
この状態でも会話できることは、10階あたりで初めて気づいた。洋斗の問いに、ナギでなぜか江戸っ子言葉で応える。反射でツッコみそうになったのを既すんでの所で押さえ込み、洋斗はタイミングを見計らって、強化された脚で強く床を蹴った。
地面スレスレを駆ける視界。
線となって通り過ぎる廊下の景色。
それがローブの後ろ側に停止することで終わりを告げる。
この地点にたどり着くまでの速度をダイレクトに腕に伝え、足元から一気に切り上げた。
───が
ガゴン!
「!?」
斬撃は、せり上がった床によって防がれた。
思い切りぶつけたことで手が痺れて、逆薙を手放しそうになる。ジジ…………と雷電を帯びる音が響くが、壁を砕くには及ばなかった。
筋道を変えて何度か斬りかかったが、その度に新たな壁が立ちふさがりそれを防がれてしまう。
「ちっ………………!」
一度距離をとりながら、攻撃が届かなかったことに舌打ちする。やはり相当の手練れのようだ。
『何だ?ブタがもう一匹沸いて来やがったのか』
ここで初めて、ローブのヤツが洋斗の方を振り向いて、その顔を向けた。颯爽と金のローブを翻し、脚を半歩ずらすと同時に履いていたハイヒールが、カーペット越しのくぐもった音を響かせる。
流れからてっきり男だと思っていたが、それは凛々しい女性だった。きりっとつり上がった眼と高い鼻を従えて綺麗に整った大人の女性。状況次第で頬を紅くしていたかも知れない。こんな状況でなければ。
『このブタ女がうちの部下を大分削りやがったから躾しつけてやろうと思ってたんだが、どーやらやんちゃなブタが巣作ってやがるらしい』
そしてこんな言葉遣いをしなければ。これのせいで婚期を逃しているのはほんの余談である。
もっとも、中国語のわからない洋斗や海衣には知ったことではない。
「ふッ!」
海衣はローブを斬るように腕を振る。
『はっ!利かんよそんな水鉄砲!』
ローブはその軌道を避けるように片膝をついて頭を屈める。プシゥ、と音が壁を駆け抜け一本の斬り筋を刻む。
『これくらいしないとなァ!』
腕を振ったままで目を見開く海衣。
そのすぐ横の壁から杭が飛び出して、ズドォ!と反対側の壁ごと小さな体を貫いた。
「がふ……………………ァ!?」
その口から絞るような呻き声が零れる。
「あ……………………」
あまりの展開の早さに愕然としていたときだ。
その小さな体が、
ばしゃ、と形を失ってこぼれ落ちた。
「………………………え」
『む?』
飴が溶けるように、いや、水風船が割れるように『透明な液体となって』床の水溜まりと化した。
(これは、水人形…………?)
坂華木先生が得意とし、平常運転で5、6体同時酷使している、あの水人形。忘れがちになるがこれは先生の『特異』技術ではなく、一体作る程度なら相応の技術があれば誰でもできるものだ。
(なら本体は……………!!)
本体を求めてさまよっていた視点は、窓の外の一点で止まった。
元々水人形があった場所から一番近い窓。そこから外の方に水のレールが伸びている。その上で海衣が滑っていた。
『ほう。だが……………………』
ローブは目を丸くしながらもそれに余裕を込めて呟いた。
海衣は窓の外から、手を上から下に振り下ろす。
だが、それでもローブは余裕を崩さなかった。
『さっきから利かんと言ってるんだがな?』
ローブは片足を半歩ずらし、身体を海衣に対して横に向ける。その目の前を通って、上から下にアクアジェットが突き抜けた。
その一閃は上から下へ、ケーキを切り分けるように。ホテルを縦に真っ二つに切り裂いていた。だが、ローブはそれを完全に見切り、最小限の動きでかわして見せた。
『おや?前髪が切れてしまったか。髪は女の命だというのに…………』
攻撃を仕掛けた海衣には目もくれず、悠々と前髪をいじっている。
『この前髪の分は、落とし前つけてもらうぞ?』
その時、窓の外の景色に一気に影が差した。海衣は焦燥と驚愕の表情で上と下を交互に見ている。
それからまもなく、
バグン!!、とコンクリートが圧壊する音とともに。
海衣が、灰色の巨大な何かに喰われた。
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