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第九部 王牙転生Ⅱ~神亡き世界で流れる様に剣を振るう~へ
第九十七章 サタン・アリエス
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俺が人間の結界内にいる間、アリエスはとんでもない力を手に入れていた。
魔物に使える施された武器『黒武器』。これを手に入れたアリエスが次に欲するものは決まっていた。そう、ムリエルやレオーネが使っていた紛い物の加護。黒皇女が使っていたことから『黒加護』とでも呼ぼうか。戦士一人分の加護が常に張り続けられるあの便利な加護だ。
それをアリエスが手に入れた。
それも神官百人分の黒加護だ。その戯けた出力が常に高速で回復し、即座に満タンになる。
これは、はっきり言って俺を超えたと言っても間違いない。
今のアリエスを倒すのなら加護を無効化できる本物の施された武器でないと無理だろう。魔物武器も加護を抜けるがアリエスは黒武器を使える。黒武器は神の加護を抜けないだけの施された武器だ。魔物武器にはめっぽう強い。魔物の上では最強と言ってもいいだろう。少なくとも俺には倒せるビジョンが見えない。
模擬戦をしたときもこうだ。
「全力は出すな。その時はお前を殺さなければならん」
「私がわが父にそこまで言わせるほどの力を持てた事に心から感謝します」
もしもアリエスを止めるとすればそれは殺す以外に処方がない。それほどの力を得てしまった。
それはなぜかと言えば、その理由は勿論ムリエルだ。
「我、何かやっちゃいました?」
「やり過ぎだ」
俺はムリエルのポシェットから棒付き飴玉を二つ取るとムリエルの口に突っ込んで口を横に引っ張る。
「いぇえるのあー。おうあー」
「何をしたか聞いてもいいのだろうな?」
「ん! ただの普通の紛い物の加護じゃ! 禁忌とはいえ魔物として生きることを決めたアリエスじゃ! 断る理由はなかろう!」
「それがなぜああなる」
「我にもわからんのじゃ! アリエスは聖女の因子があるのじゃ。我の様に紛い物の聖女を作り上げる必要はない! だから安全な筈だったんじゃ!」
なるほどな。それが普通の聖女であれば問題ないだろう。
だがアリエスは新型聖女。神の代弁者であるリブラを基に作られている。
「これは流石にお前には言っておくべきだったか。アリエスは普通の聖女ではない。いまや神となっている神の加護を纏う者達の集合無意識が新しい聖女を求めたのだ。それは人間の魂では足りなかった。そこでリブラの一部を魂とした存在。それがアリエスだ。いうなれば神の代弁者そのものと言ってもいい。だが意識は完全に別物の用だ。リブラの聖女は神の意思よりも人間の守護を優先する。その理念に基づいているのだろうな」
「なんじゃそれは! 情報量が多すぎるのじゃ!」
「とはいえ事実だ。おいそれと語れない理由は伝わったか?」
「王牙。汝もつくづく難儀に見舞われる男じゃの。それについてはあいわかった。我の口は堅いのじゃ。しかしあまりにもイレギュラーすぎて我にもどうなるかわからんのじゃ。人一人分くらいの加護なら問題ないんじゃが、ああも、それこそ百人分となるとアレが尽きるような状況になった時に何が起こるのかは我にもわからんのじゃ。我からも言うが、汝も黒加護の扱いには気を付ける様に言っておいてくれんかのう。お主の言葉でなければ聞く耳を持たんかもしれんからな」
「それについてはな。俺の言葉でさえ耳に届くかわからんが気を付けて見ていよう」
「頼むのじゃ。無理をしそうじゃのうアリエスは。この結果を知っていたら我も首を縦には振らなんだわ」
「ああ。アリエスは心と力のバランスがいつも崩れている。力を持ちすぎた時の望みが際限なく大きくなりそうだからな」
ーーー
