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046.痕跡
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血の雨が降った。
殺人事件でもここまで真っ赤に濡れはしないだろう。この雨は空から降る水滴。特区では文字通り、血の雨が降ることがある。
普段は雨具を使用しないずぼらな人間もこの時ばかりは使用する。傘やレインコートの影が現れ、足早に家路を急ぐ。
雨具を持たない者は装飾品を捨てる覚悟を決めて通りを走ったが、多くの住人は店先に避難をして鉄臭い雨が通り過ぎるのをまった。
本物の血を薄めたような生臭い液体は濡れればなかなか落ちなかった。
降る頻度はまばらだ。自然現象でやり過ごすしかなかった。住人も慣れている。
警備署の軒先にも数人が集まっていた。
「運が悪いわね」
買い物帰りの女がため息を吐く。警備署の傘にも限りがある。すぐ止みそうならば雨宿りの場所を提供するつもりだ。
「でも、パトロールに出るでしょう?」
住人が暗に示したのはレインコートマンの事だろう。
血の雨が降った日に現れる怪異。怪異なのか、モンスターなのか、あるいは人間の仕業なのか、本当のところはわからない。
血の雨に乗じて現れる殺人鬼だ。
現れる時もあるし、現れない時もある。雨が止むと犯行が発覚するのである。
特区の住人はその通り魔をレインコートマンと呼んでいた。
今日も出現する気がする。どうにか捕まえたいと思ってはいるが、住人に紛れて行動していること、血の雨の日に必ず現れるわけではないことが、捕縛を難航させていた。
人間であればすぐに確保することができるかもしれないが、怪異だった場合こちらが巻き込まれる可能性もある。
自治会に所属する職員としては弱気な姿勢だが、能力の範疇を越える怪異には太刀打ちできないのだ。
「すぐに止むことを祈るばかりだわ」
***
血の雨に遭遇するのは運が良くない。洋服も靴も傘も存在の全てが台無しになる。
折り畳み傘を携帯していて良かった。血の雨を完全に防ぐことはできないが、身体から血なまぐさい臭いが取れなくなることは回避できるに違いない。身に着けているものは全て廃棄には違いないのだが……。
家路を急ぐ影の目の前に、男が立った。手には刃物が光る。レインコートを着ていた。
レインコートマンだ、そう思った。血の雨が降る日に現れる殺人鬼。雨に乗じて犯行を犯す怪異。
――殺される。
咄嗟に傘を閉じて身を守るように前に突き出した。殺されるよりも血の雨にべったり濡れた方がまだマシだった。男は動じずに、ニタニタと笑みを浮かべながら近づいてくる。悲鳴を出そうとして、声が出なかった。振り回した傘は思いの外、重たい。男がその先端を掴んだ。
「血の雨だと隠れるんだよなあ。雨が洗い流してくれてさぁ」
男が傘の先端を揺さぶりながら威嚇を始める。突き出した傘は反対にこちらに突き出されて、後退するしかなかった。ぬるぬるとした血で傘の柄が滑り、男との距離が詰まる。
どこから出た力だろう、傘を男の上から引き抜き、そのまま踵を返して走る。ばちゃばちゃと血だまりを踏み、靴の中が粘った。上からも下からも血の水滴が跳ねた。
追って来た男に引き倒されて、殺されると思った。
顔を覗き込むようにしてにやつく男の頭の後ろで何かが唸った。
ごきゅ、という嫌な音と同時に男の笑い顔が消えた。
正しくは、首についていたはずの頭が消えていた。首の切断部分から血が溢れ、顔にべしゃりとかかる。生臭い体液を顔に浴びて、思わず手を差し出したが、液体をせき止めることはできない。鼻と口に入りこんだ液体は気管に流れ込み大いにむせる。何が起こったのかわからずに呼吸を取り戻していると首を失った男の身体がこちらに倒れて重くのしかかった。
水よりも重たい体液を拭い身体を起こすと霞んだ目の先で影が何かを拾っているのが見える。
レインコートを着た影が、飛んで行った男の首を拾い上げている。
「隠してくれる。雨が私を隠してくれる」
ぶつぶつと口を動かしながら、レインコートの男のはフードを脱いだ。顔は鼻から上がなかった。
自ら弾き飛ばした男の顔を、その失われた半分に着けて不完全な頭を補完しようとしているようだった。
