マニブス・パルビス@どの話からでも読める伝奇短編集

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001.epilogue

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 一

 私は、私がこの物語の登場人物ではないことを知っている。なぜなら、この世界を発見し、眺め、それでは飽き足らずにこの世界に自ら飛び込んだのは、他でもなく私自身だからだ。

 朝は姉に起こされながら、用意された朝食を食べる。兄は新聞を読みながら、あれこれニュースについて話してくるが、その半分は眠気の耳で聞こえなかった。これから、学校に行かなければいけない。今日は月曜日。学校では幼馴染と少し会話をし、数名の親しい友達とつるんで、それから授業もついでに受けて、放課後は図書館に入り浸る。

 しかし、私はこの世界を間借りした行間に住み着く異物であり、本当に住むべき世界は違うところにあったのだ。

 物語の中に入りこむのは簡単だった。手を伸ばせばすぐにその中に入りこむことができる。造作もないこと。

 この物語を見つけた時、今まで出会った中で一番輝いていた。いくつもの扉が連なる暗い空間の中の一つのドア。そこを開けた中央にその球体は鎮座していた。発光している。近づくとキラキラ光っている。手が触れるところまでたどり着くと、細かい透明な粒が球状に集まり、その欠片のひと一つがどこからともなく差し込んでいる光に反射して輝いていたのだ。

 ぐるり、一周、その球の周りをまわる。見る角度によって虹色に周囲を照らした。美しい。この丸い存在は美しい。

 物を壊したことしかない私は言い知れぬ感情に包まれていた。この世界では、私は破壊することをつかさどる存在であった。他の者と、互いに見張りあい、その存在を規制するためにいる、調停者。見回り、罰を与えるもの。

 私は初めて破壊以外になにかすることを見つけたのだった。

 私はそれに満足する。世界が輝いているのは嬉しい。この世界を輝かせることが楽しい。私は新たな感情を手にし始めていた。なんと呼べばいいのだろうこの感情を。

 その満足もあらたな欲求で膨らんでいく。物を壊すことしか能がなかった私の手。この手で世界を私も体験したい。この世界の住人を間近で見たい。この輝く世界に触れてみたい。触れて、本物の世界がどのような感触なのかを、確かめたい。

 中に入りこむのは簡単だ。花びらを落としたときのように、光を掲げた時のように、少しだけ私は手を伸ばせばよい。光の球体に触れれば私はすぐに中に入りこむことができる。

 しかし、中に入りこめば私はその世界にとって異物である。異物が世界に童干渉するのか全く分からない。この輝く世界に侵入して、もしかしたら光は失われてしまうかもしれなかった。別の世界から来た異質な身体。それをこの世界は受け入れてくれるだろうか。

 今までにない強烈な欲求。私はこの世界に魅入られてしまったのだった。この世界の中で、世界と一体化出来たらどんなに素敵な気分だろう。

 躊躇い。しかし、私は決断した。

 素敵な、素敵な、綺麗な世界。私は、その球体に手を伸ばす。

 私は、その世界に吸い込まれていった。




 二

 このきらきらと輝く世界を発見した時に、果たしてその部屋の鍵は閉めてきただろうか。

 インテリタスはそれを思い出すことができなかった。思い出そうとする間もなく、長い舌が特区の空の裂け目から飛び出しインテリタスの足を絡めとろうと蠢く。その化け物の身体を避けながら引きちぎることが精いっぱいだった。インテリタスが特区内を駆けまわれば駆け回るほど、ビルや瓦礫の山が粉砕され特区に被害が出る。同時に、違う裂け目からは大きな目が覗き、長い指が住人を捉えようとしていた。

 特区の住人たちである。このような怪異が起こるのは日常茶飯事である。それでも、普段よりも大きく悲鳴が上がるのはなぜか。絶叫がこだまするのはなぜか。

 インテリタスがその怪物の視線から逃げるように瓦礫の陰にうずくまった。あのぎょろりとした目が他の裂け目に移動してインテリタスを見つけるのは時間の問題だった。その前に、どうにかして対策を立てなければ特区がめちゃくちゃに壊されてしまう。