「というわけだ。その黒加護は無茶をする時には控えてくれ。危険を感じるようなら下がれ。その時は俺もサポートする」
「わかりました。ですが一度テストも兼ねて実戦では全力を出してみます。その時は頼みます」
「心得た。まさかお前がまた百人分の加護を手にするとはな。しかも中身は魔物屈指の猛者だ。最早今のお前に敵う者は俺を含めていないだろう。まさに次代の魔物の王に相応しい風格だな」
「私が魔物の王ですか。考えてもいませんでした」
「適正はあると思うがな。異世界の俺の国では強者は悪と表記されていた時代があったらしい。それを鑑みれば悪の化身サタンとも言えるだろう。確かこいつも魔物のような存在の王だった筈だ」
「サタン。良い響きですね。ではその名を貰ってもよろしいですか?」
「いやまて、流石にこの名をお前に贈る事は無いぞ。力という意味でその名を出したが、その名自体は口にするのもはばかられる名だ。とても人に付ける名ではない。敵対者ですらその名で呼ぶ事はないだろう。それ程の名だ。娘にそれを贈るのは憎しみどころではないぞ。俺は決してその名を贈らん」
「そうですか。それ程の悪を秘めた名。ですがそれを冠したいほどに成したことがあります。わが父。聞いていただけますか?」
流石の俺も返答に詰まる。
サタンの名を冠したいほどの悪事だと? アリエスがそこまで言うほどの成すべきこととはなんだ?
だがここは聞かねばならんだろう。まるで想像がつかん。
「・・・わかった。聞こう」
「はい。ありがとうございます。・・・そうですね。どこから話せばいいのか。この戦いが終わった後です。魔物が勝利した後の人間の処遇です。それを私に委ねて欲しい。それを実現するには私が魔物の王として頂点に立つことが必要でしょう。今のような地位ではそれは成し得ない。成すべき事があるのであれば、上に立たなければなりません」
なるほど。アドナキエルの言葉を思い出す。聖女の地位では社会を変えられないと。
「そこまでして人間に何を強いる。支配か共存か。お前の信じる聖女像を人間に強いるのか?」
「はい。私は絶対的な悪として人間に善を強います。悪は私だけが行います。人間に悪を成す事は許しません」
・・・それは。それは可能なのか? それ以前にそれは支配や共存を超える。それは、
「それは人間の否定ではないか? 思い出せアリエス。お前でさえ嫉妬に狂った。レオニスがお前の代わりに聖女の力を行使した時だ。どのような善性を持つ存在でさえ、悪を抱えないものなどいない。それは存在の否定だ。人間に善を強いるという事は人間を殺すのと同義だ。それは人間への恨みからか?」
「いいえ。私は魔物の守護者として立つことによって人間への悪心は消えました。ですが人間は間違っていないと証明したいのです。私の強制によって」
「まてアリエス。それは神ですら行えない禁忌だぞ。それは存在の否定だ。お前は人間の証明をしたいのではない。お前の証明をしたいのだ。そのために人間を全て地獄へ送り地獄の釜で茹で上げようと言っているのだ。そこで生き延びる人間など居るものか。それはもはや人間ではない何かだ」
「わが父はそれほどまでに人間に肩入れするのですか? あなたはまだ人間に夢を見ている。今の人間では駄目なのです。善を強いてそれを問う。それは地獄の釜ではありません。狭き天への道なのです」
「もはや人間などどうでもいい。お前だアリエス。人間に夢を見ているのはお前だ。地獄の釜で人間を茹でて、その様を眺めてお前は正気でいられるのか。それが間違いであった時にお前は耐えられるのか。アリエス。それは行き過ぎだ。まずは人間を見つめ直せ。心を強いるのではない。まずは人間を知れ。お前がまずやる事は支配だ。その後に可能性を探れ。無作為に全ての人間を地獄の釜に放り込む事は無いだろう」
