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緋い記憶

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 即答する隆哉に、「なに?」と彬が片眉を上げる。眉間に皺を寄せて、呆れ半分の声を発した。

「じゃあ、さっきのはなんだ? 壁に拳をあてた時は、えらい形相で怒ってたろうが。何もそこまでって言うぐらいよ」

「そこが、変なんだよね」

 口元に手をあてた隆哉が、考え込むように首を傾げる。

「ああ?」

「俺はあの時、最後にあいつの手を握り返した時。俺は、心を遺してきたんだから。あいつに」

 口元から手を離し、自分の掌を見下ろす。

「心?」

「そう。俺の愛情とか願望とか、そういうモノ全部。だから俺の心には、いつもポッカリ大きな穴が空いている。俺に生きてく理由なんてない。俺の想いは、全てあいつに向いていたから。もう、これから人を好きになる事もないし、何かやりたい事をみつける事もない。俺は只待ってるだけなんだ、いつか死ぬ瞬間を。あいつが迎えに来てくれる、その『瞬間』だけを」

 遠い目をした隆哉に、彬は目を瞠った。

 ――なんて、強い。

 表情や声音からは、到底窺い知れない程の『想い』。そんなモノが、こいつにあったなんて……。

「何を、縁起でもねぇ」
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