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第11話 願いが交差する分岐点
しおりを挟むさり気なさを装うってのは高等技術だ。
一応練習したわけよ、で、できねえぇ~……って挫けたから朝イチでけぇ声を出す。
「オレ魔力暴走があんだけど、やっぱ就職に影響出んのかな?」
周りの音が一斉に消えてくのに変に感動しながら、真っ青になってるお向かい三人の顔を見る。
月一席替えで近場のメンバーに多少変化があった。つっても八人で回してるからまったく新鮮じゃねーけど。
正面ロッテンヤンくん、おう、真っ青。
左正面メルク、なんか、ごめん。
右正面トモルゥ、これがオレのスタンダードよ。
「テ、で、テオっ!!」
「あーあー、ステフ、大丈夫?」
「スピナーズ、私が適当に様子を見ておくよ」
「そう……? えぇっと、じゃあ、テオ。君、どうしたいきなり?」
むせてるステフから視線を動かしたスピナーズ。
『どうして君は急にさあ』と批難がデカデカ書いてある表情に、こちらも覚悟の顔面で正直に答えた。
「寮の噂って本校舎に行くの早いらしいから自己申告した。朝飯中なら全員いるし」
「バカじゃない?」
バッサリじゃん。
低い頭越しにステフが頭痛まっしぐらなのを確認したが、ミクスジャードくんが魔法でフォローしてくれてるし宣戦布告を続けよう。
オレは、オレのせいでクリスティアーナ様におかしな噂が立つのは嫌だ。
噂にはより強くて過激で下世話な内容をぶつければいいって聞いた。
偏見を持たれるなら自分だけでいい。
バカがバカなりに考えて実行に移したが、周りの六年真顔も真顔で後込みするよ。
「後先考えたことあんの、君は?」
「そりゃ、一応は」
オレだって主張しなくちゃなんねえことがあるんだってば!
一つはクリスティアーナ様への尊敬は恋心じゃねえってこと。
もう一つは魔力暴走持ちだし庶民だけど寮のみんなと仲よくしたいぜーってこと。
もっとスルスル会話の糸口ってヤツになってくれると思ったんだけどなあ、おかしいぞ、まあ考えるのが面倒になって簡単な方法を取ったんだけど、叱られることだったんかなぁ。
「魔力暴走? あの歳で?」
「あの人主席入学じゃなかった?」
「怖い……僕初めて見てしまったよ」
オレはバカだから深く考えられない。
ヒソヒソと小さな後輩のささやき声が聞こえてしまってた。
自分に向けられた負の感情、とくに恐怖心がガツンと考えなしの後頭部に重い一撃を食らわせる。
不用意でも準備万端でも、オレってぷかぷかの発言で周りを混乱させることが多すぎる。
どうしよう。
貴族の常識と価値観を持つ後輩がこれきっかけで自主退学したら責任取れない。
てか普通にオレ傷ついてるし。どこにンな繊細さがあったってんだ。
──やっちまった。どうするよ。
勢いで突進してはいつもずっこけるテオ・ソトドラム。
学習しないアホンダラにお調子者だけどしっかりしてる同級生があきれとたしなめの目をしてる。
「事実でもわざわざ口にしなくたっていいんだよ。俺達だってそうじゃないかって思ったけど、噂の段階なのと本人が言うのじゃ大違い。君はいろんな意味で目立ってる。失言した自覚はちゃんとある?」
「……ある」
「返事はしてるけど君は認識してないしわかってないね。単純化しちゃうのが魔力暴走なんだけどさあ──考えるのがめんどくさくなっただけでしょ?」
「おう──あ、あぁ、うん」
「テオ、やっちゃったね! さっきの質問、魔力暴走って就職だけじゃなくていろんなとこでハンデになると思う。けど素人にはわかんないから先生とかに相談して」
「オッケー。ありがと」
「どういたしまして! で、さぁ、余計なお世話なんだけど、その短絡思考直さないと将来的に辛いよ。具体的に言うと、殿下の友達でいられなくなる」
「……どういうこと?」
オレの性格からクードの話題になるのは飛躍じゃね?
眉を顰めちまうとスピナーズは大仰に肩をすくめた。
「そりゃそうでしょ。お気楽単純な君は足の引っ張り合いで真っ先に狙われる。国政に関わっていく殿下のお荷物だよ」
「──だな。ぜんぜん考えたことなかった!」
「だろうねぇ。ホントに君、体だけ立派に育っちゃった五歳児だ」
否定できねぇ、悔しくもなんねえよ事実だし。
クードが学生だから──今だから口を滑らせまくってるオレでも王太子殿下のお友達許可証が発行されているだけで、オメコボシで放置されてるような状態なんだ。
なあ、ヤバいじゃん、オレがクードのじいやだったら排除してーよこんな危なっかしいヤツ!