アリエスは黙っている。これは伝わっているのかどうか。
そしてアリエスは嗤った。その醜い嗤い顔で言葉を紡ぐ。
「私は、私が望むままに人間を地獄の釜で茹で上げたい。私を苦しめた人間達がその釜で息絶えるその様を見届けたい。そして人間が死に絶えた後に私は嗤うのです。これがお前たちの運命だと」
それは俺が見た事もないアリエスの素顔の一つだった。
だがそれがスッと元に戻る。
「わが父。あなたに相談して本当に良かった。私は、私は、自身の心の奥底に燃えあがる憎しみの炎に気付けなかった。私自身ですら気付けなかった人間の私を、あなたが見出してくれた。感謝します、わが父」
俺は安堵の溜め息をつく。そのアリエスの顔は俺の知るアリエスだったからだ。
「はい。そうですね。ではわが父の助言通り人間の支配に変えましょう。わが父、私の宣誓を聞いていただけますか?」
俺が返事をすると、アリエスは堂々と宣誓をした。
「私。サタン・アリエスは人間を支配します。
そして私が信じる聖女が正しく存在できる社会にします。
私は悪として人間に変化を求めます。私が正しいと思える人間の姿に。
そのためならば魔物の王にでもなりましょう」
「確かにその宣誓、聞き届けた。しかしサタンの名は捨てないのか。それは自ら名乗るようなものではないぞ」
「いいえ。私自身の戒めです。私が悪であることを自覚するために。わが父の様に真に人間を見つめられるその時まで。私はサタンを名乗ります」
「わかった。だが俺は口が裂けてもお前をサタンとは呼ばんぞアリエス。そうだな。もしも真に人間を見つめられたと感じられた時はマリアと名乗るがいい。異世界の宗教で神を生んだとされる聖母の名だ。アリエス・マリア。その方がお前に似合う」
「アリエス・マリア。それもとても素晴らしい響きですね。はい。その名を名乗れるように精進します」
「それもいいが、それは魔物が勝利した後という狸の皮算用だぞ。天上の目的よりも目前の脅威だ」
「はい。ですが私達なら問題ないでしょう。この私、次代の魔物の王サタン・アリエスが居るのですから」
余程気に入ったのだな。
しかしその名に呑まれなくてよかったというべきだな。やはり不吉な名だ。名乗るだけで悪を引き出すとはな。
この名を早く捨てさせるためにもこの戦いは終わらせねばならんな。
正直に言えば今すぐにでも捨てるか保留を願いたい所だが、この上機嫌な我が娘ではどこまで話を聞くか。
まだ俺の支えは必要なようだ。
「わが父。どうしたのですか?」
「一応聞いておこう。その名を保留にするか、取りやめるか、その選択肢はあるか?」
「いいえ。これは私の指針に必要な名です」
「そうか。では先に言っておこう。お前の行く道は俺を超えている。この先に歩む道に俺は最適な答えを出せないだろう。支えはする。だが道を照らす事は出来ない。その道が辛く険しいものか、それすらもわからん状態だ。案外とすんなりと進める道かもしれない。その判断はお前がするのだアリエス。その道がどんなものか注意深く見据えるのだ。険しければ立ち止まり慎重に進め、すんなり進めるなら恐れずに進め。それを見極める目を養うのだ」
「はい。ですが私は助言を請うてもよろしいですか?」
「勿論だ。俺を転ばぬ先の杖として使うがいい。お前たちの道を切り開いてやろう」
「はい。私はまた父に甘えてばかりですね」
「何を言うか。お前の道は一人で進めるほど易くはないだろう。俺が居るうちは使え。俺が居なくなったとてお前はもう道には迷わんだろう。それならばそれでいい」
「はい。お任せください。私はもう数えきれないほどの物をあなたから貰っています。それが道を照らす光になる。私がアリエスの名を持ち続ける限り」
だったらサタンの名は捨てて欲しいものだが。それこそ今は保留か。そういう年頃なのかもしれん。
