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6.焼酎持ってこいっ!

誰が何と言おうとストレートで

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もっと早く起きて準備をすれば良かったなぁと思う。
前に座っているキールは、私以上に同じ思いで一杯であろう。


私達とすれば、十分に周囲に警戒をして馬車に乗り込んだ・・・つもりだった。

しかし突然、脇から急にキリュシュがやって来て、無理矢理一緒の馬車に乗り込んできた。

お前を警戒していたのに・・・


馬車内では、ちゃっかりキールの隣の席に座り込み、キールに体をすり寄せベッタリしている。
キールは半分白目を剥いて、馬車の外を眺めている。
そんなキールの様子を気にせず、キリュシュはひっきりなしにキールに話掛け続けている。

「今日からの学園生活。私、とっても緊張しているのっ! あっ、キール、私、変な所無い? 制服のリボンが曲がってるとか、髪に寝癖が付いているとか。」

ちなみに私はガン無視されている。

「キールと学年が違うことで学園では離れ離れで寂しいな。せっかく仲良くなってきたのに。。。」

えっ?
いつの間に、仲良くなってきてるの?
キールの顔を伺うと、しきりに顔を横に振っている。

・・・だよねぇ。
昨日初めて口を聞いたって言っていたし・・・。

キリュシュがキールに夢中な事をいいことに、改めてキリュシュの様子を観察してみる。


うーー・・ん。
娘びとか、演技では無く、本当に心から思ったことを純粋に一生懸命に話をしている様にも見える。
演技だとしたら相当なものだ。

・・・

もしかしたら、
此奴としては嘘を付いておらず、口に出している事を本当の事として思っていたり・・・
此奴の中で、自分の思い描く理想に記憶をすり替えているとか・・・

・・・。
まだわからないけど。。。
もし、そうなると私がどう足掻いたところで、彼女の求める理想通りに事が進む様、彼女を頑張るであろう・・・。

ふむ。

彼女は誰とのEDを迎えるのであろう。。。
ギムレット、マティーニ、そしてキール。

色々それぞれ癖はあるけれど、皆んないい奴らだ。
叶うのであればハーレムEDでもいいだろう。

私は彼らに親愛はあれど、恋愛感情は抱いていない。
よって彼女が誰と関係を持つのも特に否定はしない。
この気持ちを彼女に伝えれば、もしかしたら・・・・


「きゃぁ! キールっ、先からカシスお姉様が私を睨んでくる! お姉様、馬車にお邪魔した事がそんなにダメでしたか? キール、怖いっつ!!」

また、私に理不尽なイチャモンを付けて来てキールに抱き付こうとした。
キールは咄嗟にそんなキリュシュの眉間を平手で押さえ、突っぱねる。突っぱねられたキリュシュが、そのままの形でもがいている・・・。
その体勢を崩すとキールの身が危険!な為、このままの体勢で、学園まで向かう事になった。。。

・・・うーん・・・。
奴と分かり合える日は遠そうだ。。。


やがて馬車が学園に着いた。

昨年同様、馬車をマティーニが出迎えてくれた。

キリュッシュの眉間を平手で押さえ続けていたキールが、到着と同時に、キリュシュの後頭部で馬車の扉を押し開け、そのままキリュッシュを外に突き飛ばす。

キリュッシュは突き飛ばされた衝撃で、外の地面に転げ落ちる。

まぁ、登校中の生徒達から見れば衝撃的な光景だ。

キリュッシュが馬車から飛び出した後、キールが何事も無かったかの様に、馬車から降り、続いて馬車から降りる私の手を取る。

うーーん。
いつもながら、キールさん、やりすぎの様な・・・?

キールに手を取られ馬車から降りて来た私に、マティーニが駆け寄る。

「迎えに来てやったぞっ! っさ、一緒に講堂に行くぞっ!!」

なんかこの頃マティーニが大型犬に見えてきた。
マティーニさん、駆け寄ってくるのは毎度だが、今日は足下に何か踏んでいるぞw
マティーニは私に夢中で足下で踏みつけている物を全く気にしていない。


「・・・っう、痛い・・・。」

踏まれていたキリュシュが起き上がろうとした事で、マティーニがキリュシュの存在に気が付く。

「っあ! ごめんっ!! まさかこんなところに人がいるとは思わず。大丈夫?」

マティーニがキリュッシュの上から足を退け、キリュッシュに屈んで手を貸す。

うむ。先ほどまで踏んでいたことを問わなければ、素敵な乙ゲーの出会いのワンシーンだ。

マティーニの手を取ったキリュッシュは、うっとりとして立ち上がる。

「大丈夫・・・そうです。手を貸してくださりありがとうございます!」

「怪我とかない? どうして地面に倒れてたの? 危ないよ?」

マティーニが怪訝そうに尋ねる。

「・・・えっと、義姉のカシスお姉様に馬車から降りる際、足をかけられ倒れてしまったんです。。。」


っおぃ!!
また私かぃw
キールだろう?
お前を馬車から突き飛ばしたのはキールだろう??