クードやクリスティアーナ様との友情は期間限定だ。
大前提として元から区切ってはいたけどさあ、クードの周りの大人からしてみりゃオレって要注意人物もいいとこじゃねーか? 就職しても即左遷の僻地配属並みにマークされててもおかしくねぇ。
オレの友達は普通のお立場にねーからな。
そっか、ああ、そうか、貴族から見てもクードって特別な存在なんだな。改めて教わるとなんかショックだ。
「ソトドラムくん。昨日の宣言、ボク、下の階にいたけどよく聞こえたよ。それじゃあ足りなかったのかな?」
「なにを言ったら誤解が解けて、なにを言っちゃいけないのか、じつはよくわかってなかったんだと思う」
「そっか。ソトドラムくんは周りに相談するくせをつけたほうがいいね。迂闊なことして友達をお医者様送りにしたくないでしょ? ボクも昔やっちゃったことあるから気をつけて」
「なにやったんだよメルク!?」
「……サミィが、胃潰瘍を、ちょっと」
「相談する。くせつけるよオレ! ……ロッテンヤンくん、お大事にな」
睨まれてシカトぶっこかれるが、人のために胃に穴を空けられるキミってだいぶいいヤツ。
でもなあ今月配置が悪い!
幼馴染みトリオが固まってるから事件当時を振り返ってんのか前と隣から圧がすげえ。
もそもそそれでも飯食うと、サーマナくんがスプーンを置いた。
「ソトドラム。治療は受けているのだろうな?」
「あーっと」
「魔力暴走──魔力消耗症は発症から一年半が経過するとより重篤な難治性魔力欠乏症へと診断が変わる。君は後者だろうが、入学してから大きく変わった様子がないように見受けられる。適切な処置は受けているのか? それとも緩やかな自害中か?」
「やめてよフレディ、食事中だよ」
「全員がそろうときを利用したのはソトドラムだろう。テオ・ソトドラム、君は人に時間を割く意味を理解しているのだろうか? 行儀作法を習得したいと言っていたが改善の意欲がないなら私は指導から降りる。時間が無駄になるのでな」
教えてくれるってのは、そのぶん時間を貰うってことだ。
そっか、今オレってみんなの元気な朝飯タイムを奪っちゃってたようなモンなのか。
反省する。集団生活の基本築いていかねえとな。
生粋の世話焼きだって誰彼構わず手を差し伸べたりしねだろうし、原因が判明してるすっとこどっこいにお勉強させるなら、せめて魔力暴走を治す気あんのか確認したのは当然だ。サーマナくんも魔力暴走がどんなのか知ってんだろうし。
──薬を飲んでないって言ったら、シェレアティアさん驚いて泣いちゃったんだよな。
自分が知らない間に飲まされてるケースでもなさそうだし、オレ、このままだと卒業するまえに死ぬのかな?
それはかなり嫌だな。
治したって魔力は失くなんないけど、魔力があるからここにいられるし、友達ができた。初めての恋だって経験できた。
オレ、生きていたいし青春したい!
「治療はたぶんだけどしてないよ。制御具はつけてるけどそれだけみたいだ」
「どういうことだ?」
「わからない。オレも最近になってようやく腹が減るのが魔力暴走のせいだって知ったぐらいで。さっきの、当たらずも遠からずってヤツだったよ……今は違うけどな! ただ、オレ、ユミチカの家っていう魔力暴走児の養護院の出だから、治療受けてないのは理由があるんだと思う」
「……テオの親が薬代払えなかったとか?」
「さあ、親のことは記憶にないんだ」
「それは、魔力欠乏症が原因か──? すまない、こんな場で述べさせる内容ではなかったな」
「いや、いいよいいよ、こっちこそ考えなしだったし、常識教えてもらえると助かる!」
魔力なんか失くなっちまえって思ってた。
魔術が使えないなら学園にいる資格も失くなって、そうすっとクードやクリスティアーナ様と話しなんかできなくなる。
深く考える能力もなくて行き当たりばったりの自己嫌悪を積んできた。
腰を据えて自分を追究しなかったのは、結局怖かったからだろう。
失うモンがわかりきってたから目ぇ塞いでただけっぽくね? てめぇ、想像の百倍めんどくせぇな!