ならばアリエス・マリア。そちらを先に名乗っても良さそうなものだが、魔物が名乗る名でもないか。
アリエスがその名を名乗る時はどのような存在になるのか。それもまた楽しみにしておくとするか。
魔物に使える施された武器『黒武器』。これを手に入れたアリエスが次に欲するものは決まっていた。そう、ムリエルやレオーネが使っていた紛い物の加護。黒皇女が使っていたことから『黒加護』とでも呼ぼうか。戦士一人分の加護が常に張り続けられるあの便利な加護だ。
それをアリエスが手に入れた。
それも神官百人分の黒加護だ。その戯けた出力が常に高速で回復し、即座に満タンになる。
これは、はっきり言って俺を超えたと言っても間違いない。
今のアリエスを倒すのなら加護を無効化できる本物の施された武器でないと無理だろう。魔物武器も加護を抜けるがアリエスは黒武器を使える。黒武器は神の加護を抜けないだけの施された武器だ。魔物武器にはめっぽう強い。魔物の上では最強と言ってもいいだろう。少なくとも俺には倒せるビジョンが見えない。
模擬戦をしたときもこうだ。
「全力は出すな。その時はお前を殺さなければならん」
「私がわが父にそこまで言わせるほどの力を持てた事に心から感謝します」
もしもアリエスを止めるとすればそれは殺す以外に処方がない。それほどの力を得てしまった。
それはなぜかと言えば、その理由は勿論ムリエルだ。
「我、何かやっちゃいました?」
「やり過ぎだ」
俺はムリエルのポシェットから棒付き飴玉を二つ取るとムリエルの口に突っ込んで口を横に引っ張る。
「いぇえるのあー。おうあー」
「何をしたか聞いてもいいのだろうな?」
「ん! ただの普通の紛い物の加護じゃ! 禁忌とはいえ魔物として生きることを決めたアリエスじゃ! 断る理由はなかろう!」
「それがなぜああなる」
「我にもわからんのじゃ! アリエスは聖女の因子があるのじゃ。我の様に紛い物の聖女を作り上げる必要はない! だから安全な筈だったんじゃ!」
なるほどな。それが普通の聖女であれば問題ないだろう。
だがアリエスは新型聖女。神の代弁者であるリブラを基に作られている。
「これは流石にお前には言っておくべきだったか。アリエスは普通の聖女ではない。いまや神となっている神の加護を纏う者達の集合無意識が新しい聖女を求めたのだ。それは人間の魂では足りなかった。そこでリブラの一部を魂とした存在。それがアリエスだ。いうなれば神の代弁者そのものと言ってもいい。だが意識は完全に別物の用だ。リブラの聖女は神の意思よりも人間の守護を優先する。その理念に基づいているのだろうな」
「なんじゃそれは! 情報量が多すぎるのじゃ!」
「とはいえ事実だ。おいそれと語れない理由は伝わったか?」
「王牙。汝もつくづく難儀に見舞われる男じゃの。それについてはあいわかった。我の口は堅いのじゃ。しかしあまりにもイレギュラーすぎて我にもどうなるかわからんのじゃ。人一人分くらいの加護なら問題ないんじゃが、ああも、それこそ百人分となるとアレが尽きるような状況になった時に何が起こるのかは我にもわからんのじゃ。我からも言うが、汝も黒加護の扱いには気を付ける様に言っておいてくれんかのう。お主の言葉でなければ聞く耳を持たんかもしれんからな」
「それについてはな。俺の言葉でさえ耳に届くかわからんが気を付けて見ていよう」
「頼むのじゃ。無理をしそうじゃのうアリエスは。この結果を知っていたら我も首を縦には振らなんだわ」
「ああ。アリエスは心と力のバランスがいつも崩れている。力を持ちすぎた時の望みが際限なく大きくなりそうだからな」
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「わかりました。ですが一度テストも兼ねて実戦では全力を出してみます。その時は頼みます」