「これも違うな」
レインコートの男は首を無造作に放り投げ、その場を去って行った。
残るのは、雨音。
殺人事件でもここまで真っ赤に濡れはしないだろう。この雨は空から降る水滴。特区では文字通り、血の雨が降ることがある。
普段は雨具を使用しないずぼらな人間もこの時ばかりは使用する。傘やレインコートの影が現れ、足早に家路を急ぐ。
雨具を持たない者は装飾品を捨てる覚悟を決めて通りを走ったが、多くの住人は店先に避難をして鉄臭い雨が通り過ぎるのをまった。
本物の血を薄めたような生臭い液体は濡れればなかなか落ちなかった。
降る頻度はまばらだ。自然現象でやり過ごすしかなかった。住人も慣れている。
警備署の軒先にも数人が集まっていた。
「運が悪いわね」
買い物帰りの女がため息を吐く。警備署の傘にも限りがある。すぐ止みそうならば雨宿りの場所を提供するつもりだ。
「でも、パトロールに出るでしょう?」
住人が暗に示したのはレインコートマンの事だろう。
血の雨が降った日に現れる怪異。怪異なのか、モンスターなのか、あるいは人間の仕業なのか、本当のところはわからない。
血の雨に乗じて現れる殺人鬼だ。
現れる時もあるし、現れない時もある。雨が止むと犯行が発覚するのである。
特区の住人はその通り魔をレインコートマンと呼んでいた。
今日も出現する気がする。どうにか捕まえたいと思ってはいるが、住人に紛れて行動していること、血の雨の日に必ず現れるわけではないことが、捕縛を難航させていた。
人間であればすぐに確保することができるかもしれないが、怪異だった場合こちらが巻き込まれる可能性もある。
自治会に所属する職員としては弱気な姿勢だが、能力の範疇を越える怪異には太刀打ちできないのだ。
「すぐに止むことを祈るばかりだわ」
***
血の雨に遭遇するのは運が良くない。洋服も靴も傘も存在の全てが台無しになる。
折り畳み傘を携帯していて良かった。血の雨を完全に防ぐことはできないが、身体から血なまぐさい臭いが取れなくなることは回避できるに違いない。身に着けているものは全て廃棄には違いないのだが……。
家路を急ぐ影の目の前に、男が立った。手には刃物が光る。レインコートを着ていた。
レインコートマンだ、そう思った。血の雨が降る日に現れる殺人鬼。雨に乗じて犯行を犯す怪異。
――殺される。
咄嗟に傘を閉じて身を守るように前に突き出した。殺されるよりも血の雨にべったり濡れた方がまだマシだった。男は動じずに、ニタニタと笑みを浮かべながら近づいてくる。悲鳴を出そうとして、声が出なかった。振り回した傘は思いの外、重たい。男がその先端を掴んだ。
「血の雨だと隠れるんだよなあ。雨が洗い流してくれてさぁ」
男が傘の先端を揺さぶりながら威嚇を始める。突き出した傘は反対にこちらに突き出されて、後退するしかなかった。ぬるぬるとした血で傘の柄が滑り、男との距離が詰まる。
どこから出た力だろう、傘を男の上から引き抜き、そのまま踵を返して走る。ばちゃばちゃと血だまりを踏み、靴の中が粘った。上からも下からも血の水滴が跳ねた。
追って来た男に引き倒されて、殺されると思った。
顔を覗き込むようにしてにやつく男の頭の後ろで何かが唸った。
ごきゅ、という嫌な音と同時に男の笑い顔が消えた。
正しくは、首についていたはずの頭が消えていた。首の切断部分から血が溢れ、顔にべしゃりとかかる。生臭い体液を顔に浴びて、思わず手を差し出したが、液体をせき止めることはできない。鼻と口に入りこんだ液体は気管に流れ込み大いにむせる。何が起こったのかわからずに呼吸を取り戻していると首を失った男の身体がこちらに倒れて重くのしかかった。
水よりも重たい体液を拭い身体を起こすと霞んだ目の先で影が何かを拾っているのが見える。
レインコートを着た影が、飛んで行った男の首を拾い上げている。
「隠してくれる。雨が私を隠してくれる」
ぶつぶつと口を動かしながら、レインコートの男のはフードを脱いだ。顔は鼻から上がなかった。
自ら弾き飛ばした男の顔を、その失われた半分に着けて不完全な頭を補完しようとしているようだった。
「これも違うな」
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