正式名称なんとかなんちゃらは完治しても魔力は据え置き。吹っ飛ばした記憶は──今さら親に会いたいとは思ってねぇが、魘されたわけがそれだと厄介だよなぁ。
オレ今を生きてたい。
友達と友達してたいし、恋叶えてみたりしたい。
「放課後、実家に相談しに行っても平気かな……?」
「いいじゃん! 家の人喜ぶんじゃない?」
「そっかな~?」
「──そのまえに、クオジドォール王太子殿下に報告するといいよ。君が一人で動いたらまた周りに迷惑がかかるからね」
不貞腐れてるステフに思わずムっとしてしまう。
いや、相談するくせをつけるとは言いましたよ、言いましたけどねえ? そりゃアイツには世話になりっぱなしだけど忙しい殿下にぜーんぶ報告する義務はねーってんだ。
いいじゃん寮のヤツらだけでもさあ。
あ、だけど、クリスティアーナ様をいじけさせちまった前科があるし、言っとくか、そうしよそうしよ。
「うわ、もうこんな時間か。俺ら先に行くね。テオは二限からだっけ」
「おー。いってら~」
一時は葬式のように静まり返ってたけど和気藹々とした雰囲気に戻って、ポツポツと一時間目に出席する生徒から食堂を出ていく。
六年生は飯の多いオレとトモルゥを除いて、みんな登校したり部屋に戻っていった。
めでてぇこと頂上決戦。パンのおかわり制度がスタートして挙手して何個か貰ってると、同期の留学生がヤレヤレと温フルーツを食っている。
「魔力暴走って大変なんだな。俺からしてみりゃ持てる者の贅沢って感じだけど」
「魔力暴走と魔力量は関係ないから、なるならないは運らしいぜ」
「へぇ。てことはソトドラムも俺も強運ってこったな」
「なんでおまえも強運なんだ?」
「金持ちの家に生まれてる」
「それ、あんま自慢することじゃないと思うけど……」
ドストレートな台詞に引いてしまうが、トモルゥは「事実だし」と一言断言。
金かあ。
ユミチカの家から小遣い貰ってたけどほぼ食費に消えた五年と半年以上。切ねえ、そこは文句言っても許されるよな……?
「おまえ、俺が入学金積んで学園に入ったのも知らない? 有名だぜ」
「は? えっ……裏口ってヤツ?」
「違ぇよ。そういう制度があんの。中等部まであった進級試験とか、中間期末は頭使って乗りきってるけど──寄付金は山のように積んでるし、うちの商会通して貴重な実験材料とか卸してるからご配慮貰ってたんじゃねーのかな」
「そう、なのか。へえ……なんか、オレ、マジなんも知らね~な……パンうめぇ……」
同じ釜のパン食ってるヤツの有名エピソードも知らなけりゃ、学園の制度とかも詳しくない。
難しい試験に受からないと入れないけど、金積んだら通える我らが魔術大学校。
シェレアティアさんはどうしてその方法を選ばなかったんだ? 受験年齢のとき魔力暴走が治ってなかったっぽいけど、金で入るのは准王族には許されなかった? それともプライドが許さなかった?
わっかんねぇよ、本人にも周りにも聞いちゃダメなヤツだし、あの子のことなーんも知らない!!
「ソトドラム。俺の国で出世する気はないか?」
「は?」
「手っ取り早く立場がほしい、逃げ場所がほしいってだけならよその国に行くって手もあるぜ。俺の国なら最年少で高位高官にもなれるだろうし」
「この国出るって考えたことねぇよ。なに企んでんだ?」
「人聞き悪いなあ! あのよ、俺の国じゃああるモン使わねえのは罪なんだ──俺の恋人の親父さん御役人様でさあ。おまえを土産にしたらすっげえ喜びそうなんだ」
「友達売るなよ! 賄賂じゃねーし!!」
「知恵と運と時間は計算高く使うモンんだ。ぜってぇ結婚してーもん」
結婚、かあ──一八年になったらとりあえず成人ってことで結婚はできるんだよなあ学生だけど。
立場、能力、身分、カネ。
一七歳のオレ達は子どものうちに戦える人間にならなくちゃいけなくて、トモルゥの国はよく知らないけど金があっても身分を買えたりはできねえんだろう。世知辛いや。
にしても目が笑ってねーの。わりと冗談じゃなくって本気じゃね? 同級生使ってでも結婚したい情熱は尊敬すっけどよお。
──オレが世界で一番尊敬してるの、クリスティアーナ様だから。
オレはシフィロソキア王国に居場所が失くなったってこの国に居座り続けたい。
クリスティアーナ様がこの国にいるからだ。
これまでのテオ・ソトドラムの行動指針の半数を占めているクリスティアーナ・エディケープル・クレパスキュール様。
なのに、言っちゃいけないような妙な感覚。
胸を張って言えなくなっている自分がいる。どうしてだ? なにに遠慮してんだ?