「心得た。まさかお前がまた百人分の加護を手にするとはな。しかも中身は魔物屈指の猛者だ。最早今のお前に敵う者は俺を含めていないだろう。まさに次代の魔物の王に相応しい風格だな」
「私が魔物の王ですか。考えてもいませんでした」
「適正はあると思うがな。異世界の俺の国では強者は悪と表記されていた時代があったらしい。それを鑑みれば悪の化身サタンとも言えるだろう。確かこいつも魔物のような存在の王だった筈だ」
「サタン。良い響きですね。ではその名を貰ってもよろしいですか?」
「いやまて、流石にこの名をお前に贈る事は無いぞ。力という意味でその名を出したが、その名自体は口にするのもはばかられる名だ。とても人に付ける名ではない。敵対者ですらその名で呼ぶ事はないだろう。それ程の名だ。娘にそれを贈るのは憎しみどころではないぞ。俺は決してその名を贈らん」
「そうですか。それ程の悪を秘めた名。ですがそれを冠したいほどに成したことがあります。わが父。聞いていただけますか?」
流石の俺も返答に詰まる。
サタンの名を冠したいほどの悪事だと? アリエスがそこまで言うほどの成すべきこととはなんだ?
だがここは聞かねばならんだろう。まるで想像がつかん。
「・・・わかった。聞こう」
「はい。ありがとうございます。・・・そうですね。どこから話せばいいのか。この戦いが終わった後です。魔物が勝利した後の人間の処遇です。それを私に委ねて欲しい。それを実現するには私が魔物の王として頂点に立つことが必要でしょう。今のような地位ではそれは成し得ない。成すべき事があるのであれば、上に立たなければなりません」
なるほど。アドナキエルの言葉を思い出す。聖女の地位では社会を変えられないと。
「そこまでして人間に何を強いる。支配か共存か。お前の信じる聖女像を人間に強いるのか?」
「はい。私は絶対的な悪として人間に善を強います。悪は私だけが行います。人間に悪を成す事は許しません」
・・・それは。それは可能なのか? それ以前にそれは支配や共存を超える。それは、
「それは人間の否定ではないか? 思い出せアリエス。お前でさえ嫉妬に狂った。レオニスがお前の代わりに聖女の力を行使した時だ。どのような善性を持つ存在でさえ、悪を抱えないものなどいない。それは存在の否定だ。人間に善を強いるという事は人間を殺すのと同義だ。それは人間への恨みからか?」
「いいえ。私は魔物の守護者として立つことによって人間への悪心は消えました。ですが人間は間違っていないと証明したいのです。私の強制によって」
「まてアリエス。それは神ですら行えない禁忌だぞ。それは存在の否定だ。お前は人間の証明をしたいのではない。お前の証明をしたいのだ。そのために人間を全て地獄へ送り地獄の釜で茹で上げようと言っているのだ。そこで生き延びる人間など居るものか。それはもはや人間ではない何かだ」
「わが父はそれほどまでに人間に肩入れするのですか? あなたはまだ人間に夢を見ている。今の人間では駄目なのです。善を強いてそれを問う。それは地獄の釜ではありません。狭き天への道なのです」
「もはや人間などどうでもいい。お前だアリエス。人間に夢を見ているのはお前だ。地獄の釜で人間を茹でて、その様を眺めてお前は正気でいられるのか。それが間違いであった時にお前は耐えられるのか。アリエス。それは行き過ぎだ。まずは人間を見つめ直せ。心を強いるのではない。まずは人間を知れ。お前がまずやる事は支配だ。その後に可能性を探れ。無作為に全ての人間を地獄の釜に放り込む事は無いだろう」
アリエスは黙っている。これは伝わっているのかどうか。
そしてアリエスは嗤った。その醜い嗤い顔で言葉を紡ぐ。
「私は、私が望むままに人間を地獄の釜で茹で上げたい。私を苦しめた人間達がその釜で息絶えるその様を見届けたい。そして人間が死に絶えた後に私は嗤うのです。これがお前たちの運命だと」
