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第九部 王牙転生Ⅱ~神亡き世界で流れる様に剣を振るう~へ
第九十八章 戦闘メイド
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ここはいつもの聖王都の北の街。俺達の情報を元にスコルピィが動いている間は自己強化の時間だ。
人間への攻勢を前提に俺達は色々と準備していたのだが、一つ問題があった。
ジンバだ。ハッキリ言って弱い。
人間形態でレオニスと行動を共にするには戦闘力が足りなさすぎる。逆に足を引っ張っている。ではメイドとしてどうかと言えば、コイツは魔物だ。元人間としても転生でそういうものを失っている。それを加味しても、酷い。家事はほぼ全滅だ。レオニスのお付きにもなれない。
そして馬形態。これが一番マシだが、戦闘には耐えられない。レオニスと行動しても寧ろ守られる側だ。
それを見かねて特訓しているのだが、その成果が見えない。
「ジンバ。このままでは聖女との戦いで命を落とすぞ」
「わたくしはメイドです。戦うのが仕事ではありません。わたくしはレオニス様の足でさえあればそれでいいのです」
「その足さえ足りていないというのだ。レオニスが倒れるような戦場で担いで戻ってこられるのか」
「わたくしの足があれば人間など物の数ではありません」
「人間が逃がすと思うのか。足で言えば俺もお前を超える。だが人間はそれをさせない。一度戦闘に入れば相手の技量を上回らなければ逃げることも叶わん。戦闘を仕掛けられた時点でお前は死んでいるのだ。運ぶどころかお前が荷物になる」
「ではわたくしは戦場に立たなければ良いでしょう。レオニス様の移動にだけ付き添えば良い事でしょう」
「それで済まんから言っているのだ。俺達が連戦連勝しているのならそれでいいだろう。敗走でお前の面倒を見るレオニスはどうなる」
「その時は置いていけばいいでしょう! わたくしはわたくしの出来る事しかできません! わたくしはメイドです! 付き従う事しかできません!」
そう言ってジンバは半泣きになった。
ふ~む。
やはりおかしい。魔物は呼吸も脈拍も食事も必要ない。便利と言えば便利だがそれに耐えられる人間は少ない。人間の転生体に呼吸はしなくてもいいと言っても、ハイそうですかと順応できるはずがない。必要なくても呼吸と脈を求めてしまう。睡眠と食事もそうだ。その一点だけでも耐えられず魂だけが天に召される。
そう。魔物になって魂を維持するというのはそれだけの理由がある。
ハッキリ言うが、こんなメソメソしていては魔物の魂を維持できるはずがないのだ。
つまりこれは演技だ。そしてコイツが魔物に堕ちた原動力が見えてこない。
コイツが魂を維持できている理由はなんだ?
「ジンバ。お前、男だな?」
それが俺が出した答えだ。
そもそも女が魔物に堕ちてメイドとしてご奉仕したいだと? そんなわけがあるか。
そしてこの態度だ。このわたくしという口調一つとっても女が使う様には思えない。
「わ、わたくしは女です!」
ほう、すぐに泣き止んだな?