話題を逸らして場を取り繕った。
このままオレ一人でトモルゥの恋のお話聞くのはレベルが足りねぇ。
「昼、ステフ来てくれるかな?」
「来るだろ。食いっぱぐれたくねーだろうし」
「昨日の飯、うまかったんだろなァ……?」
「大食堂はここの食事よりお上品だし量少ねぇぞ。期待しすぎると肩透かし食らうぜ」
フルーツジュースを飲み干したトモルゥが口の周りを拭き、オレも持参した格別蜂蜜を垂らしたヨーグルトを完食した。
それぞれ異なる食後の挨拶をして、ダラダラした歩調でちんたら階段を上ってく。
その間オレは消化不良を起こしていた。
五歳児か、しゃーねーじゃん、相談せずにはいられない。
「さっき、食堂で言おうと思ったんだけど、なんかまずい気がして言えなかったんだ」
「あ?」
「オレはこの国にいたい。クリスティアーナ様がいるから。役人になるにしてもこの国でなる。クリスティアーナ様が王妃様になるから……。ずっとそうだった、オレ、大事なことはクードに任せてたし、したいのはクリスティアーナ様の役に立つことだ。一生変わんないと思ってたのに、なんで言っちゃいけない気がすんだろう?」
ぺっかんぺっかんの笑顔で言い放っていたし今も心意気だけは十二分よ? なのにシェレアティアさんが離れていったときの苦しさがぶり返してくる。
ちゃんと区別しているのに“間違っている”気がしてならないんだ。
クリスティアーナ様への気持ちは恋じゃないんだから尊敬してたっていいはずなのに、悪い気がするのと、踏み止まんなくちゃって脳がセーブしてくんの、ホントなんでなんだろ。
「ウソだろ……? ソトドラム、いいか、跪く相手は一人に決めろ」
「それ、おまえの国の格言かなんか?」
「愛は態度と言葉、それと行動で示すのが大事って話だ」
「へえ」
「へえ、じゃねーよ……つか、のんびりしてていいわけ? 図書館行くって言ってたよな?」
「あ……ああーっ!!」
「急げ急げ。続きは昼に諭してやっから」
「おう! またな!!」
──で、でーも、急ぎすぎるとまずいから、飛ばないように足を動かす!!
図書館に転移したら困るのはオレ! 足怪我すんのもオレ! 出禁になって困るのオレだけ!!
二時間目から四時間目までは授業があって、昼休みは初めての大食堂。
午後はそのままユミチカの家に行く予定にしてるから、マジで今の時間しか空きがない、のにすっかり忘れてやがったボケてんじゃねーよ!
上級生の振る舞い的に廊下は走ったらまずい、来年には最終学年、もうすぐ一八、大人は廊下を走らない。
早足高速で階段を駆け上がって鍵を開けると、机の上に待ってる王国史入門。鞄に詰めるまえに追試が待機。
「シェレアティア・ルル・カサブランカさん。うし。シェレアティア・ルー……ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカさん……」
長いよキミのおうちの名前!
朝起きてから、着替え終わったあと、花の水替え後にもやったけど全敗だ。
ルーゼンヴェルキスナールル家の成り立ちは図鑑を見てから読むって決めた。
カサブランカ、カサブランカってどんな花かな、母親同士が姉妹ってことは娘さん同士も薔薇の花だったりすんのかな。
どんな色してんだろ。白かな、ピンクかな、かわいいより賢い感じ?
「ルーゼンヴェルキスルールル、ルーフェン──んがあ! わからん!! ──ルル。シェレアティア・ルル・カサブランカさん」
キミはこっちを覚えてほしかったんだよな。
もう一回正式名称を書き直す。シェレアティアさんのお名前を半端な紙に書くのも違う気がして昨日から新しいノートが活躍中だ。努力の仕方はやっぱこれだぜ。繰り返し地道に覚えてくしかねえの。
冷静にこうこうこうだからこういう感じにしていきたいって、あの子にも、寮の友達にも落ち着いて話せればよかった。オンビンな方法だってあっただろう。
やらかしたモンは取り返せない。
だったらこっからは改善策遂行の努力だな。
§
図書館の探しものはすぐに終わった。
薔薇の図鑑だけで何冊もあって、まずは分厚いのを数冊抱えて細かい目次を上から順番にひたすら読んでいたら居合わせた人が気の毒がって声をかけてくれたのだ。
なにかお探しですか、カサブランカを探してます、それならこれには載っておりませんよ──でオレの見当違いが発覚した。
──純白の白百合。シェレアティアさんに似合いそうな気高いお花。
なんたって妖精さんだもんな!