それは俺が見た事もないアリエスの素顔の一つだった。
だがそれがスッと元に戻る。
「わが父。あなたに相談して本当に良かった。私は、私は、自身の心の奥底に燃えあがる憎しみの炎に気付けなかった。私自身ですら気付けなかった人間の私を、あなたが見出してくれた。感謝します、わが父」
俺は安堵の溜め息をつく。そのアリエスの顔は俺の知るアリエスだったからだ。
「はい。そうですね。ではわが父の助言通り人間の支配に変えましょう。わが父、私の宣誓を聞いていただけますか?」
俺が返事をすると、アリエスは堂々と宣誓をした。
「私。サタン・アリエスは人間を支配します。
そして私が信じる聖女が正しく存在できる社会にします。
私は悪として人間に変化を求めます。私が正しいと思える人間の姿に。
そのためならば魔物の王にでもなりましょう」
「確かにその宣誓、聞き届けた。しかしサタンの名は捨てないのか。それは自ら名乗るようなものではないぞ」
「いいえ。私自身の戒めです。私が悪であることを自覚するために。わが父の様に真に人間を見つめられるその時まで。私はサタンを名乗ります」
「わかった。だが俺は口が裂けてもお前をサタンとは呼ばんぞアリエス。そうだな。もしも真に人間を見つめられたと感じられた時はマリアと名乗るがいい。異世界の宗教で神を生んだとされる聖母の名だ。アリエス・マリア。その方がお前に似合う」
「アリエス・マリア。それもとても素晴らしい響きですね。はい。その名を名乗れるように精進します」
「それもいいが、それは魔物が勝利した後という狸の皮算用だぞ。天上の目的よりも目前の脅威だ」
「はい。ですが私達なら問題ないでしょう。この私、次代の魔物の王サタン・アリエスが居るのですから」
余程気に入ったのだな。
しかしその名に呑まれなくてよかったというべきだな。やはり不吉な名だ。名乗るだけで悪を引き出すとはな。
この名を早く捨てさせるためにもこの戦いは終わらせねばならんな。
正直に言えば今すぐにでも捨てるか保留を願いたい所だが、この上機嫌な我が娘ではどこまで話を聞くか。
まだ俺の支えは必要なようだ。
「わが父。どうしたのですか?」
「一応聞いておこう。その名を保留にするか、取りやめるか、その選択肢はあるか?」
「いいえ。これは私の指針に必要な名です」
「そうか。では先に言っておこう。お前の行く道は俺を超えている。この先に歩む道に俺は最適な答えを出せないだろう。支えはする。だが道を照らす事は出来ない。その道が辛く険しいものか、それすらもわからん状態だ。案外とすんなりと進める道かもしれない。その判断はお前がするのだアリエス。その道がどんなものか注意深く見据えるのだ。険しければ立ち止まり慎重に進め、すんなり進めるなら恐れずに進め。それを見極める目を養うのだ」
「はい。ですが私は助言を請うてもよろしいですか?」
「勿論だ。俺を転ばぬ先の杖として使うがいい。お前たちの道を切り開いてやろう」
「はい。私はまた父に甘えてばかりですね」
「何を言うか。お前の道は一人で進めるほど易くはないだろう。俺が居るうちは使え。俺が居なくなったとてお前はもう道には迷わんだろう。それならばそれでいい」
「はい。お任せください。私はもう数えきれないほどの物をあなたから貰っています。それが道を照らす光になる。私がアリエスの名を持ち続ける限り」
だったらサタンの名は捨てて欲しいものだが。それこそ今は保留か。そういう年頃なのかもしれん。
ならばアリエス・マリア。そちらを先に名乗っても良さそうなものだが、魔物が名乗る名でもないか。
アリエスがその名を名乗る時はどのような存在になるのか。それもまた楽しみにしておくとするか。
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