「その行動が男臭いのだお前は。元が女でメイドでご奉仕などありえるか。それも生活のかかっていない魔物でだ。お前はTSメイドだな? それがお前の望んだ姿か」
「ち、違います! わたくしは聖女です! その証拠に黒武器を出して見せます!」
そう言ってジンバは黒武器の弓を取り出して見せる。
「ほう。さっきまでの戦闘訓練では出さなかったが、それは何故だジンバ?」
ボロを出して焦るジンバ。
「ジンバよ。もういいだろう。その安い演技で俺を騙せるとでも思ったのか? 転生の最中に聖女であったことがあった。それだけだな? お前の魂は男だ。そうだな?」
「だ、だったらなんだというのです? 今のわたくしは女です!」
「魔物の体に性別など関係あるか。男同士仲良くしようではないか。なあ? ジンバ?」
「ヒッ! わたくしは女です! 乙女です! 淑女です! メイドです! レ、レオニス様! 助けてください!」
そこで様子を見ていたレオニスが応える。
「ジンバクン♡ ガンバ♡♡♡」
レオニスが両拳を握りしめて応援のポーズを取る。
「良かったなジンバ。女の子の声援だぞ。さあこれから一緒に頑張ろうか。今まで騙していた分もな」
「レ、レオニス様ァーーー!!!」
「クハハハハハ! もう逃がさんぞジンバ! お前を元の筋骨隆々の人馬オーガに戻してやる!」
「イヤァァァ! あの筋肉ダルマはイヤァァァ!」
「お前も今から筋肉ダルマになるんだよ! 観念しな! だわよ!」
俺はうろ覚えのオネェ言葉で返す。
さてこいつの実力はどの程度のものか。
ーーー
俺は寝そべる馬ジンバを撫でまわしている。いつまでもこの美しい姿でいれば愛でてやるものを。
「お父様。ジンバ君の調子はどう?」
レオニスが調子を見にやってきた。
「やはり実力を隠していた。曲がりなりにも12本以上の魔物武器を内蔵しているのだ。弱いはずがない。問題はそれが操れていない事にある。人馬アドナキエルであれば統合し聖女たちの魂の共鳴で一つになれていたが、今はそれが無い。辛うじて繋がっていただけだ。ジンバが壊れると言っていたのはまんざら嘘ではなかったな。この馬体も無理をすれば綻びが出る。メンテナンスというよりもリハビリだな。元の状態を再現できればそれで御の字だろう」
俺が馬体の綻びに指を入れるとジンバが起き上がって噛みついてくる。
「お父様。それ痛くないの?」
レオニスがそういう間もジンバが前足で蹴りを入れてくる。
「何も痛い事は無いぞ。可愛いぐらいだ。ジンバよ。お前はそのまま馬でいろ。あんなメイドなどと。女装するよりも有意義な時間が取れるだろうに」
更にガシガシと俺の頭に噛みついてくるジンバの首を撫でる。
「お父様って本当に馬には甘いのね」
美しきものを愛でるのは当然ではないか。
ーーー
俺とジンバは郊外で訓練をしていた。
ジンバが黒武器の弓を出したように得意は遠距離戦。黒武器で魔物武器を射ている。
魔物武器との繋がりは何も物理的な繋がりではない。強固なリンクという所だ。このような使い方をしても問題ないのだろう。
俺はジンバに肉薄すると相棒を突きつける。
「王牙様!? なぜあれを避けられるのです!?」
「簡単な事だ。お前の狙いはわかっている。そこを避ければいいだけだ」
ジンバの放つ矢は軌道が変わる。だがそれは誘導ではない。決められた軌道だ。どのような軌道を描こうとゴールは決まっている。そのゴールを避けただけだ。エルフたちが使っていた技術だな。弓を扱う者なら当然の技術なのだろう。
「それがわかるわけがないでしょう!」
「敵の思考を読むのだ。矢の軌道に惑わされるようでは聖女の一撃は受けきれないぞ。もう一度だ」
俺はジンバに肉薄すると相棒を突きつける。
「今の軌道は読めないでしょう! 軌道で壁を作ったのですよ!」
「俺は自分の剣筋を把握しているのだぞ。俺の剣より遅い矢が見切れないわけがないだろう。せめて音速を超えろ」
「王牙様。ご自分が何を言っているのか理解していますか?」
「当然だ。聖女の一撃は音速を超えるのが当然と心得ておけ。それ以下の攻撃など弾き返されるぞ。もう一度だ」
俺はジンバに肉薄すると相棒を突きつける。
「今の一撃を捌かれたら打つ手がありません!」
ジンバが悲鳴のような声を上げる。ジンバは弓を巨大化し、足で弓を支え矢を撃ち出した。その一撃は正に音速を超えた。そして発射後の宙に浮いた弓に再度蹴りを入れる様にし二射目を放つ。その音速を超える矢を連射するのはいいが、流石に軌道の変更はない。だが。
「今のはいい一撃だった。わかっていても受けざるを得なかった。相手に対処を促す一撃。それは正に攻撃のチャンスを作ることに他ならない。良いぞジンバ。これならば一瞬でも聖女の機を作ることができる」
「これだけやって一瞬ですか! もうわたくしは壊れてしまいます! これ以上は無理です!」
これは流石に本当か。だがコイツの体はリハビリ中だ。まだまだ先があるだろう。
「王牙様! これは何なのです! わたくしを壊す気ですか!」
「何を言っている。訓練が実戦を超えなくてどうする。聖女と戦えないようでは訓練の意味がない。トレーニングをしているのではないのだぞ?」
「・・・」
「主人を失った悲しいメイドでいるよりも、主人を守れる戦闘メイドの方がいいだろう。さあ、もう一度だ」
「お父様。ちょっといい?」
レオニスだ。何の用だ?
