マニブス・パルビス@どの話からでも読める伝奇短編集

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027. 歌【同人誌版サンプル】

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 小さなころ、私の歌の発表会で真っ赤な破裂が起こった。観客の中に笑顔の父を見つけて私が手を振った、その時だった。パシュ、という水音と、赤い破裂。それから母のつんざくような悲鳴。お父さんはどこへ行ったの、と問う私から母は逃げた。

 保護をする大人のいない子供が特区で生き伸びるのは難しい。男であれば反自治勢力の下で窃盗や万引きのような軽犯罪の実行犯にさせられたり、薬漬けにされて売らされたりする。もちろん、女は売春だ。私はそのどちらでもなく、運よく孤児院に入ることができた。母と別れて毎夜泣いたが、慰めに歌った歌がそこで評価を得た。私は地区の発表会で独唱することになった。歌は好きだ。上手く言葉にできない感情を表現できるから。

 発表会の舞台で客席からの視線を感じながら、私はうっとりと歌った。しかし、そこでも私の目の前で赤い破裂が起きた。私の歌声に合わせて地区の住人たちの頭部が爆発したのである。赤いしぶきが吹き荒れる阿鼻叫喚の中、私は私の歌声が他人の身体を破裂させる力があるのだ、と悟った。幼いころの赤い破裂は、父の頭部だったのだ。

 周囲の人間は私のことを恐れて、近づかなくなった。孤児院ではひっそりと一人で過ごしていたが、状況にいたたまれなくなり、私は十四歳の時に抜け出した。何も持たない子供の私には歌しかなかった。路地裏で残飯を口に詰めながら、小さく歌う毎日。感情を抑えると歌っても破裂が起こらないことを自ら発見し、私はキャバレーの歌手として暮らし始めた。

 歌で人生が転落したが、歌が上手かったのは幸いだ。歌は上手だけど感情がこもっていない、そういわれて人気は出なかったが、暮らしていけるだけの金は得ることができた。そのころ、歌で生き延びることは楽しくはなかった。心を抑えて歌っていたから。心底楽しく生きていると思える時は、路地裏で思うままに歌っている時だけだった。

 彼と会ったその日も、私は空き時間に路地の片隅で歌っていた。ごみと粘液でぐちゃぐちゃの路地裏だ。数年前の怪物の襲撃でその一帯は壊滅状態だった。今もその仲間と思われる、似たような化け物がうろうろと徘徊しているし、そのためか犯罪が絶えない。そんな場所だったから、周囲でモンスターが破裂しても気にせずに歌うことができたのかもしれない。

 よお、と声をかけられて、心臓が早鐘を打った。人がいるとは思わなかったのだ。声がした上方を向くとアパートの階段の踊り場に人がいた。目つきの悪い黒髪の少年がニヤニヤと笑っている。

「聞いてたの⁉」

 自分の歌が及ぼす力について、警戒しながら歌っていたのに、という動揺と、巻き込まれなくてよかった、という安堵の声を、少年は違うものだと感じたようだ。

「勝手に聞くなんてひどい!」

「悪い、悪い。上手だったからさ」

 少年が身軽に下りてきた。同じくらいの身長だった。

「お前、歌が上手いな」

「え?」

「顔も悪くない」

「はぁ? 何の話を……」

 じろじろと品定めをされるように距離を詰められ、壁際に追いやられた。

「お前、今日から俺のボーカルな」

 少年はバンドを立ち上げるのにボーカルを探していたのだった。自分が作った歌によく合う声を。それが私だったというわけだ。

 私は彼と生活を共にし始めた。心を抑えて歌う毎日だ。もっと心を込めて歌えと言われたが、私は拒否した。それでも歌がうまかったのでバンド活動の結果は徐々に出てきた。

 彼は次第に何も言わなくなったが、酔うと時折、お前の歌が聞きたいと愚痴をこぼした。初めて会った時の歌を聞かせてくれ。その歌が一番響くんだ、と。そう言われながらも、無表情に歌う歌は以前ほど苦にならなくなっていた。

 転機は訪れた。特区外の音楽プロデューサーが私たちを目にとめたのだ。次のライブに視察に来るという話になった。テストに合格すれば私たちは全国デビューが決まる。

 今年は活動をしてから五周年の節目の年だった。孤児院から逃げ出した時には想像もしていなかった私の未来だった。

 彼のおかげでここまで来れた私のこの厄介な歌声を拾い上げてくれたことを感謝している。感謝以上の感情だった。

 私は彼のことを愛していた。

 そのライブの直前、私は普段通りに、心を沈めるようなルーチンをこなしながら、楽屋の中で待っていた。今日は絶対に感情を高ぶらせてはいけない。気持ちを無にして歌う、それだけだ。

 特区の外に出ることを思う。今まで考えたこともなかったことだ。私の歌声は、特区の外に出ればどうなるだろう。怪異など何もない世界で歌えば、もしかしたら私の歌は他人に干渉しないかもしれない。そうすれば、好きなだけ好きなように歌うことができる。彼が私に強請るように、感情のこもった私の歌が歌えるかもしれない。

 そのためには、今日は冷静に歌わなくてはいけないのだった。できる。私にはそれができる。今まで、やってきたのだから。

 精神統一をしている私の楽屋に彼がやってきた。

「ちょっといいか?」

 この数年で、路地裏の少年は大人になっていた。私よりも伸びた身長が年月を思わせる。

 彼が人払いをして、二人きりになった。

「どうしたの?」

「いや、ライブの前に話しておきたいことがあって」

 歯切れが悪いのが珍しい。それでも、私は彼の言葉を丁寧に聞いた。

「俺たちがここまでこれたのも、お前がいてくれたからだ。これからも一緒にやっていこう。それと、……愛してる」

 彼の告白だった。冗談を言うような人間でないことはわかっている。

「ライブの前か後か、言うの迷ってたんだ。でもこんなに気持ちが高ぶったままライブなんてできねえからさ」

 はじまりますー、というスタッフの声が楽屋外から聞こえて、後でな、と彼が楽屋を出て行った。

 私の身体は硬直していた。全身にわたる緊張と驚き、高揚感。魂だけがふわふわと浮いて、それを抑えるのに、慌てて自分の身体を抱きしめなければならなかった。だめだ。私はこの感情を制御しないと。私の感情の高ぶりは歌に影響を及ぼすというのに。

 果たして、今日は何事もなくライブを終えることができるだろうか。

 ステージに上がり、観客の歓声が聞こえる。

 今、震える指で、私はマイクのスイッチを押した。
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