 きらきらと輝いていた、それだけのことだ。それが失われたとて、インテリタスには関係がないことはわかっていた。この小さな輝く箱庭が壊されたとしても、あの怪物を倒すことはインテリタスには容易い。わざわざこうやって逃げなくても、あの怪物を捻りつぶせばいいだけ。そのはずだった。それでも、その選択肢を選ぶことはインテリタスにはできなかった。

 きらきらと輝いている、インテリタスが暗い部屋で見つけた小さな世界。

 インテリタスの上に影が落ちた。はっと、上を向くとあの目玉がインテリタスを覗き込んでいる。咄嗟に、目玉を捻りつぶそうとしたが同時にインテリタスに長い舌が迫っていた。

「なーに、こんな危ないところに一人でいるんだよ」

 インテリタスは舌に絡めとられなかった。代わりにその舌に巻き取られて捻りつぶされた人間がいる。

「気持ち悪い。最悪」

 インテリタスを庇った青年は半身を捥ぎ取られながら悪態をつく。そのうち、身体が再生されてもとの姿に戻った。

「マナブ、」

「また、一人でお散歩してるのか、お姫様は」

 再び化け物が二人を襲う。また瓦礫の陰に隠れるインテリタスとマナブ。

「僕がこの特区で住んでる中で一番たちが悪い奴だな」

 マナブがインテリタスがこんな奴に後れを取ってるなんて珍しいな、と話す。

「難しいの」

「難しい?」

 怪物が暴れまわり瓦礫が散乱するのを避けながらマナブが聞き返す。

「アレを壊そうとすると、壊れちゃうから」

 怪物を倒すには莫大なエネルギーが必要となる。インテリタスの身体でその力を捻出しようとするとこの特区を巻き込むこと必至だった。

 インテリタスが躊躇っている。笑っていれば可愛いんだから笑ってろ、そう言われて笑みを絶やさなかった頬が固まっていた。

「壊すの、怖いのか」

 マナブがインテリタスに聞いた。

「前は、僕に特区も宇宙船も壊してあげるなんて言ったくせに、今日は弱気だな」

「うん、」

 インテリタスが頷いた。

 輝く世界は、壊れてしまえば二度とは戻らないかもしれなかった。せっかく、手に入れたきらきらと輝く球体。インテリタスだけの美しい世界。この箱庭が壊れてしまえば、もとの暗い部屋の中で過ごすことになるかもしれない。勿体ない。その輝きを失うのが惜しい。

 惜しい……?

「壊してやろうか、僕が」

「うん……?」

 インテリタスがマナブの方を向くと、その懐から輝く球体が取り出された。

『割ろうと思わないと割れない』

 かつて、インテリタスがマナブに渡した、輝く小さな世界だった。マナブが壊した一つの世界と対になるもう一つの箱庭。もし、マナブがその世界も壊したいと願えば壊しても良いと贈ったキラキラと光る球体。

「お前が特区を壊すのが怖いなら、僕が代わりにそれをやってもいい」

 ただし、お前がこの球持ってたんだから、ちゃんと直して僕に返せよ。

 マナブが笑った。

 インテリタスは直し屋んところに住んでるんだから、大丈夫。もう、最近は遊んでる時に物壊すの少なくなっただろ。

「だから、すぐ直せるよ」

 インテリタスが何か言う前に、マナブの手のひらからその球体がゆっくりと落ちた。待って、その言葉がインテリタスの口から出る前に背後で轟音が響く。

 惜しいとも勿体ないとも思わなかった。ただ、光り輝く世界が割れる前にマナブに何か言いたかった。

「後ろ、」

 マナブがインテリタスを促す。振り向くと、裂け目から特区を覗いていた怪物が、特区と特区の外の裂け目の断絶に巻き込まれるようにしてその半身が切断されていた。身体だけではなく、長い指もごつごつとした舌も斬り落とされ、特区の中へと落ちてきた。特区とその外側の境界がなくなり、その間にいた怪物がギロチンにかけられたように切断されるのは必至だった。