「あのね。お父様。お父様は自分の事がわかってないと思うの」
?
「私も色々な魔物を見て来たわ。それでも聖女と対面して、それを凌ぎ切るのが精一杯。お父様の様に聖女と切り合える魔物なんて居ないのよ?」
??
「ねぇ、お父様。一度想像してみて? この前の私と合体した聖女王牙と、今のお父様である魔物王牙が戦ったらどうなると思う?」
ふむ。聖女王牙と魔物王牙か。剣戟の性能は同じ。聖女王牙はレオニスが神呪の制御に回っていた。実質一人の状態だ。条件はほぼ同じ。だが聖女王牙は神の加護の操作にリソースを割かれている。剣戟は確実に劣るだろう。その状態が続けば魔物王牙が剣戟で上回り、神の加護を抜く一撃を繰り出せる。対聖女装備を使う隙も生まれるだろう。魔物王牙の勝利だな。
だが聖女王牙が神の加護を捨て剣戟に集中すれば装備の差で魔物王牙が負ける。聖剣の性能もそうだが鎧の存在も大きいだろう。加護操作をしていなくとも、あるだけで有用だ。
これは大盾聖女を思い出すな。奴が防御を捨てて大盾に全ての加護をつぎ込んだのに似ている。あの思い切りの良さはやはり勝ちに拘った故の行動だったのだろう。聖女としての性能以前にそれを扱う人間が強い。性能ではない。それを扱う人間の強さが本当の人間の脅威だ。
長い瞑想を経て俺は口を開く。
「神の加護に拘れば聖女王牙が負ける。神の加護を捨てれば装備の差で聖女王牙が勝つな。だがそれがどうしたのだ?」
「それよ。あの人馬アドナキエルでさえ手も足も出なかった聖女王牙を、魔物王牙であるお父様は対等どころか勝つ可能性まで見えている。これがどういう事かわかる?」
「つまり俺の強さが異常という事か」
「そう。お父様は強すぎるの。それに合わせようなんてそれ自体に無理があるの。それなのにリハビリ中のジンバ君を駆り出してるの。もうわかるわよね?」
「無理をさせるなということか」
「そう。私やジンバ君の事を考えているのはわかるけど少し急ぎ過ぎよ」
そういう事か。ならばそう言ってくれればとも思うが、それでは俺が聞かない可能性がある。何よりもこの話し方は俺の真似か。それほどまでに聞き分けが無いように見えたのだろうな。そこまで言うなら従おう。頼りになる右腕だからな。
「何を笑っているの?」
ああ。俺は笑っていたのか。
「いや。頼もしい右腕だと思ってな。もう俺が居なくても道に迷う事は無いと確信しただけだ」
「それお父様の言うフラグじゃないの?」
「そうだな。だが安心感があるというのは本当だ。いつお前が旅に出ても安心だな」
「私が旅に? それも何かの暗示なの?」
「深い意味はない。ただそう感じただけだ。ではジンバよ。リハビリを進めてやろう。さあ馬になれ。愛でてやるぞ」
「その前にレオニス様成分を補給させてください。しばらく筋肉は見たくありません!」
ーーー
俺とジンバは人間の結界の偵察に来ていた。
今や筋骨隆々なジンバと共にだ。
「確かに人間達の姿が見えますね」
「無人だった塔の防衛か。それをする余裕が出てきたのか、それともそれをする理由が出来たのか。未だ判断は付かんな」
俺達の言葉通り、結界の塔に人間達が集まっている。
「それにしてもだいぶ逞しくなったなジンバ」
「こんなのはわたくしが望んだわたくしではないのですが。細巨乳の無力メイドがレオニス様に庇護される百合展開をわたくしは望んでいたのです。それは今や逆。レオニス様を抱えられるような屈強な戦闘メイドにされてしまいました」
「それでいいではないか。まさに男の夢ではないのか?」
「何をおっしゃいますか! それではわたくしが女である意味がないではないですか!」