おしべとめしべも白いヤツだと格段にシェレアティアさんっぽい。嬉しくなって百合の花大全っつー本を借りてしまった。一度寮に置きに行かなきゃなんねえボリュームだったが大満足だ。
で、授業が始まるまえにちょろっと時間が空いたから王国史入門も読んだわけ。
そこでオレ気づいちゃったんだよな。
シェレアティアさんとクリスティアーナ様のお母さん同士が姉妹なら、クリスティアーナ様もクードとハトコなわけじゃん? でもクリスティアーナ様のお名前は家系図に載ってない。
なんで?
誰に聞いたらいい、これって常識? 非常識?
放課後どこに行くかで悩みに悩んで、クードの執務室寄ってみるか~ってさっそく方針が傾いてからの午前の授業はソワソワ身が入らなかった。
んで、ですからね王子サマ。
飯食い終わったら伺う予定だったんですよ、ここにはお呼びじゃねーんだよ。
「君達。会話を続けてくれたまえ」
「いえ、殿下にお聞かせする話でもありませんので……」
隣の人スープ冷めんのに来ねぇなあ、貰っちまっていいのかなあってウズウズしてたらやって来ちゃったは王太子殿下。
おっまえ仮にも王子だろ、周りが気にするから行かないって言ってたじゃんかウソつき野郎! オレ、オレはっ……昼飯が足りねーんだ……。
「ニコラウス・トモルゥ、君の婚約者の話をしていたのだろう? 盛り上がっていたではないか」
「まだ婚約者じゃないってさ」
「おや、そうなのかい?」
「はい……学園を卒業した暁には、婚約者候補の末席に加えていただく約束をしております」
「候補──候補か、それはまた」
クード、ただ座ってるだけで周りに気を遣わせすぎだ!
二人とも黙りこくっちゃってこのオレがフォローに回ってるぜ。
王子様とランチタイムをする予定はオレらにはなかった。トモルゥの身の上話ってか盛大な一生モンの愛の話、恋人との馴れ初めと惚気を聞いて三人和やか~にってなってたとこだったのに台なしだよ!
トモルゥはなぁ、九歳で国を出る覚悟を決めて、入学して以来一度も里帰りをしていない。金持ちででっかい商会の息子だけど恋人は国のお偉いさんのお嬢さんで、そんのクソ親父に無茶苦茶虐げられている。
酷い話だよ、七年間故郷に帰るのも手紙のやり取りも禁止されて、毎日毎日勉強に明け暮れて、死ぬ気で学園に齧りついて卒業したって婚約者候補止まり。バカにしてやがる!
『それが身分の差ってモンだ。可能性があるだけ温情だ』って当事者に言われちゃ押し黙るしかないのがすっげえ悔しい!!
「賭けには勝てそうかな?」
「必ず認めてもらいます。私を信じて待っていてくれる彼女のためにも」
『今でもその子はホントにトモルゥを待ってるのか?』とは口が裂けても聞けなかった、信じ合えるって羨ましい。コイツの恋人だしそのお嬢様も根性据わってんだろうなぁ。
オレの初恋はさ、信用も信頼もへったくれもねーんだ……へこむね。
トモルゥの『学園を卒業したら結婚を認めてもらえるかもしれないから』っつー潔くてわりと不純な入学動機は学年超えて誰でも知っているそうだ。
あぁそうだな、恋バナ大好き王子様が突撃してくんのもわかるっちゃわかるよ。
けどなぁおまえは王太子サマだな。第三者の立場になると視線とか口調とかもんのすっごく高圧的で、気軽に話せる相手じゃないって壁が見えるよ。フランクなクードはどこ行った。
──まさかコイツ、オレの大食堂デビューを見学しに来たのか?
冷めてもうまい肉は執務室で食えよぉ!
邪魔すんな、もっとウフフワハハで恋愛成就のコツとか聞きたかったのに好きな子の兄貴分がいるとやりづれえんだよ!
この二日間──そうなんだよまだシェレアティアさんと出会って丸二日間しか経ってない──王太子殿下の評価と感想の上がり下がりが激しいな。
「私はクリスティナと文通もできないのは耐えられない。君は忍耐強いね。恋は人を強くする、素晴らしい」
「恐縮です」
「トモルゥ! おまえの結婚式呼んでくれよ! お祝いに行くから!」
「……あぁ」
「私は参列はできないが、この国で君と君の細君の未来に大いなる祝福があることを願っていよう」
「あ……ありがとう、ございます──!」
「礼には及ばない。私は君の友人だ。それに私達は跪く相手を決めた同志と言えよう」
「そんな──光栄です、殿下。感謝いたします!」
どしたどした? なになに?
