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第4話 薔薇の微笑み
しおりを挟む腹にも頭にももうなんも入らねえが、詰め込んだ知識は馬車が進んでくと落としてく。
今日はお友達の家にお呼ばれ、なーんてポケポケしてらんねーです。クリスティアーナ様、そりゃ無茶ってモンですよ。
お気軽に行けるとこじゃねーのよエディケープル家のお屋敷は! どこにあるかすら知らねーけどさ!!
やべえよ緊張でぶっ倒れそう。学園の馬車乗降場に王太子の印章つきの馬車が待ってただけで気絶しかけたんだぞ。ピラピラ庶民は本気で泣くぞ。
「壊さない、破かない、転ばない、無駄に動かない。怪我すんなら顔面だけ──壊さない、触らない、動かない、破かない。顔には出さない!」
貴族の子息を揃いも揃ってお手上げにさせてしまったお行儀レッスン。
最終的に覚えさせられたのは、割っていいのはカップ一個までっつー弁償前提の置き物作戦だった。
オレデケえしな。無闇に動いて近くの人にぶつかっちゃなんねーのさ。
さすがに落ち込んだし、無事に帰って来られたら持ち回りで礼儀指導を始めてやるって言ってくれた面倒見のいいヤツらの、面と名前を一致させたい。
本気でへこんでるんだ、覚えられねーの。オレどんだけポンコツよ。
「この先輩にもお礼状書かないとな」
服は、やっぱ、クードに借りるのを忘れた。
急いで取りに行った空っぽの弁当箱持って放課後寮に帰ったあと、やべえ頼んでねーって思い出した。
買いに行くにしても金が足りねーしサイズがねえしでオロつくしかなかったが、そこはほら寮のヤツらみんな優しいしさ。六年生小柄コンビの、えーっと、明るくて元気なヤツと大人しくて幼馴染みが多いヤツに『自分で頼みに行こう!』と両脇から挟まれてお洋服貸してください行進が開幕された。
寮の中にはたくさんの人間関係があった。散々閉じてたヤツが今さら突撃かましてもあからさまに拒む人はいなかった。
「育ちがいいってのはすげえんだ」
ヒラヒラ服だけは嫌ってのはしっかり主張しろ、言える資格はないから建前は用意しろ、そういうの、オレ、やってこなかったわけよ。今まで察してくれる人しか周りにいなかったもんでボンヤリ気づいてくれるかな-的な、そんなのダメだって教わったわけで、ケツ蹴られてがんばった。
テオ・ソトドラムは実地訓練をしてちょっとは成長したもんだ。
最終的に見た目すんげえ厳しそうな寮監督生のツテで一応破いてもオッケーな訪問衣装──間違いなく高いから絶対に破けない──を借りることができた。
オレよりでけえらしい先輩にはマジでちゃんとお礼しないとだし、今回世話になった人みんなに改めてもっかいお礼したい。
「少し落ち着いてきたな」
晩餐革命の日から数日しか経ってないが、メキメキ自分が変わってるのがわかって戸惑う気持ちも少しある。
大事なこともどうでもいいことも全体的に忘れるってどうなってんだよオレの頭ん中ってダメージ受けるけどさ、在学中と卒業してからの身の振り方とか、考えておかなきゃいけない課題がじつは山のようにあったんだけど、その重たさがいい感じなんだ。
オレこんなでも成績優秀者だしオゴラズやってこーぜ。魔力暴走が治ったらテストの点数超絶悪くなるかもだけどさ。
悩み始めるとまーたどっかに飛んでくかもしれないし、増やした制御具を意識しながら深呼吸。
やっと落ち着いてきたってのに、馬車の動きが緩やかになると心臓爆速。
「着くのか……?」