「では体を男にして執事でも男の娘メイドでもいいのではないか?」
「わたくしは! 百合展開が希望なのです! わたくしが守る側ではわたくしの望んだ百合展開が始まらないではありませんか!」
コイツは。本当にその妄想だけで魔物としての魂を維持しているのか? 結局コイツの目的はわからずじまいだ。
「それで最初は実力を隠していたのか。それは創作でやれ。現実では命を落とすぞ。それでは元も子もないではないか」
「おっしゃる通りだからここまで鍛えましたが、腹が六つに割れたメイドなどどこに居ますか」
「では主人公でいいではないか。TSメイドの魔物学園ラブストーリーだ」
「だからそれは細巨乳の無力メイドの役割です。そうでなければヒロインが活躍できないではありませんか」
「ではお前はヒロインに決定だな。戦いの中で絆を結べ。その性能なら人気ナンバーワンだ」
「それならばわたくしは庇護される一般メイドを所望します。怯えて逃げ惑うわたくしをそっと連れ出してくれるレオニス様展開を希望します」
コイツもぶれない奴だ。
知識はあるが異世界転生者では無い様だ。やはりこの趣味が魔物の原動力なのか?
流石にそれは信じたくはないな。
人間への攻勢を前提に俺達は色々と準備していたのだが、一つ問題があった。
ジンバだ。ハッキリ言って弱い。
人間形態でレオニスと行動を共にするには戦闘力が足りなさすぎる。逆に足を引っ張っている。ではメイドとしてどうかと言えば、コイツは魔物だ。元人間としても転生でそういうものを失っている。それを加味しても、酷い。家事はほぼ全滅だ。レオニスのお付きにもなれない。
そして馬形態。これが一番マシだが、戦闘には耐えられない。レオニスと行動しても寧ろ守られる側だ。
それを見かねて特訓しているのだが、その成果が見えない。
「ジンバ。このままでは聖女との戦いで命を落とすぞ」
「わたくしはメイドです。戦うのが仕事ではありません。わたくしはレオニス様の足でさえあればそれでいいのです」
「その足さえ足りていないというのだ。レオニスが倒れるような戦場で担いで戻ってこられるのか」
「わたくしの足があれば人間など物の数ではありません」
「人間が逃がすと思うのか。足で言えば俺もお前を超える。だが人間はそれをさせない。一度戦闘に入れば相手の技量を上回らなければ逃げることも叶わん。戦闘を仕掛けられた時点でお前は死んでいるのだ。運ぶどころかお前が荷物になる」
「ではわたくしは戦場に立たなければ良いでしょう。レオニス様の移動にだけ付き添えば良い事でしょう」
「それで済まんから言っているのだ。俺達が連戦連勝しているのならそれでいいだろう。敗走でお前の面倒を見るレオニスはどうなる」
「その時は置いていけばいいでしょう! わたくしはわたくしの出来る事しかできません! わたくしはメイドです! 付き従う事しかできません!」
そう言ってジンバは半泣きになった。
ふ~む。
やはりおかしい。魔物は呼吸も脈拍も食事も必要ない。便利と言えば便利だがそれに耐えられる人間は少ない。人間の転生体に呼吸はしなくてもいいと言っても、ハイそうですかと順応できるはずがない。必要なくても呼吸と脈を求めてしまう。睡眠と食事もそうだ。その一点だけでも耐えられず魂だけが天に召される。
そう。魔物になって魂を維持するというのはそれだけの理由がある。
ハッキリ言うが、こんなメソメソしていては魔物の魂を維持できるはずがないのだ。
つまりこれは演技だ。そしてコイツが魔物に堕ちた原動力が見えてこない。
コイツが魂を維持できている理由はなんだ?