クードが拍手したから真似したら大食堂中大喝采に包まれてジーンとしてたけど、コイツらそれどころじゃない感じ?
まあいいや、トモルゥがんばってんだしさ! いよっ、おめでとー!
お互いに健闘讃え合ってるのが面白ぇなあ、仲間入りできねぇのはショボンとするなあ!!
なんてったってオレ、シェレアティアさん悲しませて帰ってきた最低野郎だし……。
「しかし、我が国が認めた魔術師をぞんざいに扱うとは困ったものだね。ニコラウス、細君のお父上に改善の見込みはありそうかな?」
「無理じゃね? 相手の親父さん相当臍曲がりみてぇだし。なあ、クードってなんか協力できたりしねーの?」
簡単に言っちまったけど国際問題とかになんのかな? でもおまえ恋愛結婚主義じゃん? いけない?
オレの意見はあからさまにスルーされ、トモルゥは不敵に笑って大国の王太子と対峙する。
「クオジドォール王太子殿下。此度のみ、殿下のご威光をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「貸してはやらないが、私が君の話に感銘を受けたと触れ回ることは許可しよう。それとも、君と君の細君に結婚祝いを贈る約束をしようか?」
「いいえ、そのお言葉だけで充分でございます」
「そうか。私との談笑を有意義に活用したまえ。礼はこの善良な青年への処世術の教育とする。任されてくれるね?」
「承知しました。俺じゃあちょっと荷が重いかもですが、なんとかしましょう。そうだ殿下、俺もクオジドォールさんって呼んでいいですか? 同級生ですし」
「構わないよ」
なんか、毛色が違うねここのお友達。互いに利用すんの楽しー、大好きな婚約者のお話最高ーって対角線で超盛り上がってる。
いいなあオレも──って思うのは調子に乗ってるよなぁ。
空っぽの皿に腹が悲しくなってると、あんまり食が進んでなかったステフが剣呑な顔つきでおしゃべり真っ最中のヤツらに横槍を入れた。
「王太子殿下、ご歓談のところ失礼いたします」
「なんだい、ステファン・グレグリー」
「テオ・ソトドラムに魔力暴走の治療を受けさせなかった件について、理由をお聞かせ願えませんか」
「無粋だね、私は見てのとおり食事中だよ」
おっまえっ! 空気読めよステフ、恋愛にトラウマがあったって邪魔すんのはダメじゃんか!
なんかここんところ人相悪くなってるしどうしちゃったんだよ。
しかもバチバチ火花散らしながら人を話題に上げんなし。巻き込まねーでほしいんだけど。
「立場を弁えない無礼な発言ご容赦ください。私はテオ・ソトドラムの友人として彼の身を案じているのです。殿下のご意向が彼の心身の安全を損ねるのではないかと危惧しております」
「私がテオに害を与えていると?」
「そうでなければいいのですが──殿下のお考えを知りたいのです」
「ステフ、マジでやめろ、これでもコイツ王子様だから!」
「テオは非常に素直で疑いを知りません。殿下が是とするものに従ってしまうでしょう。クオジドォール王太子殿下、あなた様がテオ・ソトドラムの友人であるならば私の質問に答えていただきたい」
「いいだろう。続けたまえ」
クードが同級生といるところをほとんど見ない。
コイツの評判あんまよくないんだぜ、気難しいとか愛想が悪いとか、やっかみと畏怖で遠巻きにされてて友達は欲しくないってか作らない系。
無礼者には慣れてるだろうけど、オレじゃない不敬罪にどう出るかが未知数だ。
今日の朝飯も昼飯も波瀾満タンだよまったくよお!
「テオは本日自ら難治性魔力欠乏症であることを認めました。治療を受けていないとも発言しております。──入学当時空腹で倒れた際にテオは殿下によって救出されました。殿下はテオ・ソトドラムの状態を把握されていながら、なにゆえ彼に必要な指導を遮っていたのでしょう?」
「私が非人道的な扱いを主導していたと言いたげだね」
「殿下がテオで人体実験をしていると口さがない噂が立っております。否定してくださるだけでいいのです。テオは綺麗なことしかわからない二歳児──いいえ、目の前で起きてることしか考えられず、善悪の判断もつかない赤ん坊です! このままでは彼は死んでしまいます……!」
オイオイオイオイ、ステフステフ、まずいから! それ本気のホントにまずいって!!
そりゃ言いたいことはあるんだろーぜ、でもな、衆人環視のとこで突っかかったらおまえの立場が危ういんだってば!
トモルゥも溜息ついてないで止めるの手伝え! つか誰が赤ん坊だ!!