やっべぇよまた緊張してきた。たぶんもうすぐ着いちまう。
窓の外、窓の外さー。
きっと気になりすぎるのを見越してカーテンで隠させたんだろうぜクードのヤツ。やっぱアイツも無意識転移はビビったんだろうな。これ、逃走防止魔術がかけられてるんだろーなー。
腹いてえ。
「ソトドラム様。エディケープル家王都邸宅に到着いたしました」
「はいっ!」
「ただいま扉をお開けします。視界が明るくなりますのでお気をつけてお降りください」
「ありがとうございます!!」
声をかけてくるお兄さんの役職はよくわかんねーけど、そそっかしい庶民にも丁寧に接してくれる。ホントよくできたオニーチャンだぜクード殿下。
同い年のヤツらから保護者製造人間って悲惨な評価を貰ったオレだ。恥ずかしがるより喜んどくさ。そっちのがダンゼンお得なんだぜ。
うん、でも、驚くと反射で体動いちまう、そういう躾けされてないんだ。
「クリスティアーナ様!? なんでぇっぐえっ!! わっ、げっ──はぁあ、よし」
びっくりさせないでください未来の王妃陛下。
慌てて立ち上がったら額を打ちつけ、転びかけ、急いで降りようとしたらステップ踏み外しての落ちかけてのふわっとした着地。オレの無意識発動魔術、アクシデントが起きる前に働いてほしいよ。
「クリスティアーナ・エディケープル・クレパスキュール様。本日はご招待いただき光栄でございます」
「ようこそいらっしゃいましたテオ・ソトドラムさん。お怪我はありませんか?」
「デコぶつけただけです! 足は捻ってないんでぜんぜん平気です!」
「痛みが引かないようでしたら遠慮なく仰ってくださいね」
オレイチキリッとした顔してもダメだった。クリスティアーナ様ですらちょっと笑ってるし、後ろに控えている侍女さんらめっちゃ笑いこらえてる。
怯えられるよりずっといいな。
「驚きました、お茶会の会場で待ってるモンだって聞いてたんで」
「緊張が解れましたでしょう?」
「はい──っ!」
「我が邸の薔薇園をご案内したかったのです。参りましょう」
「お願いします!!」
テオ・ソトドラム至上最大の幸運ってやっぱクリスティアーナ様との出会いだよ。三つ選べって言われたら他二つはどっこいでも最高はクリスティアーナ様に目をかけてもらったことでしかない。
今日はいつもの制服じゃなくて靴が隠れるくらい長い丈のお召し物で──そうだ確かそう呼んでたはず──オレは褒めなくていいから、すっ転ばないように足元に注意。
「テオさん、下ばかり見ていては周りが見えませんわよ」
「すんませんっ!」
「緊張せずに、というのは難しそうですね。呼吸を整えて、ゆっくり顔を上げて見てくださいな」
「はい──あぁ、すっげ! 寮の周り、薔薇咲いてますけど、クリスティアーナ様のお屋敷のはすっごいですね……きれいだ」
「ありがとうございます。エディケープルの家紋に薔薇が入っているからか、当家は薔薇を愛する心がシフィロソキア王国でも随一とも言われておりますのよ」
家にいるからなのかな、クリスティアーナ様ちょっとかわいい感じだ。うまく言えないけど女の子って感じする。
なんだろうな、学園にいるときのクリスティアーナ様は超優等生で、だけど気取ってるとこはなくて軽い自慢だってしていない。大きなお世話だけどたまに心配してたんだ。この人いつ休んでんのかなって。
将来重責に就かれる人なんだから学生の間くらいリラックスしててほしいよ。
誰にもくつろげるとこはあったほうがいい。癒やされる場所があれば最高じゃん?
