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067. 異邦
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待ち合わせの場所には既に三人の女がいた。談笑している。近寄る人影に気が付き、道路の向こう側で分厚い眼鏡をかけた喪服の女が小さく手を振った。つられるようにして、傍にいる車いすの女と長髪の女が振り向く。
「遅れてごめんなさい」
「大丈夫! 私も今、来たところだから」
特に意味のない挨拶を交わし、女達はそろって石畳を歩み始めた。一人は車いすである。
女が五人。全て黒い装束を身に着けていた。
目立つ集団である。すれ違えば誰もが注視したに違いない。しかし、昼間だというのに人影はなく、それどころか、街の音でさえ聞こえない。
「さて、……今日はどうして喪服で集まることになったわけだね、私たちは?」
紋付の女が微笑みを浮かべながら言葉を発した。面白がっているようにも見える。
眼鏡の女が車いすを押しながらそれに答えた。
「それがわかっていたら、今日はこの集まりはなかったんですよ」
私、今日は休日だったんですよ、と愚痴を言う女に、今度はくすくすと笑いながら車いすの女が返事をする。
「まあまあ、特区ではこうやって知り合いでもない式に呼ばれてしまうのも、不思議なことではありませんので」
無事に帰れるといいわね、最後に待ち合わせ場所に着いた女が付け足した。
「出されたもの食べるんじゃないわよ」
「食べない」
特区で見ず知らずの存在に招かれたとき、警戒すべきは踏み入れた異界から戻れなくなることだ。
「何かを振り向かせてはいけませんわよ」
「自分の中から糸が伸びていても、切っちゃいけないよ」
「合言葉、決めておかないとね~」
異界から抜け出す術を把握しておくのは重要だった。
「あいことば?」
五人の中で一番年少の少女が復唱した。
「合言葉さえあればログアウトしても戻ってこれるからね。おひめさま、にでもしようかな」
いつの間にか門が現れていた。誘うように門が開く。招かれたのはここだろう。
読経が奥の部屋で流れる中、それぞれが別室に通された。
一つ目の部屋にはフルフェイスのヘルメットが置かれていた。それの中には猫の首。
二つ目の部屋には貝殻が置いてある。近寄り拾い上げると、中身がどろりと零れ落ちた。
三つ目の部屋には女が背を向けて座っていた。その手に握り締めたかんざしに見覚えがある。
四つ目の部屋には、桜の枝が。手折られた断面はまだ若く、めくれ上がった木の皮には緑色の繊維が付着する。
少女が通された部屋には暗闇が広がっていた。
「出されたもの食べるんじゃないわよ」
貝殻を拾った車いすの女は、その中身を口に運びじゅるりと吸う。海の香りの怪異を食す。
「何かを振り向かせてはいけませんわよ」
紋付の女は、背を向けた女に近寄って、その顔をこちらに振り向かせた。のっぺらぼうの黒髪にかんざしを飾ってやる。
「自分の中から糸が伸びていても、切っちゃいけないよ」
指の先からは一本の糸が枝に向かって伸びていた。眼鏡の女が指を振ると、桜の枝は雷にでも打たれたように半分に割れた。その糸を眺めて、指先から落とす。糸は地面に溶けて見えなくなった。
少女はと言うと、暗闇に向かって手を伸ばしていた。小さな手を引っかけるようにして暗闇を抉じ開ける。壁紙がはがれるようにして、暗闇が裂けた。
怪異に対峙していた女たちのいる部屋が一斉に揺れ、それぞれが突かれたように顔をあげる。
屋敷を訪れる前に異界から逃れる方法を話していたにも関わらず、異界に魅せられた女たちは一気に現実へと引き戻された。
部屋の中で何か抉じ開けるような、びりびりと裂ける音が響き、女たちを襲うように崩れる天井。白い粉と細かな木材が女たちを襲った。
「きゃっ」
同時に、白い光が部屋の中を満たす。女たちの視界が眩み、それから何も見えなくなった。
気が付けば、五人、同じ白い空間に白い衣服を身にまとって立ち尽くしている。
屋敷も薄暗い部屋もない。響いていた読経も聞こえない、無音の空間だった。
「これは、もしかしてログアウトしてしまったんじゃないかな」
「初期衣装ですわね」