──にしても、人体実験って、突拍子もねぇなあ。
けど、いいよべつにオレはそんくらい。
クードは必要だと思ったらやるだろ。ちょっくらおかしなとこもあるけど、オレを一番有効活用してくれんのはクードだし。
兵器運用よかマシなんじゃねーかな。
「愉快なことを言い出すね。していたかと問われればしているよ」
「へえー」
「なぜですか! どうして!!」
「テオと約束しているからだ。詳細は伏せるが、私は友人テオ・ソトドラムを裏切る行為は一切していない。私ができる最善を取っている」
「それを信じろと仰るのですか?」
「信じるも信じないも君の好きにすればいいが、ステファン・グレグリー、君の心配性はいささか行きすぎてはいないかな? 私はそこまで頼んではいないよ」
「お言葉を返すようですが、殿下には言われたくありません」
ステフが不良になっちまった……!!
完食したトモルゥがしれっと立ち去ろうとすっけど、一逃げなんてさせねーぞ!?
そこ、そこ、人をネタに喧嘩すんなよ、クードも! おまえぜったい楽しんでる! 生き生きすんなよバッキャロー!!
つかなに、なんだっけ、オレが瞬間移動したときに怪我したのをステフにバラしたのはクードだったけど、おまえらどういう共謀張り巡らしてんだよ相性ぜんぜんよくないじゃん! 仲よくなりそうって思ってたのに!
しゃーねぇ、オレが取り持ってやるぜ。
「クード。あんまめんどくせーことしてくれんなよ?」
「そんなことを言ってはグレグリーが可哀想ではないか」
「あァ?」
「最近君の魔術向上が激化している。即ち魔力の異常消費が加速しているのだ。このままではテオの肉体は内部崩壊してしまう。友の身を案じる者同士、私はグレグリーに協力を頼んでいるだけだろ」
「なにさせたんだッ」
「装置を預かってもらっている。テオの魔力に急激な変化が起きたときに知らせるものでね──じつは私は一日で懲りてしまった」
「こりる?」
うっさんくせえ笑顔を問い詰めるとふうーっとわざとらしく溜息をつかれた。
すっげえ殴りたいけど我慢だ我慢。
「その装置は君の魔力の波長を感知させるものだが、反応があると異なる波形を持つ者には不快な現象が起きるのだ。頭痛や眩暈、耳鳴りといった身体症状が現れやすい」
「んな怪しげなブツ渡すんじゃねーよ! つか知ってもどうしようもねーじゃんそんなん!!」
「非常に大きな意味がある」
「ない! ったく、だから最近ボロボロだったのかよ! ステフは胃が弱いんだから無茶させんな!!」
「無茶をしてるのはテオのほうだよ。魔力暴走は命に関わる問題だ。僕達寮の六年生は一人も欠けずに進級できているだろう? だから僕はどうしても全員でそろって卒業したくてね──後悔が発端なのは認めるけど、君を心配しているだけなんだ」
なんでそこまですんだろう?
健康と引き換えにオレの様子を観察してステフになんの得があるんだろう。
後悔は一年生の頃話しかけるのをやめちゃったことだろ? 大したことねーよ、重い責任にすり替えなくていいよ、マジで胃に穴空いちゃうからやめてくれよな!
「テオ。心配するなと言い張るのは残酷なことだと思わないかい?」
「残酷? ……なんで?」
「君は大丈夫だと笑っている友人が溺れてゆく様を黙って眺めていられるのかな?」
「……できない、けど」
「ならば、ステファン・グレグリーに感謝したまえ」
「うん──ありがとう」
「やっぱり君、無邪気すぎるね」
「テオがいい友人に恵まれて私は嬉しいよ」
「そりゃ、どーも」
そういうクードも友達だけどな!
飛び込んでくれたのがステフなら、浮き具を投げて自分でなんとかしろって援助してくれんのがトモルゥや寮のみんなかな。
クードとクリスティアーナ様は、オレが沈みたいのを知っていた。強引に引っ張り上げたりしないで待っていてくれたんだ。浮かびたくないヤツだってわかっててオレの意思を尊重していた。
感謝しねーと、オレも早く成長する、ガキのまんまじゃ昔のご学友で終いだぜ。縁は大事にしとくんだ!