そういや、薔薇がなんのかんのってクードも言ってた。そうだそうだ、アイツ自分が国で一番美しい薔薇を愛でてるとかニヤけてた。
「あのー、そういや──そう言えば! クリスティアーナ様のお名前って、どちらも薔薇からきてるんですよね?!」
「ええ、お祖父様とお父様がどちらも譲らなかったそうで、わたくしはこの国と当家で咲かせる薔薇を二本持っておりますのよ」
「咲かせる?」
「殿下にお渡ししたいものと、家族に渡しているもの。薔薇は愛情を司る花です。テオさんもそうお考えでしょう?」
「あっ、そういう? あー……クリスティアーナ様って赤ん坊の時から美人だったんだろうし、お花の名前にしたいの超わかります! いい名前ですよねっ!!」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
からかわれちゃったよ、完璧と書いてクリスティアーナ・エディケープル・クレパスキュール様と読むってくらい尊敬している人に、からわれちゃったよ初体験。
やっぱ今日のクリスティアーナ様、普通じゃなくて普通の女の子なんだな。あれだ、いつもはみんなのお姫様だけど今日はクードだけのお姫様みたいな。オレ超冴えてる。
にしてもお祖父さんお父さん、赤ん坊のクリスティアーナ様にメロメロだったんだな。この国じゃ王侯貴族だけは家族名に続けて男子に星の名前、女子に花の名前をつけるらしいんだけど、花が二つもあるのはかなり派手派手らしい。王族と被っちゃまずいからって今じゃそのカンレーも廃れてきてるそうだけどさ。難しいねえ。
クードはポラリス何世だっけな。
「クードから聞いてほしいって頼まれてるのがあるんですけど、席に行く前にいいですか?」
「テオさん、殿下は一時間遅れていらっしゃるそうですわ」
「はあ?」
「わたくしのわがままを叶えてくださったのです。奥の景色も優美ですから参りましょう」
なあなあクードさんよ、おまえさあ、おまえさあ、間接的に自慢してんのか。おうおう惚気てやがんだな。
色恋沙汰にうといオレだって今日のクリスティアーナ様がキラキラしてる理由くらいわかんだわ。んでなんでおまえが遅れて来んだよバカ野郎。
オレ完全お邪魔虫だから寮に帰ったほうがいいんだろうけど、クリスティアーナ様のわがままってのはオレとおしゃべりがしたいって辺りだろうな。
一応さ、クリスティアーナ様とオレも友達なんだぜ、やばー喜んでいいのかもわかんねえ。
「クリスティアーナ様も、わがまま、言うんですね」
「ええ。ガッカリなさいましたか?」
「そんな、しませんよ!! クード幸せモンですね。アイツクリスティアーナ様のお願い事が聞きたいってしょっちゅう言ってるんで」
「殿下はわたくしを困らせるのがお好きなのです」
人には立場があって、生まれる前から王家に嫁ぐことが決まっていたクリスティアーナ様は自制の天才なんだろう。いついかなる時も平等であろうとしてる未来の国母が、くるくる表情を替えて笑ってるの見るの──アイツめっちゃくちゃ嬉しいんだろうな。
クリスティアーナ様って結構真っ直ぐさんで、そういうとこ、クードは大事にしてる。
見た目に反して冷徹なクオジドォール王太子殿下のホントのとくべつ。
学園で二人が一緒にいるとこあんまり見かけたことなかったけど、これかあ、出ちゃうんだろうなあ、まず声が違うんだよ声が。いつもこんな耳がくすぐったくなるような笑い方してないんだよなあ~。
庭園を進むと蔦が絡まってるでかい鳥籠みたいなのが現れた。
どっかで見たことあるし貴族の家~って雰囲気だ。貴族の屋敷に来たの初めてだから偏見だけど。
「……カセポ、でしたっけ?」
「ガゼボですわ」
「そうですそうです! 学園にもありましたよね? デートスポットだって聞いたことあります」
「そのようですわね。時間帯によっては予約制なのですよ」
「へえ~」
そうなんですねえ、デートされたんですか、いやぁもー仲いいっすねぇ!
殿下様よ、てめぇとはそろそろ六年の付き合いだ。オレわかっちまうんだわ、オレに嘆いてみせんのも仕込みだったんだな、オレの反応コミコミで婚約者殿をからかってんだろマジでふてえ野郎だな!!
「オレ、無理っす、ここでクード待つのはすんげえ無理です!!」
「テオさんはそう言うだろうと殿下も仰っていました。本当に困った御方ですわよね」
「もークリスティアーナ様からも叱っといてくださいねー、なんなんだよアイツはよぉー……」
『好き』ってビッシリハッキリ言ってもらえないのかもしんないけど、クード言わせてる系じゃん、ぜってえクリスティアーナ様にあの手この手で『好き』って言わせてんだろ。アイツはそういう男だよ、タッチ悪いねえ王太子!