 断絶したのは怪物だけではない。特区全体が揺れた。地面が沈み込むようにして落ちそうになっている。空が割れて七色に反射しながら欠片が降り注いだ。

 怪物が断末魔の悲鳴を上げて最後の抵抗をする。残りの指で特区を毟り取ろうと手を伸ばした。

 インテリタスは半身を失ってなお特区に手を伸ばす化け物を手の中に収めた。空に向かって手を伸ばし、手のひらを一杯に開いて、力いっぱいに掴んだ。手ごたえがあり、怪物が空で悲鳴を上げた。インテリタスはもう一つの手を伸ばし、握りつぶした。

 化け物が崩れた。ねっとりとした体液、骨と瓦礫、そのほか怪物を構成していたあらゆる素材が特区に降り注ぎ、その素材と共に特区が沈んでいく。インテリタスの立っていた地面も大きな力に巻き込まれていった。

 光って、きらきらした綺麗な球体が壊れてしまった。これからどうなるんだろう。

 マナブ、マナブは大丈夫だっただろうか。

 崩壊していく特区の中で、インテリタスはぼんやりと考えた。落ちていく。その間に、誰かの指に摑まれた気がしたが、その指も離れていき、特区もインテリタスも奈落の底に吸い込まれていった。

 ***

 気が付くと白い部屋に横たわっていた。インテリタスの知っている暗い部屋ではない。眩しいくらいのその部屋で、インテリタスのそばには壊れた球体だった、いくつかの輝く破片がある。

『直し屋んところに住んでるんだからさ』

 壊れないように、ひとかけらずつ。インテリタスは虹色に輝くそれらを摘まみながら球体に戻そうとパズルを組み立てていった。

 どれくらい時間が経っただろう。気が付けばインテリタスは球体を組み立てており、きらきらと輝く球体は元の通りに光っているように見えた。

 ひとつだけピースが足りなかった。虹の形をしたその欠片はどこにあるのか。それでもこの球体はきらきらして綺麗に見える。例え、一欠けらが足りなかったとしても、これはこれで、美しく輝いていた。

 ***

 この世界の平和を守るのはインテリタス。可愛らしい女の子は自分の大好きなバンドに夢中で、大好きな姉と兄と暮らしている高校生。大好きな図書館に通って、司書さんは親切に色々な本を貸してくれる。友達はお兄さんと仲良しで、ファンの役者さんからお返しを貰って嬉しいみたい。

 ある日、夢中になっているバンドのメンバーが現れて「探したよ」だなんて。いったいどうなってしまうの⁈

 ***

 覗き込んでいると不思議な世界だった。もう一つの、あったかもしれない世界。ピースがないおかげで偶然にも作られた世界。特区のような毎日が危険とは無縁の穏やかで平和な世界。

 時折、花びらを降らせたり星をきらめかせると美しい球体はきらりと光った。真っ白な部屋はインテリタスの思う通りに様々なものを具現化してくれて世界を彩るには事欠かなかった。ここには陽の光を取り入れる窓もできたし、丈夫な花束もあるし、小さな世界を流すオルゴールもある。

 インテリタスが思えばなんでもそこに用意された。

 ***

 いくらか、時が経った。相変わらず美しい球体には平和な時間が流れ、インテリタスの力は必要がないようだった。

 インテリタスが立ち上がる。美しい球体に微笑みかけた後、何か言おうとしたが、言葉が出てこない。

 こういう時、なんて言えばいいんだろう。誰も教えてくれなかった。

「またね」

 美しく光る球体を残して、インテリタスが部屋を去った。

 今度はしっかりと鍵をかける音がする。

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