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番外編

イバキ市奪還作戦 7

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魔術学院の軍本隊の元にも、冒険者からの救援要請が届いていた。すぐさま本隊総出の総力戦の準備が始まる。

司令部に呼び出されていたラントが戻り、アサノたちにも状況を手短に説明する。

「ったく、勘弁してくれよ」

アサノは頭を掻きながら溜め息をついた。

「戦うのは初めてだね。資料から想像するに、装甲車に生身で立ち向かう感じかな?」

「自分は一度、作戦に参加したことがあります。とはいえ、入隊したてで後方待機でしたが…」

サカシタの呟きにラントが反応する。しかし、後半はやや控えめな声になっていった。

「自分の印象では、山が暴れ回っているようにしか見えませんでした」

「勝ったんだろ?どうやって倒したんだ?」

アサノの質問に、ラントはやや申し訳なさそうな顔をする。

「人海戦術で攻撃し続け、結局装甲猪が疲れるまで続きました。その時は…かなりの被害が出たと聞いています」

その回答にアサノは「ニッ」と笑うと、ラントの胸甲鎧にコンと拳を当てた。

「ま、そん時はそーだったんだろうが、オマエだって、その頃のままのオマエじゃないんだろ?」

「勿論です!」

アサノの言葉にラントは胸を張って答える。

「なら、いつも通りやるだけだ!」

アサノは仲間の顔をグルリと見回した。

「いつも通り、了解」
「やってやりましょう!」
「俺だけ嫌とは言えないよな」

サンドラとシーナ、それからサカシタが頷き返す。

それを受けて、アサノは右拳を左手の手のひらに叩きつけた。

「よっしゃ、行くか!」

   ~~~

本部護衛のための数隊を除いたほぼ全軍が、学院に残っていた冒険者とともに大型商業施設に到着したとき、先着していた冒険者のうち生存が確認出来たのは5人だけであった。

女魔法士と二刀剣士に重戦士、それから女回復士が負傷して横たわる一人の男性冒険者に癒しの魔法キュアを施していた。

「負傷者を保護しろ!」

直ぐさまアサノが衛生兵を呼び寄せる。続いて全軍兵士へと基本的な指示を出す。

「盾兵は前へ!魔法兵はとにかく撃ち続けろ!装甲猪に息つく隙を与えるな!」

それからアサノはソアラの元へと近付いた。

「よく持ちこたえてくれた。一旦退がって身体を休めてくれ」

その提案にソアラは少し迷った。これ程の獲物、惜しい気持ちも確かにある。しかし既に陽は沈み、ここからは魔物が有利になってくる。仲間の生命を無謀な天秤にはかけられない。

「そうね…」

ソアラが頷きかけたとき、唐突に軍からの放送が街中に流れた。

「あーあー、只今カタン市から、緊急連絡が入りました」

その場にいた者たちに、何事かと緊張が走る。

「『迅雷シィンレイ』のターニャさまが、3人のC級冒険者と共に『黒地竜』の討伐に成功しました!」

とんでもない内容に、沈黙がその場を支配した。

「お、おおーーーー!」

それからハッと我に返った兵士や冒険者たちが、一斉に雄叫びをあげる。その声量に、空気がビリビリと震えた。

「マジかよ…イバキ市の奪還なんて霞んじまうな」

アサノの口がポカンと開いたまま閉じない。

(3人のC級冒険者……ちゃんと見つけたようですわね、ターニャさん)

ソアラは「フフッ」と笑いが込み上げる。それからアサノの方に向き直ると、胸を張って大きく声を張り上げた。

「お断りですわ!」

「…は?」

「あの獲物は、必ず私が討伐してみせますわ!」

ソアラが力強く宣言すると、仲間であろう3人の冒険者も後ろで揃って頷いていた。

「なんだ….?急に元気が出たな」

アサノが目を細めてニヤリと笑う。

「今の放送が原因か?」

「関係ありませんわ!」

ソアラはフンと鼻を鳴らしてソッポを向く。

「イイぜ、人手は多いに越したことはない。期待させてもらうゼ!」

「それはこちらの台詞ですわ!『黒い幻影ブラックファントム』の実力を、しかと拝見させていただきます」

ソアラは仲間に「行きますわよ」と声をかけると、踵を返して去っていった。

「何が何だか分からねーが、もうひと頑張り致しますか」

アサノは、肩で風を切りながら颯爽と歩く女魔法士の後ろ姿を、ちょっと愉しそうに眺めていた。
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