お恥ずかしいですわ、みたいな顔してるクリスティアーナ様は、マジで、オレが見ていいお姿じゃない。
クード早く来てくれ、どうせおまえ立ち聞きしてるんじゃねーの? オレもう限界。
「終わるまでどっかで待たせてほしいんですけど──」
「図書館に本を用意しております。魔力暴走の制御に関する専門書や最新の研究論文など、殿下とわたくしが選定しました」
「あぁ……どうも」
準備してくださったんですね、ほらなーほらなー、こうやってあれこれ世話焼かれちゃってたおかげで寮生に五歳児扱いされるお子ちゃまボンクラが出来上がるんだぜ。
でもオレ除け者にされて逆にホッとしてるんだわ。
クリスティアーナ様、びみょーに不機嫌になってるけどな。顔に出てるのすげー。
「殿下よりテオさんが魔力暴走改善に真剣に取り組まれると聞いて安堵しました。ですが、わたくしにも直に言ってほしかったのです」
「すいません……」
「わたくしとテオさんの講義はもうほとんど被っていませんものね」
「ホントーにすいませんでした!! てか、二人って結構会ってます?」
「殿下が夜に星を贈ってくれるのです。それで、テオさんのご様子を伺うことも多いのですわ」
恩を仇で返しやがったなテオ・ソトドラム。クリスティアーナ様は恩人の中でも最高に感謝してる頂点の恩人なんだぞ。
学園に入ってからてめぇのことなんざどーでもいいで投げやりだったオレに、いつも親身になってくれた永遠の憧れ。
早く結婚してくんねーかなクードとクリスティアーナ様。オレ今ラッパ鳴らしてーのよ。吹けないけどすんばらしい演奏ができるんだわ。
つーかそこ花じゃなくて星なんだなクード。
ポラリスって流れ星だったっけな。星贈るって王子サマじゃねーと許されない所業だぞ。
お茶会楽しんでくださいねクリスティアーナ様。
「今さらなんですけど、クードのこと、好き……ですよね?」
「はい」
「そ、そぅっすか……」
「初めてお目にかかったときから、クオジドォール様を心よりお慕いしております」
ああ、いいな、これがオレが見てみたかった笑顔だ。
羨ましいって素直に思った。
こんなふうに心から想ってくれる人がいるクードは、相手を綺麗に咲かせる力があるんだ。
ピンってなる自信があるヤツは努力してる。オレも、変われるかな。
魔力暴走を押さえ込めたらテオ・ソトドラムは自分を好きになれるんだろうか──変われたオレを好きになってくれる人、いたらいいな。
「テオさんからも殿下にお伝え願えますか?」
「了解です! んじゃあオレはここで! コ……コーリューカイ終わったら教えてください。それまで勉強しときます!」
「一日で読みきれる量ではありませんから気になるものはタイトルを控えておいてください。後日寮までお届けします」
「はい……」
「カエナ。テオさんを図書館にご案内して頂戴」
「畏まりました」
そうでした。クリスティアーナ様は勉学に対して特にストイックな人でした。
自動的に満点取れるオレのことも面倒見てたって、マジでこんな素晴らしい人他にいない。全冊お願いしたら喜んでぜんぶ貸してくれるし、難しい単語の読みとか一覧にしてくれる正真正銘の女神様。
頭上がんねえから頭下げよう。ちょっと根に持ってるっぽいしさ。オレの記憶力が蛙で情けない。
黒っぽい服に白いエプロンの、すらっとしてるクリスティアーナ様より長身の人が前に出る。カエナさんと呼ばれた人は、どーっかで見たような顔だけどオレいっつもこうだから悩んだところで答えがない。
「クードによろしく言っといてください。お茶会楽しんでくださいね!」
「テオさんも、午後の楽しいひとときをお過ごしください」
いやあ、無理です、勉強嫌いなんで楽しくはなりませんな。
お見送りされて紅茶の一杯も飲まない、どころか椅子にすら座らないまま秘密の庭園を後にした。
いいな、なんかオレまで幸せだよ。
クリスティアーナ様の周りに光が飛んでてさ、今のオレは奇跡に立ち会えたような感覚だ。
「恋かあ」
恋って薔薇の色してんのかな。
クリスティアーナとクレパスキュールってかわいい色してんだろうな~、いいや恐れ多いわ不敬だわ。図鑑で調べるのすらオレには無理だ。
あの予言がウソっぱちでもまあいいけど、オレにも、オレだけのとくべつな恋人が現れてくれたらいいのにな。
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