「ジンバ。お前、男だな?」
それが俺が出した答えだ。
そもそも女が魔物に堕ちてメイドとしてご奉仕したいだと? そんなわけがあるか。
そしてこの態度だ。このわたくしという口調一つとっても女が使う様には思えない。
「わ、わたくしは女です!」
ほう、すぐに泣き止んだな?
「その行動が男臭いのだお前は。元が女でメイドでご奉仕などありえるか。それも生活のかかっていない魔物でだ。お前はTSメイドだな? それがお前の望んだ姿か」
「ち、違います! わたくしは聖女です! その証拠に黒武器を出して見せます!」
そう言ってジンバは黒武器の弓を取り出して見せる。
「ほう。さっきまでの戦闘訓練では出さなかったが、それは何故だジンバ?」
ボロを出して焦るジンバ。
「ジンバよ。もういいだろう。その安い演技で俺を騙せるとでも思ったのか? 転生の最中に聖女であったことがあった。それだけだな? お前の魂は男だ。そうだな?」
「だ、だったらなんだというのです? 今のわたくしは女です!」
「魔物の体に性別など関係あるか。男同士仲良くしようではないか。なあ? ジンバ?」
「ヒッ! わたくしは女です! 乙女です! 淑女です! メイドです! レ、レオニス様! 助けてください!」
そこで様子を見ていたレオニスが応える。
「ジンバクン♡ ガンバ♡♡♡」
レオニスが両拳を握りしめて応援のポーズを取る。
「良かったなジンバ。女の子の声援だぞ。さあこれから一緒に頑張ろうか。今まで騙していた分もな」
「レ、レオニス様ァーーー!!!」
「クハハハハハ! もう逃がさんぞジンバ! お前を元の筋骨隆々の人馬オーガに戻してやる!」
「イヤァァァ! あの筋肉ダルマはイヤァァァ!」
「お前も今から筋肉ダルマになるんだよ! 観念しな! だわよ!」
俺はうろ覚えのオネェ言葉で返す。
さてこいつの実力はどの程度のものか。
ーーー
俺は寝そべる馬ジンバを撫でまわしている。いつまでもこの美しい姿でいれば愛でてやるものを。
「お父様。ジンバ君の調子はどう?」
レオニスが調子を見にやってきた。
「やはり実力を隠していた。曲がりなりにも12本以上の魔物武器を内蔵しているのだ。弱いはずがない。問題はそれが操れていない事にある。人馬アドナキエルであれば統合し聖女たちの魂の共鳴で一つになれていたが、今はそれが無い。辛うじて繋がっていただけだ。ジンバが壊れると言っていたのはまんざら嘘ではなかったな。この馬体も無理をすれば綻びが出る。メンテナンスというよりもリハビリだな。元の状態を再現できればそれで御の字だろう」
俺が馬体の綻びに指を入れるとジンバが起き上がって噛みついてくる。
「お父様。それ痛くないの?」
レオニスがそういう間もジンバが前足で蹴りを入れてくる。
「何も痛い事は無いぞ。可愛いぐらいだ。ジンバよ。お前はそのまま馬でいろ。あんなメイドなどと。女装するよりも有意義な時間が取れるだろうに」