キリュシュの言葉を聞き、マティーニが私の顔を見る。
ゲンナリした顔で、私は顔を横に振るう。

そして、仕方無しに彼女をマティーニに紹介する。

「彼女はキリュッシュ。キリュシュ・コアントローと申します。先日コアントロー家の一員となり、私の義妹、キールの義姉となりました。以後お見知り置きを・・・。」

私の紹介を受け、マティーニかキリュシュをまじまじと見る。

「あぁー。カシスに義妹が出来たことは聞いているよ。へぇ、この娘か。俺は、このヴァレンタイン王国第二王子、マティーニだ。宜しくな。」

「こちらこそ、宜しくお願いいたします!」

起き上がる際貸してもらった手を握り締めたままキリュシュが応える。
そしてその手をなかなか離さない・・・。

離さない。

相当シッカリ握っているらしく、手を引っ込めようとマティーニが和かな顔で必死に頑張っている。

ぉおー。マティーニ頑張れー。

私とキールはこれ以上キリュシュに関わりたく無い為、その場を去ることにした。

その様子を見てマティーニが慌てる。

「っちょっと! 待ってっ!! これをどうにかして!?」

マティーニ、君の犠牲は忘れない・・・。
私達は無慈悲にマティーニを置いていった。



私とキールは、クラス分けを提示しているボードの前に来た。

キールはと・・・。
もちろんS組だ。それも首席の様だ。流石・・・。

そして私は・・・

よし。
安定のA組。
ですよねーー。

ちなみにA組のメンバーは結束力が強く?みな同じ様な成績を修めた為、メンバーの出入りが無い。

・・・無い?

あれ?
微妙に誰か入れ替わっている様な・・・?

あれ??
誰が欠けた???

ボードの前で考え込んでいると、後ろから喧しい奴がやって来た。

「マティーニ殿下、一緒のS組ですねっ!これからはクラスメイトとしても宜しくお願いいたします!」

キリュシュに引き摺られ、ぐったりとしたマティーニも居た。
ご苦労様です。。


「あれ? カシスお姉様は将来の皇太子妃とも成ろうお方なのにS組ではないんですか!? それっていいんですか!?」

うるせぃ!
皇太子妃にも成る気は無いし、いいんだよ!!

「A組なんて・・・。お恥ずかしく無いんですか?! 殿下達に申し訳ないとか思わないんですか?!」

いや、全く!
A組でのびのびと学園生活を満喫しています。
放っておいてください。

キリュシュの言葉が聞こえた周りにいるA組メンバーがキリュシュを睨み、不穏な空気が流れる。


「ちょっと、貴方っ! 今、とても聞き捨てられない事をおっしゃておりませんでした?」

ぅおう!
ピニャ様降臨!!
A組を心から愛する、A組教の教祖様。

「我々A組メンバーはA組であることに誇りを持っているんです。ただ何となく成績がいいからS組の方に侮辱されるいわれはありませんっ!!」

ピニャ様は強い口調でキリュシュの暴言を咎めた。
ピニャ様の取り巻き達もしきりに頷いている。

あ・・・
このシーン、台詞の内容を抜くと乙ゲーの悪役令嬢とその取り巻き達がヒロインを虐めている様に見えたり・・・

「酷い、私決してそんなつもりなど無いのに・・・。」

キリュシュがワナワナと肩を震わせ、瞳に涙を浮かべた。

・・おー。
やっぱり此奴、脳内変換で今の状態を「自分がいじめられている」としたな。

「マティーニ殿下、カシスお姉様達が私を言われも無い事で責めるのです。酷いわっ!」

先から引き摺ってきたマティーニにしがみ付き助けを求めた。

また、私ですか?
私ここでは一言も口を開いていませんよ??

マティーニもそれをわかっている為、苦笑いをして応えた。

「えっと、まずカシスは全く関係ないよな。そして失言をしたのは君の方なのだから、君が咎められるのは当たり前の事だよな?」

うんうん、そうだ!そうだ!!


マティーニの応えに一瞬固まったキリュシュだったが、すぐに次の行動にでた。

「マティーニ殿下、殿下のお立場を考えず、助けを求めてしまい申し訳ございませんでした。そうですよね、殿下のお立場上、将来の皇太子妃となられるであろうお姉様を公前で責めるなど出来ませんよね。大丈夫です。私、耐えられますから!」

いつも通り自分の妄想で話を作り上げ、キリュシュは涙を拭い、マティーニにニッコリと微笑んだ。


「・・・っえ?」

キリュシュの話についていけず、マティーニが首を傾げる。
マティーニだけでは無い。
この場にいる者達、皆誰もがキリュシュの話を理解出来ていない。
出来るわけが無い。
キリュシュの妄想なんだから。

ピニャ様がキリュシュを指差し、そのままその指を自分の頭に持っていき指先をクルクルと回してパァとその手を広げた。

ピニャ様、めっ!!
由緒正しき格式高い公爵家御令嬢がそんな事をしちゃダメっ!!

何とも言えない無い空気が流れ出した時、始業の予鈴が鳴った。
その予鈴の音に皆慌てて、その場は解散となった。








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