──想像のシェレアティアさんはオレを見据えてどうしたいのか尋ねてくるけど、ホントのキミはもっと優しい。
「クード、今日オレ実家に行ってくる。今自分がどういうことになってんのか、どうすりゃいいのかちゃんと聞いてくるし勉強もする。だから、さ……あの子の本……本だけでいい、貸してほしいって頼んでくれないかな。一番参考になるヤツなんだ!」
「承知した。私が責任を以て頼んでおこう」
「あんがと!! ──っしゃ!!」
「殿下、その御方の件ですが……」
「私はテオ・ソトドラムに害意はない。また、未来の義弟だと思って接している」
「──そうだったのですか? よろしいので?」
「問題あるまい」
「おい、ソトドラム! ソトドラム!! 浮かれてる場合じゃねーぞ!?」
「えー?」
浮かれさせろよクードが仲直り取り持ってくれるって言ってくれたんだ。
オレさ、クリスティアーナ様に淡々と叱られんのかなり苦手なんだ。クードが協力してくれるのは心強いんだよぉ!
尊敬してる、クリスティアーナ様のこと尊敬してる! でも、粛々とお小言食らうあの時間は慣れねぇんだ……お手を煩わせてるぅってのもショックポイントだったりしてさ、余計に説教長くなんの。クリスティアーナ様はまじめな人だからな!!
「テオ」
「ん? なに?」
給仕の人が皿を下げ終えると、クードが小声で魔術を展開させて手の平に細長い箱を召喚した。
いや、自分で持って歩けよ。
学園内での魔術展開は禁止じゃないけど推奨されてねーんだぞ、王太子御自ら素行不良すんなって。
深緑にシルバーのリボンが巻かれたプレゼントは図鑑で見たカラーリング。
からかうにしたって悪趣味じゃねーのおまえ。やっぱむかつくヤツじゃんおまえぇ!
「なんだよ、それ」
「我が妹からテオ・ソトドラムへの贈りものだ」
「シェレアティアさんから!? 貰っていい? 開けていい?!」
「もちろんだとも」
勢いで掴んじまってグシャグシャにしてしまい、遅いけど、泣きそうだけど、慎重に大興奮を抑えきれずに包装を解く。
寮に戻ってからとか待てなかったよ。
中身は銀色の鎖がついた、平べったいの。
「制御具?」
「ロケットペンダントだよ」
「かもっ」
「シィ──ッ! 続けていいっすよ」
「テオ、下の摘まみを押してごらん」
「こう? ひらい……なあ、これ、シェレアティアさんのお花だよな?」
「仲直りの印だそうだ」
──カサブランカはシェレアティアさんの名前。
小さな小さな絵画だった。
金属の中で一輪の白百合が咲き誇っている。
どうしてこれがオレの手元に来てるのか、あの子がどうしてこれを渡したのか、初恋三日目にはわかんねえよ。
そうだよまだオレ数時間しかキミを知らない。
女の子が自分の名前のお花をくれる意味なんてわかるわけない。
わかんないけど、これがとても特別で大切なものだということは伝わってくるのだ。
「喜んでくれるのだね」
「たりめーじゃん! でも、仲直りって、オレが悪いのに──貰っていいのかな……」
「私からは返さないよ?」
「返しはしないよ!! ──さっき、図鑑で見た。シェレアティア・ルル・カサブランカさん……オレ、カサブランカって薔薇の花だと思ってたけど、シェレアティアさんにはこっちのが似合うな!」
妖精さんで女王様なキミは、オレが声をかけたら顔を上げてくれるかな。
オレ、キミが学園に来るって信じてるから、待ってるよ、会えるの楽しみにしてる。
それまでに必ずキミのフルネームを覚えます。
「テオ・ソトドラム、大切にしてくれたまえ。それはシェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカの真心だ」
「これ、首から提げていいヤツ? 砕けない?」
「ああ。──どうだい? 着け心地は?」
「最高! しあわせだな」
制御具じゃないなら魔力暴走が起きても壊れない。
鎖が長いから首にかけててもカサブランカの絵がよく見える。
シェレアティアさんの真意は不明、けど、嫌いな異性に自分のお花を渡すのは男のオレだってあり得ないわけでさ。
初恋まだ終わってねぇ! たぶん、きっと、大丈夫!
「妹をよろしく頼むよ」
「──クード」
「なんだい?」
「お祝いのプレゼント、選ぶの手伝ってほしい。学園生活が楽しくなるようなヤツ」
「それはいい! 雷も今頃喜んでいるだろうね」
まだその話続いてんだ。
運命の恋の予言たる雷を鳴らしたのはどこのどいつだ?
オレか? それとも国に少ししかいない魔導士様か?
再会したときに鳴らなかったらオレが何十回でも鳴らしてやるんだ。
就職もいいけど、進学もいいかもな。魔導士課程ってなにするか知らないけど、もしかして未来のオレって勉強大好きになってるかもしんないし!
だってさ、好きな子はストイックで格好いい子だ。切磋琢磨とかしちゃってんのかもな。
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早くシェレアティアさんに逢いたいよ!
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