車いすの女が着せられている、のっぺりとした白いTシャツを引っ張った。屋敷に来た時の清楚な喪服の面影は全くない。
「合言葉を」
「おひめさま」
五人が口をそろえた。白い空間はいつの間にか、石畳に変化していた。
屋敷はどこにも見当たらなかった。
「遅れてごめんなさい」
「大丈夫! 私も今、来たところだから」
特に意味のない挨拶を交わし、女達はそろって石畳を歩み始めた。一人は車いすである。
女が五人。全て黒い装束を身に着けていた。
目立つ集団である。すれ違えば誰もが注視したに違いない。しかし、昼間だというのに人影はなく、それどころか、街の音でさえ聞こえない。
「さて、……今日はどうして喪服で集まることになったわけだね、私たちは?」
紋付の女が微笑みを浮かべながら言葉を発した。面白がっているようにも見える。
眼鏡の女が車いすを押しながらそれに答えた。
「それがわかっていたら、今日はこの集まりはなかったんですよ」
私、今日は休日だったんですよ、と愚痴を言う女に、今度はくすくすと笑いながら車いすの女が返事をする。
「まあまあ、特区ではこうやって知り合いでもない式に呼ばれてしまうのも、不思議なことではありませんので」
無事に帰れるといいわね、最後に待ち合わせ場所に着いた女が付け足した。
「出されたもの食べるんじゃないわよ」
「食べない」
特区で見ず知らずの存在に招かれたとき、警戒すべきは踏み入れた異界から戻れなくなることだ。
「何かを振り向かせてはいけませんわよ」
「自分の中から糸が伸びていても、切っちゃいけないよ」
「合言葉、決めておかないとね~」
異界から抜け出す術を把握しておくのは重要だった。
「あいことば?」
五人の中で一番年少の少女が復唱した。
「合言葉さえあればログアウトしても戻ってこれるからね。おひめさま、にでもしようかな」
いつの間にか門が現れていた。誘うように門が開く。招かれたのはここだろう。
読経が奥の部屋で流れる中、それぞれが別室に通された。
一つ目の部屋にはフルフェイスのヘルメットが置かれていた。それの中には猫の首。
二つ目の部屋には貝殻が置いてある。近寄り拾い上げると、中身がどろりと零れ落ちた。
三つ目の部屋には女が背を向けて座っていた。その手に握り締めたかんざしに見覚えがある。
四つ目の部屋には、桜の枝が。手折られた断面はまだ若く、めくれ上がった木の皮には緑色の繊維が付着する。
少女が通された部屋には暗闇が広がっていた。
「出されたもの食べるんじゃないわよ」
貝殻を拾った車いすの女は、その中身を口に運びじゅるりと吸う。海の香りの怪異を食す。
「何かを振り向かせてはいけませんわよ」
紋付の女は、背を向けた女に近寄って、その顔をこちらに振り向かせた。のっぺらぼうの黒髪にかんざしを飾ってやる。
「自分の中から糸が伸びていても、切っちゃいけないよ」
指の先からは一本の糸が枝に向かって伸びていた。眼鏡の女が指を振ると、桜の枝は雷にでも打たれたように半分に割れた。その糸を眺めて、指先から落とす。糸は地面に溶けて見えなくなった。
少女はと言うと、暗闇に向かって手を伸ばしていた。小さな手を引っかけるようにして暗闇を抉じ開ける。壁紙がはがれるようにして、暗闇が裂けた。
怪異に対峙していた女たちのいる部屋が一斉に揺れ、それぞれが突かれたように顔をあげる。
屋敷を訪れる前に異界から逃れる方法を話していたにも関わらず、異界に魅せられた女たちは一気に現実へと引き戻された。
部屋の中で何か抉じ開けるような、びりびりと裂ける音が響き、女たちを襲うように崩れる天井。白い粉と細かな木材が女たちを襲った。
「きゃっ」
同時に、白い光が部屋の中を満たす。女たちの視界が眩み、それから何も見えなくなった。
気が付けば、五人、同じ白い空間に白い衣服を身にまとって立ち尽くしている。
屋敷も薄暗い部屋もない。響いていた読経も聞こえない、無音の空間だった。
「これは、もしかしてログアウトしてしまったんじゃないかな」
「初期衣装ですわね」
車いすの女が着せられている、のっぺりとした白いTシャツを引っ張った。屋敷に来た時の清楚な喪服の面影は全くない。
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