更にガシガシと俺の頭に噛みついてくるジンバの首を撫でる。
「お父様って本当に馬には甘いのね」
美しきものを愛でるのは当然ではないか。
ーーー
俺とジンバは郊外で訓練をしていた。
ジンバが黒武器の弓を出したように得意は遠距離戦。黒武器で魔物武器を射ている。
魔物武器との繋がりは何も物理的な繋がりではない。強固なリンクという所だ。このような使い方をしても問題ないのだろう。
俺はジンバに肉薄すると相棒を突きつける。
「王牙様!? なぜあれを避けられるのです!?」
「簡単な事だ。お前の狙いはわかっている。そこを避ければいいだけだ」
ジンバの放つ矢は軌道が変わる。だがそれは誘導ではない。決められた軌道だ。どのような軌道を描こうとゴールは決まっている。そのゴールを避けただけだ。エルフたちが使っていた技術だな。弓を扱う者なら当然の技術なのだろう。
「それがわかるわけがないでしょう!」
「敵の思考を読むのだ。矢の軌道に惑わされるようでは聖女の一撃は受けきれないぞ。もう一度だ」
俺はジンバに肉薄すると相棒を突きつける。
「今の軌道は読めないでしょう! 軌道で壁を作ったのですよ!」
「俺は自分の剣筋を把握しているのだぞ。俺の剣より遅い矢が見切れないわけがないだろう。せめて音速を超えろ」
「王牙様。ご自分が何を言っているのか理解していますか?」
「当然だ。聖女の一撃は音速を超えるのが当然と心得ておけ。それ以下の攻撃など弾き返されるぞ。もう一度だ」
俺はジンバに肉薄すると相棒を突きつける。
「今の一撃を捌かれたら打つ手がありません!」
ジンバが悲鳴のような声を上げる。ジンバは弓を巨大化し、足で弓を支え矢を撃ち出した。その一撃は正に音速を超えた。そして発射後の宙に浮いた弓に再度蹴りを入れる様にし二射目を放つ。その音速を超える矢を連射するのはいいが、流石に軌道の変更はない。だが。
「今のはいい一撃だった。わかっていても受けざるを得なかった。相手に対処を促す一撃。それは正に攻撃のチャンスを作ることに他ならない。良いぞジンバ。これならば一瞬でも聖女の機を作ることができる」
「これだけやって一瞬ですか! もうわたくしは壊れてしまいます! これ以上は無理です!」
これは流石に本当か。だがコイツの体はリハビリ中だ。まだまだ先があるだろう。
「王牙様! これは何なのです! わたくしを壊す気ですか!」
「何を言っている。訓練が実戦を超えなくてどうする。聖女と戦えないようでは訓練の意味がない。トレーニングをしているのではないのだぞ?」
「・・・」
「主人を失った悲しいメイドでいるよりも、主人を守れる戦闘メイドの方がいいだろう。さあ、もう一度だ」
「お父様。ちょっといい?」
レオニスだ。何の用だ?
「あのね。お父様。お父様は自分の事がわかってないと思うの」
?
「私も色々な魔物を見て来たわ。それでも聖女と対面して、それを凌ぎ切るのが精一杯。お父様の様に聖女と切り合える魔物なんて居ないのよ?」
??
「ねぇ、お父様。一度想像してみて? この前の私と合体した聖女王牙と、今のお父様である魔物王牙が戦ったらどうなると思う?」
ふむ。聖女王牙と魔物王牙か。剣戟の性能は同じ。聖女王牙はレオニスが神呪の制御に回っていた。実質一人の状態だ。条件はほぼ同じ。だが聖女王牙は神の加護の操作にリソースを割かれている。剣戟は確実に劣るだろう。その状態が続けば魔物王牙が剣戟で上回り、神の加護を抜く一撃を繰り出せる。対聖女装備を使う隙も生まれるだろう。魔物王牙の勝利だな。
だが聖女王牙が神の加護を捨て剣戟に集中すれば装備の差で魔物王牙が負ける。聖剣の性能もそうだが鎧の存在も大きいだろう。加護操作をしていなくとも、あるだけで有用だ。
これは大盾聖女を思い出すな。奴が防御を捨てて大盾に全ての加護をつぎ込んだのに似ている。あの思い切りの良さはやはり勝ちに拘った故の行動だったのだろう。聖女としての性能以前にそれを扱う人間が強い。性能ではない。それを扱う人間の強さが本当の人間の脅威だ。
長い瞑想を経て俺は口を開く。
「神の加護に拘れば聖女王牙が負ける。神の加護を捨てれば装備の差で聖女王牙が勝つな。だがそれがどうしたのだ?」
「それよ。あの人馬アドナキエルでさえ手も足も出なかった聖女王牙を、魔物王牙であるお父様は対等どころか勝つ可能性まで見えている。これがどういう事かわかる?」
「つまり俺の強さが異常という事か」
「そう。お父様は強すぎるの。それに合わせようなんてそれ自体に無理があるの。それなのにリハビリ中のジンバ君を駆り出してるの。もうわかるわよね?」
「無理をさせるなということか」
「そう。私やジンバ君の事を考えているのはわかるけど少し急ぎ過ぎよ」
そういう事か。ならばそう言ってくれればとも思うが、それでは俺が聞かない可能性がある。何よりもこの話し方は俺の真似か。それほどまでに聞き分けが無いように見えたのだろうな。そこまで言うなら従おう。頼りになる右腕だからな。
「何を笑っているの?」
ああ。俺は笑っていたのか。
「いや。頼もしい右腕だと思ってな。もう俺が居なくても道に迷う事は無いと確信しただけだ」
「それお父様の言うフラグじゃないの?」
「そうだな。だが安心感があるというのは本当だ。いつお前が旅に出ても安心だな」
「私が旅に? それも何かの暗示なの?」
「深い意味はない。ただそう感じただけだ。ではジンバよ。リハビリを進めてやろう。さあ馬になれ。愛でてやるぞ」
「その前にレオニス様成分を補給させてください。しばらく筋肉は見たくありません!」
ーーー
俺とジンバは人間の結界の偵察に来ていた。
今や筋骨隆々なジンバと共にだ。
「確かに人間達の姿が見えますね」
「無人だった塔の防衛か。それをする余裕が出てきたのか、それともそれをする理由が出来たのか。未だ判断は付かんな」
俺達の言葉通り、結界の塔に人間達が集まっている。
「それにしてもだいぶ逞しくなったなジンバ」
「こんなのはわたくしが望んだわたくしではないのですが。細巨乳の無力メイドがレオニス様に庇護される百合展開をわたくしは望んでいたのです。それは今や逆。レオニス様を抱えられるような屈強な戦闘メイドにされてしまいました」
「それでいいではないか。まさに男の夢ではないのか?」
「何をおっしゃいますか! それではわたくしが女である意味がないではないですか!」
「では体を男にして執事でも男の娘メイドでもいいのではないか?」
「わたくしは! 百合展開が希望なのです! わたくしが守る側ではわたくしの望んだ百合展開が始まらないではありませんか!」
コイツは。本当にその妄想だけで魔物としての魂を維持しているのか? 結局コイツの目的はわからずじまいだ。
「それで最初は実力を隠していたのか。それは創作でやれ。現実では命を落とすぞ。それでは元も子もないではないか」
「おっしゃる通りだからここまで鍛えましたが、腹が六つに割れたメイドなどどこに居ますか」
「では主人公でいいではないか。TSメイドの魔物学園ラブストーリーだ」
「だからそれは細巨乳の無力メイドの役割です。そうでなければヒロインが活躍できないではありませんか」
「ではお前はヒロインに決定だな。戦いの中で絆を結べ。その性能なら人気ナンバーワンだ」
「それならばわたくしは庇護される一般メイドを所望します。怯えて逃げ惑うわたくしをそっと連れ出してくれるレオニス様展開を希望します」
コイツもぶれない奴だ。
知識はあるが異世界転生者では無い様だ。やはりこの趣味が魔物の原動力なのか?
流石にそれは信じたくはないな。
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町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
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